南朝吉野が遣る方無く物寂しいので、交換日記で先輩女御にぶっちゃけてみる。

正平二十四年如月二十二日 柿→紅葉

　紅葉。

　誠に恐ろしい呪いの書ですね、これは。
　あなたの文章に目を通すのは、恰あたかも闇夜に足利軍の襲撃にあったかのように激しく心臓を打ちます。
　あれ以来、吐き気と悪寒に苛まれ食事も喉を通らず日課の琴も弾けず、ついには床に臥せるようになってしまいました。
　はっきり言ってあなたのせいですよ。
　暦も移って一月以上が経ち、最近ではようやく重湯を口にできるようになったので、遅まきながら返事を書こうという気になりました。
　このように危険で健康に害を及ぼすものなど古紙とともに燃してしまえばいっそ楽になれるのですが、不思議なもので、少しずつ日を追うごとに私はあなたの日記の続きが読みたいと思うようにもなってきました。
　多分、私は呪いにかかっているのでしょう。住職より特上の御祈祷を受けなくては。

　でも、とりあえず"柿"です。
　これ以上は焦らさないで教えて頂戴。私がどうして"柿"呼ばわりされなくてはいけないのか……。
　もしかして、熟柿うみがきって意味かしら？
　ええ、その通りです。どうせ私は七人も子を産んだ大年増ですよ。ふん。　
　
　さて。

　困りました。
　あなたは相も変わらず、暴れ牛のような"赤裸々"を存分に振り撒いて私を苦しめます。私はもう自分が何者なのか忘れそうなくらい、あなたとの距離感がわからなくなりました。
　まず、東宮のことですが、これはもう潔く諦めなさい。
　知っての通り、あの子――熙成ひろなりにももう三人の女御がおります。あなたの入る隙などどこにもありません。
　私は幼い頃よりあなたと熙成が仲良しであることを知っていましたが、それと同じくらいあなたは寛成ゆたなりとも仲が良かったではありませんか？　あなたが『源氏物語』が好きなのは間違いなく寛成の影響です。
　寛成は今、『源氏物語』の注釈書作成に取り掛かっています。
　こんなことはまだ本人を差し置いて打ち明けてはいけないのかもしれませんが、実はその注釈書は従来の物とは大きく異なる構成で完成を迎えようとしています。
　そのきっかけはあなたの本当の名前――諱いみなに関係します。
　母である私が断言します。寛成は間違いなく、あなたのことを愛しています。
　あなた達は二人だけで話し合う必要があります。注釈書のこともそれとなく訊いてみなさい。
　いいですか？　しおらしく、控えめに、ですよ？　くれぐれも、愚痴など漏らさぬよう。
　私が思うに、あなたの生き様は少々……いえ、圧倒的に雅趣を欠いています。いくら私達二人だけの秘密の日記内とはいえ、放屁の話なんてよしなさい。はしたない。

　前向きな話をしましょう。
　我が夫――後村上院がお隠れになった現在、私は近いうちに院号を受けようと思っています。つまり、出家ですね。
　それと並行して、今は歌集の編纂に取り組んでいます。
　実は信濃の桔梗ヶ原で獅子奮迅なさっている宗良むねよし親王（後醍醐天皇の皇子）からちょくちょく歌の催促をされているところです。
　あのお方は南方人の詠歌が勅撰集に撰入されないことを甚く憤慨されていました。
　それならばと、独自の和歌集作成を企図していらっしゃるのです。
　ですから、多く優れた歌を必要とされています。御内の方にもそのうち御耳に入ることでしょう。
　私もまだそれほど詠めていませんが、あなたも一緒に参加してはどうですか？
　私が歌を教えてもいいし、もし紅葉がその気ならば、きっと寛成もあなたとともに夜もすがら歌詠みに励むと思うのですが……。


　偽もさのみはよもと思こそまたこの暮の憑なりけれ


（あの人の言葉がまさか嘘ばかりじゃないわよね、そう毎晩信じてるこの気持ちがこの暮れの頼みだったのよ）　


　どうです？
　健気な女子おなごの毎夜待ち続ける気持ちを詠んでみました。
　あなたは女御として寛成のことを信じ続けなさい。
　そして紅葉の気持ちを歌にすれば、きっと寛成にも届くことでしょう。