人を咥えて竜が舞う

よん

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第6章

チルの会議 2

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 チル臣長の客間に、ユージン、ヒエン、それに初めて主城に入るダストの三人が招かれたのは、捕縛されたシーリザードが入城してから四日後だった。
 思春期真っ直中のダスト、チルの美貌に魅了され耳まで真っ赤になっている。
 ヒエンはそれを見て見ぬフリでやり過ごす。
 モブランは鍋盾やフィルクのロング・ソードと一緒にルーザンヌの質屋に預けてきた。
 いくら何でも素性の知れない盗賊――しかもアンデッドが、客人として主城を訪問するのは不適切だとヒエンやダストが判断したからだ。
 三人はモブランと共にグレンナに滞在して旅の疲れを癒していたが、チルから召集がかかったので、白いサーコートを着た多くの衛兵に誘導されて主城へとやって来たのだった。

「大儀でしたね……と労いたいところですが、私に報告が遅れたのは何故です? 本来ならば、捕らえたシーリザードと一緒に、あなた達は主城へ出向くべきではありませんでしたか?」

 青い薄地のドレスに金のネックレスと派手な腕輪を身につけているチル臣長は、詰問口調ではなく、むしろ相手の返答を楽しんでいそうな余裕の笑みを浮かべている。

「無駄話はしたくねぇんだ。結論から言わせてもらう。オレ達は臣長殿から成功報酬を一ギリドも受け取らねぇことに決めた。グレンナに留まっていたのは、そのことを仲間と相談していたからだ」

 ユージンのその発言に、チルは眉毛をピクリと動かしただけだった。

「ヒエンは?」
「ウチもや。胡散くさい報酬はいらん」

 ヒエンは敵意剥き出しでチルを睨んでいる。

「やっぱし、ウチらはこの話を蹴るべきやったと今更ながら後悔してる。考えたら、家臣頭の有り金全部もらえるような仕事なんかロクなことやない。海トカゲを生け捕りしても、今のウチらに達成感なんかあらへん。逆に喪失感しかないし、これ以上オマエと関わりたくもない」
「ひどく嫌われたものですね」

 チルは傷ついた様子もなく、腕輪をいじりながらヒエンを直視する。

「では、そう思いながらどうして再びこの私を訪ねたのです? 兵達が無理やりあなた達を連行したのではないでしょう?」
「オマエに用事があったんや。ウチとユージンそれぞれ個別にな」

 ヒエンはチラリとユージンを見る。
 彼は口を真一文字に結んだまま、今は喋る雰囲気ではなかった。
 ヒエンはユージンの胸の内がわかっていたので、先に自分が要件を話すことにした。

「ウチのは単純明快や。海トカゲを縛ってるあの二本の紐を返してほしい」

 あのカタリウムの紐にはフィルクの命、それに四人の強い思いが込められている大事な物である。
 こんな所に置いていくわけにはいかない。
 チルは「何だ、そんなことか」と言わんばかりにクスッと笑う。

「勿論、あなたの物ですからお返しします。……ただし、今は無理です。牢に閉じ込めているとはいえ、シーリザードの捕縛を解くのは大変危険ですから。人化するまで少々お待ちなさい」
「いつやねん?」
「明後日にでも」

 チルはハッキリそう断言した。

「その日が来れば私は動きます。……世界の均衡を立て直すために」

 そこまで言い切れるチルが何を考えているのか彼らにわかるはずがない。
 しかし、深入りするつもりはない。
 ヒエンはそれ以上話すことはなかった。

「じゃあ、次はオレの番だ。ニ、三の質問をさせてもらう。……臣長殿はザールに密偵を放ってるみてえだが、ドウゲ将軍の失脚については知っていたのか?」

 暫しの沈黙の後、チルは相手の目をしっかり見ながら口を開く。

「そうですね。知っていましたが、密偵を放ったのは将軍失脚以降です」
「じゃあ、ザール公がこのオレに会いたがってるってことは?」

 厳めしい顔のユージンにチルは少しも怯むことなく「それも知っていました」と白状する。

「……わざと黙ってたのか?」

 信じられないという顔つきでユージンはチルに詰め寄っていくが、彼女は一歩も退かない。

「あなたにはどうしてもシーリザードの生け捕りを遂行してもらわなければなりませんでした。それを教えてしまえば、あなたは私の依頼を受け」「当たり前だ、この馬鹿野郎ッ!」

 ユージンの大喝に、それを予想していながらもヒエンとダストは肝を潰してしまった。

 しかし、チルは度胸が据わっている。
 ユージンの大声を聞き、慌てて駆けつけた衛兵達に向かって、

「見張り風情がノックもせずに無礼であろう! 下がっておれ!」

 と、彼らを退かせてからユージンを見上げて冷ややかに笑う。

「今の今までザールの政情に背を向けていたあなたが、何を今更かつての君主に興味を示すのです? 放逐された身でありながら、あなたはそのザール公を許すというのですか?」
「許すとか許さねぇとかそんな問題じゃねぇんだ! オレは兵役に就いた瞬間からザール公に一生の忠誠を誓ったんだよ! あのお方がこのオレを必要としてるんなら、いつまでもこんな所でグズグズしてるヒマなんてありゃしねぇんだッ!」

 そう言い放ったユージンは振り返って、ヒエンとダストを一心に見つめる。

「許せ。オレは……」

 ヒエンとダストは笑顔で頷く。

「アホやな、オマエは。いつまでウチらに遠慮してんねん。元々、ウチらは寄せ集めのパーティやし、その冒険ももう終わったやんけ。……何も考えんとザールに戻れ。ウチらのことは心配いらん」
「ユージン、ありがとう。僕、すごく嬉しかったんだ。こんな泣き虫で未熟な僕を対等に扱ってくれて。……大人になったら必ずザール公国に行く。その時は僕と蜂蜜酒を飲んでよね」
「オメエら……」

 ユージンの涙腺が緩む。
 その情けない表情を見られないように、二人を思いきり抱きしめた。

「ホントは……ホントは行きたくねぇんだ。もう少し、オメエらと一緒に馬鹿やりたかった。オメエらと一緒にナニワームに渡って、そこでまたオレの激辛料理を食ってもらいたかったぜ」

 ヒエンはその大きな背中に手を回す。

「ユージン。オマエが『オレ達はなかなか相性がいい』て言うたん覚えてる? ウチらが最初に会ってメシ食うた時や。……あん時はどうなることかと思たけど、今やからハッキリ言えるわ。『ウチとユージンはムチャクチャいい相性』やで。……今までもこれからも、な!」

 今までのことを思い出すようにヒエンは目を閉じ、なだめるようにユージンの背をポンポン叩く。
 実を言えば、ヒエンはユージン以上に不安と哀しみで崩れ落ちそうだった。
 彼女にとってユージンの存在はあまりにも大きすぎた。
 それはキラースと別れた時から感じていたことで、何としてでも彼のザール行きを阻止したいくらいだった。
 しかし、これ以上ユージンの葛藤に苦しむ姿を見たくなかった。
 彼が望むのであれば、気持ちよく送り出すことが仲間としてできる最後の思いやりだった。



 突然、ユージンは二人から離れ、あえて何も言わないままチルの客間から出て行った。
「またな」も「元気でな」もなく……。


 これでいいと思った。
 これ以上言葉を交わせば辛さが増すばかりである。
 ヒエンは哀しさを悟られないように、チルに向かって明るく振る舞う。

「ほんなら、ウチらも今日はここで帰るわ。紐取りにまた来るし」

 ヒエンがダストを促して退室しようとした時だった。


「帰る? おかしなことを言いますね」


 チルは扉の前へと移動して腕組みをする。


「あなたはまだ私の依頼を果たしていない。……違いますか?」



「は……?」
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