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第5章
テフスペリア大森林 14
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「ギタイナとクロンについては以上。……次に」
その余韻に浸ることなく、手探りでモブランの頭を撫でるフィルクが「この子は」と言う。
「川の畔で私が見つけた時、既に溺死していた。早い段階であれば、葉人族は死んだ者に自分の寿命を分け与えて蘇らせることができる。傷ついた目は薬で現在治療中だが、それもほぼ問題ない。厄介なのは……自分で自分を制御できないことだ。葉人族の魂と死霊としての肉が反目し合って本来持つべき人間の心を寄せつけない。なので、私はこの子にギタイナの眼鏡を掛けさせた」
フィルクはギタイナに対して冷たく接し、彼女がクロンと駆け落ちしてしまっても、贈られた眼鏡は後生大事に保管していた。
フィルクの想いは本物だったのだ。
「何故ならば、それまで生きてきたギタイナの観念が眼鏡に凝縮して詰まっていたからだ。現在のモブランはそのギタイナに支えられて人間としての情緒をコントロールできているが、逆を言えば、眼鏡を外したこの子がどうなるかは私にもわからない。ただ一つ言えるのは、この子は既にこの年齢で人間の一生分苦しんできた。もうこれ以上は誰もモブランを傷つけてはならない。特に、仲間であれば尚更それを肝に命じてほしい」
ダストはまじまじとモブランの顔を見た。
モブランも同じく、涙ににじむ瞳でダストを凝視する。
ダストにとってそれはどんな罵詈雑言よりも深く傷ついた。
心の中を見透かされたような気がする。
今の話を聞いた以上、つまらない感情は捨てなければならないと心に誓った。
ダストはモブランの小さな手を握り、それをフィルクの手の上に重ね合わせる。
「フィルク、安心して。僕はもうモブランを傷つけたりしない。僕とフィルクとモブランは一人の人間――ギタイナ・ブランカで繋がってるんだから。二人は僕の家族だよ」
せっかく点眼したばかりなのに、モブランの瞳はもう涙でグチャグチャになっている。
ダストも嗚咽しそうなのを我慢してモブランを力一杯抱きしめた。
「これで二つ解決した」
フィルクは弱々しく手招きして、近くに来るようヒエンを呼び寄せる。
そして、ダストとモブランが脇へと退いた。
「カタリウムで縄を作りたい。シーリザードを生け捕りにするために……だったな?」
「そうや」
「理由を訊こう」
「その前に確認したい。カタリウムで縄作るんは物理的には可能なんか?」
フィルクは頷き「理由が訊きたい」と繰り返す。
道は開けて来た。
ヒエンは包み隠さず話そうと思った。
「シバルウ王の家来に頼まれたんや。生け捕りできたら、海トカゲの正体が人間やと証明できる。そしたら、戦争は回避されて世界の均衡を保たれるんやて」
フィルクはしばらくそれについて熟考し、おもむろに口を開く。
「よくわからないな。『シーリザードの生け捕りでその正体は人間だと晒す』、『戦争が回避される』、『世界の均衡が保たれる』……この三つが繋がらない」
ヒエンと後ろに控えるユージンは顔を見合わせる。
「正直、ウチらにもわからん。わからんままこうして旅を続けてるんや。わかってるんはシバルウ王の家臣頭――チルだけや」
「いや、そのうちの二つは普通に繋がるだろ? 戦争を回避できるってことは世界が今のままって意味だからよ」
ユージンの意見にヒエンは異を唱える。
「繋がる言うても"世界の均衡"がシバルウ王朝の安定に限定されるやん。これはオマエの意見やったはずや。……それに強引に解釈するとしたら、チルがその証明に成功したら聖生神が崩御しても主城の求心力は低下せんと踏んでるんかな?」
「海衛兵はむしろ混乱するわな。シーリザードはシーリザードのままでいい。わざわざ人間に結びつける必要なんてねぇんだ」
ユージンはそう言いながら、チルに与えられたミッションを果たそうとする自分に嫌気がさしてきた。
目先の報酬のために数多くの海衛兵を苦しめることになるなら、シーリザードの生け捕りなんてしない方がいいに決まってる。
ヒエンは逆にフィルクに質問する。
「葉人族的には海トカゲの正体をどう考えてるんや?」
「我々も実際に森精庄に迷い込んだシーリザードを何体か殺害したことがある。しかし、その正体が人間であるという発想はこれまでに一度も持たなかった」
フィルクがそう言うと説得力が増してくる。
つまり、違うという認識だ。
「昔からの言い伝えで『竜が咥え去られた人間が海トカゲになる』って信じられてた時代もあったんやけど、ザール公の検証でそれは迷信やて証明された。その証明をチルは更に覆そうとしてる。……ウチらにはその真偽はともかく、何でそれを秘密裏に進めようとしてるのかがわからん。やるんやったら、シバルウーニの総力を結集したらいずれ成功するやん。チルは最初、ウチとユージンだけにそれをやらそうとしたんや。今は四人に増えたけど、それでも少なすぎるわ」
「臣長殿が勝手にやってるからだろ」
「結局ソコに行き着くねん。ウチらにチルの考えがわからんからどうしようもない」
ヒエンは目を閉じたままのフィルクを覗き込んだ。
こんな曖昧な理由で承認するとは思えないが、ヒエンにもそれ以上の説明はできなかった。
やがて、フィルクはずっと閉じていた瞼を開いてヒエンを見る。
「……思い出したぞ」
「え?」
ただ事ではないその雰囲気に、ヒエンとユージンだけでなくダストとモブランもフィルクの周りに慌てて集まった。
「『人間さえいなければ世界の均衡は不変であった』……そう恨みながら我が父達――精霊はこの地を後にした。精霊が葉人族も人間の類と見做していたことは我々を置き去りにしたことで明白だが、それはこの際どうでもいい。ところで、キミ達の言う"世界の均衡"は精霊の残した言葉と同一ではないのか?」
フィルクの弱っていた眼光が一瞬だけ鋭くなる。
「そうやとしたら……」
ヒエンは唾を呑みこんだ。
「チルは精霊ってことか?」
「もしくは竜だ」
フィルクの言葉に強い衝撃が走る。
そんなことなど思いもしなかった。
青ざめる一同に、フィルクはすぐさま付け加える。
「これは仮説だ。私の思いつきに過ぎない。"世界の均衡"がチルという者の独自の言い回しであるならば、勿論該当しない。……ただ、我々の知る"世界の均衡"というのは精霊と竜が共存していた太古の時代を示す。人間の登場でそれは崩れてしまったと彼らは思っている」
「もしかして臣長殿……ヤヨロス教徒じゃねぇのか? だったら、フィルクが言うことも当てはまるぞ」
ユージンのその発言にヒエンは「あッ!」と声を上げる。
「ユージン、ええこと言うた! そっちの方が全然アリやわッ! 聖生神の筆頭巫女が実は精霊信仰のヤヨロス教徒……そうやとしたら、チルが国王や宰相に黙ってコッソリと事を進めるんもわかるし、それがシバルウーニ大陸の三公国とも通じてたら戦争も回避できるしな!」
「じゃあ、イニア公やザール公、テフランド公もヤヨロス教に改宗したとか?」
「違うで、ダスト。イニア公とテフランド公は知らんけど、ザール公は元々、聖生神なんて本心では崇めてない。……そうやったな、ユージン?」
「いや、ザール公は宗教そのものが嫌いなんだ。聖生神どころか精霊信仰すら持ってねぇぞ」
「そうやとしても、生身の人間を神格化するよりは全然マシやろ。チルはザール公国に密偵を放ってて、その役目はスパイやなくてザール公との連絡係やとしたら……」
ユージンは顔を引きつらせている。
「おいおい、ヒエン。穏やかじゃねぇな。だとしたら、臣長殿は後ろ盾を失っても身の安全のために保険を掛けてるってことか? だとしたら"世界の均衡"どころか、シバルウ王朝は確実に崩壊するじゃねぇかよ」
「そうやな。チルにとっての"世界の均衡"は自分が生き延びることかもしれん」
「けどよ、臣長殿はザール公が証明したことを覆そうとしてんだぜ? 二人が結びついてるなんて考えにくいぞ」
「チルが昔の伝承を証明しようと動いてる……今んとこそれ知ってるんはウチらだけやろ。都合悪くなったら海トカゲの生け捕りは世間に公表せんでもええし、チルは邪魔なウチらを消したらええだけやん。どっちにしろ、あの女はどうとでも動ける」
ユージン同様、ヒエンもこのままミッションを遂行することが馬鹿らしくなった。
勿論、ヒエンの想像はあくまで仮説に過ぎない。
フィルクの唱える説よりは信憑性が高いだけで、チルが絶対に嘘をついているという証拠にもならない。
今の時点で何が正しく何が間違っているのかはわかりようがないのだ。
「ユージン、これを……」
急に呼ばれたユージンはフィルクが差し出した物を見て驚いた。
鞘に収まった葉人族の剣である。
「オレは武器なんて必要ねぇぞ。大体、グラップラーに剣なんて扱えねぇよ」
「別に『人を斬れ』とは言ってない。だが、それでしか斬れない物もある」
フィルクのその言い回しに全員がカタリウムのことだとわかった。つまり、フィルクはカタリウム狩りを許可したのだ。
「それが正しいことかどうかはわからない」
フィルクはまた目を瞑った。
「しかし、私はキミ達が正しい者だということはわかった。それだけで十分だ。……ダスト」
「な、何?」
再び寄り添ったダストはフィルクの顔に耳を寄せる。
彼の聴覚を持ってしても、いよいよフィルクの声はかすれて聞き取りにくくなってきた。
他の三人には何を言ってるのか全くわからない。
ダストがコクリと頷く。
フィルクは話すべきこと、伝えるべき全てが彼の喉を通じて音となった。
岩壁にもたれたまま、彼は深い深い眠りに入る。
「フィルク!」
それまでずっと堪えていたモブラン、微笑を浮かべるフィルクの胸に顔を埋めて泣き叫ぶ。
「フィルク! フィルク! 目を開けるにゃ! 死んじゃダメにゃ! モォ、フィルクに命返すのにゃ! モォは一度死んだ身にゃ! フィルクはもっともっと生きるにゃ! みんなと一緒に旅するのにゃ! ヒエンもダストもユージンも、もっともっとフィルクとお喋りしたいのにゃ! フィルク! フィルク! お願いだから目を開けるのにゃ! フィルク、死んじゃダメェェェェェ――ッ!」
その余韻に浸ることなく、手探りでモブランの頭を撫でるフィルクが「この子は」と言う。
「川の畔で私が見つけた時、既に溺死していた。早い段階であれば、葉人族は死んだ者に自分の寿命を分け与えて蘇らせることができる。傷ついた目は薬で現在治療中だが、それもほぼ問題ない。厄介なのは……自分で自分を制御できないことだ。葉人族の魂と死霊としての肉が反目し合って本来持つべき人間の心を寄せつけない。なので、私はこの子にギタイナの眼鏡を掛けさせた」
フィルクはギタイナに対して冷たく接し、彼女がクロンと駆け落ちしてしまっても、贈られた眼鏡は後生大事に保管していた。
フィルクの想いは本物だったのだ。
「何故ならば、それまで生きてきたギタイナの観念が眼鏡に凝縮して詰まっていたからだ。現在のモブランはそのギタイナに支えられて人間としての情緒をコントロールできているが、逆を言えば、眼鏡を外したこの子がどうなるかは私にもわからない。ただ一つ言えるのは、この子は既にこの年齢で人間の一生分苦しんできた。もうこれ以上は誰もモブランを傷つけてはならない。特に、仲間であれば尚更それを肝に命じてほしい」
ダストはまじまじとモブランの顔を見た。
モブランも同じく、涙ににじむ瞳でダストを凝視する。
ダストにとってそれはどんな罵詈雑言よりも深く傷ついた。
心の中を見透かされたような気がする。
今の話を聞いた以上、つまらない感情は捨てなければならないと心に誓った。
ダストはモブランの小さな手を握り、それをフィルクの手の上に重ね合わせる。
「フィルク、安心して。僕はもうモブランを傷つけたりしない。僕とフィルクとモブランは一人の人間――ギタイナ・ブランカで繋がってるんだから。二人は僕の家族だよ」
せっかく点眼したばかりなのに、モブランの瞳はもう涙でグチャグチャになっている。
ダストも嗚咽しそうなのを我慢してモブランを力一杯抱きしめた。
「これで二つ解決した」
フィルクは弱々しく手招きして、近くに来るようヒエンを呼び寄せる。
そして、ダストとモブランが脇へと退いた。
「カタリウムで縄を作りたい。シーリザードを生け捕りにするために……だったな?」
「そうや」
「理由を訊こう」
「その前に確認したい。カタリウムで縄作るんは物理的には可能なんか?」
フィルクは頷き「理由が訊きたい」と繰り返す。
道は開けて来た。
ヒエンは包み隠さず話そうと思った。
「シバルウ王の家来に頼まれたんや。生け捕りできたら、海トカゲの正体が人間やと証明できる。そしたら、戦争は回避されて世界の均衡を保たれるんやて」
フィルクはしばらくそれについて熟考し、おもむろに口を開く。
「よくわからないな。『シーリザードの生け捕りでその正体は人間だと晒す』、『戦争が回避される』、『世界の均衡が保たれる』……この三つが繋がらない」
ヒエンと後ろに控えるユージンは顔を見合わせる。
「正直、ウチらにもわからん。わからんままこうして旅を続けてるんや。わかってるんはシバルウ王の家臣頭――チルだけや」
「いや、そのうちの二つは普通に繋がるだろ? 戦争を回避できるってことは世界が今のままって意味だからよ」
ユージンの意見にヒエンは異を唱える。
「繋がる言うても"世界の均衡"がシバルウ王朝の安定に限定されるやん。これはオマエの意見やったはずや。……それに強引に解釈するとしたら、チルがその証明に成功したら聖生神が崩御しても主城の求心力は低下せんと踏んでるんかな?」
「海衛兵はむしろ混乱するわな。シーリザードはシーリザードのままでいい。わざわざ人間に結びつける必要なんてねぇんだ」
ユージンはそう言いながら、チルに与えられたミッションを果たそうとする自分に嫌気がさしてきた。
目先の報酬のために数多くの海衛兵を苦しめることになるなら、シーリザードの生け捕りなんてしない方がいいに決まってる。
ヒエンは逆にフィルクに質問する。
「葉人族的には海トカゲの正体をどう考えてるんや?」
「我々も実際に森精庄に迷い込んだシーリザードを何体か殺害したことがある。しかし、その正体が人間であるという発想はこれまでに一度も持たなかった」
フィルクがそう言うと説得力が増してくる。
つまり、違うという認識だ。
「昔からの言い伝えで『竜が咥え去られた人間が海トカゲになる』って信じられてた時代もあったんやけど、ザール公の検証でそれは迷信やて証明された。その証明をチルは更に覆そうとしてる。……ウチらにはその真偽はともかく、何でそれを秘密裏に進めようとしてるのかがわからん。やるんやったら、シバルウーニの総力を結集したらいずれ成功するやん。チルは最初、ウチとユージンだけにそれをやらそうとしたんや。今は四人に増えたけど、それでも少なすぎるわ」
「臣長殿が勝手にやってるからだろ」
「結局ソコに行き着くねん。ウチらにチルの考えがわからんからどうしようもない」
ヒエンは目を閉じたままのフィルクを覗き込んだ。
こんな曖昧な理由で承認するとは思えないが、ヒエンにもそれ以上の説明はできなかった。
やがて、フィルクはずっと閉じていた瞼を開いてヒエンを見る。
「……思い出したぞ」
「え?」
ただ事ではないその雰囲気に、ヒエンとユージンだけでなくダストとモブランもフィルクの周りに慌てて集まった。
「『人間さえいなければ世界の均衡は不変であった』……そう恨みながら我が父達――精霊はこの地を後にした。精霊が葉人族も人間の類と見做していたことは我々を置き去りにしたことで明白だが、それはこの際どうでもいい。ところで、キミ達の言う"世界の均衡"は精霊の残した言葉と同一ではないのか?」
フィルクの弱っていた眼光が一瞬だけ鋭くなる。
「そうやとしたら……」
ヒエンは唾を呑みこんだ。
「チルは精霊ってことか?」
「もしくは竜だ」
フィルクの言葉に強い衝撃が走る。
そんなことなど思いもしなかった。
青ざめる一同に、フィルクはすぐさま付け加える。
「これは仮説だ。私の思いつきに過ぎない。"世界の均衡"がチルという者の独自の言い回しであるならば、勿論該当しない。……ただ、我々の知る"世界の均衡"というのは精霊と竜が共存していた太古の時代を示す。人間の登場でそれは崩れてしまったと彼らは思っている」
「もしかして臣長殿……ヤヨロス教徒じゃねぇのか? だったら、フィルクが言うことも当てはまるぞ」
ユージンのその発言にヒエンは「あッ!」と声を上げる。
「ユージン、ええこと言うた! そっちの方が全然アリやわッ! 聖生神の筆頭巫女が実は精霊信仰のヤヨロス教徒……そうやとしたら、チルが国王や宰相に黙ってコッソリと事を進めるんもわかるし、それがシバルウーニ大陸の三公国とも通じてたら戦争も回避できるしな!」
「じゃあ、イニア公やザール公、テフランド公もヤヨロス教に改宗したとか?」
「違うで、ダスト。イニア公とテフランド公は知らんけど、ザール公は元々、聖生神なんて本心では崇めてない。……そうやったな、ユージン?」
「いや、ザール公は宗教そのものが嫌いなんだ。聖生神どころか精霊信仰すら持ってねぇぞ」
「そうやとしても、生身の人間を神格化するよりは全然マシやろ。チルはザール公国に密偵を放ってて、その役目はスパイやなくてザール公との連絡係やとしたら……」
ユージンは顔を引きつらせている。
「おいおい、ヒエン。穏やかじゃねぇな。だとしたら、臣長殿は後ろ盾を失っても身の安全のために保険を掛けてるってことか? だとしたら"世界の均衡"どころか、シバルウ王朝は確実に崩壊するじゃねぇかよ」
「そうやな。チルにとっての"世界の均衡"は自分が生き延びることかもしれん」
「けどよ、臣長殿はザール公が証明したことを覆そうとしてんだぜ? 二人が結びついてるなんて考えにくいぞ」
「チルが昔の伝承を証明しようと動いてる……今んとこそれ知ってるんはウチらだけやろ。都合悪くなったら海トカゲの生け捕りは世間に公表せんでもええし、チルは邪魔なウチらを消したらええだけやん。どっちにしろ、あの女はどうとでも動ける」
ユージン同様、ヒエンもこのままミッションを遂行することが馬鹿らしくなった。
勿論、ヒエンの想像はあくまで仮説に過ぎない。
フィルクの唱える説よりは信憑性が高いだけで、チルが絶対に嘘をついているという証拠にもならない。
今の時点で何が正しく何が間違っているのかはわかりようがないのだ。
「ユージン、これを……」
急に呼ばれたユージンはフィルクが差し出した物を見て驚いた。
鞘に収まった葉人族の剣である。
「オレは武器なんて必要ねぇぞ。大体、グラップラーに剣なんて扱えねぇよ」
「別に『人を斬れ』とは言ってない。だが、それでしか斬れない物もある」
フィルクのその言い回しに全員がカタリウムのことだとわかった。つまり、フィルクはカタリウム狩りを許可したのだ。
「それが正しいことかどうかはわからない」
フィルクはまた目を瞑った。
「しかし、私はキミ達が正しい者だということはわかった。それだけで十分だ。……ダスト」
「な、何?」
再び寄り添ったダストはフィルクの顔に耳を寄せる。
彼の聴覚を持ってしても、いよいよフィルクの声はかすれて聞き取りにくくなってきた。
他の三人には何を言ってるのか全くわからない。
ダストがコクリと頷く。
フィルクは話すべきこと、伝えるべき全てが彼の喉を通じて音となった。
岩壁にもたれたまま、彼は深い深い眠りに入る。
「フィルク!」
それまでずっと堪えていたモブラン、微笑を浮かべるフィルクの胸に顔を埋めて泣き叫ぶ。
「フィルク! フィルク! 目を開けるにゃ! 死んじゃダメにゃ! モォ、フィルクに命返すのにゃ! モォは一度死んだ身にゃ! フィルクはもっともっと生きるにゃ! みんなと一緒に旅するのにゃ! ヒエンもダストもユージンも、もっともっとフィルクとお喋りしたいのにゃ! フィルク! フィルク! お願いだから目を開けるのにゃ! フィルク、死んじゃダメェェェェェ――ッ!」
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