人を咥えて竜が舞う

よん

文字の大きさ
上 下
11 / 57
第3章

大人と子供 1

しおりを挟む
 真っ白な建物は見るのもイヤだというヒエンの意見を尊重し、二人は凱旋門前まで歩いてそこから二頭立ての民営馬車に乗り、グレンナというテフランド公国の国境手前の大きな街まで移動していた。

 二人とも空腹だったのでユージン馴染みの古いパブ――"飲み食い団"に入り、奥のカウンターに腰掛けた。
 日没まではだいぶあったもののヒエンは朝食も満足に食べていなかったので、好物のフライドフィッシュを二皿とサラダとチーズをかけたアツアツの平らなパンを注文し、井戸で冷やしたミルクをゴクゴク飲んでそれらの料理を次々に片づける。

「しかし、美味そうに食いやがるな」

 ヒエンの食べっぷりに感心したユージンは、ビーフジャーキーを噛みちぎりながらそう言った。
 こちらは飽きもせず蜂蜜酒を頼んでいる。
 瞬く間に料理を平らげたヒエンはフゥーッと一息つきようやく喋り出す。

「こんな内地で魚が出てくるとは思わんかったわ。ムチャ高いけどな」
「腹が満たされて怒りは収まったみてぇだな」
「少しだけや」

 残ったミルクを一気に飲み干し、ヒエンは腕組みをしてまたも黙り込む。
 次第に店は込み始めるが、大きな店なのですぐに出ていく必要はない。
 そもそも、ユージンは三杯目の蜂蜜酒とその肴にオイル漬けの小魚をハーブで炒めた物とナッツの盛り合わせを追加注文したばかりだった。

「そんなに好きじゃねぇんだが、オメエの食いっぷり見てたらこっちまで魚を食いたくなったぜ。……食うか?」

 ユージンは小魚の炒め物を勧めるが、ヒエンは無言のまま首を横に振った。
 あきらめたユージンはフォークで小魚を突き刺して口に運んだが、まるで苦い粉薬を飲まされたような顔をして蜂蜜酒で一気にそれを流し込んだ。

「ウゲェッ、マジィ! 懐に余裕がなかったら絶対頼んでなかったぞ、こんなもん!」

 店主を目の前にしてこんな暴言が吐けるユージンは本当にデリカシーがない。
 尤も、ユージンの性格を知り尽くしている店主は何も言わなかったが。
 そのユージンが声をひそめる。

「しかし、ヒエンよ。オメエがこうして豪華な飯にありつけるのも、オレが臣長殿からもらった二十万ギリドのおかげなんだぜ。オメエがあん時に癇癪起こさなかったら、二人合わせて四十万だぞ。つくづく惜しいことをしたもんだぜ」
「ユージンはそんなに金が好きなんか?」

 皮肉まじりにヒエンが口を開いた時、ユージンは嬉しそうにグラスを傾ける。

「言え。その小せえオッパイに溜め込んでるもん、洗いざらい喋っちまえ。その方がオメエらしいぜ」
「断っとくけどな」

 ヒエンは眉間にシワを寄せる。

「ウチは下ネタと金の亡者は大嫌いやねん。胸のことは言うな。ついでに言うたら酒飲みも好かん」
「オイオイ、それ三つとも否定しちまったらオレの存在は煙みたいに消えちまう……まぁ、いいや。生娘相手にそこまでのノリは期待しちゃいけねえな。だが、酒だけは譲らねぇから。飲みすぎて肝臓ぶっ壊れようがオレは飲み続けるぜ」
「大金もろて大酒食らって、ほんで肝臓壊すんか? アホの極みやな。世界の均衡が崩れる前にとっとと自分で自分殺してまえ。誰も哀しまんわ」
「ソレだよ。不思議なもんだぜ」

 ユージンはまたもニヤリと笑って蜂蜜酒を飲み干した。

「オマエ、さっきから何ニヤニヤ笑てんねん。気色悪いオッサンやな」

 ユージンはすぐに答えない。

「マスター、おかわりだ。まどろっこしいから瓶ごと寄こせ」

 新たに蜂蜜酒をオーダーし、ヒエンに向かって「ちっとも腹が立たねぇんだ」と本心を告げた。

「ウチに?」
「ああ。だが、最初に主城で会った時は別だぜ。さんざん待たせたあげく、このオレに『殺す』と抜かしやがった時は、さすがに生意気なクソガキをあの場でブチ殺そうかと思った。しかし、妙なことにそんな感情はすぐどっかに失せちまったんだ」
「まさか、生粋のマゾとか?」
「そんなんじゃねぇよ。うまく説明できねぇが、オメエの憎まれ口を聞いてるとこっちのリズムがよくなることに気づいたんだ。だから、馬車の中からこの店に入るまでオメエが殆ど口をつぐんじまった時は退屈でしょうがなかった。……オメエは絶対に認めねぇだろうが、オレ達はなかなか相性がいいと思う」
「言うとくけど、ウチは不細工に惚れたりせんで」
「馬鹿野郎! こっちだってミルク飲んでるガキなんざ一切興味ねぇよ! オレが言ってんのは仕事上の相性って意味だ」
「超一流の不細工は否定せんのか?」
「オレだって鏡くらい見て自分の顔のマズさくらい自覚し……ってか、ドサクサまぎれに『超一流』を付け加えるんじゃねぇよ!」
「悪かったな、超一流の傭兵さん」

 ユージンはそれについて何か言おうとしたが、あきらめて話を進める。

「今度のミッション、かなりキツいことは疑いの余地もねぇが、それでもオレには成功する場面しか想像できねぇんだ。……近い将来、信じられねぇくらいの大金を手にしたオレは城のような豪邸をぶっ建てる! そこにいい女をたくさん侍らせて一生遊んで暮らす! ザール領内にオレの銅像を建てる! 多額の寄付もする! ザール公はこのオレに爵位を授ける! 祝典パレードで俺は民衆に投げキッスをして大勢の女を虜にしちまう! 豪邸はますます女で賑わう! ……見える! 見えるぜ、その光景がこのオレには鮮明によッ!」

 ヒエンは頬杖を突き、虚ろな目で相方を見た。

「おめでたいやっちゃな」
「いいじゃねぇか。悲観的に考えても先には進まねぇからよ。オメエだってナニワーム公から一目置かれて、南の島の統治を任されるくらいになってるかもしれねぇぞ」
「アホ。どんだけ話を飛躍させとんねん。冷静にならんかい。第一、先になんか進めるわけないやろ。今のウチら、ヌカルミにドップリ浸かったまま停滞しとんのに」
「縁起でもねぇこと言うな。臣長殿に獲物を差し出せば済む話じゃねぇかよ」
「はぁ?」

 ヒエンは蔑むような目をしてユージンに言ってやる。

「肝心な"海トカゲ生け捕り"もノープランやのに?」

 その発言に、今まで熱く語っていたユージンは一気に凍りついた。
 目の前に蜂蜜酒の瓶が置かれたが、彼はそれに気づかないほど頭が真っ白になっていた。
 やっと気を取り戻したユージン、大きく息を吐いて正気を取り戻す。

「ヒエン、悪い。ちょっと飲み過ぎたみたいだ。……無理もねえ。主城で既に三瓶空けてんだからよ。おかしな幻聴が聞こえたってことは、ついに肝臓がギブアップしたってことだな。――マスター、やっぱこの酒いらねぇや。このクソマズイ魚と一緒に引っ込めてくれ」

 店主は露骨に不快な顔をする。

「おいおい、ユージン、冗談言うなよ! もう栓は開けちまったんだ。そっちが飲まないのは勝手だが、お代はちゃんと払ってもらうぞ」
「わかってるよ。いちいち細かいこと抜かすんじゃねぇや」

 ユージンは革袋の中から一枚の金貨を取り出して、カウンターの前にバンと置いた。

「釣りはいらねえよ。これから大事な話をするんだ。しばらくオレ達から離れてくれ。それから、他の客も横へ座らせるんじゃねぇぞ」

 二人の飲食代は合わせて三百三十ギリドなのに対し、金貨一枚は千ギリドだ。
 ユージンの振る舞いに半ば呆れた店主はまばゆい輝きを放つ金貨をポケットにしまい、魚の皿と蜂蜜酒の瓶を取り下げて別の客の前へ移動した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

無属性魔術師、最強パーティの一員でしたが去りました。

ぽてさら
ファンタジー
 ヴェルダレア帝国に所属する最強冒険者パーティ『永遠の色調《カラーズ・ネスト》』は強者が揃った世界的にも有名なパーティで、その名を知らぬ者はいないとも言われるほど。ある事情により心に傷を負ってしまった無属性魔術師エーヤ・クリアノートがそのパーティを去っておよそ三年。エーヤは【エリディアル王国】を拠点として暮らしていた。  それからダンジョン探索を避けていたが、ある日相棒である契約精霊リルからダンジョン探索を提案される。渋々ダンジョンを探索しているとたった一人で魔物を相手にしている美少女と出会う。『盾の守護者』だと名乗る少女にはある目的があって―――。  個の色を持たない「無」属性魔術師。されど「万能の力」と定義し無限の可能性を創造するその魔術は彼だけにしか扱えない。実力者でありながら凡人だと自称する青年は唯一無二の無属性の力と仲間の想いを胸に再び戦場へと身を投げ出す。  青年が扱うのは無属性魔術と『罪』の力。それらを用いて目指すのは『七大迷宮』の真の踏破。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

狂乱令嬢ニア・リストン

南野海風
ファンタジー
 この時代において、最も新しき英雄の名は、これから記されることになります。  素手で魔獣を屠る、血雨を歩く者。  傷つき倒れる者を助ける、白き癒し手。  堅牢なる鎧さえ意味をなさない、騎士殺し。  ただただ死闘を求める、自殺願望者。  ほかにも暴走お嬢様、爆走天使、暴虐の姫君、破滅の舞踏、などなど。  様々な異名で呼ばれた彼女ですが、やはり一番有名なのは「狂乱令嬢」の名。    彼女の名は、これより歴史書の一ページに刻まれることになります。  英雄の名に相応しい狂乱令嬢の、華麗なる戦いの記録。  そして、望まないまでも拒む理由もなく歩を進めた、偶像の軌跡。  狂乱令嬢ニア・リストン。  彼女の物語は、とある夜から始まりました。

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

処理中です...