キラキラ!

よん

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第1章

1-3

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 二人だからカウンター席でよかったのに、暖簾をくぐって店に入った時には既に巫女はテーブル席に座ってバンバン机を叩いていた。
 遅いどす、と俺を睨む。
 何だよ、簡単に一人で飲食店に来れたじゃないか。

「注文は?」
「もうしたどす」

 それから数分後、無言のまま向かい合ってラーメンを待っていたら、店員が二つの丼を俺達のテーブルに置いて無言で去って行った。

「……え、俺のも頼んだ?」
「いらないなら、ウチが食べるどす」

 いいよ、と言おうとしたが何だかイヤな予感がした。

「その前に割引券、見せてくれる?」

 割り箸とレンゲの二刀流で早くもラーメンに取りかかっていた巫女は、食べるのを中断して懐からシワクチャな割引券をテーブルの上に置いた。
 年季が入ってるな。
 俺はそれを広げるやガックリと肩を落とした。……嘘だろ?

 期限が過ぎてる。
 しかも店まで違う。

「コレ、どうしたんだ?」
「道端で拾ったどす」
「いつ?」
「忘れたどす」
「だよなあ。平成八年て俺生まれてねーもん」

 この感覚のズレからして巫女は確実に無一文だ。
 だからこそ、どうしてもこの俺をラーメン屋に連れてきたかったんだな。「行きづらい」ってそりゃそうだろ。
 俺は顔をしかめながら目の前のラーメンに箸をつけた。

「やっぱり食べるどすね?」
「その権利が俺にはあると思うんだ。……キミは何か? 俺に厄災をもたらすために下界に来たのか?」
「とんでもないどす。恩返しに来たどすよ」
「いいよ、もう。店まで来てしまった俺が悪いんだ。この程度の散財で済むならよしとしよう。だけど、コレ食ったら俺の前から消えてくれ。マジで」
「消えるどす。でも、その前に」

 巫女はまた懐をゴソゴソ探っている。
 出てきたのは真新しい絵馬と、そこらへんの文房具屋やコンビニでも売ってる黒の極細サインペンだった。

「ウチの神社で奉納するどす。それだけでワタル殿の恋愛が成就するどすよ」

 これまた唐突な展開だな。

「嬉しいどすか?」
「迷惑だ」

 俺は邪魔な海苔をスープに浸しておいて、チャーシューをパクついた。

「ワタル殿、照れてるどすな」
「照れてるもんか。言ったろ? 失恋したばっかりだって。当分、女はいらない」
「……ホモどす?」
「何でそうなる?」
「だってワタル殿、男子校どすから」
「その理由だけでホモだと認定されるなら、この国はホモの楽園だな。みんな掘ったり掘られてる」
「きっと腐女子が喜ぶどす」

 皮肉が通じないな。

「今はいらないって言ってるんだ。俺はまだ高校生だし、当分はサッカー三昧でいい」
「”光陰矢の如し”、”月日に関守なし”どす」
「何ソレ?」
「このウチを見るどす。婚期を逃した哀れなアラ五百どすよ?」
「……アラ?」
「アラサーとかアラフォーのアラウンドどす」
「だったら五百も英語で言えよ。てか、今度は妖怪の設定か?」
「設定じゃないどす。キツネの妖怪――九尾きゅうびどす。ウチは狐珠コタマと申しますどす」

 本当はキツネだけど本物のキツネじゃない……。そういうことか。
 狐珠は小さな手で大きな丼を持ち上げ、ズズズと一気にスープを飲み干してしまう。
 もう完食? 食うの早いな。
 負けじとそのまま黙ってラーメンを食べていると、無反応な態度が気になったのか、

「疑うどすか? じゃあ、尻尾見せるどす」

 巫女の狐珠は緋袴をまくろうとする。

「やめろ。ここで出すな」
「どうしてどす?」
「騒ぎになると困るからな」

 狐珠はパアッと笑顔になる。

「それって信じてくれてるどす?」
「違うね。否定するのがしんどいだけだよ」
「……そんなにウチ、疲れるどすか?」

 上目遣いで俺を見る狐珠。急にしおらしくなられても困る。

「気持ちは嬉しいけど、好意の押し売りほど迷惑なものはない。俺はヒカリにフラれてラクになれたんだ。だから、すぐに恋愛したいとは思わない」
「ワタル殿、冷めてるどすね?」
「そうかな? あれは恋愛と呼べるものじゃなかったから。……言っとくけどな」

 俺は身を乗り出す。

「何どす?」
「理想の女の子が恋人になってくれたら、そりゃこの俺だって周囲がドン引きするくらい浮かれまくって、スキップで登下校するかもしれないぞ?」
「それどす!」

 狐珠も負けじと身を乗り出して、テーブル上の絵馬を俺の鼻先に突きつけた。

「この絵馬にワタル殿の理想とする女の子の条件を書けば、すぐにウチがお届けするどす」
「安っぽい話だな」

 馬鹿馬鹿しくなって浮かせた腰を下ろす。

「不服どすか?」
「不服だよ。俺はともかく、選ばれた相手が不憫だ」
「どうしてどす?」
「女の子は人であって物じゃない。妖怪の幻術にかかって俺のところに来るんじゃ気の毒極まりないからな」
「そんな悠長なこと言ってる場合どすか? うかうかしてると、ワタル殿はこのまま童貞街道まっしぐらどすよ? そのうち、その海苔みたいにフニャチンになるどす」
「大きなお世話だ!」

 てか、食い物屋でチ○○の話するな!
 その存在を思い出し、俺はフニャフニャになりすぎた海苔を箸でつまむ。

「……今更だけど、ラーメンに海苔だけはないわ。どうしてかな? 関東圏のラーメン屋には大概入ってる」
「ソレ、食べないどす?」
「うん」
「じゃ、あーんどす」

 大きく口を開けて待ってる狐珠に、俺は黒い物体を放り込んだ。
 モグモグとうまそうに咀嚼する狐珠、

「本音を言えば、ワタル殿は恋人とこういうことしたいどすね?」

 俺は赤くなって頷く。

「本当の恋人とならな。……でも、それは今じゃなくていいんだ。サッカーの方がずっと大事なんだよ」
「またまた。無理しちゃってかわいいどすな」
「茶化すな。どうせそんなことできないクセに」
「それができるどすよ。この絵馬を使えば、狙った獲物はイチコロどす」
「だから、イチコロになられたら困るんだよ。そんなの惚れ薬飲ませて無理やり拉致ってくるのと大差ないじゃないか」
「そんな非人道的なことしないどす。ウチは女子の味方どすよ」
「じゃ、狐珠が俺の彼女に化けるとか?」
「おろ?」

 急にエヘラ顔になった狐珠、

「ワタル殿はウチと付き合いたいどすか? ウチ、けっこう凄テク持ってるどすよ?」

 ロリ巫女に化けるなら、アダルティな発言は控えてほしい。

「何のアピールだよ? 五百歳のキツネの妖怪って自白しなけりゃ、まだ可能性はあったけどな」
「安心するどす。ウチじゃなく、ちゃんとした生身の人間の娘を連れて来るどす」
「強制的に?」
「合法的にどす」
「どういうシステムで? キミの神社は会員制の恋人紹介会社か?」
「早速、この絵馬に……」
「堂々と質問をスルーすんな。そんなうさんくさい組織から恋人を派遣してもらいたくない。……よし、ラーメンも食べたし、清算済ませて俺達はとっとと解散だ」

 狐珠はモジモジと人差し指を重ねている。

「どうした?」
「……実はウチ、お金がないどす」

 確信犯が今更かよ。

「いいよ、ここは俺が払う。どうせ、前カノに使うはずの金だったんだ。使う相手が変わっただけだから気にするな」
「ではでは遠慮なくゴチになるどす。この御恩はいつの日か必ずお返しするどす」
「ん、気持ちだけでいい」

 俺が勘定を持って立ち上がろうとすると、狐珠はその手をつかんで強引に座らせた。

「今、その御恩をお返しするどす」

 早いな。

「さっきから堂々巡りだぞ。俺は一貫して辞退してるんだぜ?」
「神様がどうしてもワタル殿の失恋の埋め合わせをしたがってるどす」
「何度でも言ってやる。いらねえ!」
「老い先短い年寄りのワガママだと思って、ここは素直に好意を受けとくもんどすよ?」
「さっき不死身だって言ったじゃないか」
「不死身キャラなだけで、実際はどうなるかわかったもんではないどす。最近、物忘れもひどいどすから」

 発言がいちいち適当すぎる。

「相手のことなら心配ないどすよ。あえてずっと伏せてたどすが、実はウチが連れて来る女の子は、将来ワタル殿と結婚する可能性があるどす」

 頭が一瞬、真っ白になる。

「……はい?」
「だから、無理やりじゃないどす。ウチがそこに少しだけ手を加えるだけどすから」
「おいおい、今サラッとすごいネタバレしてくれたな。できることならソレ聞きたくなかったぞ」
「どうしてどす?」

 きょとんと俺を見るな。

「決まってる。この先、未来がわかっちまったら人生つまんないだろ」
「あくまで可能性どす。ワタル殿の未来はワタル殿の手で切り開かなきゃいけないどすよ。ウチらはそのお膳立てをするのみどす」
「……お膳立てって、お見合いや合コン的なこと?」
「それよりは濃密どすな。別にその女の子と相性が合わなければ、当然ながら結婚なんてしなくていいどす。……そう、訪問したデリヘル嬢を『チェンジ』の呪文で退散させる発情鬼の如く、次なる出会いに賭ければいいどすよ」
「そろそろ相手を選んで発言してくんねーかな。俺は現役高校生だぞ?」
「現役童貞高校生」
「……」

 これって完全に逆セクハラだよな。

「その、何だ? 決定権は俺にしかないのか?」
「当然、その逆もあるどすよ。女の子がワタル殿を拒絶するパターン」
「恋愛にリスクがあるのは無論だが、そもそも今はその出会いを求めてないんだ。求めてないのにフラれたばかりの俺が、紹介された女の子にまたもフラれる……一体どんな天丼だよ?」
「気楽に考えるどすよ。ウチらサイドとしては二人の出会いを少し早めて、ちょっとばかりのドキドキ感を味わってもらえるシチュエーションを提供したいだけどす」

 それがさっき言ってたラッキーか。
 やれやれ、神様なんか助けるんじゃなかったぜ。
 まあ、嬉しくないといえば嘘だけど。

「ドキドキ感て?」
「お、乗り気になったどすな。さすが発情期」
「誰が『発情期』だッ! キツネと一緒にするな!」
「耳が悪いどすな。『さすが発毛期』って言ったどすよ?」
「堂々と嘘をつくなよ。そして俺は育毛に悩むほどハゲてねえ! ……で、俺はどうなる?」
「二日間、ワタル殿はその女の子と二人きりで過ごすどす」

 いきなり泊まりかい!

「どうやって? 旅行でも行くのか?」
「そうどすな」
「気軽に言うな。俺、そんな金ないぞ?」
「ワタル殿の両親がどす。今日から二日間、財産分与の件で実家の和歌山へ行くことになったどすよ」

 マジでか?

「えらい急転直下だな。しかも理由がえげつない」
「だから、息子のワタル殿は厚木の自宅でお留守番になるどす。ちなみに今、佐藤家は兄弟や血縁者が骨肉の争いで、二時間サスペンスドラマみたいに殺伐とした様相を呈してるどすよ」

 火サス! 土ワイ!

 思わず、頭を抱える俺。

「……できることなら、その裏事情も聞きたくなかった」
「三段壁は自殺の名所どすな。……自殺に見せかけて殺人なんてことも……タタタタッ、タタタッ、ターター♪」
「いかねーよ、CMに!」

 狐珠が縁起でもないジングルを発したところで、タイミングよくケータイが鳴った。

 メールだ。
 てか、着信アリ?

 ヒカリだった。
 時間的に、ちょうど俺が神様を背負っている時だった。
 今更気づいても手遅れ、もうどうしようもない。
 
 それより、メールだ。
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