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5、今を精一杯生きるのは来世のため

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「田舎育ちの私にとって都会人の言動は理解不能だという話」という記事でも触れたが、車にひかれそうになったり、変な人に危害を加えられそうになったり、生きていると時には身の危険を感じる事がある。大体の人はその後に「まだ死にたくない」と思うだろう。私も以前まではそうだった。

だが、一瞬恐怖を感じても、いつの間にか「いつ死んでも構わない」と思うようになっていた。誤解を招きそうだが、別に今すぐ死にたい訳ではないし、自殺願望がある訳でもない。ただ以前よりも「生に対する執着」が薄れて来ている気がするのである。

現在、放送中のドラマに「君が心をくれたから」という作品がある。物凄く簡単に説明をすると、好きな人の命を助ける代わりに自分の五感を失うという話だ。一気に全部を失う訳ではなく、一定の期間を経て順番に失っていく。ドラマ開始から一ヶ月経過した現在、味覚、嗅覚、触覚は既に失われ、次は視覚という段階である。

ドラマに限らず様々な作品を鑑賞する時、私は必ず「自分だったらどうするか」を考えるのだが、このドラマはそれを考えた時にとてつもない恐怖を感じた。想像してみて欲しい。五感を全て失うという事は生きながら何もない世界でただ息をしているだけなのだ。もちろん意識がない訳ではなくある状態。なのに外の世界と繋がる術を失った事で他者と触れ合う事が出来ない。途中で「もう駄目だ。死にたい」と思っても自ら死ぬ事すら出来ないのだ。暗闇の中たった一人で生きていく事に果たして耐えられるだろうか。ある意味、死よりも恐怖だ。

私はそれを想像してあまりの恐怖に「好きな人には申し訳ないが、そんな生き地獄を味わうぐらいなら死んだ方がマシ」と思った。ドラマの主人公はその「生き地獄」を自ら選んだのだ。愛する人の為に。このドラマは「自分を犠牲にする程の愛が自分の中にあるか」ということを考えさせられる。それは恋人だけではない。家族や友人など自分にとって大切な人に対してだ。

大切な人よりも自分を選ぶと言ったが、それは決して相手に対する愛がないと言っているのではない。私がこの作品の主人公だったら恐らく案内人(相手の死を選ぶか自分の五感を選ぶか主人公に尋ねて来た人)に「一緒に死ぬから私を殺してくれ」と言うかもしれない。それほど私の中で、生に対しての執着よりも五感を失う恐怖の方が勝っているのだ。

「生き地獄」と感じるものは人によって全く違うと思う。私にとってのそれは「五感を失う事」の他に災害に遭ってしまった時の二つの状況だ。具体的にどういう事かと言うと、ひとつは「生き埋め」もうひとつは「避難所生活」である。前者は説明せずともお分かり頂けると思うので、後者の説明をしようと思う。

発達障害者にとって誰かと共に生きるというのは決して簡単な事ではない。他者とコミニュケーションを取る事がとても苦手で人間の様々な感情に敏感な私のような者は特にだ。そんな人間が突然、災害に遭って家を無くし、心身共にボロボロの状態でプライベート空間など皆無で不便な避難所に放り込まれたとしたら……これぞまさに「生き地獄」である。例え家族や友人、知り合いがそばにいたとしても、いつ終わるか分からない避難所生活に耐えられる自信は全くない。だったら、苦しまずに一瞬で死んでさっさと生まれ変わった方が断然マシである。

今回、引越しをするにあたって老後の事などの将来設計を具体的に考えたのだが、強く思ったのは「長生きはしたくない」という事である。実はこれは今まで私が家族や友人、元夫など様々な人から聞いた言葉でもある。皆それぞれその言葉の意味を私に具体的に聞かせてくれたが、共通するのはやはり「生き辛さ」である。私はその言葉を様々な人から聞いた時はまだ、自分の具体的な将来について深く考えておらず漠然としていたので「そんな悲しい事言わないでよ~」などと軽く返答してしまったのだが、今ならその言葉の意味がよく分かる。

障害と共に生きるというのは常に苦痛が伴う。もちろん心も体も。生きている事が嫌になる事もある。現在、幸い自殺願望はないので自傷行為をする事はない。が、最近の言葉で言えば希死念慮きしねんりょみたいなものは常に自分の中にあるような気がする。

希死念慮とは簡単に言うと「自らの命を絶つことについて繰り返し考えること」Wikipediaによると「診断名ではないが、一部の精神障害の症状であり、精神障害がなくとも辛い出来事や有害事象に反応して発生することがある」とのこと。ある記事を読むと、今を生きる若年層の4割超えに希死念慮があるとのこと。いかに今が生き辛い世の中なのかがよく分かる。

私の場合は繰り返し考えている事が「自らの命を断つ事」ではなく、「どういう最期を迎えたいか」という事なので正確には希死念慮とは言わないかもしれない。だが、いつか必ず訪れる「死」についての考えや思いは尽きない。

老後の具体的なプランは考えている最中なのだが、大まかに説明しようと思う。まず、老後の資金を貯めながら今の会社を定年もしくは再雇用期間満了まで勤め上げる。その時点で自分の体に異変があれば、そこそこ田舎の老人向け施設へ入居する。独身と仮定すると、妹に最低限の世話を頼む必要があるので入居施設は妹と具体的に相談する。(妹には先日プランを打ち明けて了承してもらった)

だが、私の理想は老人向け施設に入る前に天寿てんじゅまっとうする事である。避難所生活が生き地獄だと言ったが、それは共同生活を送る老人ホームでも同じ事である。(中にはホームではなく住宅とかもあるが私の金力では入居はかなり難しい)

3年ぐらい前に急性肝炎で10日程入院した事があるのだが、私にとってあの入院生活は「生き地獄」だった。当時は発達障害の診断を受ける前だったので尚更だった。その病院は老人しか入院しておらず外来患者も老人ばかりで地元では「老人病院」として有名だった。当時30代半ばの私はそんな大勢の老人の中にたった一人で放り込まれた。大部屋には入れ替わり立ち替わり様々な患者が来たが、殆ど70歳以上の老人だった。看護師さんやヘルパーさんにも「星名さんはこの病棟で一番若い」と言われた。

同室には一人だけ寝たきりの年配女性がいた。お喋り好きでわがまま放題でよく看護師さんやヘルパーさんを困らせていた。隣のベッドの人の良さげなおばあちゃんがよく話し相手になっていたが、そのおばあちゃんが自分から話しかける事は一度もなかったし、年配女性が咳き込んだりしていても心配する素振りすら見せなかった。私は「ああ、このおばあちゃんはこの人の事が嫌いなんだな」と悟った。幸い私はベッドが離れていたし、必要な時以外はカーテンを絶対に開けないようにしていたのでその年配女性に話しかけられる事は一度もなかった。

患者の私に対して文句を言い、自分の学会を優先してこちらの治療を放置するという信じられないくらい悪質な主治医にあたってしまった事もあり、たった10日間の入院生活だったが、もう二度とあんな思いはしたくないと今でもあの日々を思い出す度に思う。老人向け施設に入るという事はあの時と同じような思いを自分が死ぬまで永遠に続けなければならないのだ。

老後を迎える前に天寿を全うしたいと思う理由は他にもある。年齢を重ねるにつれ、障害の症状が顕著になるのは間違いない。そうなった時、私はもしかしたら「田舎育ちの私にとって都会人の言動は理解不能だという話」という記事で挙げた「邪魔おばさん」や「右側おじさん」のような迷惑老人になってしまうかもしれない。その時きっと私は若者に「クソババア早く死ねよwww」と言われてしまうに違いない。下手するとキレられて半殺しにされるか、殺されるかもしれない。そんな惨めで悲惨な老後なんて絶対に送りたくない。想像しただけでゾッとする。

そんな惨めな思いをしながら老後を過ごすぐらいなら、その前の時代を悔いなく精一杯生き抜きたい。そして、さっさと生まれ変わり、障害がなく健康的でバリバリ働ける人間になって色々な山を乗り越えながらも楽しく有意義な人生を送るのである。

こう言うと、今の人生や障害を持って生まれた事を後悔しているように聞こえるかもしれないが、それは違う。障害を持って生まれた事に後悔はないし、障害があるからこそ今の人生があると思っている。こうして毎日のようにこのサイトにエッセイや小説を投稿できるのも障害による数々の特性の中で唯一のポジティブな個性である「文章力」を持っているからだ。

確かに辛くて苦しい事ばかりだが菅田将暉と米津玄師の「まちがいさがし」という曲にもあるように、間違い探しの絵の方に生まれたのかもしれないが、それは間違いではなかった。障害を持っているからこそ出会えた人々、経験できた事が沢山あるのだ。(まちがいさがしについては何度も記事で取り上げているのでしつこいと感じた方がいたら申し訳ない)

だから私はそんな今を悔いなく精一杯生き抜きたい。来世でもっともっと自分の境界を高める為に。
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