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番外編
初めてのバレンタイン Side 司 01話
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学園中が浮き足立つシーズン――それは毎年進級テストの直後にやってくる。即ち、バレンタイン。
自分にとってはこのうえなくどうでもいいイベントで、できることなら一切関与したくないところだが、そうはさせてもらえない世の無常。
その無常に対抗すべく、落し物扱いを始めたのがいつからかなんてもう忘れた。
魔の一日は、学校に着いたところから最悪を極める。
登校すれば下駄箱にいくつかの包みが入っているわけで、俺はその包みをひとつ残らず下駄箱の上に放置する。
食べ物を下駄箱に入れるという神経が理解できないし、人の下駄箱やロッカーを勝手に開ける神経も理解しかねる。
とりあえず、自分のものではない意を示すために下駄箱から出して放置するわけだが、中身が生ものか何か知れないため、その日のうちに回収されなければ事務室に落し物として届ける。
教室の机の上、机の中にもすでにいくつかの包みが入っていた。それらを取り出しては教卓の上に積み上げる。と、
「げっ……優太が言ってたのマジだったんだ!?」
「ま、なんていうか……目の当たりにしないと信じがたいよな」
「でも、あの教卓に積まれたもの、先生はどうするんだろ?」
「去年は気づかないふりして授業してた」
「えええっ!? だって気づかないふりするにしても限度があるでしょ?」
「それはそれ……っていうか、司の逆鱗に触れるのが怖いだけだと思う」
「いや、それにしたって……司、鬼だわ」
「おふたりさん、そこまでにしたって……。それ以上この会話すると司の不機嫌マックスで、司の前の席の俺が泣きたくなるから」
嵐と優太の会話を止めたのはケンだった。
今日は化学と体育の授業で教室を開ける。その都度、机の上に積み上がる包みを想像するだけでうんざりだ。
「私、こんなにモテる人が不機嫌オーラガンガンに漂わせてるの初めて見た……」
「あはは……。俺は去年のうちに知ってたけど……触れるのはやめとこう。本当、笑顔でおっかないこと見舞われるから」
「それは危険……」
嵐と優太は連れ立って俺から離れた。
毎年恒例とはいえ、正直面倒で面倒でたまらない。あれらを事務室に持っていくことも何もかも。
午前の授業が終わるころには教卓の上が満員御礼となり、これ以上積み上げられないことを悟る。
「ケン」
「はいはい、わかってますよ」
「俺も行こうか?」
優太に訊かれ、
「一回で済ませたい」
「了解」
「司、ごめん。私はパス」
「かまわない」
教室を出て朝陽と鉢合わせた。
「相変わらずだな」
「うるさい」
「はいはい」
そんな会話のみ。
事務室へ行く途中、複数の女子に呼び止められ、行く手を遮られたから仕方なく対応する。
「何……」
「これっ、受け取ってください」
女子の手には大小様々な包みがあった。
無言でそれらを見ていると、
「ごめんねぇ。今、見てのとおり、手、塞がってるからさ」
なぜか優太が代わりに答えた。
「優太……頼むから火に油的な行為、発言は控えてっ」
切実に訴えるのはケン。俺はため息をひとつつき、
「悪いけど、手が空いていてもそれを受け取るつもりはないから」
言って歩き始めれば違う女子たちに呼び止められる。
こんなことを繰り返していたらいつまでたっても事務室にたどり着けない。またしても断わりを入れて歩きだすが、今度は呼び止められそうにもない速度に転じた。
「なんかさ、司を呼び止める子たち増えてない?」
ケンの意見に同感。
今までなら呼び止められることはそんなになかった。
「あれじゃない? 一応、司も人間なんだって認識されたんじゃない?」
「は?」
優太の言葉にケンが疑問符つきの言葉を返す。
「翠葉ちゃんのことを好きになった司なら、誰かを想う気持くらい受け止めてくれるかも、とかさ」
「「ありえない」」
ケンと声が重なり顔を見合わせるも、一瞬で前方へ視線を戻す。
事務室では加藤さんがまっさらな用紙を用意して待っていた。
「来ると思ってたわ……。藤宮くん、これにフルネームね。それとコピーするからそれにもサインだけ入れていって」
「ありがとうございます」
「それにしても多いわねぇ……。今年はいくつかしら?」
「そんなことは気にせず、早くコピーをとっていただけませんか」
次の行動を催促すると、追加された用紙に「司」と一文字ずつ記して事務室をあとにした。
不機嫌のままに歩いていると、教室に戻るまでにまた何度か声をかけられた。もう呼び止められるまいと、歩みを速め教室へ戻る。
「司、眉間にしわ」
嵐に指摘されても直しようがない。
「ほら、今日も翠葉んとこ行くんでしょ? 翠葉に会って機嫌直してきなよ」
「あっ! そうだよ! 翠葉ちゃんに会ってくれば機嫌直るんじゃん?」
嵐と優太の言葉に、ケンが噂話を持ち出した。
「なんかさ、聞いた話なんだけど、姫、クラスメイト全員にお菓子配ったって」
「「えっ?」」
嵐と優太は一文字口にして押し黙る。
「翠葉、バレンタインってイベントがどんなものか知ってるのかな?」
「……翠葉ちゃんだろ? かなり怪しいよな……」
「怪しいなんてもんじゃないよ。何かイベントの趣旨間違えてる気がするんだけど……」
額に冷や汗をかきながらケンが主張する。
「ま、何はともあれ、クラスメイトにあげてて司にあげないなんてことはないだろっ!?」
その言葉が妙に引っかかったものの、俺は弁当を持って翠のクラスへ行くことにした。
「機嫌、直してこいよっ」
「グッドラック」
ケンと優太にそんな言葉をかけられたかと思えば、
「元気だして」
そんな言葉を口にしたのは嵐だった。
俺はそれらに無言の視線を返し、自分の席を離れた。
翠のクラスはそれなりに賑わっていたが、俺が教室に入ると一瞬だけしんとした。すぐにまた賑わい始めるものの、どこか様子をうかがわれているような気がしてならない。そんな折、
「ツカサ……機嫌、悪い?」
翠に訊かれて「別に」と答える。
「でも、眉間にしわ……」
細い人差し指が寄ってきて、俺の眉間をつついた。
「フロランタン食べたら機嫌直る?」
翠の癖、首を右に傾げて訊かれる。
チョコではなくフロランタン、という言葉に反応した自分がいた。
「今日、バレンタインでしょう? だからね、お菓子を焼いてきたの」
「はい」と目の前に差し出されたのは透明な袋に入れられた焼き菓子。英字印刷がされたオイルペーパーには二種類の焼き菓子が挟まれていた。そのうちのひとつがフロランタン。
「俺に?」
「うん。フロランタンとコーヒークランブルケーキ。口に合うかはわからないけど……」
その包みに手を伸ばし、両手で受け取る。
翠が作るフロランタンは好きだ。あと、コーヒーと名のつく焼き菓子にも興味がある。
でも、教室中の神経が自分たちに注がれているこの場で食べる気はない。
「コーヒー飲みながら食べたいから、家に帰ってから食べる」
翠に断わりを入れて、俺は弁当を食べ始めた。
もし、これがクラスの人間に渡したものとまるきり同じものでもかまわなかった。そこを分けろと言っても翠にはできないと思うし、無理に分けさせるつもりもない。
ただ、翠が俺に……と言うのなら、これは俺のために用意されたものなわけで――
テープで貼り付けられたメッセージカードには、「いつもありがとう。これからもよろしくね」の文字。
嵐や優太の言うとおり、バレンタインのなんたるかを翠がきちんと理解しているかは怪しい。しかし、やはりそんなことはどうでもよく、自分のために用意されたプレゼントとメッセージカード、それだけで十分だった。
自分にとってはこのうえなくどうでもいいイベントで、できることなら一切関与したくないところだが、そうはさせてもらえない世の無常。
その無常に対抗すべく、落し物扱いを始めたのがいつからかなんてもう忘れた。
魔の一日は、学校に着いたところから最悪を極める。
登校すれば下駄箱にいくつかの包みが入っているわけで、俺はその包みをひとつ残らず下駄箱の上に放置する。
食べ物を下駄箱に入れるという神経が理解できないし、人の下駄箱やロッカーを勝手に開ける神経も理解しかねる。
とりあえず、自分のものではない意を示すために下駄箱から出して放置するわけだが、中身が生ものか何か知れないため、その日のうちに回収されなければ事務室に落し物として届ける。
教室の机の上、机の中にもすでにいくつかの包みが入っていた。それらを取り出しては教卓の上に積み上げる。と、
「げっ……優太が言ってたのマジだったんだ!?」
「ま、なんていうか……目の当たりにしないと信じがたいよな」
「でも、あの教卓に積まれたもの、先生はどうするんだろ?」
「去年は気づかないふりして授業してた」
「えええっ!? だって気づかないふりするにしても限度があるでしょ?」
「それはそれ……っていうか、司の逆鱗に触れるのが怖いだけだと思う」
「いや、それにしたって……司、鬼だわ」
「おふたりさん、そこまでにしたって……。それ以上この会話すると司の不機嫌マックスで、司の前の席の俺が泣きたくなるから」
嵐と優太の会話を止めたのはケンだった。
今日は化学と体育の授業で教室を開ける。その都度、机の上に積み上がる包みを想像するだけでうんざりだ。
「私、こんなにモテる人が不機嫌オーラガンガンに漂わせてるの初めて見た……」
「あはは……。俺は去年のうちに知ってたけど……触れるのはやめとこう。本当、笑顔でおっかないこと見舞われるから」
「それは危険……」
嵐と優太は連れ立って俺から離れた。
毎年恒例とはいえ、正直面倒で面倒でたまらない。あれらを事務室に持っていくことも何もかも。
午前の授業が終わるころには教卓の上が満員御礼となり、これ以上積み上げられないことを悟る。
「ケン」
「はいはい、わかってますよ」
「俺も行こうか?」
優太に訊かれ、
「一回で済ませたい」
「了解」
「司、ごめん。私はパス」
「かまわない」
教室を出て朝陽と鉢合わせた。
「相変わらずだな」
「うるさい」
「はいはい」
そんな会話のみ。
事務室へ行く途中、複数の女子に呼び止められ、行く手を遮られたから仕方なく対応する。
「何……」
「これっ、受け取ってください」
女子の手には大小様々な包みがあった。
無言でそれらを見ていると、
「ごめんねぇ。今、見てのとおり、手、塞がってるからさ」
なぜか優太が代わりに答えた。
「優太……頼むから火に油的な行為、発言は控えてっ」
切実に訴えるのはケン。俺はため息をひとつつき、
「悪いけど、手が空いていてもそれを受け取るつもりはないから」
言って歩き始めれば違う女子たちに呼び止められる。
こんなことを繰り返していたらいつまでたっても事務室にたどり着けない。またしても断わりを入れて歩きだすが、今度は呼び止められそうにもない速度に転じた。
「なんかさ、司を呼び止める子たち増えてない?」
ケンの意見に同感。
今までなら呼び止められることはそんなになかった。
「あれじゃない? 一応、司も人間なんだって認識されたんじゃない?」
「は?」
優太の言葉にケンが疑問符つきの言葉を返す。
「翠葉ちゃんのことを好きになった司なら、誰かを想う気持くらい受け止めてくれるかも、とかさ」
「「ありえない」」
ケンと声が重なり顔を見合わせるも、一瞬で前方へ視線を戻す。
事務室では加藤さんがまっさらな用紙を用意して待っていた。
「来ると思ってたわ……。藤宮くん、これにフルネームね。それとコピーするからそれにもサインだけ入れていって」
「ありがとうございます」
「それにしても多いわねぇ……。今年はいくつかしら?」
「そんなことは気にせず、早くコピーをとっていただけませんか」
次の行動を催促すると、追加された用紙に「司」と一文字ずつ記して事務室をあとにした。
不機嫌のままに歩いていると、教室に戻るまでにまた何度か声をかけられた。もう呼び止められるまいと、歩みを速め教室へ戻る。
「司、眉間にしわ」
嵐に指摘されても直しようがない。
「ほら、今日も翠葉んとこ行くんでしょ? 翠葉に会って機嫌直してきなよ」
「あっ! そうだよ! 翠葉ちゃんに会ってくれば機嫌直るんじゃん?」
嵐と優太の言葉に、ケンが噂話を持ち出した。
「なんかさ、聞いた話なんだけど、姫、クラスメイト全員にお菓子配ったって」
「「えっ?」」
嵐と優太は一文字口にして押し黙る。
「翠葉、バレンタインってイベントがどんなものか知ってるのかな?」
「……翠葉ちゃんだろ? かなり怪しいよな……」
「怪しいなんてもんじゃないよ。何かイベントの趣旨間違えてる気がするんだけど……」
額に冷や汗をかきながらケンが主張する。
「ま、何はともあれ、クラスメイトにあげてて司にあげないなんてことはないだろっ!?」
その言葉が妙に引っかかったものの、俺は弁当を持って翠のクラスへ行くことにした。
「機嫌、直してこいよっ」
「グッドラック」
ケンと優太にそんな言葉をかけられたかと思えば、
「元気だして」
そんな言葉を口にしたのは嵐だった。
俺はそれらに無言の視線を返し、自分の席を離れた。
翠のクラスはそれなりに賑わっていたが、俺が教室に入ると一瞬だけしんとした。すぐにまた賑わい始めるものの、どこか様子をうかがわれているような気がしてならない。そんな折、
「ツカサ……機嫌、悪い?」
翠に訊かれて「別に」と答える。
「でも、眉間にしわ……」
細い人差し指が寄ってきて、俺の眉間をつついた。
「フロランタン食べたら機嫌直る?」
翠の癖、首を右に傾げて訊かれる。
チョコではなくフロランタン、という言葉に反応した自分がいた。
「今日、バレンタインでしょう? だからね、お菓子を焼いてきたの」
「はい」と目の前に差し出されたのは透明な袋に入れられた焼き菓子。英字印刷がされたオイルペーパーには二種類の焼き菓子が挟まれていた。そのうちのひとつがフロランタン。
「俺に?」
「うん。フロランタンとコーヒークランブルケーキ。口に合うかはわからないけど……」
その包みに手を伸ばし、両手で受け取る。
翠が作るフロランタンは好きだ。あと、コーヒーと名のつく焼き菓子にも興味がある。
でも、教室中の神経が自分たちに注がれているこの場で食べる気はない。
「コーヒー飲みながら食べたいから、家に帰ってから食べる」
翠に断わりを入れて、俺は弁当を食べ始めた。
もし、これがクラスの人間に渡したものとまるきり同じものでもかまわなかった。そこを分けろと言っても翠にはできないと思うし、無理に分けさせるつもりもない。
ただ、翠が俺に……と言うのなら、これは俺のために用意されたものなわけで――
テープで貼り付けられたメッセージカードには、「いつもありがとう。これからもよろしくね」の文字。
嵐や優太の言うとおり、バレンタインのなんたるかを翠がきちんと理解しているかは怪しい。しかし、やはりそんなことはどうでもよく、自分のために用意されたプレゼントとメッセージカード、それだけで十分だった。
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