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番外編
初めてのバレンタイン Side 翠葉 06話
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バレンタイン当日の朝、いつもより荷物多めで家を出ると、エントランスには秋斗さんのおうちで一度お会いしたことのある人が待っていた。
「藤守さん、おはようございます」
藤守さんはにこりと笑って頭を下げた。
「あの、これ……バレンタインのお菓子なのですが、十人分あるので皆さんで召し上がってください」
「バレンタイン、ですか?」
「はい、バレンタインです。二月十四日の」
「私たちに、ですか?」
「はい。……やっぱり、こういうものは受け取ってはいただけませんか?」
ふと、以前真白さんを訊ねたときのことを思い出していた。
あのとき、タンブラーに入ったコーヒーは受け取っていたけれど、お茶の席に同席することは遠慮されていた。
「いえ……ありがたくいただきます。皆喜びます」
「良かった……」
「そちらのお荷物もお菓子でいらっしゃいますか?」
「はい。クラスメイトや生徒会メンバー、それと病院の先生たちと静さんたちにも」
藤守さんは少し驚いたようだったけれど、表情を改めると目尻を下げてにこりと笑った。
「今日は学校までお送りいたしましょう」
「えっ、でも……」
「お車と徒歩、どちらになさいますか?」
「……できれば徒歩で」
「かしこまりました。私がご一緒いたします」
話がまとまったとき、背後から声をかけられ振り向くと、コンシェルジュが四人並んでいて、一人ひとりにプレゼントのお礼を言われ「いってらっしゃいませ」と見送られた。
「……たくさんの方にお配りになられるようですね」
「全部で七十九人分です」
「七十九人ですかっ!?」
「自分でもびっくりしていて……」
クスクスと笑いながら話すと、今日の予定を尋ねられた。
「学校のあとは真白さんにお菓子を渡しに行く予定です。そのあと、病院へ行って……。病院に唯兄が迎えに来てくれるので、その足でホテルへ」
「それでしたら、真白様のもとまでは私どもが送らせていただきます。そのあと、病院までお送りいたしましょう」
「……ご迷惑じゃありませんか?」
「迷惑ではございません。皆もお礼を言いたがるでしょうから」
警護に付いてくれている人全員に会えるわけではない。それでも、今まで対面することのなかった人たちに会えることが嬉しかった。だから、お言葉に甘えることにした。
学校に着くと、昇降口に久先輩と茜先輩がいた。
「朝早くにすみません」
謝りつつ、紙袋の中からふたりに渡す予定の小さな手提げ袋を取り出した。すると、
「「ハッピーバレンタインっ!」」
久先輩と茜先輩が声を揃えて口にする。
そのあと、私と茜先輩は小さな手提げ袋を交換した。まるでクリスマスのプレゼント交換のように。
「もう自由登校になってはいるけれど、今日だけは登校してくる三年生多いんだよ。なんてったってバレンタインだからね!」
久先輩の言葉を引き継ぐように茜先輩が口を開く。
「高校最後のイベントくらい楽しみたいじゃない?」
茜先輩も私同様、手には大きな紙袋を持っていた。たくさんのお菓子を作ったのが自分だけではないことに少しほっとする。
「司にもあげるんでしょう?」
「はい」
「「しっかりね!」」
「しっかり……ですか?」
「久……今、不安が心を過ぎったのは私だけ?」
「……いや、俺も若干……いや、かなり……」
「「とにかくがんばってねっ」
私はふたりに見送られる形で二階へと上がった。
教室にはまだ誰もいない。
自分の席にかばんを置くと、クラスメイトの分を持って教室の後ろのドアでスタンバイ。ここにいれば教室に入ってきた人順に渡すことができる。
一番に登校してくるのは誰かな……?
ドキドキしながら待っていると、桃華さんがやってきた。
「翠葉、そんなところに座り込んで何しているの?」
「桃華さん、おはよう。はい、これプレゼント」
「……ありがとう。それ、もしかして――本当に全員に作ったのっ!?」
桃華さんは手提げ袋を覗き込み、頬に手を添えた。それはきっと、引きつった頬を押さえるため。
「ふふ、作ったよ。全部で七十九人分!」
「……頑固なうえに有言実行なのね。恐れ入ったわ。……とはいえ、私も翠葉にプレゼントがあるの」
手提げ袋の中からかわいくラッピングされたチョコレートを取り出す。
「ハッピーバレンタイン!」
言われて、私も「ハッピーバレンタイン」と口にした。
初めての言葉はなんだかくすぐったい。
「まるでメリークリスマス、みたいだね?」
「そんなようなものよ」
言いながら桃華さんはクスリと笑った。
そのあとも順調にクラスメイト全員に配ることができた。けれども、私はとんでもない見落としをしていた。川岸先生が教室に入ってくるまで川岸先生の存在をすっかり忘れていたのだ。
「……先生ごめんなさい」と思いつつ、朝のホームルームでは先生を正視することができなかった。
「翠葉、司には?」
四限が終わったところで海斗くんに訊かれる。
「渡す予定なんだけど……。今日もここに来ると思う?」
「……どうだろうな。今までの感じだと教室から出ないパターンが濃厚だけど」
「だよね……」
机の上に用意した五つの包みをどうしようかと思う。
海斗くんはそれらをじっと見て、
「翠葉……まさか、俺らに渡したのと一緒?」
「え? 何が?」
「だから、司に渡すチョコっ」
「……うん、一緒だけど……?」
次の瞬間、海斗くんがクラス中に響く声で指示を出す。
「みんなっ、翠葉からもらったプレゼント、即効でしまってっ」
周りは何事かと海斗くんに視線を向ける。
「こともあろうにこのお嬢さん、司に渡すものが俺たちに渡したものと一緒って有様。だから即行しまってっ。頼むっ」
海斗くんが手を合わせて拝むようなポーズをとると教室のあちこちでガサガサと音がして、しばらくするとしんとした。みんなの視線が自分に集まっているのはわかるのだけど、それが何を意味するのかがわからない。
「海斗くん、何……?」
「翠葉……さすがにみんなと一緒は司が気の毒……」
「どうして……?」
「「「「「どうしてもっ」」」」」
クラス中に言われて困ってしまう。
「嵐子先輩と優太先輩、朝陽先輩、サザナミくんにプレゼントするのも同じものなんだけど……」
「翠葉サン、それは俺が預かりましょう? きちんと校内便よろしく配達してきてあげるから、司には見せちゃだめ。OK?」
「……はい」
お菓子にはそれぞれメッセージカードが付いているし、自分が行かなくても大丈夫と言えば大丈夫。何より、「はい」以外の答えは受け付けません、と海斗くんの目が言っていた。
ツカサはまだ来ないけれど、メールが届くでも電話がかかってくるでもない。
今日ばかりは来ないかも……。やっぱり真白さんにお願いしようかな?
お弁当を食べ始めて少し経ってから、ツカサがお弁当を持ってやってきた。
相変わらず海斗くんの椅子を我が物顔で使うわけだけど、一言も喋らないどころかものすごく険しい顔をしている。
「ツカサ……機嫌、悪い?」
「別に……」
「でも、眉間にしわ……」
人差し指でツカサの眉間をつつく。
「フロランタン食べたら機嫌直る?」
訊くと、「え?」って顔をされた。
「今日、バレンタインでしょう? だからね、お菓子を焼いてきたの」
クラスのみんなにプレゼントしたものとまったく同じ包みをツカサの前に差し出す。と、ツカサは包みをじっと見たまま数秒間静止した。
「……俺に?」
「うん。フロランタンとコーヒークランブルケーキ。口に合うかはわからないけど……」
ツカサは両手で受け取り、少し何かを考えているふう。
この場で開けてくれるかな? 食べてくれるかな?
ほのかな期待をしたけれど、そこはツカサ。
「コーヒー飲みながら食べたいから、家に帰ってから食べる」
ツカサは包みをお弁当箱の脇に置き、昼食を再開させた。
私もそれ以上は何も言わずにお弁当を食べる。一生懸命念を送りながら。
ツカサ……みんなにあげたものと内容は変わらないの。でもね、そのクッキーだけはちゃんと全部手作りなんだよ。それだけは、オーブン以外は機械の力を使わずに、木ベラと泡だて器を使って私が作ったんだよ。
そんな説明はしないけど、食べたら感想くらいは聞かせほしい。
美味しかったと言ってくれたらまた作るから。作りたいから――
マフラーはやっぱり渡せなかった。どうしても恥ずかしくて……。
帰りのホームルームが終わるころ、
「千里と朝陽先輩、嵐子先輩と優太先輩にも配達完了! ちゃんと口止めもしてきたから安心して!」
「何を……?」
「決まってるじゃん。司にプレゼントしたものがその他大勢と同じって事実を伏せてきましたとも。俺、ぐっじょぶ」
海斗くんがクラスに向けて親指を立てると、みんな皆から「ぐっじょぶ」と立てた親指を返された。そんな中、
「海斗くん、あのね、本当は少しだけ違うんだよ?」
「何が? 包みも中に入ってるものも全部一緒だったじゃん」
「あのね、全部で七十九人分作るのにコンシェルジュ御用達の業務用オーブンを借りたのだけど、そのほかにも捏ね機も借りて……。でも、ツカサのは違うの。ちゃんと木ベラと泡だて器で、自分の力で作ったの」
ちゃんと違うということを主張したつもりだったけれど、そこかしこから聞こえてきた言葉は残念なものばかり。
「すんげぇわかりづれぇ……」
「見かけが一緒なら一緒に見えるでしょうよ……」
「みそのっち、せめてラッピングだけ別にするとかさ……」
「御園生さんの彼氏って大変だよな」
そういうものなのかな……?
「ま、終わりよければすべてよし、よ」
言ったのは桃華さんだった。
「ま、そうだな。あいつがバレンタインでプレゼント受け取ったのこれが初めてだしな」
「え? ……そうなのっ?」
訊くと、ツカサのバレンタイン対処法を教えられて唖然とした。
「落し物、扱い……?」
「そう。たいていの女子が受け取ってもらえないのわかってて、移動時間の間に机に置いていくとか下駄箱に置いていくとかそんな感じだから、全部落し物として事務室に届けられちゃうんだよ」
それはそれはそれはそれは――
あまりにも容赦ない対応に何を言うこともできなかった。
置き去りにされて、さらには落し物として事務室に届けられてしまうチョコレートの数々が無念すぎて……。
お昼休みに来るのが少し遅れたのは、事務室に寄ってきたから……? だから不機嫌だったの?
「海斗くん……プレゼントを受け取ってもらえたのって、もしかしてものすごくレア?」
「……お嬢さん、そこは『特別』って言葉を使ってもいいと思いますぜ」
「とく、べつ……」
今までなんとも思わずに使ってきた言葉が急に重く感じて、心にズシンときた。
「翠葉はさ、もっと自信持ちなよ」
飛鳥ちゃんに言われ、どうやったら自信なんて持てるのか、と悩んでしまう。
プレゼントを渡した今ですら、食べたら感想をもらえるのかは不明だし、マフラーは真白さん経由で渡そうと思っているけれど、迷惑だったらどうしようとも思っているのに。
このイベントは楽しい側面もあるけれど、若干心臓に悪いイベントに思えた。
「藤守さん、おはようございます」
藤守さんはにこりと笑って頭を下げた。
「あの、これ……バレンタインのお菓子なのですが、十人分あるので皆さんで召し上がってください」
「バレンタイン、ですか?」
「はい、バレンタインです。二月十四日の」
「私たちに、ですか?」
「はい。……やっぱり、こういうものは受け取ってはいただけませんか?」
ふと、以前真白さんを訊ねたときのことを思い出していた。
あのとき、タンブラーに入ったコーヒーは受け取っていたけれど、お茶の席に同席することは遠慮されていた。
「いえ……ありがたくいただきます。皆喜びます」
「良かった……」
「そちらのお荷物もお菓子でいらっしゃいますか?」
「はい。クラスメイトや生徒会メンバー、それと病院の先生たちと静さんたちにも」
藤守さんは少し驚いたようだったけれど、表情を改めると目尻を下げてにこりと笑った。
「今日は学校までお送りいたしましょう」
「えっ、でも……」
「お車と徒歩、どちらになさいますか?」
「……できれば徒歩で」
「かしこまりました。私がご一緒いたします」
話がまとまったとき、背後から声をかけられ振り向くと、コンシェルジュが四人並んでいて、一人ひとりにプレゼントのお礼を言われ「いってらっしゃいませ」と見送られた。
「……たくさんの方にお配りになられるようですね」
「全部で七十九人分です」
「七十九人ですかっ!?」
「自分でもびっくりしていて……」
クスクスと笑いながら話すと、今日の予定を尋ねられた。
「学校のあとは真白さんにお菓子を渡しに行く予定です。そのあと、病院へ行って……。病院に唯兄が迎えに来てくれるので、その足でホテルへ」
「それでしたら、真白様のもとまでは私どもが送らせていただきます。そのあと、病院までお送りいたしましょう」
「……ご迷惑じゃありませんか?」
「迷惑ではございません。皆もお礼を言いたがるでしょうから」
警護に付いてくれている人全員に会えるわけではない。それでも、今まで対面することのなかった人たちに会えることが嬉しかった。だから、お言葉に甘えることにした。
学校に着くと、昇降口に久先輩と茜先輩がいた。
「朝早くにすみません」
謝りつつ、紙袋の中からふたりに渡す予定の小さな手提げ袋を取り出した。すると、
「「ハッピーバレンタインっ!」」
久先輩と茜先輩が声を揃えて口にする。
そのあと、私と茜先輩は小さな手提げ袋を交換した。まるでクリスマスのプレゼント交換のように。
「もう自由登校になってはいるけれど、今日だけは登校してくる三年生多いんだよ。なんてったってバレンタインだからね!」
久先輩の言葉を引き継ぐように茜先輩が口を開く。
「高校最後のイベントくらい楽しみたいじゃない?」
茜先輩も私同様、手には大きな紙袋を持っていた。たくさんのお菓子を作ったのが自分だけではないことに少しほっとする。
「司にもあげるんでしょう?」
「はい」
「「しっかりね!」」
「しっかり……ですか?」
「久……今、不安が心を過ぎったのは私だけ?」
「……いや、俺も若干……いや、かなり……」
「「とにかくがんばってねっ」
私はふたりに見送られる形で二階へと上がった。
教室にはまだ誰もいない。
自分の席にかばんを置くと、クラスメイトの分を持って教室の後ろのドアでスタンバイ。ここにいれば教室に入ってきた人順に渡すことができる。
一番に登校してくるのは誰かな……?
ドキドキしながら待っていると、桃華さんがやってきた。
「翠葉、そんなところに座り込んで何しているの?」
「桃華さん、おはよう。はい、これプレゼント」
「……ありがとう。それ、もしかして――本当に全員に作ったのっ!?」
桃華さんは手提げ袋を覗き込み、頬に手を添えた。それはきっと、引きつった頬を押さえるため。
「ふふ、作ったよ。全部で七十九人分!」
「……頑固なうえに有言実行なのね。恐れ入ったわ。……とはいえ、私も翠葉にプレゼントがあるの」
手提げ袋の中からかわいくラッピングされたチョコレートを取り出す。
「ハッピーバレンタイン!」
言われて、私も「ハッピーバレンタイン」と口にした。
初めての言葉はなんだかくすぐったい。
「まるでメリークリスマス、みたいだね?」
「そんなようなものよ」
言いながら桃華さんはクスリと笑った。
そのあとも順調にクラスメイト全員に配ることができた。けれども、私はとんでもない見落としをしていた。川岸先生が教室に入ってくるまで川岸先生の存在をすっかり忘れていたのだ。
「……先生ごめんなさい」と思いつつ、朝のホームルームでは先生を正視することができなかった。
「翠葉、司には?」
四限が終わったところで海斗くんに訊かれる。
「渡す予定なんだけど……。今日もここに来ると思う?」
「……どうだろうな。今までの感じだと教室から出ないパターンが濃厚だけど」
「だよね……」
机の上に用意した五つの包みをどうしようかと思う。
海斗くんはそれらをじっと見て、
「翠葉……まさか、俺らに渡したのと一緒?」
「え? 何が?」
「だから、司に渡すチョコっ」
「……うん、一緒だけど……?」
次の瞬間、海斗くんがクラス中に響く声で指示を出す。
「みんなっ、翠葉からもらったプレゼント、即効でしまってっ」
周りは何事かと海斗くんに視線を向ける。
「こともあろうにこのお嬢さん、司に渡すものが俺たちに渡したものと一緒って有様。だから即行しまってっ。頼むっ」
海斗くんが手を合わせて拝むようなポーズをとると教室のあちこちでガサガサと音がして、しばらくするとしんとした。みんなの視線が自分に集まっているのはわかるのだけど、それが何を意味するのかがわからない。
「海斗くん、何……?」
「翠葉……さすがにみんなと一緒は司が気の毒……」
「どうして……?」
「「「「「どうしてもっ」」」」」
クラス中に言われて困ってしまう。
「嵐子先輩と優太先輩、朝陽先輩、サザナミくんにプレゼントするのも同じものなんだけど……」
「翠葉サン、それは俺が預かりましょう? きちんと校内便よろしく配達してきてあげるから、司には見せちゃだめ。OK?」
「……はい」
お菓子にはそれぞれメッセージカードが付いているし、自分が行かなくても大丈夫と言えば大丈夫。何より、「はい」以外の答えは受け付けません、と海斗くんの目が言っていた。
ツカサはまだ来ないけれど、メールが届くでも電話がかかってくるでもない。
今日ばかりは来ないかも……。やっぱり真白さんにお願いしようかな?
お弁当を食べ始めて少し経ってから、ツカサがお弁当を持ってやってきた。
相変わらず海斗くんの椅子を我が物顔で使うわけだけど、一言も喋らないどころかものすごく険しい顔をしている。
「ツカサ……機嫌、悪い?」
「別に……」
「でも、眉間にしわ……」
人差し指でツカサの眉間をつつく。
「フロランタン食べたら機嫌直る?」
訊くと、「え?」って顔をされた。
「今日、バレンタインでしょう? だからね、お菓子を焼いてきたの」
クラスのみんなにプレゼントしたものとまったく同じ包みをツカサの前に差し出す。と、ツカサは包みをじっと見たまま数秒間静止した。
「……俺に?」
「うん。フロランタンとコーヒークランブルケーキ。口に合うかはわからないけど……」
ツカサは両手で受け取り、少し何かを考えているふう。
この場で開けてくれるかな? 食べてくれるかな?
ほのかな期待をしたけれど、そこはツカサ。
「コーヒー飲みながら食べたいから、家に帰ってから食べる」
ツカサは包みをお弁当箱の脇に置き、昼食を再開させた。
私もそれ以上は何も言わずにお弁当を食べる。一生懸命念を送りながら。
ツカサ……みんなにあげたものと内容は変わらないの。でもね、そのクッキーだけはちゃんと全部手作りなんだよ。それだけは、オーブン以外は機械の力を使わずに、木ベラと泡だて器を使って私が作ったんだよ。
そんな説明はしないけど、食べたら感想くらいは聞かせほしい。
美味しかったと言ってくれたらまた作るから。作りたいから――
マフラーはやっぱり渡せなかった。どうしても恥ずかしくて……。
帰りのホームルームが終わるころ、
「千里と朝陽先輩、嵐子先輩と優太先輩にも配達完了! ちゃんと口止めもしてきたから安心して!」
「何を……?」
「決まってるじゃん。司にプレゼントしたものがその他大勢と同じって事実を伏せてきましたとも。俺、ぐっじょぶ」
海斗くんがクラスに向けて親指を立てると、みんな皆から「ぐっじょぶ」と立てた親指を返された。そんな中、
「海斗くん、あのね、本当は少しだけ違うんだよ?」
「何が? 包みも中に入ってるものも全部一緒だったじゃん」
「あのね、全部で七十九人分作るのにコンシェルジュ御用達の業務用オーブンを借りたのだけど、そのほかにも捏ね機も借りて……。でも、ツカサのは違うの。ちゃんと木ベラと泡だて器で、自分の力で作ったの」
ちゃんと違うということを主張したつもりだったけれど、そこかしこから聞こえてきた言葉は残念なものばかり。
「すんげぇわかりづれぇ……」
「見かけが一緒なら一緒に見えるでしょうよ……」
「みそのっち、せめてラッピングだけ別にするとかさ……」
「御園生さんの彼氏って大変だよな」
そういうものなのかな……?
「ま、終わりよければすべてよし、よ」
言ったのは桃華さんだった。
「ま、そうだな。あいつがバレンタインでプレゼント受け取ったのこれが初めてだしな」
「え? ……そうなのっ?」
訊くと、ツカサのバレンタイン対処法を教えられて唖然とした。
「落し物、扱い……?」
「そう。たいていの女子が受け取ってもらえないのわかってて、移動時間の間に机に置いていくとか下駄箱に置いていくとかそんな感じだから、全部落し物として事務室に届けられちゃうんだよ」
それはそれはそれはそれは――
あまりにも容赦ない対応に何を言うこともできなかった。
置き去りにされて、さらには落し物として事務室に届けられてしまうチョコレートの数々が無念すぎて……。
お昼休みに来るのが少し遅れたのは、事務室に寄ってきたから……? だから不機嫌だったの?
「海斗くん……プレゼントを受け取ってもらえたのって、もしかしてものすごくレア?」
「……お嬢さん、そこは『特別』って言葉を使ってもいいと思いますぜ」
「とく、べつ……」
今までなんとも思わずに使ってきた言葉が急に重く感じて、心にズシンときた。
「翠葉はさ、もっと自信持ちなよ」
飛鳥ちゃんに言われ、どうやったら自信なんて持てるのか、と悩んでしまう。
プレゼントを渡した今ですら、食べたら感想をもらえるのかは不明だし、マフラーは真白さん経由で渡そうと思っているけれど、迷惑だったらどうしようとも思っているのに。
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