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番外編
初めてのバレンタイン Side 翠葉 02話
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教室を出てからも、私の頭の中はフル回転。
みんなには六十三人と話したけれど、警備の人たちにもプレゼントしたいから、正確には七十三人なのだ。
「どうしよう……」
そうは思うのに、こんなにもたくさんの人が思い浮かぶことをひどく幸せに感じている。
家族と栞さん、昇さん、湊先生、静さん、秋斗さん、楓先生、この十人はシフォンケーキを切り分けたものを届けよう。
ほかの人は外で手渡すことになるから簡易ながらもラッピングがされていなければならない。だとしたら、クッキーのようにある程度の堅さがあるもののほうがいいだろう。
「……フロランタンとコーヒークランブルケーキにしようかな?」
フロランタンはクッキー生地を焼いてからアーモンド生地を流してさらに焼く、という二度手間になるけれど、生地さえ作ってしまえばあとは焼くだけだし、ツカサも桃華さんも好きと言ってくれたから。
コーヒークランブルケーキは蒼兄が好きなのだけど、コーヒーが好きなツカサにも喜んでもらえるかもしれない。
今日は午後が丸ごと空いているから、家に帰れば生地作りはできる。
いっそのこと、今日毛糸を買いに行こうか……。
「ラッピング用品も用意しなくちゃいけないし……」
ブツブツと呟きながら歩くこと十五分、いつもより数分早くマンションに着いた。
「気持ちが急いていると足も速くなるのかな?」
コンシェルジュカウンターに立っていたのは七倉さん。私は思わず駆け寄る。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。あのっ……」
「なんでしょう」
にこりと笑顔を返され、
「お菓子作りに必要な材料の在庫はありますか?」
「ございます。ご入用の材料はおわかりですか?」
「小麦粉とスライスアーモンド、アーモンドパウダー、インスタントコーヒー、ハチミツ、バター、卵と……」
「生クリームとお砂糖、でしょうか?」
「はいっ」
「すべてご用意できます。業務用サイズで買い付けておりますので、グラム単位、キロ単位でご用意できますが、今グラム数などはおわかりですか?」
「一度家に帰って確認してからでも大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。たくさんお作りになられるようでしたら、私どもが普段使っている業務用オーブンをお貸しすることもできます」
「……あの、業務用オーブンはどのくらい大きいのでしょう」
「それでしたらこちらへ。直接ご覧ください」
私は七倉さんのあとについて調理室へ入った。そこには、業務用冷蔵庫よりも大きな四角いオーブンが置かれている。
「パン屋さんみたい……」
「えぇ、実際に焼きたてのパンを朝食に召し上がりたいと仰るご入居者様の要望にお応えするために設置されています。お嬢様もいかがですか?」
それは嬉しいけれど、今はお菓子作りのほうが優先。
「お作りになられるものはフロランタンやコーヒークッキーかと存じますが……」
「ひとつはシフォンケーキ、ほかにフロランタンとコーヒークランブルケーキを作ろうと思っていて……」
「それはたくさんですね」
「はい……数えたら、七十三人もいて……」
「それはそれは……。ぜひこちらのオーブンをお使いください。クッキーでしたら六枚を一度に焼くことができますし、コーヒークランブルケーキも同様です。複数枚を一度に焼ける分、家庭用のオーブンよりも時間短縮が図れます」
「……すみません、お言葉に甘えさせてください」
ペコリと頭を下げると、
「私どもにできることでしたらなんなりと仰ってください。喜んでお手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます」
「では、タイムスケジュールを作りましょうか」
「はい」
カフェラウンジに場所を移すと、七倉さんは真っ白な紙を広げた。
そこにシフォンケーキ、フロランタン、コーヒークランブルケーキと書きだし、
「まずは必要個数を把握しましょう。誰に何を贈るのかご記入いただけますか?」
「……私、たくさん作らなくちゃいけないから、と思って家族にはシフォンケーキを作ることにしたんですけど――あのオーブンだったらたくさん焼けますよね?」
「そうですねぇ……。一度に六枚ですから、切り分ければ七十三人分ご用意できるでしょうね」
「それならシフォンケーキはやめて、フロランタンとコーヒークランブルケーキだけにします」
「かしこまりました。ではクッキー生地とタルト生地を作ったあとの焼成時間ですが、コーヒークランブルケーキのほうが三十分と時間が短いので、こちらを先に作りましょう。それが焼きあがったところにフロランタンのクッキー生地を焼き、焼き時間でアーモンド生地を作りましょう」
「はい」
「お嬢様、このあとのご予定は?」
「あの……クッキー生地を作ろうか、駅まで毛糸を買いに行こうか悩んでいて……」
明日買い物に行くくらいなら今日行ってしまったほうがいいのではないか、と思い始めていた。
「それでは、お車をご用意いたしましょうか?」
「えっ、そんな申し訳ないですっ」
「そのようなことはございません。五時まででしたら、私か高崎が送迎できます」
「あの、一度家に帰って家族に訊いてみます。もし連れていってもらえるようなら家族にお願いしてみます」
「さようですか。……もし、ご家族のご都合つかないようでしたら、遠慮なさらずにお声かけください」
「ありがとうございます」
私は七倉さんに頭を下げてエレベーターに乗った。
玄関を開けると唯兄に迎えられる。
いつもだったらお母さんも一緒なのに、今日はいない。
「お母さんは?」
「仕事の打ち合わせで幸倉に帰ってるよ」
「そうなのね……」
「お昼食べよ、お昼! もう俺腹ペコ」
唯兄に促されて家に入り、手早く制服から私服に着替えてリビングへ行くと、
「あれ? このあとどっか行くの?」
「それを今決めようと思っていて……」
「ん?」
「唯兄、お仕事忙しい?」
「……何、なんのお誘い?」
唯兄は、キラキラと目を輝かせながらキッチンから出てきた。
「あのね、藤倉の駅ビルに連れて行ってもらえたら嬉しいな、と思って……」
「行くっ! 仕事があってもなくても行くっ! 絶対行くっ!」
「良かった」
「じゃ、ちゃちゃっと食べて出かけようっ!」
おうどんを食べ終わるとノートパソコンに保存しあったレシピを唯兄の部屋でプリントアウトしてもらった。
これを出かける前に七倉さんに渡していけばいい。帰ってきたら生地作りをさせてもらおう。
あとは唯兄と出かけて毛糸とラッピング用品を買うだけ――
「用意できた?」
「うん」
「じゃ、行こっ!」
元気よくゲストルームを出て二階で降りようとした唯兄に、
「ごめん、七倉さんに用事があるからエントランスで待っててもいい?」
「うん? いいよ? じゃ、ロータリーでね?」
語尾すべてにクエスチョンマークがついていたけれど、唯兄はあっさりとと了承してくれた。
一階に着くと、エレベーターから降りるなりカウンターに駆け寄り、
「七倉さん」
「あ、レシピですか?」
「はい」
七倉さんはレシピに目を通し、
「……これなら両方とも一度に六枚焼けば、小さく切り分けたものをふたつずつ梱包して配れそうですね」
「本当ですか?」
「えぇ。こちらのレシピをお預かりしてもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「そうしましたら、計量はすべて済ませておきます」
「すみません、お願いします。……それから――」
「なんでしょう?」
「今から毛糸とラッピング用品を買いに行くのですが、帰ってきたらクッキー生地だけ作らせていただいてもいいですか?」
「かしこまりました。クッキー生地は少し休ませて馴染ませたほうがいいですからね」
七倉さんはにこりと笑い、
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」
と見送ってくれた。
車に乗ると、
「何? なんの話してたの?」
「明後日バレンタインでしょう? お菓子を作るのに材料とオーブンを貸してもらうことにしたの。家のオーブンだと一度に焼けても二枚だけど、業務用オーブンだと六枚一気に焼けるらしくて……」
「リィ……いったい何人にあげるつもり?」
「ざっと数えたら七十三人もいてどうしようかと思っちゃった」
でも、強い味方を得たので気負いはない。
「……リィって意外と欲張りだったんだ?」
「……知らなかったの?」
「……知りませんでしたとも」
「ちゃんと唯兄の分もあるからね」
笑って言うと、
「それだけ作って俺の分がなかったら間違いなくぐれますよ?」
「あはは」
「あははじゃないよ。まったく……」
藤倉市街まで来ると、唯兄は迷わずウィステリアホテルの駐車場に車を停めた。そして、ポケットから使い捨てマスクを取り出し、
「風邪もらったら大変。今インフルエンザシーズンだからね。ほら、つける」
唯兄は自分と私の分のマスクを用意してくれていた。
「ありがとう」
「でもさ……ふたり揃ってマスクしてると微妙に怪しいよね?」
私たちはクスクス笑いながら車を降り、手をつないで藤倉の駅ビルへと向かった。
みんなには六十三人と話したけれど、警備の人たちにもプレゼントしたいから、正確には七十三人なのだ。
「どうしよう……」
そうは思うのに、こんなにもたくさんの人が思い浮かぶことをひどく幸せに感じている。
家族と栞さん、昇さん、湊先生、静さん、秋斗さん、楓先生、この十人はシフォンケーキを切り分けたものを届けよう。
ほかの人は外で手渡すことになるから簡易ながらもラッピングがされていなければならない。だとしたら、クッキーのようにある程度の堅さがあるもののほうがいいだろう。
「……フロランタンとコーヒークランブルケーキにしようかな?」
フロランタンはクッキー生地を焼いてからアーモンド生地を流してさらに焼く、という二度手間になるけれど、生地さえ作ってしまえばあとは焼くだけだし、ツカサも桃華さんも好きと言ってくれたから。
コーヒークランブルケーキは蒼兄が好きなのだけど、コーヒーが好きなツカサにも喜んでもらえるかもしれない。
今日は午後が丸ごと空いているから、家に帰れば生地作りはできる。
いっそのこと、今日毛糸を買いに行こうか……。
「ラッピング用品も用意しなくちゃいけないし……」
ブツブツと呟きながら歩くこと十五分、いつもより数分早くマンションに着いた。
「気持ちが急いていると足も速くなるのかな?」
コンシェルジュカウンターに立っていたのは七倉さん。私は思わず駆け寄る。
「おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。あのっ……」
「なんでしょう」
にこりと笑顔を返され、
「お菓子作りに必要な材料の在庫はありますか?」
「ございます。ご入用の材料はおわかりですか?」
「小麦粉とスライスアーモンド、アーモンドパウダー、インスタントコーヒー、ハチミツ、バター、卵と……」
「生クリームとお砂糖、でしょうか?」
「はいっ」
「すべてご用意できます。業務用サイズで買い付けておりますので、グラム単位、キロ単位でご用意できますが、今グラム数などはおわかりですか?」
「一度家に帰って確認してからでも大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。たくさんお作りになられるようでしたら、私どもが普段使っている業務用オーブンをお貸しすることもできます」
「……あの、業務用オーブンはどのくらい大きいのでしょう」
「それでしたらこちらへ。直接ご覧ください」
私は七倉さんのあとについて調理室へ入った。そこには、業務用冷蔵庫よりも大きな四角いオーブンが置かれている。
「パン屋さんみたい……」
「えぇ、実際に焼きたてのパンを朝食に召し上がりたいと仰るご入居者様の要望にお応えするために設置されています。お嬢様もいかがですか?」
それは嬉しいけれど、今はお菓子作りのほうが優先。
「お作りになられるものはフロランタンやコーヒークッキーかと存じますが……」
「ひとつはシフォンケーキ、ほかにフロランタンとコーヒークランブルケーキを作ろうと思っていて……」
「それはたくさんですね」
「はい……数えたら、七十三人もいて……」
「それはそれは……。ぜひこちらのオーブンをお使いください。クッキーでしたら六枚を一度に焼くことができますし、コーヒークランブルケーキも同様です。複数枚を一度に焼ける分、家庭用のオーブンよりも時間短縮が図れます」
「……すみません、お言葉に甘えさせてください」
ペコリと頭を下げると、
「私どもにできることでしたらなんなりと仰ってください。喜んでお手伝いさせていただきます」
「ありがとうございます」
「では、タイムスケジュールを作りましょうか」
「はい」
カフェラウンジに場所を移すと、七倉さんは真っ白な紙を広げた。
そこにシフォンケーキ、フロランタン、コーヒークランブルケーキと書きだし、
「まずは必要個数を把握しましょう。誰に何を贈るのかご記入いただけますか?」
「……私、たくさん作らなくちゃいけないから、と思って家族にはシフォンケーキを作ることにしたんですけど――あのオーブンだったらたくさん焼けますよね?」
「そうですねぇ……。一度に六枚ですから、切り分ければ七十三人分ご用意できるでしょうね」
「それならシフォンケーキはやめて、フロランタンとコーヒークランブルケーキだけにします」
「かしこまりました。ではクッキー生地とタルト生地を作ったあとの焼成時間ですが、コーヒークランブルケーキのほうが三十分と時間が短いので、こちらを先に作りましょう。それが焼きあがったところにフロランタンのクッキー生地を焼き、焼き時間でアーモンド生地を作りましょう」
「はい」
「お嬢様、このあとのご予定は?」
「あの……クッキー生地を作ろうか、駅まで毛糸を買いに行こうか悩んでいて……」
明日買い物に行くくらいなら今日行ってしまったほうがいいのではないか、と思い始めていた。
「それでは、お車をご用意いたしましょうか?」
「えっ、そんな申し訳ないですっ」
「そのようなことはございません。五時まででしたら、私か高崎が送迎できます」
「あの、一度家に帰って家族に訊いてみます。もし連れていってもらえるようなら家族にお願いしてみます」
「さようですか。……もし、ご家族のご都合つかないようでしたら、遠慮なさらずにお声かけください」
「ありがとうございます」
私は七倉さんに頭を下げてエレベーターに乗った。
玄関を開けると唯兄に迎えられる。
いつもだったらお母さんも一緒なのに、今日はいない。
「お母さんは?」
「仕事の打ち合わせで幸倉に帰ってるよ」
「そうなのね……」
「お昼食べよ、お昼! もう俺腹ペコ」
唯兄に促されて家に入り、手早く制服から私服に着替えてリビングへ行くと、
「あれ? このあとどっか行くの?」
「それを今決めようと思っていて……」
「ん?」
「唯兄、お仕事忙しい?」
「……何、なんのお誘い?」
唯兄は、キラキラと目を輝かせながらキッチンから出てきた。
「あのね、藤倉の駅ビルに連れて行ってもらえたら嬉しいな、と思って……」
「行くっ! 仕事があってもなくても行くっ! 絶対行くっ!」
「良かった」
「じゃ、ちゃちゃっと食べて出かけようっ!」
おうどんを食べ終わるとノートパソコンに保存しあったレシピを唯兄の部屋でプリントアウトしてもらった。
これを出かける前に七倉さんに渡していけばいい。帰ってきたら生地作りをさせてもらおう。
あとは唯兄と出かけて毛糸とラッピング用品を買うだけ――
「用意できた?」
「うん」
「じゃ、行こっ!」
元気よくゲストルームを出て二階で降りようとした唯兄に、
「ごめん、七倉さんに用事があるからエントランスで待っててもいい?」
「うん? いいよ? じゃ、ロータリーでね?」
語尾すべてにクエスチョンマークがついていたけれど、唯兄はあっさりとと了承してくれた。
一階に着くと、エレベーターから降りるなりカウンターに駆け寄り、
「七倉さん」
「あ、レシピですか?」
「はい」
七倉さんはレシピに目を通し、
「……これなら両方とも一度に六枚焼けば、小さく切り分けたものをふたつずつ梱包して配れそうですね」
「本当ですか?」
「えぇ。こちらのレシピをお預かりしてもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
「そうしましたら、計量はすべて済ませておきます」
「すみません、お願いします。……それから――」
「なんでしょう?」
「今から毛糸とラッピング用品を買いに行くのですが、帰ってきたらクッキー生地だけ作らせていただいてもいいですか?」
「かしこまりました。クッキー生地は少し休ませて馴染ませたほうがいいですからね」
七倉さんはにこりと笑い、
「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」
と見送ってくれた。
車に乗ると、
「何? なんの話してたの?」
「明後日バレンタインでしょう? お菓子を作るのに材料とオーブンを貸してもらうことにしたの。家のオーブンだと一度に焼けても二枚だけど、業務用オーブンだと六枚一気に焼けるらしくて……」
「リィ……いったい何人にあげるつもり?」
「ざっと数えたら七十三人もいてどうしようかと思っちゃった」
でも、強い味方を得たので気負いはない。
「……リィって意外と欲張りだったんだ?」
「……知らなかったの?」
「……知りませんでしたとも」
「ちゃんと唯兄の分もあるからね」
笑って言うと、
「それだけ作って俺の分がなかったら間違いなくぐれますよ?」
「あはは」
「あははじゃないよ。まったく……」
藤倉市街まで来ると、唯兄は迷わずウィステリアホテルの駐車場に車を停めた。そして、ポケットから使い捨てマスクを取り出し、
「風邪もらったら大変。今インフルエンザシーズンだからね。ほら、つける」
唯兄は自分と私の分のマスクを用意してくれていた。
「ありがとう」
「でもさ……ふたり揃ってマスクしてると微妙に怪しいよね?」
私たちはクスクス笑いながら車を降り、手をつないで藤倉の駅ビルへと向かった。
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