光のもとで1

葉野りるは

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Last Side View Story

55~58 Side 司 01話

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 パーティーが始まって二時間ほどしたころ、スタッフがそれまでとは違う動きをした。そして、それは父さんのところにもやってきた。
 父さんは話を聞くと、視線のみで俺を呼びつける。
 何かあったのかと足を運ぶと、
「一番に電話だ。少し席を外すから真白さんを頼む」
「……わかった」
「一番に電話」――それはじーさんが重積発作を起こしたことを意味するコードネーム。
 母さんの表情がかげる。
「母さん、ここには紫さんもいるから大丈夫だ」
「そうね……」
 母さんは力なく笑い、しばらくすると貧血を起こした。
 極度の緊張から血が下がったのだろう。
 俺はスタッフに声をかけ、隣の控え室で母さんを休ませることにした。
「心配なら医務室まで連れて行くけど?」
「……私が行ったところで何をできるわけでもないわ」
 それは自分にも同じことが言えた。こんなとき、自分の非力さを痛感する。
 そこへ御崎さんがやってきた。
「会長の処置は昇様が行われています」
 その言葉に引っかかりを覚える。
「紫さんがいるにもかかわらず、昇さんですか?」
 昇さんなら喘息発作の処置くらい難なくこなすだろう。だが、腑に落ちない。
「紫様は翠葉お嬢様に付き添って病院へ向かわれます」
 今、俺は何を言われた? 翠が、なんだって……?
「……レストランで会長と翠葉お嬢様がお会いになられている最中、会長が喘息発作を起こされました。会長の意向で防犯カメラは稼動しておらず、人払いがしてあったため、お嬢様が人に知らせるために走られたのです。その結果、心臓の状態が思わしくないようです」
 概要はつかめたものの、激しい動揺をどうすることもできずにいた。
「翠葉お嬢様とご一緒に、紫様と涼様がヘリで病院へ向かわれます。病院に着いたら精密検査を行うとのことでした。会長はお嬢様に付き添っていることになっておりますので、このあとも会場へ戻られることはございません。会場は静様と湊様の披露宴へ移行いたします。その間、昇様と栞様、楓様が会長の治療にあたります」
 少しでも冷静さを取り戻すため、俺は大きく息を吸い込んだ。
「母さん……もう少しがんばって。夜の部には出なくていい。けど、午前と午後頭くらいまではがんばって」
「えぇ……そうね」
「午後過ぎには処置も終わってると思う。そしたら医務室に連れて行くから」
「えぇ……」
 とはいえ、血の気が下がっている母さんを立たせるのは危険を伴う。
「御崎さん、車椅子の用意をお願いします」
「かしこまりました」

 午後を過ぎると、約束どおり母さんを医務室へと連れて行った。
 中には栞さんと昇さん、兄さんがじーさんを囲んで立っていた。
「一通りの処置は終わった。あとは回復を待つのみだ」
 昇さんの言葉に安堵する。
「お父様……」
 母さんが声をかけると、じーさんは薄く目を開けた。
「問題はないと思います。が、何分ご高齢ですので肺炎を併発しないかが心配です」
 昇さんの言葉に母さんは胸の前でぎゅっと手を握りしめる。
「真白さん、大丈夫ですか?」
「栞ちゃん……ごめんなさいね、大丈夫よ」
「しばらくはここで様子を見て、容態が安定したら藤倉の病院へ搬送しようと思っています」
 栞さんが母さんの背を優しく撫で、母さんはただただ首を縦に振り頷くばかりだった。
「昇さん、翠は……」
「……胸の音を聞いたが、血液が逆流していることは明白だった。持病から考えても僧帽弁閉鎖不全症が濃厚。かなり苦しそうにしてたから、もしかしたら心不全を起こしてるかもしれない。なんにせよ、病院についたら精密検査のオンパレードだ。紫先生の所見では、温存措置は難しいとのことだった。弁形成ですめばいいが……最悪、弁置換手術になる」
「そう、ですか……」
「安心しろ。向こうには紫先生と清良女史がいる。滞りなく処置してくれるさ」
 紫さんや清良さんの腕を信用していないわけじゃない。ただ、翠が今、どれほど苦しい思いをしているのかと考えるだけで、胸が締め付けられるような思いだった。
「司……? 私のことは気にしなくていいのよ? 気になるなら藤倉に帰ってかまわないわ」
 未だ蒼白な母さんに気を遣われる。
「いや……どうせ行っても会えない。それなら、予定通りパーティーに出席する」

 そうして二十九日までパレスに滞在し、じーさんが病院に移るタイミングで俺たちも藤倉に帰ってきた。
 案の定、じーさんは肺炎を併発し、しばらくの入院を余儀なくされる。
 一方、翠は連日術前検査に追われていた。
 三十日の手術前になら会ってもいいという許可が下り、会いに行ったはいいが、心配なのに、俺は冷たく突き放すような言葉しかかけてやれなかった。
 もっとほかに言いようがあっただろう。けれど、挑発するような、けしかけるような言葉しか出てこなかった。
 酸素マスクをつけ、苦しそうにしている翠を目の前に、自分を保つのが精一杯だった。
 少しでも気を抜いたら情けない顔になってしまいそうで……。
 きっと、ものすごく不安だろう。なぜ労わる言葉のひとつも言えないんだ……。
 早く楽になって、元気になって帰ってきてほしい。たかがそれだけのことがなぜ言えない。
 不甲斐ない自分に苛立ちを隠すことができなかった――
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