1,030 / 1,060
Last Side View Story
55~58 Side 司 01話
しおりを挟む
パーティーが始まって二時間ほどしたころ、スタッフがそれまでとは違う動きをした。そして、それは父さんのところにもやってきた。
父さんは話を聞くと、視線のみで俺を呼びつける。
何かあったのかと足を運ぶと、
「一番に電話だ。少し席を外すから真白さんを頼む」
「……わかった」
「一番に電話」――それはじーさんが重積発作を起こしたことを意味するコードネーム。
母さんの表情がかげる。
「母さん、ここには紫さんもいるから大丈夫だ」
「そうね……」
母さんは力なく笑い、しばらくすると貧血を起こした。
極度の緊張から血が下がったのだろう。
俺はスタッフに声をかけ、隣の控え室で母さんを休ませることにした。
「心配なら医務室まで連れて行くけど?」
「……私が行ったところで何をできるわけでもないわ」
それは自分にも同じことが言えた。こんなとき、自分の非力さを痛感する。
そこへ御崎さんがやってきた。
「会長の処置は昇様が行われています」
その言葉に引っかかりを覚える。
「紫さんがいるにもかかわらず、昇さんですか?」
昇さんなら喘息発作の処置くらい難なくこなすだろう。だが、腑に落ちない。
「紫様は翠葉お嬢様に付き添って病院へ向かわれます」
今、俺は何を言われた? 翠が、なんだって……?
「……レストランで会長と翠葉お嬢様がお会いになられている最中、会長が喘息発作を起こされました。会長の意向で防犯カメラは稼動しておらず、人払いがしてあったため、お嬢様が人に知らせるために走られたのです。その結果、心臓の状態が思わしくないようです」
概要はつかめたものの、激しい動揺をどうすることもできずにいた。
「翠葉お嬢様とご一緒に、紫様と涼様がヘリで病院へ向かわれます。病院に着いたら精密検査を行うとのことでした。会長はお嬢様に付き添っていることになっておりますので、このあとも会場へ戻られることはございません。会場は静様と湊様の披露宴へ移行いたします。その間、昇様と栞様、楓様が会長の治療にあたります」
少しでも冷静さを取り戻すため、俺は大きく息を吸い込んだ。
「母さん……もう少しがんばって。夜の部には出なくていい。けど、午前と午後頭くらいまではがんばって」
「えぇ……そうね」
「午後過ぎには処置も終わってると思う。そしたら医務室に連れて行くから」
「えぇ……」
とはいえ、血の気が下がっている母さんを立たせるのは危険を伴う。
「御崎さん、車椅子の用意をお願いします」
「かしこまりました」
午後を過ぎると、約束どおり母さんを医務室へと連れて行った。
中には栞さんと昇さん、兄さんがじーさんを囲んで立っていた。
「一通りの処置は終わった。あとは回復を待つのみだ」
昇さんの言葉に安堵する。
「お父様……」
母さんが声をかけると、じーさんは薄く目を開けた。
「問題はないと思います。が、何分ご高齢ですので肺炎を併発しないかが心配です」
昇さんの言葉に母さんは胸の前でぎゅっと手を握りしめる。
「真白さん、大丈夫ですか?」
「栞ちゃん……ごめんなさいね、大丈夫よ」
「しばらくはここで様子を見て、容態が安定したら藤倉の病院へ搬送しようと思っています」
栞さんが母さんの背を優しく撫で、母さんはただただ首を縦に振り頷くばかりだった。
「昇さん、翠は……」
「……胸の音を聞いたが、血液が逆流していることは明白だった。持病から考えても僧帽弁閉鎖不全症が濃厚。かなり苦しそうにしてたから、もしかしたら心不全を起こしてるかもしれない。なんにせよ、病院についたら精密検査のオンパレードだ。紫先生の所見では、温存措置は難しいとのことだった。弁形成ですめばいいが……最悪、弁置換手術になる」
「そう、ですか……」
「安心しろ。向こうには紫先生と清良女史がいる。滞りなく処置してくれるさ」
紫さんや清良さんの腕を信用していないわけじゃない。ただ、翠が今、どれほど苦しい思いをしているのかと考えるだけで、胸が締め付けられるような思いだった。
「司……? 私のことは気にしなくていいのよ? 気になるなら藤倉に帰ってかまわないわ」
未だ蒼白な母さんに気を遣われる。
「いや……どうせ行っても会えない。それなら、予定通りパーティーに出席する」
そうして二十九日までパレスに滞在し、じーさんが病院に移るタイミングで俺たちも藤倉に帰ってきた。
案の定、じーさんは肺炎を併発し、しばらくの入院を余儀なくされる。
一方、翠は連日術前検査に追われていた。
三十日の手術前になら会ってもいいという許可が下り、会いに行ったはいいが、心配なのに、俺は冷たく突き放すような言葉しかかけてやれなかった。
もっとほかに言いようがあっただろう。けれど、挑発するような、けしかけるような言葉しか出てこなかった。
酸素マスクをつけ、苦しそうにしている翠を目の前に、自分を保つのが精一杯だった。
少しでも気を抜いたら情けない顔になってしまいそうで……。
きっと、ものすごく不安だろう。なぜ労わる言葉のひとつも言えないんだ……。
早く楽になって、元気になって帰ってきてほしい。たかがそれだけのことがなぜ言えない。
不甲斐ない自分に苛立ちを隠すことができなかった――
父さんは話を聞くと、視線のみで俺を呼びつける。
何かあったのかと足を運ぶと、
「一番に電話だ。少し席を外すから真白さんを頼む」
「……わかった」
「一番に電話」――それはじーさんが重積発作を起こしたことを意味するコードネーム。
母さんの表情がかげる。
「母さん、ここには紫さんもいるから大丈夫だ」
「そうね……」
母さんは力なく笑い、しばらくすると貧血を起こした。
極度の緊張から血が下がったのだろう。
俺はスタッフに声をかけ、隣の控え室で母さんを休ませることにした。
「心配なら医務室まで連れて行くけど?」
「……私が行ったところで何をできるわけでもないわ」
それは自分にも同じことが言えた。こんなとき、自分の非力さを痛感する。
そこへ御崎さんがやってきた。
「会長の処置は昇様が行われています」
その言葉に引っかかりを覚える。
「紫さんがいるにもかかわらず、昇さんですか?」
昇さんなら喘息発作の処置くらい難なくこなすだろう。だが、腑に落ちない。
「紫様は翠葉お嬢様に付き添って病院へ向かわれます」
今、俺は何を言われた? 翠が、なんだって……?
「……レストランで会長と翠葉お嬢様がお会いになられている最中、会長が喘息発作を起こされました。会長の意向で防犯カメラは稼動しておらず、人払いがしてあったため、お嬢様が人に知らせるために走られたのです。その結果、心臓の状態が思わしくないようです」
概要はつかめたものの、激しい動揺をどうすることもできずにいた。
「翠葉お嬢様とご一緒に、紫様と涼様がヘリで病院へ向かわれます。病院に着いたら精密検査を行うとのことでした。会長はお嬢様に付き添っていることになっておりますので、このあとも会場へ戻られることはございません。会場は静様と湊様の披露宴へ移行いたします。その間、昇様と栞様、楓様が会長の治療にあたります」
少しでも冷静さを取り戻すため、俺は大きく息を吸い込んだ。
「母さん……もう少しがんばって。夜の部には出なくていい。けど、午前と午後頭くらいまではがんばって」
「えぇ……そうね」
「午後過ぎには処置も終わってると思う。そしたら医務室に連れて行くから」
「えぇ……」
とはいえ、血の気が下がっている母さんを立たせるのは危険を伴う。
「御崎さん、車椅子の用意をお願いします」
「かしこまりました」
午後を過ぎると、約束どおり母さんを医務室へと連れて行った。
中には栞さんと昇さん、兄さんがじーさんを囲んで立っていた。
「一通りの処置は終わった。あとは回復を待つのみだ」
昇さんの言葉に安堵する。
「お父様……」
母さんが声をかけると、じーさんは薄く目を開けた。
「問題はないと思います。が、何分ご高齢ですので肺炎を併発しないかが心配です」
昇さんの言葉に母さんは胸の前でぎゅっと手を握りしめる。
「真白さん、大丈夫ですか?」
「栞ちゃん……ごめんなさいね、大丈夫よ」
「しばらくはここで様子を見て、容態が安定したら藤倉の病院へ搬送しようと思っています」
栞さんが母さんの背を優しく撫で、母さんはただただ首を縦に振り頷くばかりだった。
「昇さん、翠は……」
「……胸の音を聞いたが、血液が逆流していることは明白だった。持病から考えても僧帽弁閉鎖不全症が濃厚。かなり苦しそうにしてたから、もしかしたら心不全を起こしてるかもしれない。なんにせよ、病院についたら精密検査のオンパレードだ。紫先生の所見では、温存措置は難しいとのことだった。弁形成ですめばいいが……最悪、弁置換手術になる」
「そう、ですか……」
「安心しろ。向こうには紫先生と清良女史がいる。滞りなく処置してくれるさ」
紫さんや清良さんの腕を信用していないわけじゃない。ただ、翠が今、どれほど苦しい思いをしているのかと考えるだけで、胸が締め付けられるような思いだった。
「司……? 私のことは気にしなくていいのよ? 気になるなら藤倉に帰ってかまわないわ」
未だ蒼白な母さんに気を遣われる。
「いや……どうせ行っても会えない。それなら、予定通りパーティーに出席する」
そうして二十九日までパレスに滞在し、じーさんが病院に移るタイミングで俺たちも藤倉に帰ってきた。
案の定、じーさんは肺炎を併発し、しばらくの入院を余儀なくされる。
一方、翠は連日術前検査に追われていた。
三十日の手術前になら会ってもいいという許可が下り、会いに行ったはいいが、心配なのに、俺は冷たく突き放すような言葉しかかけてやれなかった。
もっとほかに言いようがあっただろう。けれど、挑発するような、けしかけるような言葉しか出てこなかった。
酸素マスクをつけ、苦しそうにしている翠を目の前に、自分を保つのが精一杯だった。
少しでも気を抜いたら情けない顔になってしまいそうで……。
きっと、ものすごく不安だろう。なぜ労わる言葉のひとつも言えないんだ……。
早く楽になって、元気になって帰ってきてほしい。たかがそれだけのことがなぜ言えない。
不甲斐ない自分に苛立ちを隠すことができなかった――
1
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる