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54~55 Side 唯 01話
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リィもいないあんちゃんもいない。さて、何して過ごそうかな?
手始めにノートパソコンを立ち上げたものの、仕事をする気にはならないし……。
そんなわけで、インスタントコーヒーとは俺が認めないコーヒーをお供に、ずっとリィのバイタルを見ていた。
「まったくもー……会長はどれだけリィをいじめたら気が済むんだろうねぇ……。こんなにも脈乱れちゃって」
ぴょんぴょこ跳ねる脈は見ているこっちも疲れてしまう。実際、その心臓の持ち主はどれほど疲れることか。
ソファに身を預け思う。
「……何もしないで過ごす日があっていいのかも?」
秋斗さんに捕まってからと言うもの、基本毎日が仕事漬けだった。やったらやった分だけお金はもらえたし、とくだん不満もなかった。
仕事のペース配分を考えて規則正しい生活をするようになったのはリィと出逢ってから。リィたちに出逢わなければ見ることも知ることもできない風景や感情があったと思う。
「俺、何気にいい星の下に生まれたのかな?」
両親と妹を失くしてる人間の言う言葉じゃないかもしれない。それでも、全部が全部不幸とは言いがたい。
ゴロンと転がり天井を見上げると、実に冬らしい寒そうな空が広がっていた。
「寒いのは嫌いだけど、リィと散歩に行くのはありかな?」
ドライブに連れて行ったら喜ぶだろうか。
「よし、リィの喜びそうなところを探すとしますかね」
再度パソコンに向かい、冬でも花の咲いているところはないかとリサーチリサーチ。
十五分ほどすると、今までとは違うアラートが鳴り始めた。
「何これ……」
心拍を伝えるアラートがやけに早足で鳴りっぱなし。そして、不整脈を伝えるアラートも鳴りっぱなし。
何これ……。
リィの携帯にかけると、室内に着信音が鳴り響く。ロフトから、やけに暢気で単調な曲が聞こえてきた。
携帯、持ってないのっ!?
持ってないものを鳴らしても仕方ない。
クローゼットからバッグを取り出し仕事用のインカムを装着したものの、どのチャンネルでやり取りされているのかがわからない。
俺はひとつずつ試すなんてことはせず、直接警備室に連絡を入れた。
「お疲れ様です、若槻です。至急、妹がいる場所を教えていただきたいのですが」
『お嬢様はステーションの非常階段を走っていらっしゃいます。すぐに警備のものが確保いたします』
切羽詰まったような言葉に不安を煽られる。
「会長はっ!? 妹は会長と一緒だったはずなんですが」
『会長がレストランで喘息発作を起こされました。防犯カメラは会長の意向で稼動しておらず、レストラン周辺も完全な人払いがしてあったため、人に知らせるためにお嬢様が走られたのだと思います』
なんだそれ、どこまでもはた迷惑な会長だなっ。
『医師への通達も済みましたので、このあとは医務室での処置になるかと思います』
それ以上の情報は持っていないだろう。そう思ったから礼を述べて通信を切った。
「落ち着け……落ち着け俺……」
きっとこの情報は秋斗さんにも伝わっているはず。だとしたら、リィのピックアップには秋斗さんが向かう。
加えて医師陣が会場からいなくなったとしたら――まずは御崎さんに連絡。
「若槻です。リィと会長が倒れたってことは会場から医者が数人抜けてますよね? 何人ですか?」
『紫様、涼様、湊様、昇様、栞様、楓様。そして秋斗様の七人です』
全員か……。
「プラス会長もいないとなれば実質藤宮の人間が八人抜けたわけですよね」
『そうなります……』
「会場は?」
『皆様が一斉に退出なさったわけではございませんが、さすがに医師陣が揃って退出されたとなると、勘ぐる方がおられないわけではございません』
「ですよね……。でも、会長が倒れたことは表沙汰にされないほうが都合がいいわけで……」
『はい』
「……会長とリィの状態、御崎さんは知ってますか?」
『…………』
「この際はっきり言ってください。どの程度深刻? 自分、リィのバイタルは見てるんで、普通じゃないことはわかってます。でも、どのくらい切迫した状況なのかはさっぱりだ。……教えてください。そのうえで状況を操作しましょう」
『どちらがどう……とは申せません。ですが、緊急搬送されるのはお嬢様かと存じます。ご存知かもしれませんが、医務室は会長の喘息発作を想定して作られております。ですので、会長においては処置の一切を医務室で行えます。ですが、お嬢様の処置は応急処置しかできないでしょう』
「わかりました。……なら、それを使います」
『……唯芹様?』
「会長とリィが一緒のときにリィが倒れた。幸い、リィは恩賜所有者ですし、会長命令で一族の医師陣が呼びつけられてもおかしくはない。紫先生と湊さんはリィの主治医だし、昇さんと司っちのお父さんも今は他科でお世話になってる医師です。栞さんの性格を考えれば駆けつけたって不思議じゃないし……。大丈夫、会長は健在です。このあとはオーナーと湊さんの結婚披露パーティーにすり替えましょう」
『かしこまりました。そのシナリオで動かせていただきます。静様には――』
「言う必要はないと思います。オーナーならこの程度のシナリオはすぐに構築してるでしょうから。あとは、周りがそれに沿った動きをできるか、です」
『善処いたします』
これだけ医師がいるのだから、湊さんを表舞台へ戻しても問題はないはず……。
「オーナーにも一度下がってもらって、お色直しをした湊さんとふたりで華やかに登場してもらうよう手配をお願いします」
『かしこまりました』
あとできることってなんだろう……。
ひとまず、医務室へ行って現状を把握する必要がある。
大丈夫――ここにはリィの主治医がいる。医者と名のつく人間が揃っているんだから、最悪の状況にはならない。大丈夫――
気になって仕方ない。でも、もうバイタルを見るのが怖くて携帯を見ることができなくなっていた。
レストランから地下に下り医務室へ向かうと、医務室の前に秋斗さんが立っていた。そして、俺とは反対側の通路からあんちゃんたちが走ってきた。
「秋斗さん、リィの状態はっ!?」
「よくないと思う。ヘリの要請をしたからあと数分で着くだろう。そしたら、翠葉ちゃんを病院へ運ぶことになる」
「何が、あったの?」
碧さんが蒼白な顔で訊くと、
「祖父がレストランで喘息発作を起こしたんです。防犯カメラは祖父の意向で稼動していませんでした。そして、徹底した人払いがしてあったため、翠葉ちゃんが知らせに走ってくれたようです。……本当に、すみません」
「秋斗くんが謝ることじゃないよ」
言って、零樹さんが秋斗さんに頭を上げるよう促した。
秋斗さんの携帯が鳴り、ヘリが到着したことが伝えられる。
それを医務室に伝えると、すぐにリィを搬送すると言われた。
「紫先生っ、翠葉はっ」
碧さんが詰め寄ると、
「ここでは詳しい検査ができないのではっきりとしたことは言えません。ですが……心臓で血液の逆流が起きています。今回は、温存措置は難しいかもしれません」
それは暗に手術が必要になるということ。
「ここでできることは限られています。今は病院への搬送を急ぎましょう。私と涼先生が付き添うので、ご家族は次のヘリで病院にいらしてください」
「わかりました」
今にも崩れてしまいそうな碧さんを支えながら零樹さんが答えた。
「唯、大丈夫か?」
あんちゃんに顔を覗きこまれ、
「え……?」
「真っ青だ……」
言われるまで自分がどんな顔色をしてるかなんてわからなかった。
「はは……ははは。ちょっと、キツイ。なんで……なんで心臓かな、って」
大丈夫――繰り返しそう唱えているけど、セリと重なってしまって正気を保つのがせいぜい。やることがなくなるとどうしたらいいのかわからない。碧さんや零樹さんにかける言葉も失うくらいに。
「……先生たちを信じよう」
肩を抱き寄せられ、俺はそのままあんちゃんに寄りかかった。
手始めにノートパソコンを立ち上げたものの、仕事をする気にはならないし……。
そんなわけで、インスタントコーヒーとは俺が認めないコーヒーをお供に、ずっとリィのバイタルを見ていた。
「まったくもー……会長はどれだけリィをいじめたら気が済むんだろうねぇ……。こんなにも脈乱れちゃって」
ぴょんぴょこ跳ねる脈は見ているこっちも疲れてしまう。実際、その心臓の持ち主はどれほど疲れることか。
ソファに身を預け思う。
「……何もしないで過ごす日があっていいのかも?」
秋斗さんに捕まってからと言うもの、基本毎日が仕事漬けだった。やったらやった分だけお金はもらえたし、とくだん不満もなかった。
仕事のペース配分を考えて規則正しい生活をするようになったのはリィと出逢ってから。リィたちに出逢わなければ見ることも知ることもできない風景や感情があったと思う。
「俺、何気にいい星の下に生まれたのかな?」
両親と妹を失くしてる人間の言う言葉じゃないかもしれない。それでも、全部が全部不幸とは言いがたい。
ゴロンと転がり天井を見上げると、実に冬らしい寒そうな空が広がっていた。
「寒いのは嫌いだけど、リィと散歩に行くのはありかな?」
ドライブに連れて行ったら喜ぶだろうか。
「よし、リィの喜びそうなところを探すとしますかね」
再度パソコンに向かい、冬でも花の咲いているところはないかとリサーチリサーチ。
十五分ほどすると、今までとは違うアラートが鳴り始めた。
「何これ……」
心拍を伝えるアラートがやけに早足で鳴りっぱなし。そして、不整脈を伝えるアラートも鳴りっぱなし。
何これ……。
リィの携帯にかけると、室内に着信音が鳴り響く。ロフトから、やけに暢気で単調な曲が聞こえてきた。
携帯、持ってないのっ!?
持ってないものを鳴らしても仕方ない。
クローゼットからバッグを取り出し仕事用のインカムを装着したものの、どのチャンネルでやり取りされているのかがわからない。
俺はひとつずつ試すなんてことはせず、直接警備室に連絡を入れた。
「お疲れ様です、若槻です。至急、妹がいる場所を教えていただきたいのですが」
『お嬢様はステーションの非常階段を走っていらっしゃいます。すぐに警備のものが確保いたします』
切羽詰まったような言葉に不安を煽られる。
「会長はっ!? 妹は会長と一緒だったはずなんですが」
『会長がレストランで喘息発作を起こされました。防犯カメラは会長の意向で稼動しておらず、レストラン周辺も完全な人払いがしてあったため、人に知らせるためにお嬢様が走られたのだと思います』
なんだそれ、どこまでもはた迷惑な会長だなっ。
『医師への通達も済みましたので、このあとは医務室での処置になるかと思います』
それ以上の情報は持っていないだろう。そう思ったから礼を述べて通信を切った。
「落ち着け……落ち着け俺……」
きっとこの情報は秋斗さんにも伝わっているはず。だとしたら、リィのピックアップには秋斗さんが向かう。
加えて医師陣が会場からいなくなったとしたら――まずは御崎さんに連絡。
「若槻です。リィと会長が倒れたってことは会場から医者が数人抜けてますよね? 何人ですか?」
『紫様、涼様、湊様、昇様、栞様、楓様。そして秋斗様の七人です』
全員か……。
「プラス会長もいないとなれば実質藤宮の人間が八人抜けたわけですよね」
『そうなります……』
「会場は?」
『皆様が一斉に退出なさったわけではございませんが、さすがに医師陣が揃って退出されたとなると、勘ぐる方がおられないわけではございません』
「ですよね……。でも、会長が倒れたことは表沙汰にされないほうが都合がいいわけで……」
『はい』
「……会長とリィの状態、御崎さんは知ってますか?」
『…………』
「この際はっきり言ってください。どの程度深刻? 自分、リィのバイタルは見てるんで、普通じゃないことはわかってます。でも、どのくらい切迫した状況なのかはさっぱりだ。……教えてください。そのうえで状況を操作しましょう」
『どちらがどう……とは申せません。ですが、緊急搬送されるのはお嬢様かと存じます。ご存知かもしれませんが、医務室は会長の喘息発作を想定して作られております。ですので、会長においては処置の一切を医務室で行えます。ですが、お嬢様の処置は応急処置しかできないでしょう』
「わかりました。……なら、それを使います」
『……唯芹様?』
「会長とリィが一緒のときにリィが倒れた。幸い、リィは恩賜所有者ですし、会長命令で一族の医師陣が呼びつけられてもおかしくはない。紫先生と湊さんはリィの主治医だし、昇さんと司っちのお父さんも今は他科でお世話になってる医師です。栞さんの性格を考えれば駆けつけたって不思議じゃないし……。大丈夫、会長は健在です。このあとはオーナーと湊さんの結婚披露パーティーにすり替えましょう」
『かしこまりました。そのシナリオで動かせていただきます。静様には――』
「言う必要はないと思います。オーナーならこの程度のシナリオはすぐに構築してるでしょうから。あとは、周りがそれに沿った動きをできるか、です」
『善処いたします』
これだけ医師がいるのだから、湊さんを表舞台へ戻しても問題はないはず……。
「オーナーにも一度下がってもらって、お色直しをした湊さんとふたりで華やかに登場してもらうよう手配をお願いします」
『かしこまりました』
あとできることってなんだろう……。
ひとまず、医務室へ行って現状を把握する必要がある。
大丈夫――ここにはリィの主治医がいる。医者と名のつく人間が揃っているんだから、最悪の状況にはならない。大丈夫――
気になって仕方ない。でも、もうバイタルを見るのが怖くて携帯を見ることができなくなっていた。
レストランから地下に下り医務室へ向かうと、医務室の前に秋斗さんが立っていた。そして、俺とは反対側の通路からあんちゃんたちが走ってきた。
「秋斗さん、リィの状態はっ!?」
「よくないと思う。ヘリの要請をしたからあと数分で着くだろう。そしたら、翠葉ちゃんを病院へ運ぶことになる」
「何が、あったの?」
碧さんが蒼白な顔で訊くと、
「祖父がレストランで喘息発作を起こしたんです。防犯カメラは祖父の意向で稼動していませんでした。そして、徹底した人払いがしてあったため、翠葉ちゃんが知らせに走ってくれたようです。……本当に、すみません」
「秋斗くんが謝ることじゃないよ」
言って、零樹さんが秋斗さんに頭を上げるよう促した。
秋斗さんの携帯が鳴り、ヘリが到着したことが伝えられる。
それを医務室に伝えると、すぐにリィを搬送すると言われた。
「紫先生っ、翠葉はっ」
碧さんが詰め寄ると、
「ここでは詳しい検査ができないのではっきりとしたことは言えません。ですが……心臓で血液の逆流が起きています。今回は、温存措置は難しいかもしれません」
それは暗に手術が必要になるということ。
「ここでできることは限られています。今は病院への搬送を急ぎましょう。私と涼先生が付き添うので、ご家族は次のヘリで病院にいらしてください」
「わかりました」
今にも崩れてしまいそうな碧さんを支えながら零樹さんが答えた。
「唯、大丈夫か?」
あんちゃんに顔を覗きこまれ、
「え……?」
「真っ青だ……」
言われるまで自分がどんな顔色をしてるかなんてわからなかった。
「はは……ははは。ちょっと、キツイ。なんで……なんで心臓かな、って」
大丈夫――繰り返しそう唱えているけど、セリと重なってしまって正気を保つのがせいぜい。やることがなくなるとどうしたらいいのかわからない。碧さんや零樹さんにかける言葉も失うくらいに。
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