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Last Side View Story
45 Side 湊 01話
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私はステーションの二階にある控え室でメイクと着替えを終え、ブーケを手に時間がくるのを待っていた。
ノック音のあと、「いいかしら」と顔を覗かせたたのは支度を済ませたお母様。
お母様はゆっくりと私に近づき、
「湊、おめでとう」
穏やかな笑顔で言ってくれる。スタッフからベールを受け取ると、
「……やっぱり、マリアベールじゃベールダウンはできないわねぇ」
少し困った顔で私の正面に立った。
「今ならお母様の気持ちがわかるわ。このベールに一目惚れしてすべてを決めてしまったけれど……。やっぱりベールダウンしたいわ」
今、お母様が手に持っているのは、お母様が結婚するときに使ったベール。
マリアベールだとベールダウンはできない。
ベールダウンという儀式は母親がベールを花嫁にかぶせることで花嫁をゼロ歳に戻すというもの。そうして生まれる前に戻った花嫁は、教会の扉が開くことで誕生する。そこに伸びるバージンロードは花嫁の人生を意味する。
その道を父親と一緒に思い出しながら、踏みしめながら歩くのだ。
祭壇の前でパートナーが父親から新郎に替わり、そこが新しい出発点となる。
「でも、ベールはつけてくださるのでしょう?」
「えぇ、当然だわ。娘を産んだんだもの。この日をどれほど楽しみにしてきたことか」
「遅くなってごめんなさい……」
少しんみしりした雰囲気に涙ぐむと、お母様はクスリと笑った。
「いいのよ。でも、少し心配していたの」
「え……?」
「だって……湊の小さい頃の口癖は――」
「お母様ストップっ」
その先は言わないで……。
「ふふ……だから、安心したわ」
閉じられた扉を前に、お父様の腕に右手を添える。
「安心した」
「え……?」
「無事に嫁に行ってくれて」
にこりと笑ったお父様に少しムッとする。
「三十になっちゃいましたけどねっ」
「年は関係ないだろう? 私が安心したのは、この年になっても『お父様と結婚する』と言われなくて、だ」
「ぎゃっ」
思わず飛び上がる。
さっきお母様に言われそうになったのは無事に阻止できたのに、お父様が相手だとそれも敵わない。
「私の記憶が確かなら、初等部――」
「お父様っ」
顔が点火してしまったかのように熱くなる。手に力をこめ、その先を言わないように懇願すると、チャペルのドア脇で控えていたスタッフに「ご入場です」と声をかけられた。
「湊、共に歩き、三十歳までの年月を思い出そう。そして、静くんと新たな人生を歩みなさい」
「……はい」
決して、「幸せになりなさい」とは言わないあたりがお父様らしい。
大丈夫。私は今までも幸せだったしこれからだって幸せよ。
だって、幸せは自分の手で掴むもの、でしょう?
涼やかなお父様の顔を盗み見て、私はお父様と同時に一歩を踏み出した。
ノック音のあと、「いいかしら」と顔を覗かせたたのは支度を済ませたお母様。
お母様はゆっくりと私に近づき、
「湊、おめでとう」
穏やかな笑顔で言ってくれる。スタッフからベールを受け取ると、
「……やっぱり、マリアベールじゃベールダウンはできないわねぇ」
少し困った顔で私の正面に立った。
「今ならお母様の気持ちがわかるわ。このベールに一目惚れしてすべてを決めてしまったけれど……。やっぱりベールダウンしたいわ」
今、お母様が手に持っているのは、お母様が結婚するときに使ったベール。
マリアベールだとベールダウンはできない。
ベールダウンという儀式は母親がベールを花嫁にかぶせることで花嫁をゼロ歳に戻すというもの。そうして生まれる前に戻った花嫁は、教会の扉が開くことで誕生する。そこに伸びるバージンロードは花嫁の人生を意味する。
その道を父親と一緒に思い出しながら、踏みしめながら歩くのだ。
祭壇の前でパートナーが父親から新郎に替わり、そこが新しい出発点となる。
「でも、ベールはつけてくださるのでしょう?」
「えぇ、当然だわ。娘を産んだんだもの。この日をどれほど楽しみにしてきたことか」
「遅くなってごめんなさい……」
少しんみしりした雰囲気に涙ぐむと、お母様はクスリと笑った。
「いいのよ。でも、少し心配していたの」
「え……?」
「だって……湊の小さい頃の口癖は――」
「お母様ストップっ」
その先は言わないで……。
「ふふ……だから、安心したわ」
閉じられた扉を前に、お父様の腕に右手を添える。
「安心した」
「え……?」
「無事に嫁に行ってくれて」
にこりと笑ったお父様に少しムッとする。
「三十になっちゃいましたけどねっ」
「年は関係ないだろう? 私が安心したのは、この年になっても『お父様と結婚する』と言われなくて、だ」
「ぎゃっ」
思わず飛び上がる。
さっきお母様に言われそうになったのは無事に阻止できたのに、お父様が相手だとそれも敵わない。
「私の記憶が確かなら、初等部――」
「お父様っ」
顔が点火してしまったかのように熱くなる。手に力をこめ、その先を言わないように懇願すると、チャペルのドア脇で控えていたスタッフに「ご入場です」と声をかけられた。
「湊、共に歩き、三十歳までの年月を思い出そう。そして、静くんと新たな人生を歩みなさい」
「……はい」
決して、「幸せになりなさい」とは言わないあたりがお父様らしい。
大丈夫。私は今までも幸せだったしこれからだって幸せよ。
だって、幸せは自分の手で掴むもの、でしょう?
涼やかなお父様の顔を盗み見て、私はお父様と同時に一歩を踏み出した。
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