光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
1,023 / 1,060
Last Side View Story

45 Side 湊 01話

しおりを挟む
 私はステーションの二階にある控え室でメイクと着替えを終え、ブーケを手に時間がくるのを待っていた。
 ノック音のあと、「いいかしら」と顔を覗かせたたのは支度を済ませたお母様。
 お母様はゆっくりと私に近づき、
「湊、おめでとう」
 穏やかな笑顔で言ってくれる。スタッフからベールを受け取ると、
「……やっぱり、マリアベールじゃベールダウンはできないわねぇ」
 少し困った顔で私の正面に立った。
「今ならお母様の気持ちがわかるわ。このベールに一目惚れしてすべてを決めてしまったけれど……。やっぱりベールダウンしたいわ」
 今、お母様が手に持っているのは、お母様が結婚するときに使ったベール。
 マリアベールだとベールダウンはできない。
 ベールダウンという儀式は母親がベールを花嫁にかぶせることで花嫁をゼロ歳に戻すというもの。そうして生まれる前に戻った花嫁は、教会の扉が開くことで誕生する。そこに伸びるバージンロードは花嫁の人生を意味する。
 その道を父親と一緒に思い出しながら、踏みしめながら歩くのだ。
 祭壇の前でパートナーが父親から新郎に替わり、そこが新しい出発点となる。
「でも、ベールはつけてくださるのでしょう?」
「えぇ、当然だわ。娘を産んだんだもの。この日をどれほど楽しみにしてきたことか」
「遅くなってごめんなさい……」
 少しんみしりした雰囲気に涙ぐむと、お母様はクスリと笑った。
「いいのよ。でも、少し心配していたの」
「え……?」
「だって……湊の小さい頃の口癖は――」
「お母様ストップっ」
 その先は言わないで……。
「ふふ……だから、安心したわ」


 閉じられた扉を前に、お父様の腕に右手を添える。
「安心した」
「え……?」
「無事に嫁に行ってくれて」
 にこりと笑ったお父様に少しムッとする。
「三十になっちゃいましたけどねっ」
「年は関係ないだろう? 私が安心したのは、この年になっても『お父様と結婚する』と言われなくて、だ」
「ぎゃっ」
 思わず飛び上がる。
 さっきお母様に言われそうになったのは無事に阻止できたのに、お父様が相手だとそれも敵わない。
「私の記憶が確かなら、初等部――」
「お父様っ」
 顔が点火してしまったかのように熱くなる。手に力をこめ、その先を言わないように懇願すると、チャペルのドア脇で控えていたスタッフに「ご入場です」と声をかけられた。
「湊、共に歩き、三十歳までの年月を思い出そう。そして、静くんと新たな人生を歩みなさい」
「……はい」
 決して、「幸せになりなさい」とは言わないあたりがお父様らしい。
 大丈夫。私は今までも幸せだったしこれからだって幸せよ。
 だって、幸せは自分の手で掴むもの、でしょう?
 涼やかなお父様の顔を盗み見て、私はお父様と同時に一歩を踏み出した。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

窓を開くと

とさか
青春
17才の車椅子少女ー 『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』 人間1度は訪れる道。 海辺の家から、 今の想いを手紙に書きます。 ※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。 ☆イラスト(大空めとろ様) ○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/ ○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...