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40 Side 司 01話
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晩餐会のあと、一度ゲストルームに戻ったものの、俺と秋兄はレストランへ引き返してきていた。
大人連中は二階のバーラウンジに移動し、海斗と兄さんは部屋でカードゲームをしている。
「話って?」
「もちろん、翠葉ちゃんのこと」
ま、そんなことだろうとは思っていた。
「前に藤山で話しただろ? ……共同戦線」
秋兄は何か企んでいそうな目を向けてくる。
「何するつもり?」
「とりあえずはお茶会に誘おうかと思って」
そこ、と電飾ををまとったツリーを指差した。
「ふーん……いいんじゃない?」
現状、俺も秋兄も翠には避けられている。ならば、こちらから行くしかない。
そういう意味では茶会はもっとも手ごろな理由だった。
「周りは身内ばかりなのに、どこを見ても翠葉ちゃんの肩しか持たないような人間勢ぞろいときてる。さすがにひとりくらいは味方が欲しくてさ」
秋兄はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「ま、わからなくはない。それに……翠は俺たちがいがみ合ってるの、あまり好きじゃないみたいだし」
「本当にね。そんなことで胃に負担かけるんじゃかわいそうだし」
食後、三十分から一時間は食休みが必要だろう。それでも時刻は九時前。まだ寝るには早い時間だ。
冬休み入ってからは幸倉に帰っていると聞いた。ならば、家族団欒の時間を考慮しなくてもいいだろう。
手を上げレストランマネージャーを呼びつける。
「三十分後、中庭で茶会を開きたいので用意をお願いします」
「かしこまりました」
「人数は五人」
秋兄が必要事項を補足するとレストランマネージャーは下がり、すぐスタッフに指示を出し始めた。
「五人の内訳は必要?」
「いや、この時間に呼び出すんだ。保護者は必要だろ。それに、翠がひとりで来るとは思いがたい」
絶対に心の拠りどころを携えてくるに違いない。だから、御園生さんと唯さんを入れた五人が正解。
準備が整い翠に連絡を入れるも携帯がつながらない。
コール音は鳴るのに一向に出る気配がない。
ものすごく嫌な予感がする。
「秋兄……翠、携帯所持してないかも」
「くっ……本当、どこまでも俺たちの攻撃を上手にかわしてくれるよね?」
笑いながら、自分の携帯を取り出した。
「でも、そこで引き下がる俺たちでもないだろ? 俺は唯に探りを入れるとするよ」
「じゃ、俺は御園生さん」
何もふたりして確認する必要はない。ただ、俺たちがそうまでして翠と連絡を取ろうとしていた事実――証拠、履歴を残すため。
『もしもし?』
「司です。そこに翠、いますか?」
単刀直入に訊くと、
『いや、少し前に涼先生がいらして、診察するって連行されたけど?』
連行って言葉を使われる父親をどうかと思うけど、きっとその言葉がぴったりな状況だったのだろう。
『翠葉に用だった? って唯にも秋斗先輩から連絡入ってるっぽいけど……』
「今、レストランから出たところの中庭に秋兄といます。食後のお茶に誘おうと思ったのですが……」
『あぁ、それなら翠葉が戻ってきしだい連れて行くよ。もともとイルミネーションは見に行くつもりだったんだ』
「じゃ、待っています」
約束を取り付け通話を切った。
同じころ、秋兄も携帯を耳から離した。
「涼さんに掻っ攫われたって話?」
「そう……」
「じゃ、今ごろ地下の医務室だな。……メールだけ送っておくか。もちろん連名で」
秋兄はにこりと笑った。
送った文面は――『あたたかいお茶を飲みながら、中庭でツリーを見よう。空気がきれいだから星もよく見えるよ。司、秋斗』。
しばらくすると唯さんがやってきた。
「ちょっと遅いんで様子見てきます」
「ぜひ、とっとと奪還して来てくれる?」
秋兄が言うと、
「でも、どちらにせよもうちょいかかるかも?」
「なんで?」
「診察のあと、ステーションのティーラウンジで検査結果もろもろ聞くことになってるんです。……で? ふたりともいつからここにいるんです? まさかずっとここで待ってたとか言いませんよね?」
半ば信じられないというような目で見られる。
「このくらいの寒さ、司は部活で慣れてるよ。俺はちょっと虚勢張ってがんばってるだけ」
「ちょっ……風邪ひかないようにしてくださいよっ? 風邪なんてひいたら心配する前にリィから遠ざけますからねっ」
言うと、唯さんは軽快な足取りで去っていった。
その後、待てども待てども翠は来ない。
俺たちの間には冷たい風が吹いていくのみ。
「診察って言ってたよな?」
「そう聞いたけど?」
秋兄がそう言いたくなるのもわからなくはない。時計は九時半を知らせようとしていたからだ。
三十分も診察って、何やってるんだか……。
俺は苛立つままに父さんに電話をかけた。
通話状態になるなり、
『用件は?』
傍若無人な応答が返ってくる。が、これが日常であり、これと同等の返答以外を聞いたためしがない。
「翠がそこにいるって聞いた。診察が終わったなら中庭に招きたいんだけど」
『……ならば、本人に直接伝えたらいいだろう?』
「その本人が携帯を所持しているなら父さんに電話したりしない」
『それはそれは、貴重な電話をもらえて光栄だ』
「喜ばなくていいから。終わったら――」
『断わる。だいたいにして、今が何時かわかって言っているのか?』
「……父さんが翠を迎えに行かなければ、あと三十分は早く呼び出せた。第一、翠を待っているのは俺だけじゃない。秋兄も一緒」
『ふたりとも外に?』
「そう……かれこれ三十分以上前から」
『それはご苦労なことだが……。よそさまのお嬢さんをこんな時間に、しかも男ふたりのもとへなど送っていけるか。ひとりじゃないからいいとかそういう問題じゃない。今日は諦めろ』
一方的に言われ、一方的に切られた。
「やられた……」
「何?」
「ここによこすつもりはないって」
「……篭城しているお姫様に涼さんって武将がついているとは思わなかった。これは思わぬ伏兵……。さすがに涼さんにだめって言われたものは覆らないか」
秋兄は惨敗といった感じでうな垂れる。
「でも、明日がある」
俺が言うと、秋兄は「そうだな」と答えた。
髪の間から覗く目が鈍く光る。
「そこでリベンジとまいりましょう」
ただ、今日と同じじゃだめだ……。
「明日は栞さんや姉さんにも声をかけよう。そのほうが確実な気がする……」
「司の提案にしては珍しいな?」
「……父さんに却下された理由をクリアするため」
「何それ」
「……こんな時間によそさまのお嬢さんを男ふたりのもとへ連れて行けるかって言われた」
「なるほど……。じゃ、手堅くセッティングさせていただきましょう? 今日は突発的かつ、杜撰すぎたってところかな」
「認めたくはないけど……」
「でも……明日、か――」
秋兄は空を見上げて憂い顔。
「明日は翠葉ちゃんにとってかなり衝撃的な日になる」
「じーさんのこと?」
「そう……。じーさんのことだ、式のときまで言わないつもりだろ。顔を合わせてそこで初めて知ることになる」
「それ、今どうこう言っても仕方ないし……」
「だよなぁ……」
「なら、そのフォロー入れるのにも丁度いいんじゃないの?」
「確かに……。でも、夜まで指を加えて待つっていうのも性に合わない」
言うと、秋兄は反動をつけて立ち上がった。
「司。明日の朝、隣の部屋を訪問しない?」
「……レストランまでのエスコート?」
「そっ。今日の様子だと、彼女は間違いなくうろたえるだろ? そこに俺と司の手を差し出そう」
「困らせるために?」
「まさか。そこまで性格悪いつもりないんだけど?」
秋兄は苦笑しながらテーブルに用意されたカップに手を伸ばす。ふたつのカップを並べると、
「司は選んでほしいんだろ? なら、そういうシチュエーションを作らないと」
結果、困らせることには変わりない。けど、秋兄が言うことには一理ある。
言葉で選ばせるより物理的に選ばせる。そんな方法もあったのか、と少し意表をつかれた気分。
「じゃ、部屋に戻るか」
俺たちは、御園生家が使うゲストルームの隣に位置する土星――サタンへ向かって歩きだした。
大人連中は二階のバーラウンジに移動し、海斗と兄さんは部屋でカードゲームをしている。
「話って?」
「もちろん、翠葉ちゃんのこと」
ま、そんなことだろうとは思っていた。
「前に藤山で話しただろ? ……共同戦線」
秋兄は何か企んでいそうな目を向けてくる。
「何するつもり?」
「とりあえずはお茶会に誘おうかと思って」
そこ、と電飾ををまとったツリーを指差した。
「ふーん……いいんじゃない?」
現状、俺も秋兄も翠には避けられている。ならば、こちらから行くしかない。
そういう意味では茶会はもっとも手ごろな理由だった。
「周りは身内ばかりなのに、どこを見ても翠葉ちゃんの肩しか持たないような人間勢ぞろいときてる。さすがにひとりくらいは味方が欲しくてさ」
秋兄はわざとらしく肩を竦めて見せた。
「ま、わからなくはない。それに……翠は俺たちがいがみ合ってるの、あまり好きじゃないみたいだし」
「本当にね。そんなことで胃に負担かけるんじゃかわいそうだし」
食後、三十分から一時間は食休みが必要だろう。それでも時刻は九時前。まだ寝るには早い時間だ。
冬休み入ってからは幸倉に帰っていると聞いた。ならば、家族団欒の時間を考慮しなくてもいいだろう。
手を上げレストランマネージャーを呼びつける。
「三十分後、中庭で茶会を開きたいので用意をお願いします」
「かしこまりました」
「人数は五人」
秋兄が必要事項を補足するとレストランマネージャーは下がり、すぐスタッフに指示を出し始めた。
「五人の内訳は必要?」
「いや、この時間に呼び出すんだ。保護者は必要だろ。それに、翠がひとりで来るとは思いがたい」
絶対に心の拠りどころを携えてくるに違いない。だから、御園生さんと唯さんを入れた五人が正解。
準備が整い翠に連絡を入れるも携帯がつながらない。
コール音は鳴るのに一向に出る気配がない。
ものすごく嫌な予感がする。
「秋兄……翠、携帯所持してないかも」
「くっ……本当、どこまでも俺たちの攻撃を上手にかわしてくれるよね?」
笑いながら、自分の携帯を取り出した。
「でも、そこで引き下がる俺たちでもないだろ? 俺は唯に探りを入れるとするよ」
「じゃ、俺は御園生さん」
何もふたりして確認する必要はない。ただ、俺たちがそうまでして翠と連絡を取ろうとしていた事実――証拠、履歴を残すため。
『もしもし?』
「司です。そこに翠、いますか?」
単刀直入に訊くと、
『いや、少し前に涼先生がいらして、診察するって連行されたけど?』
連行って言葉を使われる父親をどうかと思うけど、きっとその言葉がぴったりな状況だったのだろう。
『翠葉に用だった? って唯にも秋斗先輩から連絡入ってるっぽいけど……』
「今、レストランから出たところの中庭に秋兄といます。食後のお茶に誘おうと思ったのですが……」
『あぁ、それなら翠葉が戻ってきしだい連れて行くよ。もともとイルミネーションは見に行くつもりだったんだ』
「じゃ、待っています」
約束を取り付け通話を切った。
同じころ、秋兄も携帯を耳から離した。
「涼さんに掻っ攫われたって話?」
「そう……」
「じゃ、今ごろ地下の医務室だな。……メールだけ送っておくか。もちろん連名で」
秋兄はにこりと笑った。
送った文面は――『あたたかいお茶を飲みながら、中庭でツリーを見よう。空気がきれいだから星もよく見えるよ。司、秋斗』。
しばらくすると唯さんがやってきた。
「ちょっと遅いんで様子見てきます」
「ぜひ、とっとと奪還して来てくれる?」
秋兄が言うと、
「でも、どちらにせよもうちょいかかるかも?」
「なんで?」
「診察のあと、ステーションのティーラウンジで検査結果もろもろ聞くことになってるんです。……で? ふたりともいつからここにいるんです? まさかずっとここで待ってたとか言いませんよね?」
半ば信じられないというような目で見られる。
「このくらいの寒さ、司は部活で慣れてるよ。俺はちょっと虚勢張ってがんばってるだけ」
「ちょっ……風邪ひかないようにしてくださいよっ? 風邪なんてひいたら心配する前にリィから遠ざけますからねっ」
言うと、唯さんは軽快な足取りで去っていった。
その後、待てども待てども翠は来ない。
俺たちの間には冷たい風が吹いていくのみ。
「診察って言ってたよな?」
「そう聞いたけど?」
秋兄がそう言いたくなるのもわからなくはない。時計は九時半を知らせようとしていたからだ。
三十分も診察って、何やってるんだか……。
俺は苛立つままに父さんに電話をかけた。
通話状態になるなり、
『用件は?』
傍若無人な応答が返ってくる。が、これが日常であり、これと同等の返答以外を聞いたためしがない。
「翠がそこにいるって聞いた。診察が終わったなら中庭に招きたいんだけど」
『……ならば、本人に直接伝えたらいいだろう?』
「その本人が携帯を所持しているなら父さんに電話したりしない」
『それはそれは、貴重な電話をもらえて光栄だ』
「喜ばなくていいから。終わったら――」
『断わる。だいたいにして、今が何時かわかって言っているのか?』
「……父さんが翠を迎えに行かなければ、あと三十分は早く呼び出せた。第一、翠を待っているのは俺だけじゃない。秋兄も一緒」
『ふたりとも外に?』
「そう……かれこれ三十分以上前から」
『それはご苦労なことだが……。よそさまのお嬢さんをこんな時間に、しかも男ふたりのもとへなど送っていけるか。ひとりじゃないからいいとかそういう問題じゃない。今日は諦めろ』
一方的に言われ、一方的に切られた。
「やられた……」
「何?」
「ここによこすつもりはないって」
「……篭城しているお姫様に涼さんって武将がついているとは思わなかった。これは思わぬ伏兵……。さすがに涼さんにだめって言われたものは覆らないか」
秋兄は惨敗といった感じでうな垂れる。
「でも、明日がある」
俺が言うと、秋兄は「そうだな」と答えた。
髪の間から覗く目が鈍く光る。
「そこでリベンジとまいりましょう」
ただ、今日と同じじゃだめだ……。
「明日は栞さんや姉さんにも声をかけよう。そのほうが確実な気がする……」
「司の提案にしては珍しいな?」
「……父さんに却下された理由をクリアするため」
「何それ」
「……こんな時間によそさまのお嬢さんを男ふたりのもとへ連れて行けるかって言われた」
「なるほど……。じゃ、手堅くセッティングさせていただきましょう? 今日は突発的かつ、杜撰すぎたってところかな」
「認めたくはないけど……」
「でも……明日、か――」
秋兄は空を見上げて憂い顔。
「明日は翠葉ちゃんにとってかなり衝撃的な日になる」
「じーさんのこと?」
「そう……。じーさんのことだ、式のときまで言わないつもりだろ。顔を合わせてそこで初めて知ることになる」
「それ、今どうこう言っても仕方ないし……」
「だよなぁ……」
「なら、そのフォロー入れるのにも丁度いいんじゃないの?」
「確かに……。でも、夜まで指を加えて待つっていうのも性に合わない」
言うと、秋兄は反動をつけて立ち上がった。
「司。明日の朝、隣の部屋を訪問しない?」
「……レストランまでのエスコート?」
「そっ。今日の様子だと、彼女は間違いなくうろたえるだろ? そこに俺と司の手を差し出そう」
「困らせるために?」
「まさか。そこまで性格悪いつもりないんだけど?」
秋兄は苦笑しながらテーブルに用意されたカップに手を伸ばす。ふたつのカップを並べると、
「司は選んでほしいんだろ? なら、そういうシチュエーションを作らないと」
結果、困らせることには変わりない。けど、秋兄が言うことには一理ある。
言葉で選ばせるより物理的に選ばせる。そんな方法もあったのか、と少し意表をつかれた気分。
「じゃ、部屋に戻るか」
俺たちは、御園生家が使うゲストルームの隣に位置する土星――サタンへ向かって歩きだした。
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