光のもとで1

葉野りるは

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最終章 恋のあとさき

46話

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「翠葉、そろそろ起きなさい」
 お母さんに起こされると同時、ルームコールが鳴った。
 蒼兄が出てはすぐに切り、
「準備が整ったからステーションにお越しくださいって」
 その言葉にみんなが腰を上げる。
 私は靴を履きながら、
「栞さんたちはどうやってチャペルに誘導されるの?」
「簡単簡単。昇先生がチャペル見に行こうって誘ってるはず」
 答えてくれたのはお父さん。でも、
「それだけなの?」
「それだけだけど……碧さん、なんか問題ある?」
「ん? ないと思うわ。式の直前まで伏せていられたらいいわけだし……」
「じゃぁ、どの時点で知るのっ!?」
「私たちがチャペルに入ってきた時点かしら?」
 お母さんがお父さんを見上げる。と、
「あー……そうかも? それとも式が始まる前に種明かししてもらえるのかな? 説明も何もなしで式が始まっちゃったらちょっと気の毒だね?」
 このやりとりからすると、お父さんとお母さんは細かいことまで知らないようだ。
 蒼兄と唯兄を順に見たけれど、
「父さんたちが知らないのに俺たちが知るわけないよ」
「でもさ、リィがそんなに慌てることないと思う」
「確かに……。嵌められる対象は栞さんひとりなわけだし、翠葉が今慌てる必要ってないんじゃない?」
 私が慌てる必要はないのかもしれないけれど、あまりにも行きあたりばったりすぎる気がして不安になる。どうして四人はこんなに落ち着いていられるのだろう。
 不思議に思って尋ねると、
「だって、ドッキリやられる側じゃないもん」
 唯兄がサクリと答え、ほかの三人も「そのとおり」と言わんが如く頷いた。
「もっと言うなら、仕掛け人側でもないからのんびり構えて高みの見物してればいいんだよ」
 どこまでも楽観的な唯兄の言葉に、私は呆気に取られてしまった。

 回廊に出ると、シトラスの爽やかな香りがした。
「アロマ……?」
「ウェルカムミストよ。通風孔や空調とは別に、香りを送り込むためのダクトが設置されているの。花嫁さんが事前にブレンドした精油をレストラン以外のすべての空間で香らせられるようにね」
「試運転には立ち会ったけど、やっぱいいなー。香りのお出迎えってなんだかお洒落だよね?」
 犬みたいに鼻をクンクンさせているお父さんがちょっとかわいい。
「でもさ、中には香りが苦手な人もいるんじゃない?」
 唯兄が指摘すると、このシステムを使うときには招待客の中にアロマが苦手な人がいないか、妊婦や乳幼児がいないかなどのチェックが必ず行われることを教えられた。
 区画分けして香らせることはできるものの、レストランを抜かした四ブロックにしか分けられないため、基本的にはパレスを貸し切るお客様へ向けてのサービスになるらしい。
「今回みたいな内輪の式でくらいしか使えないでしょうけど、アロマ好きの栞さんのために湊先生からぜひって依頼があったのよ」
 湊先生は栞さんが本当に大切で大好きなんだな……。
「栞さん、嬉しくて泣いちゃうかもね?」
 言うと、みんな嬉しそうに笑った。

 ステーションに着きエレベーターで地下へ下りると、私たちの到着を確認した湊先生が花嫁さんらしからぬ言葉を発する。
「みんな揃ったところで、栞を泣かせに行くわよっ!」
 まるで出陣号令。ところどころで笑いが起こるのは仕方がない気がする。
「湊ちゃん、もっと花嫁さんらしくしてよ」
 言ったのは海斗くん。
「海斗には学習能力ってものがないのかしら? 湊さんと呼べと何度言ったら――」
「だぁってさぁー、今さらだよー」
 いつもの光景に心が和む。
 ウェディングドレスに身を包んだ湊先生とタキシード姿の静さんが先頭を歩き、その後ろに親族が続く。私たち御園生家の後ろには澤村さんと園田さんがいた。
 ステーションから伸びているのはガラスの回廊ではなく石の回廊。
 通路は四辺どこもが石造りとなっており、天井にはスポットライトが埋め込まれている。
 雰囲気的には古城の地下道。
 左右の壁は石と石の間に隙間があるけれど、足元の石畳はドレスが引っかかったりヒールが挟まらないような加工がされていた。
 しばらく歩くと天井が天窓へ変わり、両脇の壁にはアイビーが垂れ下がる。
 まるで地中から地上へ向かって歩いているみたい。実際に、回廊は緩やかな傾斜を登っているような感じがした。
 写真を撮りたくて一眼レフを持ってきていたけれど、クラッチバッグを持ったままカメラをかまえるのは難しい。
 それに、写真を撮るのに足を止めたら後ろを歩く園田さんたちに迷惑をかけてしまう。
 そんなことを考えていると、後ろでシャッター音がした。
 振り返ると、園田さんたちの後ろに黒いスーツを身に纏ったカメラマンがふたり。
「写真、撮りたくなるよね。でも、今日は任せて? 教会ではクゥがスタンバってるからさ。姫はちゃんと絵の一部になってください。by かっきー」
 ふたりは口端を上げニッと笑った。
「彼らの言うとおりです。今日は招待客になられてはいかがですか?」
 澤村さんに言われたあと、
「カメラ、お預かりいたします」
 園田さんの手がカメラへ伸びてきた。
 ポートレートは苦手。でも撮りたい……。
 カメラをじっと見ていると、
「チャペル内ではカメラマン以外の撮影は禁じられております。せめて挙式の間だけでも」
 澤村さんに言われて顔を上げた。
「そうなんですか……?」
「はい」
 それなら持っていても仕方ない……。
 後ろ髪引かれつつ、園田さんにカメラを渡した。
「園田さん、カメラ預かります。姫、式が終わればすぐに返すから安心して! by あーや」
 にこにこと笑う綾女さんに会釈をし、こっちを気にして少し前で止まっていた唯兄と蒼兄のもとへ駆け寄る。けれど、どうしても気になって再度振り返った。
「あの、園田さんっ」
「なんでしょう」
 園田さんがカツカツと歩いてきて私の隣に並び、歩きながら話すように促された。
「栞さんはどのタイミングで結婚式を知ることになるんですか?」
「……そうですね、どの時点で気づくでしょう?」
 園田さんは首を傾げて考え込んでしまう。
「御崎の話ですと、今はチャペルに会長と昇先輩、栞の三人がいるそうですが……」
「会長」という言葉に動揺する。と、園田さんの言葉を澤村さんが継いだ。
「さすがにこれだけの人数がチャペルに集まれば何かあるとは思うでしょう。さらには静様が神父と共にタキシード姿でご入場されます。『結婚式』を連想できたとして――」
「参列席の新婦側を見れば相手が湊であることはわかると思いますが、それを信じられるかは別問題ですし……」
 私を真ん中に、ふたりは少し困ったような顔を見合わせクスリと笑った。
「やっぱり、行ってみないことにはわかりませんね」
 どうなるのか誰もわからずに決行されているのっ!?
「あのっ、式が始まる前に誰かが教えてあげたりはしないんですか!?」
「それはできないんです」
 園田さんが肩を竦めて見せる。
「湊様と静様からそのように申し付かっておりますので、栞様にはお気の毒ですがどなたも何もお伝えしないでしょう」
 澤村さんの言葉に唖然としていると、
「大丈夫です。一番驚くのは栞ですが、一番喜ぶのも栞ですから」
 園田さんがにこりと笑った。

 ギィ、と前方で音がした。きっと、チャペルのドアが開いた音。
 列は止まることなく前へ進む。
「翠葉、おいで」
 お父さんに呼ばれてお父さんの後ろにつく。私の後ろには唯兄蒼兄の順で一列になった。
 大きなドアの脇には湊先生と涼先生、そして神父様と静さんがいた。
「湊先生、髪飾り――」
「翠葉、あとで。栞がパニック起こしているうちに式終わらせるから」
「えっ……」
「ほら、行った行った」
 ほかの誰でもない湊先生に背中を押されてチャペルに足を踏み入れた。
 ドアの先に広がるのは石造りのドーム型チャペル。
 バージンロードの先に見えた水色は何かな……?
 気にしつつ、お父さんについて歩く。
 バッハのG線上のアリアが流れる中、参列者は両サイドの通路から入場し、中央寄りに詰めて列席する。
 新郎サイドは一列目に静さんのお父さんと柊子先生。二列目に栞さんと昇さん。三列目にお母さんとお父さん。四列目に私、唯兄、蒼兄が並んでいる。
 栞さんは周りをキョロキョロ見回しては昇さんを見上げ、「何が始まるの!?」と不安げに訊く。けれど、昇さんは「さぁ、なんだろうな?」と曖昧に笑うだけ。
 誰も教えないのなら私が行って教えてあげたい。そんな心境に駆られていると、急に屋内が明るくなった。
 光に誘われ天井を見上げる。と、壁面にはアイビーが垂れ下がり、天窓から差し込む光がバージンロードを照らしていた。
 バージンロードには赤い絨毯も何も敷かれていない。ただただ白い大理石が真っ直ぐ祭壇へと続いている。
 チャーチチェアのバージンロード側と祭壇に上がる階段の両脇にはたくさんのポインセチアが飾られていて、結婚式というよりは、どこかクリスマス色が強い気がした。
 さっき目にした水色の正体を突き止めるために祭壇奥を見つめると――
「お父さんっ、空っ」
 前列にいるお父さんが振り返りにこりと笑った。
「ここ、空のチャペルってコンセプトなの。気に入った?」
 訊かれて、力いっぱい頷いた。
 祭壇部分は半球体になっており、縁取る壁面は三日月に見えなくもない。壁のいたるところにアイビーが這い、垂れ下がっている。
 まるで洞窟の中に教会があるみたい。なのに、突き当りには空があるなんて……。
 あ、れ……?
 祭壇のもっと手前。視界に入る人物を注視した。
 バージンロードを挟んだ向こう側。前から二列目に黒髪の人が立っている。
 よく知っているはずのに、まるで知らない人みたい――
「リィ、どうかした?」
 唯兄に話しかけられても反応できなかった。
「あー……司っち? あれは……どんな心境の変化だろうね? 髪、ツンツン。性格を髪型で表してみましたって感じ?」
「やっぱり、ツカ、サ……?」
 視線を固定したまま訊くと、
「うん、間違いないっしょ。ってか、リィ……鏡見せてあげたいくらい真っ赤なんだけど」
 指摘されて思わずその場にしゃがみこむ。椅子に座るのではなく、前列のチャーチチェアの影に隠れるようにしゃがみこんだ。
 その拍子に頭をぶつけ、ぶつけた場所に手を伸ばす。そんな状態でもなおツカサの後ろ姿を盗み見る。
 いつもと違う格好にいつもと違う髪型。後ろ姿ですら格好いいと思ってしまう。
 目が離せない……。ツカサの後ろ姿に貼り付いたまま視線を剥がせない。
 どうしたら、どうしたらいいのかな……。
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