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Side View Story 14
30~45 Side 司 08話
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「なぁ……デートって? ふたりともいつの間にそういうことになってんの? 俺、聞いてないんだけど」
「そういうことって……何?」
海斗がのんびりとした口調で口を挟み、翠はきょとんとした顔で訊き返す。
「……話の流れから察するに、藤宮先輩と御園生は付き合うことになったんじゃないの?」
翠は血相を変え、珍しくも早口で話し始めた。
それは否定。
余す余地なく否定オンリー。
「デートって、違うよっ!? 海斗くん、違う違うっ。ただ、藤山の紅葉を見に連れて行ってもらう約束をしていただけっ。本当にそれだけなのっ」
否定されることは想定内。
ただ、ここまで全力で否定されるとは思っていなかった。
「や……御園生、そこまで全力で否定しなくても」
「うん……そこまで全力で否定されると司が惨めすぎて……」
佐野と海斗が俺をちらちらと見ながらフォローにすらなり得ない言葉で翠を宥める。
「嗜める」ではなく「宥める」あたり、俺をフォローするためのものではなく、焦って動揺している翠を落ち着かせるためだけの行為。
対する翠は、
「えっ!? どうしてツカサが惨めになるのっ!?」
まるで要領を得ていない。
その場の人間が困り果てたところで自分も話に加わった
「別にかまわない。さすがに慣れた」
俺の言葉でさらに疑問が深まったのか、翠はパチリと瞬きをした。
「今ので、俺が翠に振られたかわいそうな男って噂にすり替わったとしても、なんら問題はない」
「えっ!? 振られたって何っ!?」
「翠は知らないのか? 俺が全校生徒の前で大々的に翠に告白をしたにも関わらず、気づいてもらえないかわいそうな王子ってあちこちで言われているのを」
何も知らないって顔……。
まぁ、無理もない。
もともと噂好きな人間ではないし、俺もケンのメールを見るまでは校内の噂など半分も知らなかった。
が、思わぬ爆弾はここで落とされる。
「私、全校生徒の前でツカサに告白なんてされてないよ?」
真顔で、真っ直ぐな目で言われた。
……わかってた。嫌というほどにわかってはいた。
「だから翠は鈍いって言われるんだ……」
「え……?」
「朝陽と優太のふたり――というよりは、翠を除く生徒会メンバーと賭けをしていた。俺が翠に向けて歌ったところで翠が気づくかどうか。……当然、俺は気づかないほうに賭けて勝ったわけだけど」
まさかこの話をすることになるとは思っていなかった。
「う、た……?」
翠の中では「うた」が「歌」と直結していない。
「紅葉祭一日目のライブステージ。俺が歌う歌は翠への告白になるようなものが選曲されていた」
海斗を一瞥すると、
「あはは、バレてた?」
「バカが……。あんな企み、朝陽たちが直接手を下すわけがない。佐野はそれに巻き込まれた口だろ?」
「ははは……ぶらぶら歩いているところを海斗と千里に捕獲されました」
ふたりは俺から離れるように、ずず、と椅子を引き遠ざかる。
そのとき、クラス全体が視界に入り、俺はこのクラスの生徒を端から順に目で追った。
「まぁ、このクラスに限って噂を助長する人間がいるとは思ってないけど」
問答無用、と意味をこめて笑みを向ける。
俺が笑うのはこんなときくらいなものだろう。
あぁ、だからケンが珍しがったのか……。
今朝の会話に合点がいく傍ら、
「もちろんっす! そんな噂、誰が流すもんですか」
「末恐ろしくて流せません」
「最新情報より命のほうが大切です」
そんな声がところどころにあがる。
翠に視線を戻すと、まだ頭が飽和状態なのか視線が宙を彷徨ったままだった。
だが、もう少しで昼休みも折り返し地点というところ。
食べるのが遅い翠にはそろそろ食べ始めてもらわないと困る。
「翠、いい加減に箸を持て」
翠は箸を持つでもなく、急に俯いた。
まるで入学してきたころと同じ。
……髪型が、入学してきたころに戻っていた。
俺は視線を固定し、畳み掛けるように言葉を放つ。
「これからもここで食べる予定だからそのつもりで」
翠が顔を上げることを狙って言った言葉だったが、海斗の介入により失敗に終わる。
「それって……毎日ここで弁当食うってこと?」
「そういうこと」
何、俺が言ったことをそのまま訊き返しているんだか……。
いつもなら煩いくらいの人間のはずだが、今日はまだ一言も発していなかった人間が口を開いた。
「藤宮先輩、キャラ変わってません?」
立花の問いかけに、
「さぁな。対象が対象なだけにこっちも手を替え品を替えするしかないだろ」
俺は至極もっともらしい答えを返す。
翠と会う時間がなかなか取れないというのは本当だが、それが理由の一〇〇パーセントを占めているわけではない。
本当はなんのためなのか、事後報告で海斗に話すのにも抵抗がある。
でも――そこは避けて通れない。
月曜に始まった昼食は順調に続いていた。
もっとも、順調なのは俺だけで、翠はかなり落ち着かない様子だったけど。
周囲にもこれといった変化は見られず、あるといったら俺がここで食べているという噂が満遍なく広がった程度。
越谷が動きそうな様子はまるでない。
それでも、まだ一週間しか経っていない。
相変わらず何が起こるか起こらないかはわからない状態であり、俺に課せられたものが却下されたわけでもない。
「終わり」は来るのだろう。
なぜなら、本来「学園警備」は俺の管轄ではないからだ。
「本来」というよりは、現時点で何を任されることもないはずの俺に降ってきた災厄でしかない。
これで何も起こらなかった場合、じーさんの言う「実力」を見せるものは何にすり替わるのか。
少し考えるだけでも気が滅入る。
「何? ため息なんかついて。遅刻、はしてないよな?」
御園生さんは手元の時計を確認する。
確かに遅刻はしていない。
言うなれば五分前到着。
「あぁ、少し考えごとをしてました。何考えているんだかわかりかねる年寄りが身内にいるもので」
わかりかねるのはじーさんのみならず、なわけだが……。
「じゃ、俺は大学にいるから」
御園生さんは一歩翠から離れた。
翠は懇願の目を向けるが、御園生さんは目を細めて優しく笑う。
「何かあれば電話しておいで。俺も私道に入る許可は得ているから」
翠の頭を軽く二度撫で、やけにあっさりと大学の校舎へ向かって歩きだした。
翠はその後ろ姿を名残惜しそうに、後ろ髪引かれるように見ている。
なんていうか、自分が後ろ髪になってついていってしまいたいとでも考えていそうな目。
俺たちが今いる場所は大学脇の私道入り口。
ここから歩いて十分ほどのところを左に入ると庵がある。
その逆、右へ行くと俺や秋兄の家がある。
今日は先週のリベンジで藤山に来たわけだけど、翠は一向に俺のことも藤山も見ようとはしない。
「いい加減進行方向向いたら?」
「あ、はいっ」
明らかに声が上ずっている。
一緒に昼食を摂るようになってから、ずっとこんな感じだ。
「気まずい」という言葉を全身で表現されている気分。
マンションまで迎えに行ってもよかったけど、最近あまりにもいじめすぎだろうか、と思う節がなくもなく、そこは自粛した。
が、結局はこんな物言いになっている。
陥落させてやる、とは思うものの、どこか方向を間違えている感が否めない。
それもこれも、いじめたい心をそそるほどに落ち着きのない翠が悪い。
藤山へと歩きだして数分経っても、俺たちの間に会話はなかった。
こんな状態が珍しいかというとそうでもないわけだが、ここまで居心地が悪いと感じることはかったと思う。
この場の空気は翠と俺のどちらが作り出しているものなのか。
互いに、か……。
翠は記憶が戻ってからというもの、ひたすら気まずそうにしているし、俺は俺で逃げられたことへの腹いせがないわけでもない。
秋兄と同じラインに立つためには必要なことだったと思う。
気持ちが通じたところですべてがうまくいくとは思っていなかった。
けれど、やっぱり嬉しかったんだ。想いが通じたことが。
嬉しかった……。
そう思っているところ、急に手の平を返されたら誰だって面白くはないだろう。
いかなる理由があろうとも――
無言のまま庵を通り過ぎようとしたとき、
「ツカサ、おじいさんに声かけなくてもいいの?」
「許可ならあらかじめ取ってある。それを誰が自己都合でキャンセルしてくれたんだっけ?」
視線だけを翠に向けると、翠はいたく申し訳ない顔をしていた。
そして、「ごめん」と上目遣いで俺を見る。
「でも、ちゃんと連絡は入れたよ?」
「別にすっぽかされたとは言ってないけど?」
翠は言葉に詰まって俯いてしまった。
つまり、ここのところ俺たちの会話はいつもこんなものばかりなわけで、そこは全面的に俺が悪いと思う。
悪いとは思っていても改められないことを血が悪い――と俺は血のせいにして納得する。
どうせうちは捻くれた人間が多い家系なんだ、とこんなときだけ「一族の血」をいいように使う。
そんな自分はずるくて、どこまでも捻くれた藤宮の人間なのだろう。
「そういうことって……何?」
海斗がのんびりとした口調で口を挟み、翠はきょとんとした顔で訊き返す。
「……話の流れから察するに、藤宮先輩と御園生は付き合うことになったんじゃないの?」
翠は血相を変え、珍しくも早口で話し始めた。
それは否定。
余す余地なく否定オンリー。
「デートって、違うよっ!? 海斗くん、違う違うっ。ただ、藤山の紅葉を見に連れて行ってもらう約束をしていただけっ。本当にそれだけなのっ」
否定されることは想定内。
ただ、ここまで全力で否定されるとは思っていなかった。
「や……御園生、そこまで全力で否定しなくても」
「うん……そこまで全力で否定されると司が惨めすぎて……」
佐野と海斗が俺をちらちらと見ながらフォローにすらなり得ない言葉で翠を宥める。
「嗜める」ではなく「宥める」あたり、俺をフォローするためのものではなく、焦って動揺している翠を落ち着かせるためだけの行為。
対する翠は、
「えっ!? どうしてツカサが惨めになるのっ!?」
まるで要領を得ていない。
その場の人間が困り果てたところで自分も話に加わった
「別にかまわない。さすがに慣れた」
俺の言葉でさらに疑問が深まったのか、翠はパチリと瞬きをした。
「今ので、俺が翠に振られたかわいそうな男って噂にすり替わったとしても、なんら問題はない」
「えっ!? 振られたって何っ!?」
「翠は知らないのか? 俺が全校生徒の前で大々的に翠に告白をしたにも関わらず、気づいてもらえないかわいそうな王子ってあちこちで言われているのを」
何も知らないって顔……。
まぁ、無理もない。
もともと噂好きな人間ではないし、俺もケンのメールを見るまでは校内の噂など半分も知らなかった。
が、思わぬ爆弾はここで落とされる。
「私、全校生徒の前でツカサに告白なんてされてないよ?」
真顔で、真っ直ぐな目で言われた。
……わかってた。嫌というほどにわかってはいた。
「だから翠は鈍いって言われるんだ……」
「え……?」
「朝陽と優太のふたり――というよりは、翠を除く生徒会メンバーと賭けをしていた。俺が翠に向けて歌ったところで翠が気づくかどうか。……当然、俺は気づかないほうに賭けて勝ったわけだけど」
まさかこの話をすることになるとは思っていなかった。
「う、た……?」
翠の中では「うた」が「歌」と直結していない。
「紅葉祭一日目のライブステージ。俺が歌う歌は翠への告白になるようなものが選曲されていた」
海斗を一瞥すると、
「あはは、バレてた?」
「バカが……。あんな企み、朝陽たちが直接手を下すわけがない。佐野はそれに巻き込まれた口だろ?」
「ははは……ぶらぶら歩いているところを海斗と千里に捕獲されました」
ふたりは俺から離れるように、ずず、と椅子を引き遠ざかる。
そのとき、クラス全体が視界に入り、俺はこのクラスの生徒を端から順に目で追った。
「まぁ、このクラスに限って噂を助長する人間がいるとは思ってないけど」
問答無用、と意味をこめて笑みを向ける。
俺が笑うのはこんなときくらいなものだろう。
あぁ、だからケンが珍しがったのか……。
今朝の会話に合点がいく傍ら、
「もちろんっす! そんな噂、誰が流すもんですか」
「末恐ろしくて流せません」
「最新情報より命のほうが大切です」
そんな声がところどころにあがる。
翠に視線を戻すと、まだ頭が飽和状態なのか視線が宙を彷徨ったままだった。
だが、もう少しで昼休みも折り返し地点というところ。
食べるのが遅い翠にはそろそろ食べ始めてもらわないと困る。
「翠、いい加減に箸を持て」
翠は箸を持つでもなく、急に俯いた。
まるで入学してきたころと同じ。
……髪型が、入学してきたころに戻っていた。
俺は視線を固定し、畳み掛けるように言葉を放つ。
「これからもここで食べる予定だからそのつもりで」
翠が顔を上げることを狙って言った言葉だったが、海斗の介入により失敗に終わる。
「それって……毎日ここで弁当食うってこと?」
「そういうこと」
何、俺が言ったことをそのまま訊き返しているんだか……。
いつもなら煩いくらいの人間のはずだが、今日はまだ一言も発していなかった人間が口を開いた。
「藤宮先輩、キャラ変わってません?」
立花の問いかけに、
「さぁな。対象が対象なだけにこっちも手を替え品を替えするしかないだろ」
俺は至極もっともらしい答えを返す。
翠と会う時間がなかなか取れないというのは本当だが、それが理由の一〇〇パーセントを占めているわけではない。
本当はなんのためなのか、事後報告で海斗に話すのにも抵抗がある。
でも――そこは避けて通れない。
月曜に始まった昼食は順調に続いていた。
もっとも、順調なのは俺だけで、翠はかなり落ち着かない様子だったけど。
周囲にもこれといった変化は見られず、あるといったら俺がここで食べているという噂が満遍なく広がった程度。
越谷が動きそうな様子はまるでない。
それでも、まだ一週間しか経っていない。
相変わらず何が起こるか起こらないかはわからない状態であり、俺に課せられたものが却下されたわけでもない。
「終わり」は来るのだろう。
なぜなら、本来「学園警備」は俺の管轄ではないからだ。
「本来」というよりは、現時点で何を任されることもないはずの俺に降ってきた災厄でしかない。
これで何も起こらなかった場合、じーさんの言う「実力」を見せるものは何にすり替わるのか。
少し考えるだけでも気が滅入る。
「何? ため息なんかついて。遅刻、はしてないよな?」
御園生さんは手元の時計を確認する。
確かに遅刻はしていない。
言うなれば五分前到着。
「あぁ、少し考えごとをしてました。何考えているんだかわかりかねる年寄りが身内にいるもので」
わかりかねるのはじーさんのみならず、なわけだが……。
「じゃ、俺は大学にいるから」
御園生さんは一歩翠から離れた。
翠は懇願の目を向けるが、御園生さんは目を細めて優しく笑う。
「何かあれば電話しておいで。俺も私道に入る許可は得ているから」
翠の頭を軽く二度撫で、やけにあっさりと大学の校舎へ向かって歩きだした。
翠はその後ろ姿を名残惜しそうに、後ろ髪引かれるように見ている。
なんていうか、自分が後ろ髪になってついていってしまいたいとでも考えていそうな目。
俺たちが今いる場所は大学脇の私道入り口。
ここから歩いて十分ほどのところを左に入ると庵がある。
その逆、右へ行くと俺や秋兄の家がある。
今日は先週のリベンジで藤山に来たわけだけど、翠は一向に俺のことも藤山も見ようとはしない。
「いい加減進行方向向いたら?」
「あ、はいっ」
明らかに声が上ずっている。
一緒に昼食を摂るようになってから、ずっとこんな感じだ。
「気まずい」という言葉を全身で表現されている気分。
マンションまで迎えに行ってもよかったけど、最近あまりにもいじめすぎだろうか、と思う節がなくもなく、そこは自粛した。
が、結局はこんな物言いになっている。
陥落させてやる、とは思うものの、どこか方向を間違えている感が否めない。
それもこれも、いじめたい心をそそるほどに落ち着きのない翠が悪い。
藤山へと歩きだして数分経っても、俺たちの間に会話はなかった。
こんな状態が珍しいかというとそうでもないわけだが、ここまで居心地が悪いと感じることはかったと思う。
この場の空気は翠と俺のどちらが作り出しているものなのか。
互いに、か……。
翠は記憶が戻ってからというもの、ひたすら気まずそうにしているし、俺は俺で逃げられたことへの腹いせがないわけでもない。
秋兄と同じラインに立つためには必要なことだったと思う。
気持ちが通じたところですべてがうまくいくとは思っていなかった。
けれど、やっぱり嬉しかったんだ。想いが通じたことが。
嬉しかった……。
そう思っているところ、急に手の平を返されたら誰だって面白くはないだろう。
いかなる理由があろうとも――
無言のまま庵を通り過ぎようとしたとき、
「ツカサ、おじいさんに声かけなくてもいいの?」
「許可ならあらかじめ取ってある。それを誰が自己都合でキャンセルしてくれたんだっけ?」
視線だけを翠に向けると、翠はいたく申し訳ない顔をしていた。
そして、「ごめん」と上目遣いで俺を見る。
「でも、ちゃんと連絡は入れたよ?」
「別にすっぽかされたとは言ってないけど?」
翠は言葉に詰まって俯いてしまった。
つまり、ここのところ俺たちの会話はいつもこんなものばかりなわけで、そこは全面的に俺が悪いと思う。
悪いとは思っていても改められないことを血が悪い――と俺は血のせいにして納得する。
どうせうちは捻くれた人間が多い家系なんだ、とこんなときだけ「一族の血」をいいように使う。
そんな自分はずるくて、どこまでも捻くれた藤宮の人間なのだろう。
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