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第十四章 三叉路
39話
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ローテーブルのあたりを照らすためにあるスタンド式の照明と床に置かれたランプ。それから、天井に埋め込まれているスポットライトをいくつか点けると、秋斗さんはカーテンを閉め、寒くないかを私に訊いた。
ついさっき自然に笑えたこともあり、だいぶリラックスした私は「大丈夫です」と答える。でも、
「翠葉ちゃんは意外と嘘つきだからね」
にこりと笑った秋斗さんに手を取られ、優しく睨まれた。
「ほら、冷たい。ちょっと待ってて?」
秋斗さんはエアコンをつけると隣の寝室へ行き、毛布を手に戻ってきた。
「膝掛けがあればいいんだけど、生憎なくてね」
「あ、いえっ――かえって気を遣わせてしまってすみません」
こんなことならゲストルームのほうが良かっただろうか。
秋斗さんは私の隣に腰を下ろすと、
「翠葉ちゃん、今、責められたいと思っているでしょ?」
突如話が本題へ戻され、反射的に息を呑む。
「当たり、だよね?」
私は無言で肯定した。
「俺もなんだ……。できることなら君に責められたい。零樹さんや碧さん、蒼樹や唯に責められたかった」
今度は息を呑むどころか、心臓を鷲づかみにされた気がした。
「たとえどんな状況だったとしても、自分にどんな考えがあったとしても、君を傷つけたことに変わりはない。だから謝りたいと思ったし、責められたいと思った。でも、誰も俺が望むように責めてはくれないんだ」
力なく笑う表情に胸が締め付けられる。
どうして――どうしてこんなにも思っていることが同じなのだろう。
「司にはこう言われたよ。『責められて楽になるなら俺は責めるなんてしない。絶対にしない』ってね」
「ツカサらしい。……でも、痛い」
「そうだね、俺も痛いよ。ものすごく痛いところをつかれた。『楽になりたいんだろ?』って言われた気がした」
ふと考える。
人に責められることで楽になるのは「逃げ」なのだろうか、と。
「秋斗さん、人に責められることで楽になるのは『逃げ』ですか?」
「そうみたいだね。でも、それを求めずにはいられない気持ち、俺はわかるよ」
時刻はまだ六時を回ったところだというのに、まるで深夜のように部屋はしんとしていた。
ふたりの話す声は日常会話よりも小さなもので、ポツリポツリと呟くように話しているのに、発した声は恐ろしいほどよく響く。
それと同じくらい、話の内容も心に響いていた。
「記憶が戻ってつらかった?」
私は口を開いてすぐに閉じる。
「答えられなかったら答えなくていいよ」
責める響きを一切含まない声音。
私は意を決して口を開いた。
「つらいよりも、どうしようって思いました。色々と考えなくちゃいけないことがあるのに、やらなくちゃいけないことがあるのに、理由をつけて目を背けたくなるくらい……そのくらいどうしたらいいのかわかりませんでした」
「そうだね……。どうしたらいいのかわからなくなると逃げたくなるよね。俺は経験者だよ」
秋斗さんがクスリと笑う。
「これは聞いてないだろうな」
「何を、ですか……?」
「俺ね、君が記憶をなくしたあと、仕事を放ったらかして山中に逃亡したの。なんだろうねぇ……どうやってそこまで行ったのかほとんど覚えてないんだ。気づいたときには司が目の前にいて、怒鳴られて殴られた」
「……ツカサが、ですか?」
「そうなんだ。そのくらい俺が使いものにならない状態で、司に手厳しいことあれこれ言われてようやく正常モードが起動」
話によると、秋斗さんがツカサに連れられて私に会いに来たのはその翌日だったらしい。
つまり、ツカサが探しに行った「迷い猫」は秋斗さんのことだったのだ。
「私も……バカなことや空回りをよくします。そのたびにツカサに救われて……それはもう、容赦の欠片もない言葉で散々泣かされるんですけど、それでも最終的には私のためになることで……。ああいうの、言っている本人はつらくないんでしょうか?」
「どうだろうね? つらくないわけじゃないと思うけど、基本、自分の思ってることを言葉にしているに過ぎないからね」
私たちはどこか的外れな話をしながらお茶を飲んだ。
「俺は翠葉ちゃんに責められたい」
「でも、私には秋斗さんを責める理由がありません」
「翠葉ちゃんは俺に責められたい。でも、俺も翠葉ちゃんを責めるつもりが全くない」
ふたり顔を見合わせる。
「これ、どうしたらいいんでしょう?」
「本当なら利害一致で相殺されて楽になれるはずなのにね? やっぱり楽にはなれないみたいだね」
「……私たち、許されて楽になることを望んではいませんよね?」
「そうだね。良心の呵責に苛まれるほうを希望しているっていうか――俺たちマゾなのかな?」
その言葉に目が点になった。
マゾはいただけない……。
「ね、翠葉ちゃん。ひとつずつ片付けない?」
「片付ける、ですか?」
「そう」
秋斗さんは話の途中で席を立ち、新しいハーブティーを淹れに行ってくれた。
その間に私は考える。
何から片付けたらいいのか……。何からなら片付けられるのだろう。
戻ってきた秋斗さんは、再度私の隣に座り、
「俺は翠葉ちゃんが謝りたいと思っていることを謝りたいよ。髪の毛を切らせてしまったこと……。あれは俺が踏み込まなければ切らずに済んだと思うから。だから謝りたい」
「でもっ、あれは私が人を自分に近づけたくなかったからで、人を傷つけたくないからって自分のエゴで突き放した結果ですっ」
隣に座っているけれど、身体も顔も互いに向き合っている。
「俺も翠葉ちゃんも引けないよね?」
「はい、無理です」
「だからさ、それは想いの強さが同じってことにして『相殺』にしない?」
――相殺。
「俺も全面的には納得できないし呑み込みづらい。でも、どこかで折り合いを付けていかなくちゃいけないと思うんだ。……翠葉ちゃんはどう思う?」
「……難しいです」
秋斗さんはとてもわかりやすく話してくれていると思う。それでも、気持ちを沿わせることはひどく難しかった。
自分を責める気持ちをなくしてしまったら、私はツカサを諦められなくなってしまうだろう。
そんな都合のいい人間にはなりたくない。
秋斗さんとツカサのどちらかを選ぶこともできなければ、どちらを失うことも受け入れられない。
それこそが都合のいいことだとしても、私はこの先もふたりと長く付き合っていきたい。
そのためなら、「想い」と引き換えにしてもかまわない。
十年先も二十年先も、ずっとずっと――そのためなら、きっと「想い」を諦められる。
私はそう信じて疑わなかった。
「今わかっていることは、どちらにしろ俺たちを責めて楽にしてくれる人はいない。だから、俺たちは楽にはなれないんだ」
「……そうですね。――自分の何がひどいかというならば、謝りたいとは思っているのに、反省だってしているのに、それでも許されることを望んでいないこと」
「……そんなところまで同じなんだね」
「私は何を望んでいるんでしょう……」
秋斗さんはほんの少しだけ間を置いた。
「きっと、傷つけたことを忘れないように、心に刻み付けてずっと持ち続けることだと思う」
その言葉は胸にストンと落ちた。
間違いない。きっとそうなのだ……。
「翠葉ちゃんは何を望む?」
相変わらず、「何を望むか」という内容なのに、少し話の種類が変わったように思えた。
とても曖昧な質問だけれど、答えられる気がする。
「私は何も変わらないことを望みます」
「何も変わらないこと?」
「はい……。秋斗さんがいて、ツカサがいて、海斗くんがいる。湊先生も栞さんも昇さんも――出逢った人、大切な人、その人たちを失わないで済むのなら、私は何もいりません」
「そっか……」
次の瞬間、秋斗さんに手を取られ握られた。
「ありがとう――藤宮に関わってくれて。これからも関わっていく覚悟をしてくれて」
私は湊先生や栞さんに伝えたことと同じことを話す。
「ただ、私がみんなと一緒にいたいだけです。本当にそれだけなんです」
「それでも、俺たちはすごく嬉しかったんだ」
同じことを湊先生にも言われた。
こんなふうに口に出して言わなくちゃいけないくらい、秋斗さんたちにとっては特別なことなのだろう。
「話は変わるけど、警護班の人間に会いたいって湊ちゃんから聞いた。その件なんだけど、全員はちょっと難しい。近接警護を望まないなら、顔を知られていないほうが警護がしやすいんだ。だから、会わせられるのは現場の統括者と普段は顔を合わせることのない本社勤務の人間に限られる」
「それでもかまいません」
「ひとりはそろそろ来るころだと思うんだけど……」
秋斗さんが腕時計に視線を落としたとき、インターホンが鳴った。
秋斗さんが出迎えた人は三十代後半くらいの男の人で、カッチリとしたスーツに身を包んでいる。
「翠葉お嬢様の警護班責任者を務める藤守武継(ふじもりたけつぐ)と申します。以後お見知りおきください」
ホテルの澤村さんや園田さんもとても丁寧に挨拶をしてくれるけれど、それとは少し違う。警備員さんらしく、型にはまったような挨拶だった。
「武継さんはもともと学園警備の責任者をしていた人で、人を統括する能力にも長けていれば、近接警護のスペシャリストでもある。その武継さんを中心に編成した警護班は、とても優秀なチームだよ」
誇らしげに話す秋斗さんの傍らで、藤守さんは持ってきたパソコンを立ち上げ作業を始めていた。
「本社勤務の人間はふたり。これからネットを介して会わせてあげる」
「秋斗様、通信がつながりました」
藤守さんに言われ、まずは秋斗さんがパソコンの前に立つ。
「映像、音声共に問題なし?」
『問題ありません』
「彼女が御園生翠葉嬢。写真では見たことあると思うけど、これが実物」
秋斗さんに紹介され、私はパソコンの前に立たされた。
「御園生翠葉です。あの……お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
腰を折ると、
「お嬢様、頭をお上げください」
藤守さんに言われた。
「これは我々の仕事です。そのように頭を下げることはおやめください」
「……警備の方々はお仕事かもしれません。でも、私にとっては守られていることに変わりはありません。だから、せめてご挨拶とお願いだけはさせてほしいです」
藤守さんは困った表情で秋斗さんを振り仰ぐ。
「武継さん、諦めて? この子、こういう子なんだ」
秋斗さんは藤守さんの懇願の目を笑ってやり過ごした。
ついさっき自然に笑えたこともあり、だいぶリラックスした私は「大丈夫です」と答える。でも、
「翠葉ちゃんは意外と嘘つきだからね」
にこりと笑った秋斗さんに手を取られ、優しく睨まれた。
「ほら、冷たい。ちょっと待ってて?」
秋斗さんはエアコンをつけると隣の寝室へ行き、毛布を手に戻ってきた。
「膝掛けがあればいいんだけど、生憎なくてね」
「あ、いえっ――かえって気を遣わせてしまってすみません」
こんなことならゲストルームのほうが良かっただろうか。
秋斗さんは私の隣に腰を下ろすと、
「翠葉ちゃん、今、責められたいと思っているでしょ?」
突如話が本題へ戻され、反射的に息を呑む。
「当たり、だよね?」
私は無言で肯定した。
「俺もなんだ……。できることなら君に責められたい。零樹さんや碧さん、蒼樹や唯に責められたかった」
今度は息を呑むどころか、心臓を鷲づかみにされた気がした。
「たとえどんな状況だったとしても、自分にどんな考えがあったとしても、君を傷つけたことに変わりはない。だから謝りたいと思ったし、責められたいと思った。でも、誰も俺が望むように責めてはくれないんだ」
力なく笑う表情に胸が締め付けられる。
どうして――どうしてこんなにも思っていることが同じなのだろう。
「司にはこう言われたよ。『責められて楽になるなら俺は責めるなんてしない。絶対にしない』ってね」
「ツカサらしい。……でも、痛い」
「そうだね、俺も痛いよ。ものすごく痛いところをつかれた。『楽になりたいんだろ?』って言われた気がした」
ふと考える。
人に責められることで楽になるのは「逃げ」なのだろうか、と。
「秋斗さん、人に責められることで楽になるのは『逃げ』ですか?」
「そうみたいだね。でも、それを求めずにはいられない気持ち、俺はわかるよ」
時刻はまだ六時を回ったところだというのに、まるで深夜のように部屋はしんとしていた。
ふたりの話す声は日常会話よりも小さなもので、ポツリポツリと呟くように話しているのに、発した声は恐ろしいほどよく響く。
それと同じくらい、話の内容も心に響いていた。
「記憶が戻ってつらかった?」
私は口を開いてすぐに閉じる。
「答えられなかったら答えなくていいよ」
責める響きを一切含まない声音。
私は意を決して口を開いた。
「つらいよりも、どうしようって思いました。色々と考えなくちゃいけないことがあるのに、やらなくちゃいけないことがあるのに、理由をつけて目を背けたくなるくらい……そのくらいどうしたらいいのかわかりませんでした」
「そうだね……。どうしたらいいのかわからなくなると逃げたくなるよね。俺は経験者だよ」
秋斗さんがクスリと笑う。
「これは聞いてないだろうな」
「何を、ですか……?」
「俺ね、君が記憶をなくしたあと、仕事を放ったらかして山中に逃亡したの。なんだろうねぇ……どうやってそこまで行ったのかほとんど覚えてないんだ。気づいたときには司が目の前にいて、怒鳴られて殴られた」
「……ツカサが、ですか?」
「そうなんだ。そのくらい俺が使いものにならない状態で、司に手厳しいことあれこれ言われてようやく正常モードが起動」
話によると、秋斗さんがツカサに連れられて私に会いに来たのはその翌日だったらしい。
つまり、ツカサが探しに行った「迷い猫」は秋斗さんのことだったのだ。
「私も……バカなことや空回りをよくします。そのたびにツカサに救われて……それはもう、容赦の欠片もない言葉で散々泣かされるんですけど、それでも最終的には私のためになることで……。ああいうの、言っている本人はつらくないんでしょうか?」
「どうだろうね? つらくないわけじゃないと思うけど、基本、自分の思ってることを言葉にしているに過ぎないからね」
私たちはどこか的外れな話をしながらお茶を飲んだ。
「俺は翠葉ちゃんに責められたい」
「でも、私には秋斗さんを責める理由がありません」
「翠葉ちゃんは俺に責められたい。でも、俺も翠葉ちゃんを責めるつもりが全くない」
ふたり顔を見合わせる。
「これ、どうしたらいいんでしょう?」
「本当なら利害一致で相殺されて楽になれるはずなのにね? やっぱり楽にはなれないみたいだね」
「……私たち、許されて楽になることを望んではいませんよね?」
「そうだね。良心の呵責に苛まれるほうを希望しているっていうか――俺たちマゾなのかな?」
その言葉に目が点になった。
マゾはいただけない……。
「ね、翠葉ちゃん。ひとつずつ片付けない?」
「片付ける、ですか?」
「そう」
秋斗さんは話の途中で席を立ち、新しいハーブティーを淹れに行ってくれた。
その間に私は考える。
何から片付けたらいいのか……。何からなら片付けられるのだろう。
戻ってきた秋斗さんは、再度私の隣に座り、
「俺は翠葉ちゃんが謝りたいと思っていることを謝りたいよ。髪の毛を切らせてしまったこと……。あれは俺が踏み込まなければ切らずに済んだと思うから。だから謝りたい」
「でもっ、あれは私が人を自分に近づけたくなかったからで、人を傷つけたくないからって自分のエゴで突き放した結果ですっ」
隣に座っているけれど、身体も顔も互いに向き合っている。
「俺も翠葉ちゃんも引けないよね?」
「はい、無理です」
「だからさ、それは想いの強さが同じってことにして『相殺』にしない?」
――相殺。
「俺も全面的には納得できないし呑み込みづらい。でも、どこかで折り合いを付けていかなくちゃいけないと思うんだ。……翠葉ちゃんはどう思う?」
「……難しいです」
秋斗さんはとてもわかりやすく話してくれていると思う。それでも、気持ちを沿わせることはひどく難しかった。
自分を責める気持ちをなくしてしまったら、私はツカサを諦められなくなってしまうだろう。
そんな都合のいい人間にはなりたくない。
秋斗さんとツカサのどちらかを選ぶこともできなければ、どちらを失うことも受け入れられない。
それこそが都合のいいことだとしても、私はこの先もふたりと長く付き合っていきたい。
そのためなら、「想い」と引き換えにしてもかまわない。
十年先も二十年先も、ずっとずっと――そのためなら、きっと「想い」を諦められる。
私はそう信じて疑わなかった。
「今わかっていることは、どちらにしろ俺たちを責めて楽にしてくれる人はいない。だから、俺たちは楽にはなれないんだ」
「……そうですね。――自分の何がひどいかというならば、謝りたいとは思っているのに、反省だってしているのに、それでも許されることを望んでいないこと」
「……そんなところまで同じなんだね」
「私は何を望んでいるんでしょう……」
秋斗さんはほんの少しだけ間を置いた。
「きっと、傷つけたことを忘れないように、心に刻み付けてずっと持ち続けることだと思う」
その言葉は胸にストンと落ちた。
間違いない。きっとそうなのだ……。
「翠葉ちゃんは何を望む?」
相変わらず、「何を望むか」という内容なのに、少し話の種類が変わったように思えた。
とても曖昧な質問だけれど、答えられる気がする。
「私は何も変わらないことを望みます」
「何も変わらないこと?」
「はい……。秋斗さんがいて、ツカサがいて、海斗くんがいる。湊先生も栞さんも昇さんも――出逢った人、大切な人、その人たちを失わないで済むのなら、私は何もいりません」
「そっか……」
次の瞬間、秋斗さんに手を取られ握られた。
「ありがとう――藤宮に関わってくれて。これからも関わっていく覚悟をしてくれて」
私は湊先生や栞さんに伝えたことと同じことを話す。
「ただ、私がみんなと一緒にいたいだけです。本当にそれだけなんです」
「それでも、俺たちはすごく嬉しかったんだ」
同じことを湊先生にも言われた。
こんなふうに口に出して言わなくちゃいけないくらい、秋斗さんたちにとっては特別なことなのだろう。
「話は変わるけど、警護班の人間に会いたいって湊ちゃんから聞いた。その件なんだけど、全員はちょっと難しい。近接警護を望まないなら、顔を知られていないほうが警護がしやすいんだ。だから、会わせられるのは現場の統括者と普段は顔を合わせることのない本社勤務の人間に限られる」
「それでもかまいません」
「ひとりはそろそろ来るころだと思うんだけど……」
秋斗さんが腕時計に視線を落としたとき、インターホンが鳴った。
秋斗さんが出迎えた人は三十代後半くらいの男の人で、カッチリとしたスーツに身を包んでいる。
「翠葉お嬢様の警護班責任者を務める藤守武継(ふじもりたけつぐ)と申します。以後お見知りおきください」
ホテルの澤村さんや園田さんもとても丁寧に挨拶をしてくれるけれど、それとは少し違う。警備員さんらしく、型にはまったような挨拶だった。
「武継さんはもともと学園警備の責任者をしていた人で、人を統括する能力にも長けていれば、近接警護のスペシャリストでもある。その武継さんを中心に編成した警護班は、とても優秀なチームだよ」
誇らしげに話す秋斗さんの傍らで、藤守さんは持ってきたパソコンを立ち上げ作業を始めていた。
「本社勤務の人間はふたり。これからネットを介して会わせてあげる」
「秋斗様、通信がつながりました」
藤守さんに言われ、まずは秋斗さんがパソコンの前に立つ。
「映像、音声共に問題なし?」
『問題ありません』
「彼女が御園生翠葉嬢。写真では見たことあると思うけど、これが実物」
秋斗さんに紹介され、私はパソコンの前に立たされた。
「御園生翠葉です。あの……お手数をおかけいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします」
腰を折ると、
「お嬢様、頭をお上げください」
藤守さんに言われた。
「これは我々の仕事です。そのように頭を下げることはおやめください」
「……警備の方々はお仕事かもしれません。でも、私にとっては守られていることに変わりはありません。だから、せめてご挨拶とお願いだけはさせてほしいです」
藤守さんは困った表情で秋斗さんを振り仰ぐ。
「武継さん、諦めて? この子、こういう子なんだ」
秋斗さんは藤守さんの懇願の目を笑ってやり過ごした。
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