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42~43 Side 唯 03話
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リィに視線を戻すと、口をぽかんと開けきょとんとした顔をしていた。
けれど、その表情はすぐに改められ、唇をきゅっと引き結ぶ。
見て取れるのは明らかな緊張。
リィが何も言わないということもあり、司っちは会話の相手が俺だと疑わず、普段どおりの言葉を投げてよこした。
『今、翠の近くにいるんですよね? ……なら、これにかけてくる必要はないと思いますけど? ――用がないなら切る』
秋斗さん、申し訳ない……。
俺、ほんっとーに心の底からそう思ってるんですけどね、急遽ご褒美のごとく転がり込んできた面白い出来事を見て見ぬ振りはできないんです。どうか、そんな俺をご理解ください。
「司っちー? 今電話かけてるの俺じゃないから。あまりにもキツイ口調で話すもんだから、リィが怖がって話せないことになってるけどー?」
三日月目で話しているのが伝わっちゃうような声がちょっとアレだったけど、司っちには十分衝撃的な内容だったことだろう。
『翠っ!?』
焦ったような声を発する司っちに俺はニヤリと笑みを浮かべる。
そんな俺の頭には触覚が、お尻からは尻尾が生えてきているはず。
それはもう、にょっきにょっきと全開で動いているに違いない。
リィは申し訳なさそうに答えた。
「あ……はい、翠葉です」
『…………』
この間がなんとも言えないよね。
『……今まで何度も言ってきたけど、もう一度だけ言わせてほしい。これ、通信機器だから、話さないと意味を成さないアイテム』
リィ相手とわかってから言葉を選び始めたようだけど、それでも司っちと思える言葉たち。
「うん、ごめん……」
『俺の携帯なら持って帰ってもらってかまわない。もし、翠がかまうっていうならあとで家に届ける。……ただ、今夜は家族水入らずで鍋らしいから、玄関のドアにでもぶら下げておこうか? 俺のはコンシェルジュにでも預けてくれればいい』
やけに棘を感じる言い方だけど、これ、何かあったのかな?
ま、なんていうか、「家族水入らず」が理由で司っちが何か断られてたとしたら超うけるけど。
「いい……。ツカサが困らないのなら、このままで……」
『問題ない。因みに、別に俺にかけるのに唯さんの携帯使う必要ないから。むしろ、そっちのほうが紛らわしくて迷惑』
くくく……これはきっと、会話が全部こっちに筒抜けっていうことをわかってて話しているよね? だとしたら、この携帯からかけさせたのは俺っていうことにも気づいているはず。
でも、彼のことだから別口でクレームとかはこないんだろうなぁ……。
くれてもいいのに。ちょっとつまらない。
メールでも届こうものならもっといじれるのに。
このあと彼が何か対処するとしたら、俺の携帯とメアドの着信拒否ってところかな?
やることなすこと司っちらしくて、想像だっていうのに俺は笑いのツボにはまっていた。
シートベルトが邪魔だと思うくらいに身体を丸めて笑っていると、後ろからあんちゃんに宥められる。
「唯……。おまえ、あまり司のことからかうなよ?」
それは無理……。
「だって楽しいんだもんっ!」
俺は隣でナーバスになっている秋斗さんのことを忘れるくらいに笑いを満喫した。
後部座席でリィがつらい思いをしていることも知らずに――
感情が運転に出やすい秋斗さんでも、さすがにリィを乗せているときは安全運転に努めるらしい。発進も停止も、何もかもが緩やか穏やかジェントルマンドライビング。
マンションのロータリーにつけると、秋斗さんは俺たちを先に降ろした。
リィが一緒のときはこれが普通なんだろうな。
ジャケットを返そうとしていたリィの行動を制すると、
「冷えるから、家までちゃんと羽織ってて? 返すのはいつでもいいから」
本当にそう思っているのかもしれないけど、そのジャケットを持っている限り、次に会う約束をしなくても会えるとか思っている気がしなくもない。
そんなことは計算ではなく本能で行動できる人。
エントランスでただいまの挨拶を済ませエレベーターに乗り込むと、リィがポツリと口にした。
「秋斗さんはすごく優しいね」
何を思って出てきた言葉かな。
仕事部屋に戻ってきてからの秋斗さんに感じたこと?
ふと頭をよぎったのは仕事部屋で呟いたリィの言葉。
――「わかりやすい優しさと、わかりづらい優しさ」。
あんちゃんは何も疑問を抱かないふうで、「そうだな」と答える。
俺はちょっと引っかかりを覚え、
「わかりやすい優しさ?」
リィが今何を感じているのか、誰を思っているのか――
別に自分が好きな子でもないのに気になって仕方がない。
これはいよいよもってあんちゃん直伝シスコン入門か?
そんなことを思っていると、リィから答えが返ってきた。
「うん……。秋斗さんの優しさはわかりやすい。でも、ツカサの優しさはわかりづらくて、時々あとで気づいてすごく申し訳なくなる」
秋斗さんと司っちって、こういうところは本当に正反対なんだよね。
リィはそれにきちんと気づいていて、違いを把握しようとする。
さらには申し訳なく思っちゃうわけだから、なんだかな……。
優しくしてる側はそんなこと望んでないよ?
俺はそれを教えたくて口を開く。
「ま、優しくするのなんてさ、誰に頼まれてしてるわけでもないんだから、基本は気づいたときに『ありがとう』でいいんだよ」
リィが重く受け取らないように、なるべくさらっと軽く話したつもり。
でも、リィの心のネットは意外と目が細かい。
そんな言葉ですらしっかり引っかかっちゃったりするんだよね……。
九階に着くと、碧さんと零樹さんが玄関まできて出迎えてくれた。
零樹さんはリィと話したがっているわけだけど、捕まったら最後、とでも思っているのか、零樹さんとリィの間に碧さんが割り込んだ。
「翠葉は先にお風呂?」
碧さんに訊かれてリィはコクリと頷く。
「んじゃ、俺がお湯入れておくから、とりあえずルームウェアに着替えちゃいな」
そう言って俺はバスルームへ向かった
風呂の準備なんて数分もあれば終わる。
ルームウェアに着替えるのだってそんなに時間はかからないだろう。
けど、リィが部屋から出てくる気配はない。
不思議に思ってリィの部屋の前まで来ると、ドアは完全に閉まりきっていなかった。
隙間から見えたのは、秋斗さんのジャケットに顔をうずめるリィ。
えっと――……あれ? あれれれれ?
リィは司っちとうまくいったわけじゃないのかな?
俺が奈落で見てきたあの光景はなんだったんだろう?
司っちに電話するのにあれだけ緊張していたリィはなんだったのかな?
一気にハテナが急浮上。
もはや、俺の頭にはクエスチョンマークしかない。
とりあえず、本人と話してみますか……。
そこで、普通に入ったんじゃつまらないから俺らしい登場を考えてみる。
もともと開いていたドアの隙間に頭を突っ込み、背後からひっそりと声をかける要領で、
「リィ……なんだかすごく変態っぽい」
「っ……!?」
言葉の選択誤ったかな、とは思ったけど、リィが驚いてくれたからよしとする。
「お風呂にお湯入ったよって言いに来たんだけど……」
リィはジャケットと一定の距離を保ちつつ小難しい顔をした。
やっぱ「変態」って言葉はまずかったかな? でも、一言で表すならそれだと思ったんだよね。
部屋に入り、リィのベッドに腰掛ける。
「嘘だよ、嘘うそ。その香り、すごいこだわってたもんね?」
「うん……」
「きっとそうそういないよ? 香りが気になって人につけさせてまでラストノートを確認する子」
「……そう、かな?」
「俺はいまだかつてリィしか見たことないね」
俺やあんちゃんに香水をつけさせ、ラストノートまで確認するリィには恐れ入った。
でも、そのくらい記憶に残る香りだったことは確かで……。
今、それを再確認するような行動を取っていたのは何か思い出しつつあるってこと?
正確にはジャケットを抱えているわけだけど、俺にはリィが頭を抱えているように見えてきた。
だから、ちょっとだけ言葉を足しておく。
「ま、気になるものっていうのは人それぞれだからいいと思うけど」
リィは俺の顔をじっと見ては首を傾げた。
裏なんてないから深く考える必要はないよ。
そんな意味をこめて笑顔を作るとあんちゃんが入ってきて、俺は「ミイラ」認定を受けた。
けれど、その表情はすぐに改められ、唇をきゅっと引き結ぶ。
見て取れるのは明らかな緊張。
リィが何も言わないということもあり、司っちは会話の相手が俺だと疑わず、普段どおりの言葉を投げてよこした。
『今、翠の近くにいるんですよね? ……なら、これにかけてくる必要はないと思いますけど? ――用がないなら切る』
秋斗さん、申し訳ない……。
俺、ほんっとーに心の底からそう思ってるんですけどね、急遽ご褒美のごとく転がり込んできた面白い出来事を見て見ぬ振りはできないんです。どうか、そんな俺をご理解ください。
「司っちー? 今電話かけてるの俺じゃないから。あまりにもキツイ口調で話すもんだから、リィが怖がって話せないことになってるけどー?」
三日月目で話しているのが伝わっちゃうような声がちょっとアレだったけど、司っちには十分衝撃的な内容だったことだろう。
『翠っ!?』
焦ったような声を発する司っちに俺はニヤリと笑みを浮かべる。
そんな俺の頭には触覚が、お尻からは尻尾が生えてきているはず。
それはもう、にょっきにょっきと全開で動いているに違いない。
リィは申し訳なさそうに答えた。
「あ……はい、翠葉です」
『…………』
この間がなんとも言えないよね。
『……今まで何度も言ってきたけど、もう一度だけ言わせてほしい。これ、通信機器だから、話さないと意味を成さないアイテム』
リィ相手とわかってから言葉を選び始めたようだけど、それでも司っちと思える言葉たち。
「うん、ごめん……」
『俺の携帯なら持って帰ってもらってかまわない。もし、翠がかまうっていうならあとで家に届ける。……ただ、今夜は家族水入らずで鍋らしいから、玄関のドアにでもぶら下げておこうか? 俺のはコンシェルジュにでも預けてくれればいい』
やけに棘を感じる言い方だけど、これ、何かあったのかな?
ま、なんていうか、「家族水入らず」が理由で司っちが何か断られてたとしたら超うけるけど。
「いい……。ツカサが困らないのなら、このままで……」
『問題ない。因みに、別に俺にかけるのに唯さんの携帯使う必要ないから。むしろ、そっちのほうが紛らわしくて迷惑』
くくく……これはきっと、会話が全部こっちに筒抜けっていうことをわかってて話しているよね? だとしたら、この携帯からかけさせたのは俺っていうことにも気づいているはず。
でも、彼のことだから別口でクレームとかはこないんだろうなぁ……。
くれてもいいのに。ちょっとつまらない。
メールでも届こうものならもっといじれるのに。
このあと彼が何か対処するとしたら、俺の携帯とメアドの着信拒否ってところかな?
やることなすこと司っちらしくて、想像だっていうのに俺は笑いのツボにはまっていた。
シートベルトが邪魔だと思うくらいに身体を丸めて笑っていると、後ろからあんちゃんに宥められる。
「唯……。おまえ、あまり司のことからかうなよ?」
それは無理……。
「だって楽しいんだもんっ!」
俺は隣でナーバスになっている秋斗さんのことを忘れるくらいに笑いを満喫した。
後部座席でリィがつらい思いをしていることも知らずに――
感情が運転に出やすい秋斗さんでも、さすがにリィを乗せているときは安全運転に努めるらしい。発進も停止も、何もかもが緩やか穏やかジェントルマンドライビング。
マンションのロータリーにつけると、秋斗さんは俺たちを先に降ろした。
リィが一緒のときはこれが普通なんだろうな。
ジャケットを返そうとしていたリィの行動を制すると、
「冷えるから、家までちゃんと羽織ってて? 返すのはいつでもいいから」
本当にそう思っているのかもしれないけど、そのジャケットを持っている限り、次に会う約束をしなくても会えるとか思っている気がしなくもない。
そんなことは計算ではなく本能で行動できる人。
エントランスでただいまの挨拶を済ませエレベーターに乗り込むと、リィがポツリと口にした。
「秋斗さんはすごく優しいね」
何を思って出てきた言葉かな。
仕事部屋に戻ってきてからの秋斗さんに感じたこと?
ふと頭をよぎったのは仕事部屋で呟いたリィの言葉。
――「わかりやすい優しさと、わかりづらい優しさ」。
あんちゃんは何も疑問を抱かないふうで、「そうだな」と答える。
俺はちょっと引っかかりを覚え、
「わかりやすい優しさ?」
リィが今何を感じているのか、誰を思っているのか――
別に自分が好きな子でもないのに気になって仕方がない。
これはいよいよもってあんちゃん直伝シスコン入門か?
そんなことを思っていると、リィから答えが返ってきた。
「うん……。秋斗さんの優しさはわかりやすい。でも、ツカサの優しさはわかりづらくて、時々あとで気づいてすごく申し訳なくなる」
秋斗さんと司っちって、こういうところは本当に正反対なんだよね。
リィはそれにきちんと気づいていて、違いを把握しようとする。
さらには申し訳なく思っちゃうわけだから、なんだかな……。
優しくしてる側はそんなこと望んでないよ?
俺はそれを教えたくて口を開く。
「ま、優しくするのなんてさ、誰に頼まれてしてるわけでもないんだから、基本は気づいたときに『ありがとう』でいいんだよ」
リィが重く受け取らないように、なるべくさらっと軽く話したつもり。
でも、リィの心のネットは意外と目が細かい。
そんな言葉ですらしっかり引っかかっちゃったりするんだよね……。
九階に着くと、碧さんと零樹さんが玄関まできて出迎えてくれた。
零樹さんはリィと話したがっているわけだけど、捕まったら最後、とでも思っているのか、零樹さんとリィの間に碧さんが割り込んだ。
「翠葉は先にお風呂?」
碧さんに訊かれてリィはコクリと頷く。
「んじゃ、俺がお湯入れておくから、とりあえずルームウェアに着替えちゃいな」
そう言って俺はバスルームへ向かった
風呂の準備なんて数分もあれば終わる。
ルームウェアに着替えるのだってそんなに時間はかからないだろう。
けど、リィが部屋から出てくる気配はない。
不思議に思ってリィの部屋の前まで来ると、ドアは完全に閉まりきっていなかった。
隙間から見えたのは、秋斗さんのジャケットに顔をうずめるリィ。
えっと――……あれ? あれれれれ?
リィは司っちとうまくいったわけじゃないのかな?
俺が奈落で見てきたあの光景はなんだったんだろう?
司っちに電話するのにあれだけ緊張していたリィはなんだったのかな?
一気にハテナが急浮上。
もはや、俺の頭にはクエスチョンマークしかない。
とりあえず、本人と話してみますか……。
そこで、普通に入ったんじゃつまらないから俺らしい登場を考えてみる。
もともと開いていたドアの隙間に頭を突っ込み、背後からひっそりと声をかける要領で、
「リィ……なんだかすごく変態っぽい」
「っ……!?」
言葉の選択誤ったかな、とは思ったけど、リィが驚いてくれたからよしとする。
「お風呂にお湯入ったよって言いに来たんだけど……」
リィはジャケットと一定の距離を保ちつつ小難しい顔をした。
やっぱ「変態」って言葉はまずかったかな? でも、一言で表すならそれだと思ったんだよね。
部屋に入り、リィのベッドに腰掛ける。
「嘘だよ、嘘うそ。その香り、すごいこだわってたもんね?」
「うん……」
「きっとそうそういないよ? 香りが気になって人につけさせてまでラストノートを確認する子」
「……そう、かな?」
「俺はいまだかつてリィしか見たことないね」
俺やあんちゃんに香水をつけさせ、ラストノートまで確認するリィには恐れ入った。
でも、そのくらい記憶に残る香りだったことは確かで……。
今、それを再確認するような行動を取っていたのは何か思い出しつつあるってこと?
正確にはジャケットを抱えているわけだけど、俺にはリィが頭を抱えているように見えてきた。
だから、ちょっとだけ言葉を足しておく。
「ま、気になるものっていうのは人それぞれだからいいと思うけど」
リィは俺の顔をじっと見ては首を傾げた。
裏なんてないから深く考える必要はないよ。
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