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17 Side 朝陽 01話
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「な、あのかわいい子誰?」
幼稚部から一緒の笹野健太郎に訊かれ、ケンの視線をたどる。と、そこには髪の長い女の子と司がいた。
「んー……かわいいけど見たことのない子だね」
「うん、俺も知らない」
俺たちが知らないということは、中等部からの持ち上がり組ではないのかもしれない。
「外部からの新入生って線が濃厚?」
もっとも妥当な線を答えつつ、俺たちはテラスを歩くふたりを学食から観察していた。
「どう思う?」
ふたりに視線を固定したままのケンが訊いてくる。
「そうだな……とりあえず、普通じゃない、かな? 明日は雪でも降るんじゃない?」
「だよなっ? あの司が女子と喋ってるなんてさ」
「しかも、一言二言ではなく断続的に……。奇跡としか言いようがない」
ひとりの男が女の子と話をしながら歩いている。
それ自体は取り立てて珍しい光景ではないだろう。
この場合、相手の男が司であることが問題。
司は仕事が絡まない限り、女の子に声をかけるなんてことはまずしない。
さらには、無表情が崩れているところが奇妙としか言いようがなかった。
基本は無表情がデフォルトで、感情の片鱗を垣間見てしまった、もしくはきれいに笑うツカサを見たなら要注意。
司の笑顔は「絶対零度」の異名を誇る。
そんな男がひとりの女の子に向かっていくつかの表情を見せていた。
「なんか波乱が起きそうじゃね? 俺、楽しみなようでちょっと怖い」
ケンの言葉に俺は頷くでもなくその様子を見ていた。
このときから俺たちの中では、「何かが変わる」と予測できていたわけだけど……。
「でも、どうして行き先が図書棟なんだろう?」
ふたりは真っ直ぐ図書棟へ向かって歩いていた。
「……もしかしたら外部生の生徒会候補者かな?」
俺にはそのくらいしか思い浮かばなかった。
新規生徒会メンバーに外部生が入ることはよくあることだ。
先日、先生に渡されたリストと自分たちが目星をつけた人間のリストを思い出す。
思い出すといっても、名前と学年順位、内申書に書かれているデータしかないわけだけど……。
外部生で女の子――
「ひとりヒット。御園生翠葉ちゃん」
「何、その麗しすぎる名前。西園寺麗と対張れそう……。で、何? リストアップ要員?」
「そう」
「でも、なんで司はその子を知ってたのかな? リストアップ要員っていっても、顔写真までは添付されてないんだろ?」
「そのはずだけど……」
司と彼女が一緒にいるところを初めて見たときは、ケンとそんな会話をしたんだった。
懐かしいな、と半年ほど前のことを思い出しつつ、今現在に目を向ける。
司が興味を持った女の子は校内の姫に選ばれた。
あのときは遠目に見てかわいいと思った程度だったけど、実際に会ってみたらものすごい美少女だった。
かわいいときれいの中間にいる感じ。その絶妙なバランスがなんとも言えない。
かわいい子だから司が興味を持った、とは思いがたく、その後「病弱」というキーワードが露見したわけだけど、それもハズレ。
ただ、ひとりの人間としてこの子に興味を持った、と気づくまでにそう長い時間はかからなかった。
司の中で、「興味」から「恋心」に転じたのがいつかはわからない。
けど、傍目に見ていても、「気になって仕方がない」もしくは「好きなんだろうな」っていうのはわかったよね。
そして、彼女は司ではなく秋斗先生に恋をした。
また、秋斗先生も彼女がとてもお気に入りだった。
最初はお気に入りの子なだけだろうと思っていた。
友人の妹だからかわいがっているのか、とそう思っていたけれど、それも違った。
何があったのかは知らない。
でも、彼女は夏休み中に秋斗先生と司の記憶の一切をなくしてしまったらしい。
そんな過程があって「今」なわけだけど、俺から見たら、今の彼女は司に惹かれているように見える。
だから、老婆心に火が点く。何かしたい心境に駆られる。
余計なお世話かもしれないけど、何かしたくなる。
今まで人と関わろうともしなかった司が生徒会の人間ともコミュニケーションを取るようになって、さらには海斗以外の人間ともまともに話をするようになった。
それら、全部翠葉ちゃんの影響なんじゃない?
……そう思えば、やっぱり見守っているだけなんてつまらないポジションはとっとと放棄だよね。
そう思ったのは俺だけではなかった。
ま、名乗りを上げているのは俺と優太で、それに付加して嵐子ちゃん。
けど、本当はケンだってほかの生徒会メンバーだって加勢したくて仕方がないんだ。
これから司がどう変わっていくのかが見てみたくて、著しい変化を遂げる司を応援したくてたまらない。
……なんか変な心境だな。
歌を歌い終えた彼女が奈落へ戻ってくるころ、スクエアステージでは司の歌が始まっていた。
そこで彼女に提案。
「あれ、会場で見たくない?」
まずは、興味があるかどうかの確認。
「……いいんですか?」
遠慮がちに訊くものの、目は輝きを増した。
よしよし、食いつき良好。
「大丈夫。司のあとはフォークソング部のステージだし、ほかのときでも一曲通して見るのは難しくても、見たいなら誰かに付き添わせるよ。それとも、奈落にある大画面モニターのほうがいい?」
彼女はブンブンと首を振る。
「会場で生の音を聞きたいです」
そっちか、とは思うものの、彼女は俺たちの思惑どおりに動いてくれた。
あとは司だな……。
彼女を会場へ誘導すると、ちょうど間奏に入るところだった。
今の司に話しかける人間など俺しかいないだろう。
俺は手元のリモコンを操作し、強引に個別通信を入れた。
側にいる翠葉ちゃんの存在を気にする必要はない。
彼女はステージにいる司に釘付けなのだから。
「今、愛しのお姫様を会場にお連れしたところなんだよね。賭けに自信があるならぜひとも彼女を見つめて歌ってもらおうか?」
司の眉間にしわが寄る。その直後、ステージングっぽくマイクスタンドに手をかけ大胆に身から離し、バックのフォークソング部の方を向いて読唇されない状況を作ってから通信に応じた。
相変わらず些細なことにも気を抜かないやつ。
けど、確認をしなくても今は俺としか通信がつながっていないと思ってもらえるくらいには信用されたんだな。
ここまでくるのにいったい何年かかったことか……。
『別にかまわないけど……。どうせ、そういうのも映像班が全部記録に録ってるんだろ? だとしたら、姫と王子の出し物の演出とでも言い逃れはできる』
「相変わらず抜け目ないことで……。それでおまえは伝えようって気にはならないわけ? 逃げるんだ?」
『逃げ、か……。少し前まではそうだったかもな』
珍しいことを言う……。
思わず自分の耳を疑った。
『逃げる必要がなくなった。朝陽、翠の鈍感がもう少し軽減されていたら少しの望みはあったかもな。何をしたとしても、賭けは俺の勝ちだ』
そこで通信は途絶え、最後のサビに入る。
何もなかったように歌い始め、こちらを見た。
視線の先には彼女――
瞬きも忘れてステージを見入る彼女にのみ視線を注ぐ。
まったくさ……そんなのやってみないとわからないだろ?
世界には先が見えないことだらけなんだから。
司、その老人並みに型にはまりきった考え方、少し改めろよ。
嵐子ちゃんが用意してくれた歌詞カードは、今彼女の手にある。
でも、無用、かな……?
彼女の顔がどんどん赤くなっていく。
頭をよぎったのは体調の悪さ。
顔が真っ青にならなくても発熱という可能性がある。
心配しながら様子を見つつ、結果的には声をかけた。
「体調は大丈夫?」
大音量の中、彼女の耳元で大きめに話すと、
「え? あっ、はいっ。大丈夫ですっ」
彼女にしては、かなりのオーバーリアクションが返ってくる。
そして、慌てつつも歌詞カードを持っていない左手で頬を押さえた。
これ……もしかして赤面ってやつですか?
勝算がどのくらいあるのかわからない中、希望の光が見えた気がした。
不自然にならないよう、
「どうかした?」
声をかけると、彼女は眉をハの字型にして俺を見上げる。
「これも、恋愛の歌ですか?」
この際、恋愛の歌かどうかを判断できないことは置いておくとして……。
それでも、「恋愛の歌かどうか」ということを考えられるようになったことは進歩だと思う。
彼女のほんの少しの成長に救われる俺と優太ってどうなのかな。
そんな翠葉ちゃんにも少しだけ意地悪をしたくなる。
俺がこんなに苦労することってめったにないんだからね?
ま、相手が司なら仕方ない、と思うところではあるのだけど。
「そうだね。今ごろ、意中の子のことでも思って歌っているんじゃないかな?」
彼女から一切の表情が消えたことに肝が冷える。
俺、意地悪しすぎた? いや、でも――これは嬉しい誤算かもしれない。
「……それは、好きな人、という意味、ですか?」
「そう」
「ツカサ、好きな人……いるんですね。……知らなかった」
その言葉は、いつもの真っ直ぐな声音とは異なる。
俺の前ではいつだって何を話すのか決めてから口を開いていたのに、今は不意に出てきた言葉、という感じだった。
が、その後の一言に絶句する。
「ツカサ、ひどいっ」
ん? 翠葉ちゃん、今、なんておっしゃいました?
「何も緊張してるからって、私のことを野菜扱いしなくてもいいじゃないっっっ」
それ、どういう意味かな?
説明を求めると、こんな答えが返ってきた。
「あのですね、さっき、観客はみんなイモやカボチャ、そこらに転がってる野菜説を説いてくれたんです。で、つまり、今、私はツカサにとって、そこらに転がってる野菜になってるんだろうなぁ……と」
恐るべし、超純粋培養天然鈍感思考回路――
優太、俺たちの敵は司じゃなくて翠葉ちゃんかもしれない……。
こっちのほうが手強すぎる。
期待に満ちた俺の心は彼女の言動により一変させられた。
だいたいにしてさ、その考え、何がどうしてそうなっちゃったの?
仮に司が緊張していたとして(絶対にありえないけど)、その中で君だけを見つめるのは君だけは野菜と違うってことじゃないのかな。唯一の心の拠り所ってことじゃないのかな。
あまりにも衝撃的なことに直面して頭ショートしちゃった?
それとも……これがこの子独特の思考回路なのかな。
やっぱり俺の手には負えない気がする……。
司、ふぁいと。
幼稚部から一緒の笹野健太郎に訊かれ、ケンの視線をたどる。と、そこには髪の長い女の子と司がいた。
「んー……かわいいけど見たことのない子だね」
「うん、俺も知らない」
俺たちが知らないということは、中等部からの持ち上がり組ではないのかもしれない。
「外部からの新入生って線が濃厚?」
もっとも妥当な線を答えつつ、俺たちはテラスを歩くふたりを学食から観察していた。
「どう思う?」
ふたりに視線を固定したままのケンが訊いてくる。
「そうだな……とりあえず、普通じゃない、かな? 明日は雪でも降るんじゃない?」
「だよなっ? あの司が女子と喋ってるなんてさ」
「しかも、一言二言ではなく断続的に……。奇跡としか言いようがない」
ひとりの男が女の子と話をしながら歩いている。
それ自体は取り立てて珍しい光景ではないだろう。
この場合、相手の男が司であることが問題。
司は仕事が絡まない限り、女の子に声をかけるなんてことはまずしない。
さらには、無表情が崩れているところが奇妙としか言いようがなかった。
基本は無表情がデフォルトで、感情の片鱗を垣間見てしまった、もしくはきれいに笑うツカサを見たなら要注意。
司の笑顔は「絶対零度」の異名を誇る。
そんな男がひとりの女の子に向かっていくつかの表情を見せていた。
「なんか波乱が起きそうじゃね? 俺、楽しみなようでちょっと怖い」
ケンの言葉に俺は頷くでもなくその様子を見ていた。
このときから俺たちの中では、「何かが変わる」と予測できていたわけだけど……。
「でも、どうして行き先が図書棟なんだろう?」
ふたりは真っ直ぐ図書棟へ向かって歩いていた。
「……もしかしたら外部生の生徒会候補者かな?」
俺にはそのくらいしか思い浮かばなかった。
新規生徒会メンバーに外部生が入ることはよくあることだ。
先日、先生に渡されたリストと自分たちが目星をつけた人間のリストを思い出す。
思い出すといっても、名前と学年順位、内申書に書かれているデータしかないわけだけど……。
外部生で女の子――
「ひとりヒット。御園生翠葉ちゃん」
「何、その麗しすぎる名前。西園寺麗と対張れそう……。で、何? リストアップ要員?」
「そう」
「でも、なんで司はその子を知ってたのかな? リストアップ要員っていっても、顔写真までは添付されてないんだろ?」
「そのはずだけど……」
司と彼女が一緒にいるところを初めて見たときは、ケンとそんな会話をしたんだった。
懐かしいな、と半年ほど前のことを思い出しつつ、今現在に目を向ける。
司が興味を持った女の子は校内の姫に選ばれた。
あのときは遠目に見てかわいいと思った程度だったけど、実際に会ってみたらものすごい美少女だった。
かわいいときれいの中間にいる感じ。その絶妙なバランスがなんとも言えない。
かわいい子だから司が興味を持った、とは思いがたく、その後「病弱」というキーワードが露見したわけだけど、それもハズレ。
ただ、ひとりの人間としてこの子に興味を持った、と気づくまでにそう長い時間はかからなかった。
司の中で、「興味」から「恋心」に転じたのがいつかはわからない。
けど、傍目に見ていても、「気になって仕方がない」もしくは「好きなんだろうな」っていうのはわかったよね。
そして、彼女は司ではなく秋斗先生に恋をした。
また、秋斗先生も彼女がとてもお気に入りだった。
最初はお気に入りの子なだけだろうと思っていた。
友人の妹だからかわいがっているのか、とそう思っていたけれど、それも違った。
何があったのかは知らない。
でも、彼女は夏休み中に秋斗先生と司の記憶の一切をなくしてしまったらしい。
そんな過程があって「今」なわけだけど、俺から見たら、今の彼女は司に惹かれているように見える。
だから、老婆心に火が点く。何かしたい心境に駆られる。
余計なお世話かもしれないけど、何かしたくなる。
今まで人と関わろうともしなかった司が生徒会の人間ともコミュニケーションを取るようになって、さらには海斗以外の人間ともまともに話をするようになった。
それら、全部翠葉ちゃんの影響なんじゃない?
……そう思えば、やっぱり見守っているだけなんてつまらないポジションはとっとと放棄だよね。
そう思ったのは俺だけではなかった。
ま、名乗りを上げているのは俺と優太で、それに付加して嵐子ちゃん。
けど、本当はケンだってほかの生徒会メンバーだって加勢したくて仕方がないんだ。
これから司がどう変わっていくのかが見てみたくて、著しい変化を遂げる司を応援したくてたまらない。
……なんか変な心境だな。
歌を歌い終えた彼女が奈落へ戻ってくるころ、スクエアステージでは司の歌が始まっていた。
そこで彼女に提案。
「あれ、会場で見たくない?」
まずは、興味があるかどうかの確認。
「……いいんですか?」
遠慮がちに訊くものの、目は輝きを増した。
よしよし、食いつき良好。
「大丈夫。司のあとはフォークソング部のステージだし、ほかのときでも一曲通して見るのは難しくても、見たいなら誰かに付き添わせるよ。それとも、奈落にある大画面モニターのほうがいい?」
彼女はブンブンと首を振る。
「会場で生の音を聞きたいです」
そっちか、とは思うものの、彼女は俺たちの思惑どおりに動いてくれた。
あとは司だな……。
彼女を会場へ誘導すると、ちょうど間奏に入るところだった。
今の司に話しかける人間など俺しかいないだろう。
俺は手元のリモコンを操作し、強引に個別通信を入れた。
側にいる翠葉ちゃんの存在を気にする必要はない。
彼女はステージにいる司に釘付けなのだから。
「今、愛しのお姫様を会場にお連れしたところなんだよね。賭けに自信があるならぜひとも彼女を見つめて歌ってもらおうか?」
司の眉間にしわが寄る。その直後、ステージングっぽくマイクスタンドに手をかけ大胆に身から離し、バックのフォークソング部の方を向いて読唇されない状況を作ってから通信に応じた。
相変わらず些細なことにも気を抜かないやつ。
けど、確認をしなくても今は俺としか通信がつながっていないと思ってもらえるくらいには信用されたんだな。
ここまでくるのにいったい何年かかったことか……。
『別にかまわないけど……。どうせ、そういうのも映像班が全部記録に録ってるんだろ? だとしたら、姫と王子の出し物の演出とでも言い逃れはできる』
「相変わらず抜け目ないことで……。それでおまえは伝えようって気にはならないわけ? 逃げるんだ?」
『逃げ、か……。少し前まではそうだったかもな』
珍しいことを言う……。
思わず自分の耳を疑った。
『逃げる必要がなくなった。朝陽、翠の鈍感がもう少し軽減されていたら少しの望みはあったかもな。何をしたとしても、賭けは俺の勝ちだ』
そこで通信は途絶え、最後のサビに入る。
何もなかったように歌い始め、こちらを見た。
視線の先には彼女――
瞬きも忘れてステージを見入る彼女にのみ視線を注ぐ。
まったくさ……そんなのやってみないとわからないだろ?
世界には先が見えないことだらけなんだから。
司、その老人並みに型にはまりきった考え方、少し改めろよ。
嵐子ちゃんが用意してくれた歌詞カードは、今彼女の手にある。
でも、無用、かな……?
彼女の顔がどんどん赤くなっていく。
頭をよぎったのは体調の悪さ。
顔が真っ青にならなくても発熱という可能性がある。
心配しながら様子を見つつ、結果的には声をかけた。
「体調は大丈夫?」
大音量の中、彼女の耳元で大きめに話すと、
「え? あっ、はいっ。大丈夫ですっ」
彼女にしては、かなりのオーバーリアクションが返ってくる。
そして、慌てつつも歌詞カードを持っていない左手で頬を押さえた。
これ……もしかして赤面ってやつですか?
勝算がどのくらいあるのかわからない中、希望の光が見えた気がした。
不自然にならないよう、
「どうかした?」
声をかけると、彼女は眉をハの字型にして俺を見上げる。
「これも、恋愛の歌ですか?」
この際、恋愛の歌かどうかを判断できないことは置いておくとして……。
それでも、「恋愛の歌かどうか」ということを考えられるようになったことは進歩だと思う。
彼女のほんの少しの成長に救われる俺と優太ってどうなのかな。
そんな翠葉ちゃんにも少しだけ意地悪をしたくなる。
俺がこんなに苦労することってめったにないんだからね?
ま、相手が司なら仕方ない、と思うところではあるのだけど。
「そうだね。今ごろ、意中の子のことでも思って歌っているんじゃないかな?」
彼女から一切の表情が消えたことに肝が冷える。
俺、意地悪しすぎた? いや、でも――これは嬉しい誤算かもしれない。
「……それは、好きな人、という意味、ですか?」
「そう」
「ツカサ、好きな人……いるんですね。……知らなかった」
その言葉は、いつもの真っ直ぐな声音とは異なる。
俺の前ではいつだって何を話すのか決めてから口を開いていたのに、今は不意に出てきた言葉、という感じだった。
が、その後の一言に絶句する。
「ツカサ、ひどいっ」
ん? 翠葉ちゃん、今、なんておっしゃいました?
「何も緊張してるからって、私のことを野菜扱いしなくてもいいじゃないっっっ」
それ、どういう意味かな?
説明を求めると、こんな答えが返ってきた。
「あのですね、さっき、観客はみんなイモやカボチャ、そこらに転がってる野菜説を説いてくれたんです。で、つまり、今、私はツカサにとって、そこらに転がってる野菜になってるんだろうなぁ……と」
恐るべし、超純粋培養天然鈍感思考回路――
優太、俺たちの敵は司じゃなくて翠葉ちゃんかもしれない……。
こっちのほうが手強すぎる。
期待に満ちた俺の心は彼女の言動により一変させられた。
だいたいにしてさ、その考え、何がどうしてそうなっちゃったの?
仮に司が緊張していたとして(絶対にありえないけど)、その中で君だけを見つめるのは君だけは野菜と違うってことじゃないのかな。唯一の心の拠り所ってことじゃないのかな。
あまりにも衝撃的なことに直面して頭ショートしちゃった?
それとも……これがこの子独特の思考回路なのかな。
やっぱり俺の手には負えない気がする……。
司、ふぁいと。
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