光のもとで1

葉野りるは

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第十三章 紅葉祭

53話(挿絵あり)

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 私は森の中を歩いていた。
 小道はほんの少し人の手が加えられた程度で、足元には木の根がでこぼことしている。
 ここは――ブライトネスパレスの森林?
 場所の特定はできたけど、自分がパレスへ向かって歩いているのかステラハウスへ向かって歩いているのかは定かではない。でも、歩みを止めてはいけない気がしてやみくもに足を繰り出していた。
 足元に注意を払おうとするも、自分は明かりといえるものを手にしてはいない。ただ、小道の先に見える小さな光を目がけて歩いていた。
 足を交互に、ただひたすらに踏み出す。すると、ふっ、と地面が消えた。
 やっ、落ちるっっっ!? ツカサっ――
「……何」
 何って――え……?
 状況判断を努めたところ、目の前にはツカサがいて、私の右手にはツカサの白いシャツがしっかりと握られていた。
「……落ち、ない?」
「……アリスの夢でも見てたわけ?」
 ……え? 夢……? 今は、現実……?
「ううん、アリスの夢ではないのだけど……。急に地面がなくなる夢だった」
 決して暑くはないのに変な汗をかいた気がした。
「落ちそうだったから手を伸ばして掴めるものを掴んだのだけど――ごめん、ツカサのシャツだった」
 あ、いい加減離さなくちゃ……。
 力いっぱい握りしめたからしわになってしまっただろうか。
 そう思ったときに気づく。
 嘘――すごい至近距離っ!?
「文句は受け付けないから」
「え……?」
 ツカサの顔が近づいてきたと思ったら、唇に柔らかなものが触れた。
 ――な、に? これ、な、に……?
 ツカサの切れ長の目が、すぐ近くにある。


             (イラスト:涼倉かのこ様)

「翠が悪い……。何度言っても無防備改めないわ、勝手に人の腕の中で寝るわ、俺の気持ちに気づかないわ――」
 息を感じられる距離にツカサの顔があった。
「好きでもない相手にキスなんてしない」
 キス――
 そうだ……私、今、キスされたんだ――
「ツカ、サ……?」
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「恋愛対象の意味の好意」
 真剣な顔で言われたけれど、あと数秒もしたら口端を上げて笑われるのではないだろうか。
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 ツカサは立ち上がり、
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 茂みから出たツカサはすぐに走り出し、あっという間に見えなくなった。
 混乱する頭を抱え、ツカサの言葉を思い出す。
 ツカサが、私を好き……?
 本当に? 嘘じゃなくて? 冗談でもなくて……?
「私……キス、された……?」
 唇に触れると、自分の手の冷たさを感じ、その前に触れたあたたかな感触を思い出す。
 時間差で顔に火がついた気がした。
 耳にはツカサの言葉が何度もリフレインする。

 ――「好きでもない相手にキスなんてしない」。

 これは本当にツカサが言った言葉……?
 でも――ちゃんと「恋愛対象の意味の好意」って言われた。
 それは、私の想う「好き」と種類が同じということ?
「翠葉? 翠葉、どこ?」
 嵐子先輩が小さな声で私を探していた。
 ゆっくりと立ち上がるとすぐに発見してくれる。
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「え……?」
「何泣いてるのっ!? 具合悪いっ!?」
 泣いて……?
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「……ホント、大丈夫?」
 私はポケットから手ぬぐいを取り出し、すぐに涙を拭き取った。
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 嵐子先輩と話していると、インカムから通信が入った。
 話しているのは久先輩だ。
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「はい。今、無事に確保しました。でも、動けるようになるまで少し時間かかるかもです」
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「しっ」
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「いやー……イベントに熱が入る学校は鬼ごっこも必死だよね?」
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 嵐子先輩はにこりと笑った。
「嵐子先輩、もう大丈夫です。動けます」
「よし、行こうっ!」
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 私と嵐子先輩が固まる。
 地下道の入り口が戸棚とは思いもしなかったのだ。
「ここを通れば図書棟まで直通で行けるわ。ほら、さっさと行きなさい」
 そう言われて戸棚の中に足を踏み入れた。
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 途中何度も分岐点があり、その分岐点にはアルファベットと数字で位置を知らせる表記があった。
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『了解。じゃ、こっちもそろそろ切り上げる。司は図書棟に戻るのを断念して桜香苑に入った』
「了解でーす!」
 私は嵐子先輩について仄暗い通路を黙々と進んだ。
 このあと、ツカサと会ったらどうしたらいいものか……。
 どんな顔で会ったらいいのかな……。
「翠葉?」
 嵐子先輩に声をかけられてはっとする。
「大丈夫?」
「あ、えと……」
 何をどう話したらいいだろう。
「……話したくないなら話さなくていいよ。具合が悪いのは言ってもらいたいけど……」
「あの、そういうことではなくて……。頭の中がぐちゃぐちゃで何から話したらいいのかわからなくて……」
「……ゆっくりでいいよ?」
 ゆっくり……。
 ゆっくり考えたところで何から話したらいいのかは決められそうにない。でも、一番知りたいことは――
「あのっ……もし好きな人が誤解をしていたらどうしますか?」
「……誤解? たとえば?」
「たとえば……私が好きな人はその人なのですが、その人は私の好きな人が別にいると誤解していて……」
 口にして気づく。
 それはつまり、自分も同じだったのではないか、と。
「翠葉、そんなの簡単だよ。ただ、誤解を解けばいいだけでしょ?」
 くりっとした大きな目に覗き込まれる。
「誤解――解く……?」
「そっ、何も難しいことじゃないよ。だって、お互いが好きならすぐに誤解も解けるでしょ? これが嫌いなもの同士だったら難しいかもしれないけど……」
「誤解って……どうやって解いたら――」
「翠葉、ほんっとに大丈夫?」
「いえ、かなりだめかもしれません……」
「そんなのね、気持ちを伝えればいいだけ。翠葉が好きな人に好きって言えばそれで丸くおさまるの。OK?」
 本当に……?
 本当に、それで伝わるのだろうか。誤解が解けるのだろうか。
「まずは試してみな? ほら、図書棟に着いたよ!」
 壁と同化している扉を開けると、今度は大型荷物を入れる用のロッカーが出口になっていた。
 そして、出たところには秋斗さんが立っていた。
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