光のもとで1

葉野りるは

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第十三章 紅葉祭

41話

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 ツカサは迷わず佐野くんのもとへ向かった。
「佐野、実験に付き合え」
「えっ!? なんのですかっ!?」
「佐野、悪ぃ……。ちょっと頼むよ」
 海斗くんが話に加わった。
「まさか藤宮先輩までエスコート代わってほしいとか言いませんよねっ!?」
 その言葉にツカサの動作が一瞬止まり、顔の向きは変えずに視線だけを私に向ける。
「ふーん……風間に頼んだことってこれか」
「…………」
「翠は俺に隠しごとはできない星のもとに生まれたんだな」
 どこか愉悦に満ちた笑みを見せるツカサに対し、私は何も答えることができない。
 佐野くんは海斗くんの顔を見て、
「俺、なんかやばいこと言った?」
 海斗くんは苦笑いを浮かべ、「どんまい」と佐野くんの肩を軽く叩く。
「やっぱり地球人じゃない時点で人外決定だな」
 ツカサ特有のシニカルな笑みを見て、やっぱり苦笑冷笑嘲笑しか見られる気がしなかった。

 佐野くんの手が目の前にあり、緊張しながらその手に自分の手を翳す。
 手を重ねる一歩手前、手が触れる瞬間に佐野くんが手を引いた。
「悪いっ、でもっ――緊張半端ないんだけどっ!?」
「……佐野、無理なら翠は自分で手を引く。それだけだ」
「佐野くん、ごめんね。でも、たぶん……たぶんだけど大丈夫だと思うの」
 何分根拠のない「大丈夫」で申し訳ない。
「あのさ、俺……目瞑っててもいいかな?」
 訊かれてコクリと頷いた。
 佐野くんは深呼吸をしてから手を出し目を瞑った。
 私も深呼吸をしてその手に自分の手を伸ばす。
 左手にツカサの体温を感じながら、静かに右手を重ねた。
「大丈夫なら握ってみろ」
「ん……」
 佐野くんの手を握るけど、何も感じない。
「佐野くん、ありがとう。大丈夫」
 普通に握るよりも力を入れて握り話しかけた。
 佐野くんはへなへなをとその場にしゃがみこむ。
「俺、今間違いなく寿命が縮まった気がする」
「ごめんね……」
「いや、いいよ。じゃ、俺がステージに上がった時点で御園生の隣に行けばいいのね?」
「頼む」
「お願いします」

「んじゃ、ラストだからね! みんな、思いっきり楽しむよっ!」
 久先輩の言葉に、みんな嬉々とした声をあげた。
 生徒会メンバー、紅葉祭実行委員、放送委員、フォークソング部、軽音部は半分に別れ、円形ステージとスクエアステージから上がる。
 ミキシングルームに詰めていた放送委員たちも、最後は先生にその場を任せて北側の半月ステージに姿を見せる。
 ステージで演奏した人、ずっと奈落でステージを支えていた人たちが全員ステージや花道へ上がるのだ。
 吹奏楽部は最後まで円形ステージの周りで演奏をしており、お茶出しなどをしていた調理部の人たちも、ステージや花道の周りにずらりと並ぶ。
 そのほかにステージという土台を作った人や花を飾った人たちもいるけれど、その人たちは今日は観覧席にいる。
 みんなで作ったステージをみんなで終わりにする。
 そういうコンセプトで曲も選ばれていた。
 ラストを飾る歌は、嵐の「5×10」。
 人数は五人じゃないけれど、今日を成功させられたのはみんなが力を合わせたから。そんな歌。
 茜先輩はピアノ演奏に加わるため、久先輩にエスコートされて先にステージへ上がっている。
 中央昇降機には歌を歌う生徒会男子メンバー、右昇降機には私とツカサ、左昇降機には嵐子先輩と桃華さん。
 吹奏楽部の前奏に合わせてステージへ上がる。
 会場から聞こえるスネアの音を聞いて思う。
 このスネアはきっと、ツカサの「優しくなりたいな」を一緒に演奏してくれた人だ、と。
 同じ楽器でも奏者が変われば同じ音はしない。人によって音は変わる。
 スクエアステージで一番最初に上がってくるのはフォークソング部。
 北側の半月ステージにはは照明やカメラを担当していた人たち。
 私たちが昇降機から降り、フラットなスペースへ移動すると、昇降機はまたすぐに奈落へ下りていく。
 円形ステージには久先輩がだけが留まり、歌を歌う男子メンバーは円形ステージとスクエアステージをつなぐ花道へ向かい、半月ステージまでの間に等間隔に立つ。
 私たちは、次に上がってくるスタッフたちを迎え、上がってきた人と「お疲れ様」と声を掛け合いながら握手をする。
 ステージに上がれば、みんな歌を口ずさみながら花道へと移動するのだ。
 そうやって少しずつ少しずつ、三つのステージが人の手でつながり始める。
 演奏部隊として活躍したフォークソング部や軽音部が上がってくるときには一際大きな拍手が起こった。
 実行委員全員がステージに上がると、半月ステージから円形ステージまで人がびっしりと並び、みんなが左右の人と手をつないで笑顔で歌を口ずさんでいた。
 最終便が上がってくると、佐野くんが私の隣に来て手を差し出してくれた。
 私は、「ありがとう」とその手に自分の手を重ねる。
 マイクを持っているのは生徒会男子のみ。でも、みんなが口ずさんでいるから大合唱状態。さらには観覧席からも歌や手拍子が聞こえてくる。
 観覧席に座っている生徒はひとりもいなかった。
 すごい……。こんなにたくさんの人の気持ちがひとつになるなんて、すごい――
 吹奏楽部の人たちも、演奏している人たちも楽しいって思っていると思う。
 音が、楽しいって……そう聞こえる。
 ふと、隣から視線を感じそちらを見ると、ツカサが私を見ていた。
「大丈夫だよ」と伝えたくて、でも歌ってるから言えなくて、私は笑みを返した。
 普通に笑えたと思う。だって、すごく楽しいと思っているから。
 嬉しい楽しいと思っていたら、突然悲しくて寂しい出来事に直面して、これが恋なんだって知った途端に失恋して、記憶はないのに男性恐怖症のような状態に陥って、本当にいっぱいいっぱいで――
 それでも、今はまた楽しいと思っている。
 この数時間でいったいどれだけ浮き沈みしただろう。
 私、情緒不安定なのかな。
 歌の終盤に入ると腕が上げられた。
 ステージや花道に並ぶみんなの手がつながれており、その手が上に掲げられる。
 まだあと一日あるけれど、今日、一日目の紅葉祭が終わる。
 終わっちゃうんだ……。
 泣いても笑っても、今という時間は一歩一歩歩いていくことしかできない。
 何もない日々ではなく、何かある毎日を送れる私は幸せなのだろう。
 それは全然普通のことじゃない。
 友達と話すことも、誰かを好きになることも。
 楽しくて嬉しくて悲しくて寂しくて、そんなたくさんのことを感じられる場所にいられる私はきっと幸せ。
 最後、会場はスタンディングオベーション状態。
 ステージにいる人はみんな笑っていた。きっと吹奏楽部の人たちも笑っていると思う。観覧席には人の笑顔が溢れていた。
 私、この学校に来られて良かったよね?
 この身体じゃなければ、一年留年しなければ、私はここにはいなかった。
 狂ってしまった歯車にどれほどの負の感情を抱いただろう。
 でも、今は感謝している。感謝できる。
 神様――この身体を与えてくれたこと、たくさんの出逢いを用意してくれたこと、色んな気持ちを知る機会を作っていただけたことを感謝します。ありがとうございます――
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