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第十三章 紅葉祭
15話(挿絵あり)
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階上にブザー音が鳴り響くと、すぐにアナウンスが流れた。
『これより在校生によるライブステージを開催いたします。デジタルカメラ、携帯カメラ、ビデオカメラでの撮影や、録音機器による録音は固くお断り申し上げます。今より、妨害電波を流しますので、携帯電話のご利用はいただけなくなります。以上のことをお守りいただけない生徒、およびお客様につきましては、警備員により退場を申し渡されますことをご了承ください』
硬いアナウンスのあとには放送委員の軽快なトークが始まる。
『第一部は若輩ながらも一年B組立花飛鳥が司会進行を勤めさせていただきます! さて、トップバッターは生徒会男子によるステージです。彼らが歌うのはリクエストされた上位曲ばかり! オープニングに相応しいのはこちら! 嵐の「Oh Yeah!」』
階上で司会が話している間、奈落では慌しくステージに上がる準備が進められていた。
「みんな昇降機にスタンバイしてください!」
実行委員の言葉に、久先輩、朝陽先輩、優太先輩、サザナミくん、海斗くんの五人が昇降機に乗り込む。つまりはツカサ外の生徒会男子メンバーだ。
「昇降機上げます!」
実行委員の声が挙がった直後、
「ちょっとたんまっ!」
海斗くんが昇降機を降りた。
「佐野っ」
海斗くんが佐野くんに駆け寄る。
佐野くんは階上に上がろうとしていたのか、階段を数段上ったところだった。
私とふたりの距離は二メートルないくらい。ゆえに、耳を澄まさずともふたりの会話が聞こえてくる。
いつもとは違う雰囲気のふたりから、私は目を離すことができなかった。
「あのさ、あいつだけは譲れないや。――俺、取りに行ってもいい?」
(海斗×明 イラスト:涼倉かのこ様)
どうしてかはわらかないけど、すぐにわかった。飛鳥ちゃんのことだって。
佐野くんは何も口にしないけれど、「なんだ、そんなこと」とでも言いたそうな目をしている。
佐野くんは知っていたのかな。飛鳥ちゃんの気持ちも海斗くんの気持ちも。
だから、驚いた顔もせず冷静でいられるの?
人を好きになる、ということがどういうことがわからない私には、今、佐野くんがどんな心境なのかを想像することはできない。
ただ、一般的に考えたら冷静でいられるわけがないと思っただけ。それは私の勝手な憶測だろうか。
佐野くんは階段を二段下りると、
「ほら、戻れよ。初っ端から時間押してどーすんの?」
トン、と海斗くんの背を押した。
海斗くんは昇降機に戻り、佐野くんはそれを見届けずに階段を上がり始める。
「佐野くんっ!?」
思わず呼び止めたものの、その先に言葉が続かない。
「何、御園生」
振り返った佐野くんはいつもと変わらない。
「俺、これを上の人間に届けなくちゃいけないから、用がないなら行くよ」
と、階段を上り始めた。
それ以上引き止めることはできなかったし、引き止めたところで言葉をかけることもできなかった。
私は佐野くんが見えなくなるまでその背を追っていた。
聞こえてくる音や歓声にその場の空気や何もかもがかき消される。
「佐野くん……」
階段から視線を戻すと、少し離れたところから私と同じように佐野くんが上がっていった階段を見ている香乃子ちゃんがいた。
心配、だよね……。
大丈夫なわけないのに大丈夫そうな顔をされたら、心配しないわけがない。
それが好きな人だったら、もっと気になるんだろうな……。
一曲目が終わると、会場に海斗くんの声が響いた。
『ねぇ、ちょっとプライベート私信いいかな?』
この日のために奈落に設置された大型モニターに目をやると、海斗くんは会場の一方向を見つめていた。
一方向――それは飛鳥ちゃんがいるミキシングルーム。
『飛鳥っ』
別のカメラがすぐにミキシングルームの小窓を映し、ズームアップされた飛鳥ちゃんのびっくり顔が映し出される。
『あのさ、まだ気持ち変わってない? 飛鳥の気持ちはどこにある?』
モニターには、海斗くんと飛鳥ちゃんの両方が映るように、少し引いた位置から撮影されている映像が流れた。
『俺、飛鳥が好きなんだ。ずっと俺だけを見ていてほしいんだよね』
飛鳥ちゃんは後ろの人に背中を押され、小窓ギリギリの場所に立たされている。
『飛鳥、返事。声を出せとは言わない。YESなら首を縦に振ってよ。NOなら横に振って。……先に言っておくけど、もし首を縦に振ったなら、一生放さないよ?』
これはなんだろう……。
……告白? プロポーズ……?
そんなことを考えていると、飛鳥ちゃんが両腕を上げ、頭の上で大きな丸を作った。
次の瞬間にはマイクを手にして、
『海斗のバカっっっ』
よく通る声が大きすぎる音量で桜林館に響く。
思わず耳を塞ぐ行動に出てしまった人多数。
だって、音割れてるし……。
つまり、そのくらいの大声をマイクに向かって言った、ということ。
でも、海斗くんはおかまいなしににこりと笑う。とてもとても嬉しそうに。
『ってことで悪いー! 全校生徒男子諸君、立花飛鳥は俺のだから手ぇ出さないように!』
幸せそうに、声高らかに宣言した。
『普段言えないこと、みんなもあるよね? でも、今日と明日は紅葉祭だからさ、俺に便乗して告白祭りしてみたら? 何か変わるかも知れないよ!』
そんなふうに仕切りなおして次の歌に入る。
生徒会男子メンバーの曲は最初の一曲以外は全部カラオケと同じ。
そのため、歌い出しはメンバーの準備ができたタイミングで始まるように合図を出すと決まっていた。
嵐の「言葉より大切なもの」。
言葉よりも大切なものとはなんだろう……。
気持ち? それとも行動を起こすこと?
モニターには、いつもよりも数割増し勢いのいい海斗くんとほかのメンバーが映る。
そこに、佐野くんが戻ってきた。
休憩中のタグを腕章につけると、そのまま奈落から伸びるひとつの通路を進む。
気づいたときには押していた。私の隣に戻ってきた香乃子ちゃんの背中を。
「翠葉ちゃん……?」
「行って? 香乃子ちゃん、今、追いかけたいと思っているでしょう?」
「でも、私……翠葉ちゃん付き」
「大丈夫だよ。本当に大丈夫。私は自分の出番までここにいればいいのでしょう?」
「でもっ――」
「飲み物は手に持っているし、なんの問題もないよ。だから、行って?」
私にも力にならせてほしい。誰かを支える力に……。
「香乃子ちゃん。今、私の右隣には香乃子ちゃんがいるの、香乃子ちゃんは佐野くんの左隣に行くべきだと思う。……自分の右隣は、その場の状況によって誰にでも変わると思う。それと同じで、意識して誰かの左隣に行くこともできると思うの」
「七倉、翠葉ちゃんには俺がついてるから行ってきな」
優しい声が降ってきて、見上げるとそこには空太くんが立っていた。
もう一度香乃子ちゃんを見ると、唇をきゅっ、と引き結び、
「ありがとうっ! 行ってくるっ」
と、走り出した。
香乃子ちゃん、がんばって。
「本当はさ、翠葉ちゃんも行きたかったでしょ? あ、違うかな? 翠葉ちゃんが行きたかったでしょ?」
クスリと笑った空太くんに顔を覗き込まれた。
身長が高いだけに、覗き込むときはかがまれてしまう。
今はパイプ椅子に座っているからなおさら。
空太くんは私の横にしゃがみこんだ。
「……ちょっと、ね。ちょっとだけ、だよ……? だって……いつも力になってくれる人だもの。つらいときは一緒にいたいなと思うから」
何をどうしてあげることもできなくても、もし泣いているのなら、その傍らで同じ空気を吸っていたいと思う。 吐き出したい何かがあるのなら、その言葉をひとつ欠けることなく拾いたいと思う。
私にはみんなみたいに引っ張り上げる力はないかもしれない。でも、その場で寄り添うことならできるんだよ。
「エライエライ。それにしても海斗のやつ、動くとなるととことん派手にやるよなぁ。ま、らしいっちゃらしんだけど」
空太くんはそう言って笑った。
「翠葉ちゃん、そんな顔でステージに立っちゃだめだからね?」
斜め下から伸びてきた手に頬をつつかれる。
「翠葉ちゃん、やさしい花をちょうだい」
私はその言葉にコクリと頷いた。
「じゃ、準備に入ろうか。生徒会女子の歌い始めと同時にこっちの昇降機も上げるから」
私は誘導されるままに昇降機へ移動する。
そのとき、インカムから朝陽先輩の声が聞こえてきた。
奈落のモニターやミキシングルームを取りまとめているのが朝陽先輩だから、誰のインカムにも朝陽先輩からの指示は個別に聞こえるようになっている。
『翠葉ちゃん、ステージに上がったら歌を聴くもよしだけど、会場モニターに和訳が表示されるから、それも見てね』
歌い終わったばかりで息の上がった声が、それだけを伝えてくれた。
『これより在校生によるライブステージを開催いたします。デジタルカメラ、携帯カメラ、ビデオカメラでの撮影や、録音機器による録音は固くお断り申し上げます。今より、妨害電波を流しますので、携帯電話のご利用はいただけなくなります。以上のことをお守りいただけない生徒、およびお客様につきましては、警備員により退場を申し渡されますことをご了承ください』
硬いアナウンスのあとには放送委員の軽快なトークが始まる。
『第一部は若輩ながらも一年B組立花飛鳥が司会進行を勤めさせていただきます! さて、トップバッターは生徒会男子によるステージです。彼らが歌うのはリクエストされた上位曲ばかり! オープニングに相応しいのはこちら! 嵐の「Oh Yeah!」』
階上で司会が話している間、奈落では慌しくステージに上がる準備が進められていた。
「みんな昇降機にスタンバイしてください!」
実行委員の言葉に、久先輩、朝陽先輩、優太先輩、サザナミくん、海斗くんの五人が昇降機に乗り込む。つまりはツカサ外の生徒会男子メンバーだ。
「昇降機上げます!」
実行委員の声が挙がった直後、
「ちょっとたんまっ!」
海斗くんが昇降機を降りた。
「佐野っ」
海斗くんが佐野くんに駆け寄る。
佐野くんは階上に上がろうとしていたのか、階段を数段上ったところだった。
私とふたりの距離は二メートルないくらい。ゆえに、耳を澄まさずともふたりの会話が聞こえてくる。
いつもとは違う雰囲気のふたりから、私は目を離すことができなかった。
「あのさ、あいつだけは譲れないや。――俺、取りに行ってもいい?」
(海斗×明 イラスト:涼倉かのこ様)
どうしてかはわらかないけど、すぐにわかった。飛鳥ちゃんのことだって。
佐野くんは何も口にしないけれど、「なんだ、そんなこと」とでも言いたそうな目をしている。
佐野くんは知っていたのかな。飛鳥ちゃんの気持ちも海斗くんの気持ちも。
だから、驚いた顔もせず冷静でいられるの?
人を好きになる、ということがどういうことがわからない私には、今、佐野くんがどんな心境なのかを想像することはできない。
ただ、一般的に考えたら冷静でいられるわけがないと思っただけ。それは私の勝手な憶測だろうか。
佐野くんは階段を二段下りると、
「ほら、戻れよ。初っ端から時間押してどーすんの?」
トン、と海斗くんの背を押した。
海斗くんは昇降機に戻り、佐野くんはそれを見届けずに階段を上がり始める。
「佐野くんっ!?」
思わず呼び止めたものの、その先に言葉が続かない。
「何、御園生」
振り返った佐野くんはいつもと変わらない。
「俺、これを上の人間に届けなくちゃいけないから、用がないなら行くよ」
と、階段を上り始めた。
それ以上引き止めることはできなかったし、引き止めたところで言葉をかけることもできなかった。
私は佐野くんが見えなくなるまでその背を追っていた。
聞こえてくる音や歓声にその場の空気や何もかもがかき消される。
「佐野くん……」
階段から視線を戻すと、少し離れたところから私と同じように佐野くんが上がっていった階段を見ている香乃子ちゃんがいた。
心配、だよね……。
大丈夫なわけないのに大丈夫そうな顔をされたら、心配しないわけがない。
それが好きな人だったら、もっと気になるんだろうな……。
一曲目が終わると、会場に海斗くんの声が響いた。
『ねぇ、ちょっとプライベート私信いいかな?』
この日のために奈落に設置された大型モニターに目をやると、海斗くんは会場の一方向を見つめていた。
一方向――それは飛鳥ちゃんがいるミキシングルーム。
『飛鳥っ』
別のカメラがすぐにミキシングルームの小窓を映し、ズームアップされた飛鳥ちゃんのびっくり顔が映し出される。
『あのさ、まだ気持ち変わってない? 飛鳥の気持ちはどこにある?』
モニターには、海斗くんと飛鳥ちゃんの両方が映るように、少し引いた位置から撮影されている映像が流れた。
『俺、飛鳥が好きなんだ。ずっと俺だけを見ていてほしいんだよね』
飛鳥ちゃんは後ろの人に背中を押され、小窓ギリギリの場所に立たされている。
『飛鳥、返事。声を出せとは言わない。YESなら首を縦に振ってよ。NOなら横に振って。……先に言っておくけど、もし首を縦に振ったなら、一生放さないよ?』
これはなんだろう……。
……告白? プロポーズ……?
そんなことを考えていると、飛鳥ちゃんが両腕を上げ、頭の上で大きな丸を作った。
次の瞬間にはマイクを手にして、
『海斗のバカっっっ』
よく通る声が大きすぎる音量で桜林館に響く。
思わず耳を塞ぐ行動に出てしまった人多数。
だって、音割れてるし……。
つまり、そのくらいの大声をマイクに向かって言った、ということ。
でも、海斗くんはおかまいなしににこりと笑う。とてもとても嬉しそうに。
『ってことで悪いー! 全校生徒男子諸君、立花飛鳥は俺のだから手ぇ出さないように!』
幸せそうに、声高らかに宣言した。
『普段言えないこと、みんなもあるよね? でも、今日と明日は紅葉祭だからさ、俺に便乗して告白祭りしてみたら? 何か変わるかも知れないよ!』
そんなふうに仕切りなおして次の歌に入る。
生徒会男子メンバーの曲は最初の一曲以外は全部カラオケと同じ。
そのため、歌い出しはメンバーの準備ができたタイミングで始まるように合図を出すと決まっていた。
嵐の「言葉より大切なもの」。
言葉よりも大切なものとはなんだろう……。
気持ち? それとも行動を起こすこと?
モニターには、いつもよりも数割増し勢いのいい海斗くんとほかのメンバーが映る。
そこに、佐野くんが戻ってきた。
休憩中のタグを腕章につけると、そのまま奈落から伸びるひとつの通路を進む。
気づいたときには押していた。私の隣に戻ってきた香乃子ちゃんの背中を。
「翠葉ちゃん……?」
「行って? 香乃子ちゃん、今、追いかけたいと思っているでしょう?」
「でも、私……翠葉ちゃん付き」
「大丈夫だよ。本当に大丈夫。私は自分の出番までここにいればいいのでしょう?」
「でもっ――」
「飲み物は手に持っているし、なんの問題もないよ。だから、行って?」
私にも力にならせてほしい。誰かを支える力に……。
「香乃子ちゃん。今、私の右隣には香乃子ちゃんがいるの、香乃子ちゃんは佐野くんの左隣に行くべきだと思う。……自分の右隣は、その場の状況によって誰にでも変わると思う。それと同じで、意識して誰かの左隣に行くこともできると思うの」
「七倉、翠葉ちゃんには俺がついてるから行ってきな」
優しい声が降ってきて、見上げるとそこには空太くんが立っていた。
もう一度香乃子ちゃんを見ると、唇をきゅっ、と引き結び、
「ありがとうっ! 行ってくるっ」
と、走り出した。
香乃子ちゃん、がんばって。
「本当はさ、翠葉ちゃんも行きたかったでしょ? あ、違うかな? 翠葉ちゃんが行きたかったでしょ?」
クスリと笑った空太くんに顔を覗き込まれた。
身長が高いだけに、覗き込むときはかがまれてしまう。
今はパイプ椅子に座っているからなおさら。
空太くんは私の横にしゃがみこんだ。
「……ちょっと、ね。ちょっとだけ、だよ……? だって……いつも力になってくれる人だもの。つらいときは一緒にいたいなと思うから」
何をどうしてあげることもできなくても、もし泣いているのなら、その傍らで同じ空気を吸っていたいと思う。 吐き出したい何かがあるのなら、その言葉をひとつ欠けることなく拾いたいと思う。
私にはみんなみたいに引っ張り上げる力はないかもしれない。でも、その場で寄り添うことならできるんだよ。
「エライエライ。それにしても海斗のやつ、動くとなるととことん派手にやるよなぁ。ま、らしいっちゃらしんだけど」
空太くんはそう言って笑った。
「翠葉ちゃん、そんな顔でステージに立っちゃだめだからね?」
斜め下から伸びてきた手に頬をつつかれる。
「翠葉ちゃん、やさしい花をちょうだい」
私はその言葉にコクリと頷いた。
「じゃ、準備に入ろうか。生徒会女子の歌い始めと同時にこっちの昇降機も上げるから」
私は誘導されるままに昇降機へ移動する。
そのとき、インカムから朝陽先輩の声が聞こえてきた。
奈落のモニターやミキシングルームを取りまとめているのが朝陽先輩だから、誰のインカムにも朝陽先輩からの指示は個別に聞こえるようになっている。
『翠葉ちゃん、ステージに上がったら歌を聴くもよしだけど、会場モニターに和訳が表示されるから、それも見てね』
歌い終わったばかりで息の上がった声が、それだけを伝えてくれた。
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