光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
698 / 1,060
Side View Story 12

37 Side 唯 01話

しおりを挟む
 司っちに二度目の電話をしたあと、十分くらいしてからようやくリィの姿を見ることができた。
 が、一緒にいたのは司っちではなく、司っちと同学年の美都くんだった。
 その時点で何かあったのかな、とは思った。
「遅くなってごめんなさい」
 リィ、怒ってるわけじゃないよ。ただ、心配しただけ。
 申し訳なさそうな顔をするリィの額を軽く小突き、そのことだけ伝える。
「連絡取れなくなるから心配したでしょーが」
 なんていうか、保護者みたいな一言に俺が心酔してしまいそう。
 大人ぶるのってちょっと楽しい。
 大人にはなりたくないとか思ってるくせにね。
 美都くんにお礼を言うと、
「いえ、自分は司に頼まれただけですから。じゃ、翠葉ちゃん、家に帰ったら会計作業お願いね」
 スマートな返答かつ、伝えるべきことは伝えた。そんな感じ。
 ふたりになったけど、俺はまだ本題を切り出さない。
 リィに探りを入れるときは念入りな準備が必要。
「ご利用は計画的に」ってフレーズ、実はかなりお気に入り。
「何、この学校。生徒会は皆美形じゃないと入れないとかって規約でもあんの?」
 リィは少し考えてからこう答えた。
「ううん、さっき聞いた限りだとそういう規約はなかったかな」
 規約――あぁ、生徒会規約ってやつかな?
「でも、みんな容姿が秀でてるよね?」
「違うんだよ。みんな成績も容姿も人としても秀でているの。それでいてお仕事もできる人たち。私がいることがおこがましくなるくらい……」
 ほい、一丁上がり。
 リィ? 口にしただけだったら突っ込まずにいられたんだよ?
 でもさ、口を手で押さえちゃったらアウトでしょう。俺、そういうところではスルーしないよ?
「何かあったんだ?」
 一言訊いただけで、リィは涙をいくつか零した。
 その涙に自身が気づくと、眉根をきゅっ、と寄せて悲愴そうな顔をする。
「ま、とりあえず帰ろうよ。ほら、六時目前。早く帰って寝なくちゃ」
 助手席に押し込めると、俺もすぐ運転席に回りこんだ。
 シートベルトを締めるときになんとなくリィに目をやると、その手には手ぬぐいが握られていて、涙はすでに拭き取ったあとだった。
 でも、目は赤いし、今でも表面張力ぎりぎりって感じの潤み具合。
 いいよ……。今は何も訊かないから、頭の中であれこれいっぱい考えてごらん。
「考える」って行為はすごく大切なことだから。
 今、自分の身に起きていることや、周りで起こっていることをちゃんと考えるのって重要だよ。それは、次につながるステップになるからね。
 平坦な道の人生なんてつまらない。
 リィの人生はでこぼこしすぎている感が否めないけど、それでも、何もない平坦な道を歩く人生よりも、よっぽど価値があると思う。
 価値なんて人それぞれだけどさ、俺はそう思う。
 どんなに悲惨な出来事だって、全部自分の糧になるんだ。そうできるかできないかはその人の問題。
 リィはこっち側においで。
 俺をこっち側に連れてきてくれたのは、引っ張ってくれたのはほかでもないリィだよ。だから、リィもこっち側においで。
 いつまでもそっち側にいないでさ。そのための手助けならいつでもするから。
 俺にできることは少ないけど、あれこれ画策するのは性格上というか仕事柄というか……ま、得意なんだよ。

 数分の道のりを俺は鼻歌交じりに運転した。
 カーステから聞こえてくる音がどれも無機質に聞こえたから。そこに多少の温度を持たせるべく自分の声を追加した。
 いつもならマンションのロータリーでリィを降ろすわけだけど、今日は降ろさずに立体駐車に入る。
 湊さんの駐車スペースは立体駐車場の二階。でもって、連絡通路まで徒歩十秒。
 駐車場においての一等地である。
 車を降りてエレベーターホールに着くと、リィが何か思い出したように顔を上げた。
「唯兄、私――」
 大丈夫、わかってるよ。学校から送られてくるファックスのことでしょう?
「リィはさ、まず寝ようよ。申請書やらなんやらは俺があとで取りに行ってあげるから。じゃないと時間がずれ込んで夜の作業ができなくなるか、予習復習の時間が取れなくなるよ。ね?」
 リィは俺の言葉に俯くように頷いた。
「でも、身体は疲れていても心が寝るって行為を従順に受け入れてくれなさそうだよね」
 そんなときに飲む薬なら、俺も知ってるんだ。
 リィ、大丈夫。大丈夫だよ。

 九階に着き玄関を開けると、栞さんと碧さんが出迎える。
 栞さんは不安そうに声をかけてきて、碧さんは「何かあったのかな?」くらいの顔。
 やっぱり、本当の母親と、リィが好きでお世話していた人の取る行動や表情って違うよね。
 俺はそんな観察をこっそりとしていた。
「とりあえずリィは寝かせたほうがいいと思うから、それはあとね」
 今、何かを訊きだして興奮させて眠れなくなるのは得策じゃないから。
 俺はリィを連れてふたりの間をすり抜けた。
 リィを洗面所に追いやり、
「まずは手洗いうがいでしょ?」
 すると、後ろから碧さんの声が追加された。
「翠葉、ついでに顔も軽く洗っちゃいなさい」
 さすがだね。
 碧さんと俺って意外と意思の疎通ができてると思うんだ。
 そしてきっと、栞さんはまだ少し悶々としてるかな。リィが好きすぎて、心配しすぎて。
 でも、あの人は看護師だから。すぐに頭を切り替えて、今のリィに何が必要なのかをはじき出すと思う。
 今のリィに必要なのは休息――
 手洗いうがいに洗顔を済ませたリィに制服を着替えるように言うと、コクリ、と首を振って洗面所から出ていく。
 あーあ……。なんだかかわいそうなくらいに飽和状態。
 いったい何があったんだか……。
 なんとなくなんだけど、学校で何かあったとしたら、それは司っちが関係することなんじゃないかな、と思う。
 俺はうがいと手洗いを済ませると、ダイニングに置いてあるリィの薬箱を開いた。
 その場には碧さんと栞さんもいる。
「こんなときにはこれでしょう?」
 栞さんに見せた薬は抗不安薬。
 巷ではマイナートランキライザーと呼ばれる精神安定剤。
 でも、リィはこの薬をそういう用途では使っていない。
 痛みで身体全体が硬直し、筋肉まで凝り固まってしまうことから、それをほぐすために筋弛緩剤として使っている。
 結果的にはどっちでもいいんだ。
 痛みで不安になっている心を落ち着けるための薬でもあり、筋肉を弛緩させてくれる薬でもある。そういう薬。
「……看護師は私なのに、なんだか負けてる気分だわ」
 栞さんが苦笑と共にゴーサインを出してくれる。
「はい、お水」
 グラスに水を用意してくれたのは碧さん。
「とりあえず、寝かせてくる」
「お願いね」
 ふたりに見送られてリィの部屋へ向かった。

 ノックして部屋に入ると、ルームウェアに着替え終わったリィがベッドに腰掛けていた。
「こんなときはさ、薬の力を借りるのも悪くないよ」
 手に持っていた薬をリィに見せる。
「睡眠導入剤までは使う必要はない。ちょっと気分を落ち着けるために飲むもの。俺も、精神的に不安定だった時期があるから、そういうのはわかる。素人判断って言われたらそれまでだけど、この薬ならリィも普段から飲みつけてるでしょ?」
 一応栞さんの了承は得たから問題はないんだけどね。
 リィは何を喋るでもなく、俺の手に載っている薬を二錠口に入れ、俺が差し出したグラスを両手で持ってはコクコクと水をすべて飲み干した。
「あとはラヴィでも抱いて寝ちゃいな。七時少し回ったら起こすから」
 誘導に誘導を重ねると、リィはようやく口を開いた。
「唯兄……ありがとう」
 小さすぎる声だったけど、大丈夫。
 ちゃんと聞こえてるよ。
「うん。なんだったら寝付くまでここにいるけど?」
 空ろだった目に光が戻る。
 そうだよ。こっちに戻っておいで。
「手、つなぐと安心するんでしょ?」
 にこりと笑みを向けると、
「じゃ、少しだけ……」
 控え目な声が返され、少し躊躇いつつ布団から左手を出した。
 俺はベッドを背にして座り、リィと同じ左腕をベッドに乗せ手をつないだ。
 冷たい手――
 こんな手に触れるとセリのことを思い出す。
 セリのことは妹とは思えなかった。でも、リィのことは妹にしか見えない。
 もちろん、セリのことも守りたい対象ではあったけど……。
 でも、これはなんなんだろう。
 妹として守りたい子。女の子として、じゃないんだ。
 血のつながりなんてあってもなくてもどうでもいい気がしてきた俺はちょっとまずいのかな?
 図々しいにも程があるってこういうこと?
 でも――今、俺の家族はここにある。ここが俺の家なんだよね。
 それをしっかりと心も身体も感じているんだ。

 目を瞑ったリィの顔を見つつ、左手で部屋の照明を落とす。そして、わざわざ出してくれた左腕を布団の中にしまった。
 別に、布団の外に手を出さないと手がつなげないわけじゃないからさ。
 そんな変化にすら、「ありがとう」と小さく口にする。
 俺は何も答えない。
 これが普通でいいんだよ。これを普通にさせて。
 ほら、寝ちゃいな。

 ……さて、司っち。
 君、何をしてくれたのかな。
 今、うちのお姫様に何かできるのは君だけだと思うんだけど。
 ……もしかして俺のせい?
 少し考えてみるんだけど、彼がリィを故意的に傷つけるとは考えがたい。
 だとしたら――傷ついているのかはわからないにしても、何か衝撃を受けたことには変わりがないとして、それが司っちの言葉だとしたら、この状況で彼はリィに何を言わなくちゃいけなかったんだろう。
 うおおおおおおっっっ。
 あの場に戻って美都くんを捕まえたい気分だ……。
 否、リィの前では訊けないことだから、どっちにしろあの場で訊けることではなかったんだけど……。
 背後から寝息が聞こえてきたところで携帯を取り出した。


件名 :何をしたのさ
本文 :ほら、怒らないから白状しなさいってば。
   ちゃんと返信ちょうだいよね。


 以上。
 返信は意外と早くにあった。


件名 :Re:何をしたのさ
本文 :とくには何も。
   生徒会規約を覚えてないバカ、
   くらいなものですよ。


 くっそ、意味わかんね。っていうか、それわかってて返信してきてるよね? 間違いなくそうだよね?
 司っち、マジで俺と対張れるよね。
 でも、生徒会規約、か――
 それを見れば答えがあるってことだよね。
 俺はそっとリィの部屋を出て、自室のパソコンから藤宮高校のサイトへアクセスした。
 今から俺が閲覧する場所は防壁があるわけではなく、一般的に公開されている部分だからサクサク開けてつまんない。
 最初から全部読むつもりなんてさらさらない。
 検索機能さん大活躍で、生徒会規約にジャーンプ。
「……ふーん、なるほどね」
 司っち、やってくれるじゃん。
 俺は確かにゲストルームで仕事ができる状態をリィの気持ちの負担にならないように押し付けろってところまで任せたわけだけど、それをより鉄壁なものにしてたわけね。
 準規約は一般からのアクセスでは見られないようになっていたけど、俺にとっては薄っぺらいレースカーテンみたいなもの。
 さくっと覗いて準規約を見てきた。
 なんで隠されているのかもわかった。
 準規約には生徒のフルネームが出るからだ。
 そこにリィの名前を見つけて思った。
 降参降参、今回は俺の負け。
 っていうか、秋斗さーん……。あなた、まだ十七歳の彼にどれだけのことを仕込んでるんですか? それとも、これは血のなせる業?
 いや、少なくとも海斗っちからはここまでのものを感じない。
 やっぱ秋斗さんに一番近しい人間であり、似たもの同士としか思えない。
 椅子の背もたれに思い切り重心をかけたら、後ろに倒れそうになって焦った。
「この倒れるかもってときのドキドキ感ったら半端ないよね」
 誰に問うでもなく、長方形の部屋に響く俺の声。
 もう一度携帯を手に持ち、司っちからの返信を読み返す。
 ……大丈夫だ。彼なら大丈夫。
 きっと、このあとの収拾作業まで見越して行動しているのだろう。
 あと数時間もしたら、何食わぬ顔をしてゲストルームに現れるに違いない。
 そのとき、リィが呆然するのかあたふたするのかはわからないけど、そんなリィを目の前にしても、淡々と何か言ってのけるんだろうね。
 そうじゃなかったら君じゃないよね――?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

足りない言葉、あふれる想い〜地味子とエリート営業マンの恋愛リポグラム〜

石河 翠
現代文学
同じ会社に勤める地味子とエリート営業マン。 接点のないはずの二人が、ある出来事をきっかけに一気に近づいて……。両片思いのじれじれ恋物語。 もちろんハッピーエンドです。 リポグラムと呼ばれる特定の文字を入れない手法を用いた、いわゆる文字遊びの作品です。 タイトルのカギカッコ部分が、使用不可の文字です。濁音、半濁音がある場合には、それも使用不可です。 (例;「『とな』ー切れ」の場合には、「と」「ど」「な」が使用不可) すべての漢字にルビを振っております。本当に特定の文字が使われていないか、探してみてください。 「『あい』を失った女」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/802162130)内に掲載していた、「『とな』ー切れ」「『めも』を捨てる」「『らり』ーの終わり」に加え、新たに三話を書き下ろし、一つの作品として投稿し直しました。文字遊びがお好きな方、「『あい』を失った女」もぜひどうぞ。 ※こちらは、小説家になろうにも投稿しております。 ※扉絵は管澤捻様に描いて頂きました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

人生負け組のスローライフ

雪那 由多
青春
バアちゃんが体調を悪くした! 俺は長男だからバアちゃんの面倒みなくては!! ある日オヤジの叫びと共に突如引越しが決まって隣の家まで車で十分以上、ライフラインはあれどメインは湧水、ぼっとん便所に鍵のない家。 じゃあバアちゃんを頼むなと言って一人単身赴任で東京に帰るオヤジと新しいパート見つけたから実家から通うけど高校受験をすててまで来た俺に高校生なら一人でも大丈夫よね?と言って育児拒否をするオフクロ。  ほぼ病院生活となったバアちゃんが他界してから築百年以上の古民家で一人引きこもる俺の日常。 ―――――――――――――――――――――― 第12回ドリーム小説大賞 読者賞を頂きました! 皆様の応援ありがとうございます! ――――――――――――――――――――――

処理中です...