光のもとで1

葉野りるは

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25 Side 唯 01話

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 病院からマンションへ帰ってくると携帯が鳴った。
「どうにかしてよ」のお願いは聞き届けられたようで、午後一番で学校へ来るように、とのこと。
 いいよいいよ、かわいい妹のためなら学校だって行っちゃうよ。仕事以外でも働いちゃうよ。
 それで、どんな案なのかな? 俺ががっかりしないようなものじゃないとダメだからね?
 家を出る前に、湊さんから預かった薬を飲ませるためにリィの部屋へ寄った。
 ドアを開けると、リィはラヴィを抱えて横になっていて、真っ赤な目から涙を流していた。
 その涙は相馬先生に向けて放った言葉たちとは違うものなんだろうね。
 不安なんだ。今日明日、その先が。
 心の中身を吐き出したところでなんの解決策にもならないもんね。
 意識を変えるって、そんなすぐにできることじゃない。それこそ、ずっと引き摺ってきたものなのだから。
 今、リィの目の前にあるのは学園祭だよね?
 大丈夫。ちゃんと抜け道作ってくるから。
 でも、まだ何もしていないのに「大丈夫」とは言えないんだ。見通しが立ってからじゃないと言えない。
 俺ね、案外と用心深いんだよ。
 だから、俺が帰ってくるまで待ってて? そのときには司くんも一緒に連れ帰ってくるから。
 で、彼から聞けばいいよ。今後の対策を……。
 そしたら今度はびっくりして泣くのかな? それとも、笑うのかな?
 司くん、君はそこでリィに「自分のためにこんなにしてもらって申し訳ない」って思わせないような言葉を用意しなくちゃいけないんだよ。俺はそこまでを君に任せるからね。
 その代わり、今回の出来事のあれこれを教えてあげる。
 でも、その件に関して、君は何も言わないであげて。知っても、何も言わないであげてほしい。
 そのくらいの器じゃないと、今の秋斗さんには勝てないよ。
 最初はさ、秋斗さんがんばってるなぁ、くらいに思ってたんだけど、今は秋斗さんも司くんもどうでもいい。リィが笑っていてくれるならなんでもいい。
 本当に困るよね。男なんてそこら中にいるのに、リィの相手には秋斗さんか司くんしか見えない不思議。
 何これ。なんのトリックなのか教えてほしいよ、まったくさ。
 頭の中でぶつくさ文句を言いながら、学校の駐車場に着き電話する。
「着いたよ」
『海斗を迎えにやります』
 言われたとおり、図書棟から海斗っちが出てきた。
「うぃーっす!」
「おいーっす! 唯くん、翠葉は?」
「うん、家で休んでる。で、俺はどこへ行ったらいいのかな?」
「秋兄の仕事部屋で作業してもらうことになると思う。だから、とりあえず図書棟に入らなくちゃなんだけど、どうやって入る?」
「え? 俺、一応藤宮警備の人間だから仮に誰かに見つかっても社員証出せばクリアだよ?」
「いや、そうじゃなくてさ、自己紹介っていうの? 俺、普通に唯くんって呼んじゃいそうだし。でも、昨日は千里に御園生唯芹で自己紹介してるし」
 あぁ、なるほどね。その図書棟ってところは結構な数の人間がいるのかな?
「そりゃもちろん、御園生唯芹で行くでしょ。でも、呼び名は唯くんでいいよ」
 にこりと笑って、海斗っちとその図書室とやらに入った。
「誰?」という視線が矢のように身体に突き刺さる。
 あぁ、学校だね。若者だね。セリと同年代の集団の中に入るなんて考えもしなかったよ。
 セリは俺の中で十七歳のまま止まっている。そろそろ脳内妄想で成長させてあげないとダメかな?
 窓際に座る司くんのもとに真っ直ぐ歩みを進める。
「司くん、唯さんにお願いって何かな?」
「…………」
 うはっ、面白い。絶句してるっ!
 ここまであからさまな顔をされるとは思いもしなかった。
 でも、間違えないでよ? 俺は「唯」であって、今は「若槻」じゃないからね?
「……唯、さん?」
 首を傾げた男子に見下ろされた。
 あぁ、君は昨日のサザナミくんだよね?
「うん。唯一の唯に植物の芹で唯芹って書く。でも、友人も家族も俺のことは『唯』って呼ぶよ。愛称みたいなもん。間違っても唯芹って呼ばないでね? それは俺が特別好きになった女の子だけに呼んでもらう予定だから」
 にっ、と笑い、最後に「ねっ?」と司くんを見ると、
「翠も唯兄って呼んでる」
 と、補足説明をした。
 場所を移し、秋斗さんの仕事部屋に入ってびっくり。
「へぇ~……本当にリィの部屋の雰囲気とそっくりだね。家具まで一緒って、あんちゃんどれだけ楽してんのさ」
「で、唯さんってなんですか」
 部屋の観察に使っていた意識を司くんに戻す。
「だって、若槻さんじゃまずいもん。だから適当に話合わせてよ?」
 彼に異論はないようで、そのまま説明に入った。
「会計の仕事を学園外でできるようにするためには、学園外からリトルバンクへのアクセスができないと無理です。学園のネットワークに学園外からアクセスできるように設定してください」
 見せられたのは一台のノートパソコン。
 そこにはリトルバンクと呼ばれるものの取説表示と、実際に作業で使っているソフトが表示されていた。
「ふーん、ちょっと中を見せてもらうね」
 適当にスペックやなんやかやと見せてもらった。
「これ、既製品じゃないね。秋斗さんが手ぇ入れたものでしょ」
「正確には、秋兄が昔使っていたものを生徒会で使わせてもらっています」
 なるほど……。じゃ、少しくらい無理させても大丈夫かな。
 リトルバンクってものの指令系統やどこを経由しているのかまでざっと目を通す。
「うん、そんな難しいものじゃないし時間もかからないよ」
 そう答えると、思わぬ返事をいただいた。
「裏技は使わないでくださいね」
 澄ました顔で釘を刺される。
「うは、それって俺の得意分野は駆使するなって言ってるよね?」
 たぶん彼は知っているのだろう。秋斗さんが俺をどういう形で藤宮警備へ引っ張ってきたのかを。
 なるほど、そうきたか……。
 思わず自分の中で小さな火が点いた。
「じゃぁさ、交換条件」
「なんでしょう」
 余裕そうな表情が崩れるところを見るのはたまらなく愉快だろうなぁ……。
 秋斗さんが彼をかまう理由もわからなくないや。
「俺のこと、これからずっと唯さんって呼んでね? 俺は司っちって呼ぶから」
「っ……!?」
「くくくっ……すっげぇ嫌そうな顔」
 きっと、彼のことをこんなふうに呼ぶ人間は今までいなかったのだろう。
 でも、俺は一味違うわけですよ。
「どう?」
「ここで交換条件を持ち出される意味がわかりません。第一、先の電話でシステム関連なら自分が動くって言ってましたよね?」
 あぁ、そう来るわけね。
「でも、正規ルート通すなんて確約はしてなかったよね?」
「……わかりました。とにかく、ハッキングの類は困りますから。その痕跡が残ろうが残らなかろうが」
「ふーん……俺の仕事の能力は買ってくれるんだ? でも、俺が痕跡残すわけがないじゃん。そんなの追跡できたの秋斗さんしかいないしね」
「……外部からハッキングされてる事実が判明したとき、それを追跡するのは秋兄の役目です」
「それは困った。逃げられる気が全くしない」
「それに、それが表に出たとき不利になるのは翠です」
「それはますますもってよろしくない。わかりました、秋斗さんに連絡して正規ルートから行きます」
 なーんか悔しい。俺、高校生相手に負けた気分。
 でも、仕方ないか……。この子、俺よりも長く秋斗さんの側にいた子だし、いわば秋斗さんの秘蔵っ子だし。
「でもさ、『唯さん』は絶対に呼ばなくちゃいけない状況だし、俺は勝手に司っちって呼ばせてもらうけどね」
 にこりと笑いつつ作業に入る。
「何か手伝えることは?」
「ないよ。そもそも、こんなの生徒がいじっちゃダメでしょ?」
 少しだけ大人ぶって見せる。
 自分が全然大人じゃないこともわかっていて、そのうえで大人ぶるのってちょっと楽しい。
「あぁ、その代わり、少しだけ司っちの時間ちょうだいよ」
 ディスプレイに視線を固定したまま、両手はカタカタとキーボードを打つ。
 秋斗さんの仕事用回線にケーブルを挿しこんで数十秒。即行、俺の携帯が鳴りだした。
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