光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
671 / 1,060
Side View Story 12

07~08 Side 司 01話

しおりを挟む
「司様、ご用意できました」 
 コンシェルジュの七倉さんに差し出されたのはサンドイッチが載ったトレイ。
「あ、もしかして翠葉に?」
「そう」
 なんとなく、翠は何も食べていない気がしたから。
 昼食を一緒に、と海斗が誘ったとき、翠は薄く笑みを浮かべやんわりと断わった。
「私、食べるの遅いから……だから、おうちでゆっくり食べる」
 と。
「ゲストルームに運んでもらうこともできるけど?」
 そう言った俺に、
「あ――朝食っ、朝食少し残しちゃったから、それを食べようと思って」
 まるで思い出したかのように口にして、
「本当に本当に気にしないでっ!?」
 言いながら、ひとりエレベーターホールへと早足に去っていった。
 何かもっとそれらしい理由を考えろよ……。
 そうは思ったものの、嘘をつける人間でもない。
 朝食が残っているのは本当なのかもしれない。でも、一緒に昼食を摂らないのには別に理由がある気がした。
 サンドイッチなら、仮に翠が昼食を食べていたとしても数時間もすれば海斗の胃に収まるから問題はない。そう思ったからこそ、自分がオーダーしたミートスパゲティのソースでサンドイッチを作ってくれと頼んでいた。
「あ、携帯鳴ってる。司、先に行けよ。俺もすぐに行く」
 海斗は七倉さんに「ご馳走様でした」と言うとカフェラウンジを出た。

 俺もまずは電話だろうか。
 起きてはいると思うが、さすがに無断で入るわけにはいかない。
 緊急時ならいざ知らず、ゲストルームとはいえ、今は御園生家といっても過言ではないのだから。
 エレベーターに乗り通話ボタンを押したら意外なアナウンスが流れてきた。
『おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源は入っていないため――』
 なんで電源を落としている……?
 以前、姉さんに怒られてからは病院以外では電源を落とすということはしなくなったはず。
 サイレントモードで着信に気づかないことはあっても、電源が入っていないということはなくなった。
 ゲストルームのドアを前にインターホンを鳴らすも応答はない。
 わざわざ中から開けてもらわなくてもドアロックを解除することは可能だが、一応それなりの手順は踏む。
 何度かインターホンを押してはみたが、やはり反応は得られなかった。
 仕方ない――
 携帯からゲストルームに備え付けられている固定電話にかけると、何度かのコール音の末、留守番電話が作動した。
「翠、中に入るから」
 留守電はそのまま部屋に響くから、リビングにいれば俺のメッセージは聞こえているだろう。
 もし、この通路側にある部屋にいたとしたら……。
 コンコンコンコン――軽く窓をノックして、
「入るから」
 指紋認証をパスして中へ入ると、すぐに翠の自室を確認した。
 中に人はおらず、照明の点いていない薄暗い廊下を真っ直ぐ進みリビングへと向かう。
 リビングへ通じるドアを開けると、ソファの後ろからこちらを見ている翠と目が合った。
「何泣いて――」
 手に持っていたトレイをテーブルに置き翠に近寄ると、手がうっ血するほど強く携帯を握り締めていた。
「それ、電源入ってないんだけど」
 翠はボロボロと涙を流しながら、「ツカサ」と小さく俺を呼んだ。
 それは俺の脳内で「助けて」という言葉に変換される。
 泣いている理由は具合が悪いとかその類ではなく、「気持ち」のほう――昨日、話したことに関するものだと察しがついた。
「……なんとなく、翠のほうが負けそう」
 翠の手と携帯を見た俺の感想。
「翠の力じゃどんなに力を入れて握ったところで携帯は壊れない。でも、翠の力の作用で翠の手が壊れそう」
 そう言って、翠の手から携帯を取り上げた。
「電源は入れておけ」
 翠の返事は聞かずに電源を入れる。と、途端に鳴りだす携帯に驚いた。
 メールの着信、電話の着信が次々と鳴り出す。
 それのどれもが翠のクラスメイトだった。
 何をしたのかはわからない。でも、翠が何かをしたのだろう。
 そして、その結果に怯えている――
「……勇気も覚悟もないのに、メール、送っちゃった――」
 携帯を取り上げられた翠は、ソファにしがみついてそう言った。
 不安でどうしようもなくて何かに縋りたい。もしくは、力いっぱい何かを掴んでいたい。
 そんな境地らしい。
 メールの内容というか、翠がしたことはなんとなくわかる。
「……勇気も覚悟もなくカミングアウト?」
 小さな頭だけがコクコクと意思表示をし、時折しゃくりあげるそれが肩を上下させる。
 海斗は佐野以外の人間が翠に何かを問い質すことはなかったと言っていた。
 それでも、翠は悩む……。
 訊かれても困り、自分を気遣われ問われなくても悩むんだ。
 これはそういう人間。
 俺がサドなんじゃない。絶対に翠がマゾなんだ……。
「自爆型の阿呆か……」
 口にして後悔……。
 目の前の小動物がさらに大粒の涙をボロボロと零した。
「悪い、言いすぎた……」
 翠の頭に手を伸ばす。と、次の瞬間、俺の手に翠の手が伸びてきて、両の手で掴まれた。
「っ――!?」
 翠はその手を自分の額へ近づけ、なんのご利益もない手に何かを願うような姿勢を取る。
 その手から、額から、翠の震えが伝ってきた。
 俺は何を考えるでもなく床に膝をつき、翠の背に空いている左手を回した。
 携帯が鳴っては無音になり、鳴っては無音になり――
 それを繰り返すたび、翠はしがみつくように俺に身を寄せた。
 仕舞いには、俺の右手を離し耳を塞ぎ目を瞑る。
 昨日の翠を見て、翠の感じている「恐怖」に触れたつもりでいた。でも、ここまでのものだとは思いもしなかった。
「翠……」
 背に回した手を解き、耳を押さえている翠の手を捕らえる。
「詰めが甘すぎ。自分を追い詰めるようなことをして、最後まで身がもたなかったら意味がないだろ」
「……だって、どれもつらかったの。訊かれないことも隠しておくことも打ち明けることも――本当は誰にも何も気づいてほしくなかった」
 筋金入りのバカ正直な人間。
 俺、なんでこんな人間好きになったかな……。
 どうやったら翠に「狡猾さ」なんてものを教えられるだろうか。
 翠が少しずるくなったところで、罰は当たらないと思う。
「俺が突きつけなければそのままでいられた?」
 今、この状況を作り出したのが俺であることに違いはない。
 なのに、 
「それは違う……」
 翠は頭を振る。
「自分がこのことに向き合いたくなかったから、だから――」
「それを突きつけたのは俺だけど?」
 それを否定するつもりはない。
「……ずっと逃げてちゃいけないことだったから、本当は気づいてほしくなくても、私が気づきたくなくても、気づかなくちゃいけなかった」
 俺はやっぱりひどい人間だと思う。
 こんなにも震えて涙を流し、怯えた目で助けを求める翠を前に、「今、また携帯から逃げてるけど?」などと言えるのだから。
 翠の目は涙を流しながらも見開かれる。
 それでも俺は、そんな翠の手に携帯を持たせるんだ。
 もし、この場にいたのが俺ではなく秋兄だったら、なんてもう考えない。
 俺は俺でしかない――
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...