光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
586 / 1,060
Side View Story 11

24~28 Side 司 01話

しおりを挟む
 家に着くと夕飯だと言われ、手洗いうがいを済ませて制服のまま食卓に着いた。
 夕飯を食べていてもどこか上の空。
 足元にハナがじゃれついてきてもかまう気にすらならない。
 母さんに、「どうしたの?」と訊かれたけれど、それに対してもうまく受け答えすることもできなかった。
 久しぶりに受けた衝撃はかなりのものらしい。
 一階のバスルームでゆっくりと湯船に浸かりながら考える。
 どのくらい周りが見えてないなかったのかを――
 すると、色んなことが露見し始め、さらに落ち込む結果となった。
 御園生さんが駆けつけないことにも気づかなければ、翠がどうして無理を押して学校に通ってきているのか――その読みの浅かったこと。
 バイタルが転送されていたら気づけるのに、というのは驕りではないのか。
 バイタルのモニタリングは常に姉さんや秋兄、御園生さんがしている。それに今は相馬さんも加わった。
 その人たちが今回動かなかった理由はどこにあるのか――
 あのバングルをつけることで翠は「自由」を得たはずだった。でも、俺がバイタルを見ていたら、その「自由」すら奪いかねなかっただろう。
 ありとあらゆる面で、自分の未熟さと傲慢さに嫌気がさす。
 早めに手を打つことは悪いことじゃない。けれど、それを今まで嫌というほどに体験してきて何もできなくなってしまった翠だからこそ、あの装置が画期的といわれたのではなかったか――
 今日の落ち度はそんなところ。
 それから、自分の気持ち――
 ただ、側にいられたらいいと思っていた。翠が頼ってくれるポジションにさえいられればいいと思っていた。
 けど、それはもう過去形だ。
 今は男として翠に見てもらいたいと思っている。そういう対象として意識してほしいと思っている自分がいる。
 想いがエスカレートするたびに貪欲になる。
 翠を困らせたくないという気持ちは変わらないはずなのに、このままの関係を続けることに限界を感じ始めている。
 感じ始めている、というよりは、無理なんじゃないかという推測。
 風呂から上がり二階の自室へ戻ると、すでに十時半を回っていた。
 珍しく長風呂だったようだ。
 三十分ほど本を読んでいたものの、まるで頭に入らないので寝ることにした。
 明日も朝は五時起きだ――
 道場の、あの静謐を感じる空気に包まれたら、少しは我を取り戻せるかもしれない。
 そこに一縷の望みをかけてベッドへ入った。


 道着に着替えて道場へ入る。
 この季節の朝晩は冷え込む。
 今日から衣替えということもあり、気持ち的には少し一新できたようなできていないような……。
 つまり、まだ足元がぐらついたままでいつもの自分とは言えない状態。
 弓を持つにはまだ早い。
 今、矢を放ったところで的中させる自信はない。ならば、射法八節の動作をさらおう。
 淡々と一連の動作を繰り返していると、幾分か気持ちが落ち着いてきた。そこで弓を取り、実際に矢を射る――四射皆中。
 矢を射るのは四射に留め、弓を置き、ほかの部員が来る前に道場の水拭きを済ませ、道場をあとにした。
 時刻はまだ七時半。
 一時間半は道場にいた。今は桜香苑手前の芝生広場にいる。
 翠が好きなリスの石造があるベンチだ。
 また、ここで話したりできるようになるのか……。
 翠が相手というだけで、どうしたらこんなにもペースを乱す羽目になるのか。
 常に予測不能で落ち着かない。

 教室へ行けば優太と嵐に昨日のことを訊かれた。
 それに対し、迷うことなく体調のことのみ話す。
「その割には機嫌悪いよねー?」
 言ったのは嵐。
 やめろ……さっき気を鎮めてきたばかりなんだ。今は何も訊いてくれるな。
「嵐子、やめておこう」
 嵐を止めたのは優太だった。
 時に優太はセンサーが働くらしく、「今は話しかけるな」という空気をきちんと察知してくれる。
「よくわからないけど、また取り付く島がなくなっちゃったわけね」
 嵐なりの解釈に、追求は免れることができた。

 放課後になれば図書室に集るのがこの期間の日課。そして、最近は図書棟までのルートで呼び止められることが増えていた。
 話の大半が紅葉祭に絡むことだから、無下にはできない。
 いつものように対応していると、えらく不躾な視線を感じた。
 今現在、目の前にいて俺にクラス会計の仕方を訊きにきている女。
「何……」
 訊けばすごく驚いた顔をしている。
「いえ、あの……本当に話を聞いてくれるんだなと思って……」
 なんだそれ……。
「わからないことを訊きに来られて、俺が話を聞かなかったら解決しないと思うけど?」
「そうなんだけど……なんていうか、藤宮くんって話しかけても絶対に無視する人だと思っていたの」
 俺、そんなことした記憶はないんだけど……。
「身に覚えがない」
「……うん、御園生さんも同じことを言ってた。話しかけられて無視するような人じゃないって……。本当だったのね」
 最後は俺に言うというよりも自己確認ぽい一言で、クスリと笑い「ありがとう」とスカートを翻して去っていった。
 ちょっと待て……翠がなんだって?
 その場にしゃがみこみたい衝動に駆られる。
 そんな俺に声をかけた人間がいた。
「翠葉ちゃんね、呼び出されるたびに言ってるみたいよ?」
「茜先輩?」
 振り返ると、冬服のボレロを脱いでブラウスを腕まくりしている茜先輩が立っていた。
 当然、その隣には会長もいるわけで……。
「司は話しかけられて無視するような人じゃないって。司から話しかけてもらうのはハードルが高いけど、話しかけられて無視をするような人じゃないんだって」
 茜先輩はにこりと笑む。
「司、それだけ翠葉ちゃんに信頼されてるんだよ」
 そう言ったのは会長。
「あの子、強いのね? 私、呼び出されたら泣いちゃう子だと思ってたんだけど、全然そんなことなくって」
 俺だってそう思ってた。でも、実際はこんな状況なわけで……。
 挙句、自分が女だと思われていないから俺が話せるという誤解付き……。
 大きなため息をつきたいところだが、もう溜まったものなどありはしない。出せるため息は全部出し尽くした気分だ。
「俺、今、空回りしてるみたいです」
 気づけばそう口にしていた。
 それに対し、ふたりは「えっ?」って顔をする。
「自分、空回りなんてする人間じゃないと思っていたんですけど……」
 これは弱音だろうか……本当にらしくもない……。
「今の、忘れてください」
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

窓を開くと

とさか
青春
17才の車椅子少女ー 『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』 人間1度は訪れる道。 海辺の家から、 今の想いを手紙に書きます。 ※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。 ☆イラスト(大空めとろ様) ○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/ ○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...