558 / 1,060
Side View Story 11
00 Side 秋斗 01話
しおりを挟む
人を待つのって緊張するものだな……。
俺は今、新しいパレスの建設現場に来ている。それは、ほかでもない翠葉ちゃんのお父さん、零樹さんに会うため。
お昼休憩はしっかりとる人だと蒼樹に聞いていたが、十二時を回り、すでに三十分が経過していた。
「すまない、待たせたね」
息を弾ませ、颯爽と現れた人。この人が翠葉ちゃんのお父さん――
「こんな遠くまで来てくれてありがとう。いらっしゃい」
……それ、何か違う気がする。
「お忙しい中、お時間をいただき申し訳ございません。今日は謝罪にうかがいました」
用意されていた椅子を立ち、頭を下げる。
「うん、そうみたいだね」
目の前に立つ人は柔和な笑顔を崩さない。
どうしてこんなににこやかなんだろう……。
「ちょっとごめんね。着替えさせてもらっていい? 汗だくなんだ」
苦笑してはバッグの中から替えのシャツを取り出し、上半身のみ着替えを済ませた。
「で、四十分近く待たせちゃったけど、午後の仕事一個終わらせてきたから、これから二時間弱くらいはフリーなんだ」
「っ……お忙しい中、そんなにお時間をいただくわけには――」
「話って翠葉のことでしょ?」
「はい……」
「だとしたら二時間でも足りないくらいかな、と思ったんだけど?」
表面上は笑っているが、実のところはかなり憤慨しているのだろうか。
そうであってもおかしくはない。ここが職場だから体裁を保っているだけで――
「来るって聞いていたから弁当はふたつ用意してあるんだ。外に食べに出る時間はちょっと惜しいからね。俺のお勧めスポットに招待するよ」
そう言って、あらかじめ用意されていたらしき包み袋を手に取り、その部屋から出た。
「周防ちゃーん、飲み物残ってるかなー?」
零樹さんが現場の人間に声をかければ、
「あー、ここにあったのは自分がラストで飲んじゃいました。でも、さっき業者が来たばかりなので、自販機は売り切れなしだと思いますよ」
「りょーかーい」
あまりにも緊張感のない会話に、つい自分の心まで解きほぐされてしまいそうになる。
ホテルでここの仕事に携わっている人間は特攻Aチームと呼ばれていて、それはすごい勢いで仕事をする人たちの集団と聞いていたが、そんな雰囲気が感じられない。殺伐とした空気が微塵もなく、アットホームな印象だった。
「んじゃ、行こうか? 少し歩くんだけど、十分も歩かないから」
屋外に出て森の中の小道を進む。と、ひっそりとした、けれど手入れの行き届いた祠にたどり着く。
「はい、じゃ、まずはカロリー摂取と水分補給」
袋から取り出した弁当とペットボトルを渡される。
「弁当にポカリの組み合わせも味的にどうかとは思うんだけど、お茶だと塩分や糖分の補給ができないんだよね」
そう言ってはゴクゴクと音を立ててポカリを飲む。
「食べながら話すとさ、口の中にものが入ってて、受け答えができなくなって食べるの止まっちゃうから、先に食べようね」
どうしてかそんな前置きをされ、先に弁当を食べることになった。けれど、食べながらも不思議な会話は続く。
「現場にさ、面白い人間がいるんだよ。この黄色くておいしそうな出汁巻き卵が食べられないかわいそうな人。どう思う?」
俺はどう答えていいのかわからずに、
「はぁ……卵アレルギーか何かなのでは?」
「違うんだって。この芸術的に幸せそうな顔をした卵焼きがどうしても食べられないんだって。あっ! 写真見るっ!? それはもうね、きれいに並べて残すんだよ」
零樹さんはポケットから携帯を取り出し、画像を見せてくれた。そこには、確かに行儀良く並べられた卵焼きがふたつ鎮座しているわけで……。
「あまりにも毎回毎回だからさ、そのうち俺が気になってしかなくなっちゃって、どうして食べないんだああああっ! こいつに卵焼き食わせた人間休憩二時間! とか賭け始めたら面白いくらいに白熱したよ」
そんな人間たちが特攻Aチーム? いや、この人が上司だからこそこうなんだろうか……。
若槻、特攻Aチームって名称からは著しくかけ離れている気がする……。
結果、その人はきれいに作られた卵焼きが食べられないだけで、自宅で作ったような普通の卵焼きならば食べられる、ということだったらしい。
俺にはその差がさっぱりわからない。
「きれいなお弁当やきれいな細工もんてのはさ、芸術作品に思えて食べられないらしいよ。煮魚とか揚げ物、焼き魚、それらがお弁当に入っている分にはそこまでの芸術性を感じないらしい。が、この卵焼きだけは違うとあまりにも拘るから、弁当屋さんに問い合わせちゃったよ。そしたらさ、この卵焼きだけは、もと懐石料理の老舗で修業を積んだ店主が作ってるんだって。そりゃきれいなわけだよね? で、この卵焼きが食べられない彼に訊いたわけだよ。フランス料理や懐石とかどうするの? って。そしたら、極力そういうものは食べにいかないんだって」
変わった人がいる……っていうか、変わりすぎだろう……。
「さ、食べ終わったよね?」
弁当の蓋を閉め、入れてきた袋にきれいにしまう。俺の分も同じ袋にいれて、きゅ、と縛ってからそれを足元に置くと、
「本題を聞こうか?」
空気も雰囲気も、表情も声音も何も変わらない。けれど、話の内容は変わる。
空気は自分で変えなくちゃいけない気がした。
俺はその場で立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ございません。お嬢さんを……翠葉ちゃんを傷つけました」
「うん、知ってる。――君が作ってくれたバイタル装置のおかげで、何かがあれば逐一わかる環境は整っているし、湊先生や碧、蒼樹からも連絡が入るからね。向こうで起きていることはたいてい耳に入ってると思う」
笑うでもなく険しい顔つきになるでもなく、淡々と言われた。
「ねぇ、何をしたのか訊いてもいい?」
何を――どこから話したらいいだろうか……。
「あ、予備知識として知っていることといえば、秋斗くんと翠葉が付き合うことになったことも知っているし、キスマークで擦過傷っていうのも知ってる。それから、付き合いが数日で終わっちゃったことも聞いているし、翠葉が髪の毛を切ったことも、記憶をなくす前に君が会いに行っていることも知ってるよ」
――ほとんど全部?
「あぁ、驚いてるねぇ……」
なんで――どうしてこの人は笑っていられるのだろう。
「俺ね、最初に言っておくけど、別に怒ってないよ? 謝罪は受けようと思っていたし、会いに来てくれることを望んではいたけどね。それはあくまでも君に求める一般常識ってやつであって、とくに謝りにこいやっ! って類のものではないから」
翠葉ちゃんぽいたとえをするならば、この人は「湿度のない夏」。そんな感じだ。
「何があったのか知りたいのは個人的な好奇心」
「親御さんとしての気持ちは?」
「ちゃんとあるよ」
にこりと笑って、
「まぁ、長い話になるんだから座りなよ」
零樹さんの真正面にある石を指定された。そこに腰掛けると、零樹さんは新たに話し始める。
「翠葉の記憶がなくなったときはさ、あまりにもひどいバイタルだったから俺から電話したんだ。そしたら蒼樹がすごい剣幕で、監視カメラが必要になるほどの何かを君がしようとしたらしい、って言ってた。静が動くんだから相当なことだと思うって……。その数日後、今度は君をフォローする電話があった」
え……?
「よく考えてみれば、先輩は今まで一度も翠葉を傷つけるような行動はしていない、って。だから、今回も何か理由があるはずだってさ」
蒼樹がそんなことを……?
「でも、それは私がどんなことをしたか知らないからそう言えるんです」
「そうかな……? 親ばかって言われるかもしれないけど、息子の人を見る目はそれなりだと思ってるんだよね」
俺が彼女にしたことを知れば、蒼樹だってそうは言わないだろう。そして、今は穏やかな顔つきのこの人だって、態度を一変させるに違いない。
「自分は、翠葉ちゃんが謝罪の電話をかけてきたとき、許さない、と言いました」
「それは何の謝罪だったのか訊いてもいい?」
「私の目の前で髪を切ったことへの謝罪です」
「なるほど……。で、その許さないと言った言葉の意図は?」
「実際、謝らなくちゃいけないのは自分だと思っていましたし、怒ってなどいなかった」
「けど、傷つきはしただろう? 翠葉はそのことに対して謝りたかったんだと思うよ? それはわかってる?」
「えぇ、それはわかっています。でも、普通に許すだけでは彼女は救われない。許すと言っても彼女自身が自分を責めることをやめないと思いました」
「よくわかってるね……」
零樹さんは嬉しそうに口にした。
「翠葉って子はそういう子で、何か一捻りして試練じみたものを与えないとだめなんだよね。そのあたり、俺とそっくりで本当に困るよ」
かわいくて仕方ない、そんな口調だった。
「で、秋斗くんは一癖ある娘に何を課したのかな?」
表情も目の色も声音すら変えずに訊かれる。
「……自分の恋人に戻るように、と。そう言いました。病室を十階へ移すことで軟禁状態にもなる。それを彼女に強要しました。ただ、そんな状況を作ったとしても、自分がいつもどおりでは意味がないと思っていたので、彼女には冷たく接し、不意打ちでキスもしました。翠葉ちゃんは私にそういうことをされることに恐怖心を持っていましたから」
「なるほどね、それで静が慌てて監視カメラをつけるとかそういうくだりになるんだ。納得」
「でもっ――長期にわたってとかそういうつもりはなくて、一週間もしたら解放するつもりでいたんです」
本当に、少しの時間で良かったんだ……。
「あのっ、自分はっっっ――」
「うん、あのさ、話の腰を折るようで悪いんだけど、秋斗くん、普段は自分のことなんて言ってる? 俺? 自分? 私?」
え……?
「俺の予想だけど、『俺』じゃない?」
「はい、そうですが……」
それになんの意味が……?
「じゃぁさ。私とか自分とか言わなくていいよ。普段どおり話してよ。仕事の話をしているわけじゃないし、俺は親である前に御園生零樹として君と話したいんだよね」
話の内容にそぐわない突飛な申し出に俺は面くらい、零樹さんはふわりと柔らかに笑った。
俺は今、新しいパレスの建設現場に来ている。それは、ほかでもない翠葉ちゃんのお父さん、零樹さんに会うため。
お昼休憩はしっかりとる人だと蒼樹に聞いていたが、十二時を回り、すでに三十分が経過していた。
「すまない、待たせたね」
息を弾ませ、颯爽と現れた人。この人が翠葉ちゃんのお父さん――
「こんな遠くまで来てくれてありがとう。いらっしゃい」
……それ、何か違う気がする。
「お忙しい中、お時間をいただき申し訳ございません。今日は謝罪にうかがいました」
用意されていた椅子を立ち、頭を下げる。
「うん、そうみたいだね」
目の前に立つ人は柔和な笑顔を崩さない。
どうしてこんなににこやかなんだろう……。
「ちょっとごめんね。着替えさせてもらっていい? 汗だくなんだ」
苦笑してはバッグの中から替えのシャツを取り出し、上半身のみ着替えを済ませた。
「で、四十分近く待たせちゃったけど、午後の仕事一個終わらせてきたから、これから二時間弱くらいはフリーなんだ」
「っ……お忙しい中、そんなにお時間をいただくわけには――」
「話って翠葉のことでしょ?」
「はい……」
「だとしたら二時間でも足りないくらいかな、と思ったんだけど?」
表面上は笑っているが、実のところはかなり憤慨しているのだろうか。
そうであってもおかしくはない。ここが職場だから体裁を保っているだけで――
「来るって聞いていたから弁当はふたつ用意してあるんだ。外に食べに出る時間はちょっと惜しいからね。俺のお勧めスポットに招待するよ」
そう言って、あらかじめ用意されていたらしき包み袋を手に取り、その部屋から出た。
「周防ちゃーん、飲み物残ってるかなー?」
零樹さんが現場の人間に声をかければ、
「あー、ここにあったのは自分がラストで飲んじゃいました。でも、さっき業者が来たばかりなので、自販機は売り切れなしだと思いますよ」
「りょーかーい」
あまりにも緊張感のない会話に、つい自分の心まで解きほぐされてしまいそうになる。
ホテルでここの仕事に携わっている人間は特攻Aチームと呼ばれていて、それはすごい勢いで仕事をする人たちの集団と聞いていたが、そんな雰囲気が感じられない。殺伐とした空気が微塵もなく、アットホームな印象だった。
「んじゃ、行こうか? 少し歩くんだけど、十分も歩かないから」
屋外に出て森の中の小道を進む。と、ひっそりとした、けれど手入れの行き届いた祠にたどり着く。
「はい、じゃ、まずはカロリー摂取と水分補給」
袋から取り出した弁当とペットボトルを渡される。
「弁当にポカリの組み合わせも味的にどうかとは思うんだけど、お茶だと塩分や糖分の補給ができないんだよね」
そう言ってはゴクゴクと音を立ててポカリを飲む。
「食べながら話すとさ、口の中にものが入ってて、受け答えができなくなって食べるの止まっちゃうから、先に食べようね」
どうしてかそんな前置きをされ、先に弁当を食べることになった。けれど、食べながらも不思議な会話は続く。
「現場にさ、面白い人間がいるんだよ。この黄色くておいしそうな出汁巻き卵が食べられないかわいそうな人。どう思う?」
俺はどう答えていいのかわからずに、
「はぁ……卵アレルギーか何かなのでは?」
「違うんだって。この芸術的に幸せそうな顔をした卵焼きがどうしても食べられないんだって。あっ! 写真見るっ!? それはもうね、きれいに並べて残すんだよ」
零樹さんはポケットから携帯を取り出し、画像を見せてくれた。そこには、確かに行儀良く並べられた卵焼きがふたつ鎮座しているわけで……。
「あまりにも毎回毎回だからさ、そのうち俺が気になってしかなくなっちゃって、どうして食べないんだああああっ! こいつに卵焼き食わせた人間休憩二時間! とか賭け始めたら面白いくらいに白熱したよ」
そんな人間たちが特攻Aチーム? いや、この人が上司だからこそこうなんだろうか……。
若槻、特攻Aチームって名称からは著しくかけ離れている気がする……。
結果、その人はきれいに作られた卵焼きが食べられないだけで、自宅で作ったような普通の卵焼きならば食べられる、ということだったらしい。
俺にはその差がさっぱりわからない。
「きれいなお弁当やきれいな細工もんてのはさ、芸術作品に思えて食べられないらしいよ。煮魚とか揚げ物、焼き魚、それらがお弁当に入っている分にはそこまでの芸術性を感じないらしい。が、この卵焼きだけは違うとあまりにも拘るから、弁当屋さんに問い合わせちゃったよ。そしたらさ、この卵焼きだけは、もと懐石料理の老舗で修業を積んだ店主が作ってるんだって。そりゃきれいなわけだよね? で、この卵焼きが食べられない彼に訊いたわけだよ。フランス料理や懐石とかどうするの? って。そしたら、極力そういうものは食べにいかないんだって」
変わった人がいる……っていうか、変わりすぎだろう……。
「さ、食べ終わったよね?」
弁当の蓋を閉め、入れてきた袋にきれいにしまう。俺の分も同じ袋にいれて、きゅ、と縛ってからそれを足元に置くと、
「本題を聞こうか?」
空気も雰囲気も、表情も声音も何も変わらない。けれど、話の内容は変わる。
空気は自分で変えなくちゃいけない気がした。
俺はその場で立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ございません。お嬢さんを……翠葉ちゃんを傷つけました」
「うん、知ってる。――君が作ってくれたバイタル装置のおかげで、何かがあれば逐一わかる環境は整っているし、湊先生や碧、蒼樹からも連絡が入るからね。向こうで起きていることはたいてい耳に入ってると思う」
笑うでもなく険しい顔つきになるでもなく、淡々と言われた。
「ねぇ、何をしたのか訊いてもいい?」
何を――どこから話したらいいだろうか……。
「あ、予備知識として知っていることといえば、秋斗くんと翠葉が付き合うことになったことも知っているし、キスマークで擦過傷っていうのも知ってる。それから、付き合いが数日で終わっちゃったことも聞いているし、翠葉が髪の毛を切ったことも、記憶をなくす前に君が会いに行っていることも知ってるよ」
――ほとんど全部?
「あぁ、驚いてるねぇ……」
なんで――どうしてこの人は笑っていられるのだろう。
「俺ね、最初に言っておくけど、別に怒ってないよ? 謝罪は受けようと思っていたし、会いに来てくれることを望んではいたけどね。それはあくまでも君に求める一般常識ってやつであって、とくに謝りにこいやっ! って類のものではないから」
翠葉ちゃんぽいたとえをするならば、この人は「湿度のない夏」。そんな感じだ。
「何があったのか知りたいのは個人的な好奇心」
「親御さんとしての気持ちは?」
「ちゃんとあるよ」
にこりと笑って、
「まぁ、長い話になるんだから座りなよ」
零樹さんの真正面にある石を指定された。そこに腰掛けると、零樹さんは新たに話し始める。
「翠葉の記憶がなくなったときはさ、あまりにもひどいバイタルだったから俺から電話したんだ。そしたら蒼樹がすごい剣幕で、監視カメラが必要になるほどの何かを君がしようとしたらしい、って言ってた。静が動くんだから相当なことだと思うって……。その数日後、今度は君をフォローする電話があった」
え……?
「よく考えてみれば、先輩は今まで一度も翠葉を傷つけるような行動はしていない、って。だから、今回も何か理由があるはずだってさ」
蒼樹がそんなことを……?
「でも、それは私がどんなことをしたか知らないからそう言えるんです」
「そうかな……? 親ばかって言われるかもしれないけど、息子の人を見る目はそれなりだと思ってるんだよね」
俺が彼女にしたことを知れば、蒼樹だってそうは言わないだろう。そして、今は穏やかな顔つきのこの人だって、態度を一変させるに違いない。
「自分は、翠葉ちゃんが謝罪の電話をかけてきたとき、許さない、と言いました」
「それは何の謝罪だったのか訊いてもいい?」
「私の目の前で髪を切ったことへの謝罪です」
「なるほど……。で、その許さないと言った言葉の意図は?」
「実際、謝らなくちゃいけないのは自分だと思っていましたし、怒ってなどいなかった」
「けど、傷つきはしただろう? 翠葉はそのことに対して謝りたかったんだと思うよ? それはわかってる?」
「えぇ、それはわかっています。でも、普通に許すだけでは彼女は救われない。許すと言っても彼女自身が自分を責めることをやめないと思いました」
「よくわかってるね……」
零樹さんは嬉しそうに口にした。
「翠葉って子はそういう子で、何か一捻りして試練じみたものを与えないとだめなんだよね。そのあたり、俺とそっくりで本当に困るよ」
かわいくて仕方ない、そんな口調だった。
「で、秋斗くんは一癖ある娘に何を課したのかな?」
表情も目の色も声音すら変えずに訊かれる。
「……自分の恋人に戻るように、と。そう言いました。病室を十階へ移すことで軟禁状態にもなる。それを彼女に強要しました。ただ、そんな状況を作ったとしても、自分がいつもどおりでは意味がないと思っていたので、彼女には冷たく接し、不意打ちでキスもしました。翠葉ちゃんは私にそういうことをされることに恐怖心を持っていましたから」
「なるほどね、それで静が慌てて監視カメラをつけるとかそういうくだりになるんだ。納得」
「でもっ――長期にわたってとかそういうつもりはなくて、一週間もしたら解放するつもりでいたんです」
本当に、少しの時間で良かったんだ……。
「あのっ、自分はっっっ――」
「うん、あのさ、話の腰を折るようで悪いんだけど、秋斗くん、普段は自分のことなんて言ってる? 俺? 自分? 私?」
え……?
「俺の予想だけど、『俺』じゃない?」
「はい、そうですが……」
それになんの意味が……?
「じゃぁさ。私とか自分とか言わなくていいよ。普段どおり話してよ。仕事の話をしているわけじゃないし、俺は親である前に御園生零樹として君と話したいんだよね」
話の内容にそぐわない突飛な申し出に俺は面くらい、零樹さんはふわりと柔らかに笑った。
2
お気に入りに追加
358
あなたにおすすめの小説
天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。
山法師
青春
四月も半ばの日の放課後のこと。
高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
男子高校生の休み時間
こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
窓を開くと
とさか
青春
17才の車椅子少女ー
『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』
人間1度は訪れる道。
海辺の家から、
今の想いを手紙に書きます。
※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。
☆イラスト(大空めとろ様)
○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/
○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg
夏休み、隣の席の可愛いオバケと恋をしました。
みっちゃん
青春
『俺の隣の席はいつも空いている。』
俺、九重大地の左隣の席は本格的に夏休みが始まる今日この日まで埋まることは無かった。
しかしある日、授業中に居眠りして目を覚ますと隣の席に女の子が座っていた。
「私、、オバケだもん!」
出会って直ぐにそんなことを言っている彼女の勢いに乗せられて友達となってしまった俺の夏休みは色濃いものとなっていく。
信じること、友達の大切さ、昔の事で出来なかったことが彼女の影響で出来るようになるのか。
ちょっぴり早い夏の思い出を一緒に作っていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる