478 / 1,060
第十章 なくした宝物
33話
しおりを挟む
ツカサが病室を出たことで、さっき言われたことをきちんと考えられる時間を得た。
私はツカサのことをとても頼りにしていたし、今も頼っている。だから、いなくなったらどうしようとか、離れていってしまったらどうしようと不安に駆られる。結果、考えること事体をやめたくて、一番近くに感じられた携帯を目のつかない場所へとしまいこんでしまったのだ。
ただ、疑問がひとつ――
八日、私は具合が悪かったのだろうか……。それがわからない。
なんとなく頭が痛い気はしていた。でも、我慢ができないものではなかったし、心臓がドキドキしているのは、心臓に悪そうな話を聞いているからだと思っていた。
たぶん、私は自分が具合が悪いとは思っていなかったし、気づいていなかったと思う。
「あれ……? そもそもはそれが問題なの?」
考えていると、
「なんで首を傾げてるのか知りたいんだけど」
気づけば、戻ってきたツカサが目の前にいた。
「メールの着信があったから確認するように」
呆れた顔で言われる。でも、これから話すことを思えば、もっとひどい顔をされそうだ。
「ツカサ……あのね、私、ツカサのことはとても頼りにしていると思う。それから……八日なんだけど――」
少々口にするのが躊躇われる。
「私……自分が具合悪いとは思っていなかったみたい……?」
若干笑みを添えて口にすると、
「……翠はバカだと思っていたけど、思っていた以上にバカだ――悪い、俺相馬さんに愚痴らないと気が済まない」
ツカサは、また病室を出ていってしまった。
「なんだか置いてけぼり……」
本当に信じられない、って顔をして病室を出ていったけれど、どうしてそんなに怒るのかな……。
「ん? 私、今怒られてるのかな?」
数分すると、ツカサは相馬先生を連れて病室へ戻ってきた。
「スイハ、おまえはバカだ」
「これ、俺と相馬さんの総意だから」
総意だから、と宣言されても、なんと返したらいいものか。
もしお願いできるのなら、ふたり揃って真顔でバカとは言わないでほしい……。
「バカにつける薬はねぇ、ってことで俺はナースセンターに戻る。坊主、おまえ、あんまりスイハに絡んでるとバカがうつるぞ」
「いえ、このバカは品種が違うので感染はしないと思います。というより、全力で感染を拒否したい」
「人のことバカバカ言わないでよっ。本当に気づかなかったんだから仕方ないでしょっ!?」
「……救いようのないバカだな。じゃ、俺は去る」
「相馬先生っ!?」
先生は頭を掻きながら出ていき、残ったツカサはようやくスツールに腰掛けた。
でも、どこか見下ろされてる気がしてムカつく。
「気づいてなかったってなんだよそれ……。俺がすごいバカみたいだ」
憤慨したような顔で言われる。
「今、私のことバカバカ言ってたくせに……」
「そのバカが具合が悪いのを言わないってムカついて八つ当たりした俺はどうなるんだよ……」
それは……なんだろう。
「ツカサ……あまりややこしいことは言わないで? 頭がパンクする」
「忘れてた。翠は勉強はできるけど、頭のメモリは少ないんだったな」
「私、パソコンとかじゃないんだけど……。そりゃ、ツカサは頭の中にハードディスクがいくつも入っていて、検索をかけたら必要事項が全部出てくるようなご立派な頭の持ち主かもしれないけれど、それと一緒にしないで」
「……何それ、俺が機械か何かって言いたいわけ?」
「そこまで言ってない」
「ふーん……別にロボットでもなんでもいいけど、人をサーモグラフにかけたり機械にするのやめろよな」
それ、「全然良くない」って言ってるのとかわらないじゃない……。
「あのさ、俺はこういうほうが助かるんだけど……」
「え……?」
「思ってること、そのまま言ってくれるほうが助かる。ケンカ腰でもなんでもいいから、あまり考えすぎずに話してくれるほうがわかりやすい」
「……どういう意味?」
「言われた相手が何を考えるとか、そういうことを考える前の翠の考えを聞きたい」
「……でも、普通は口にする前に、相手がどう思うのかを考えるものじゃないの?」
「そういうのもありだけど、俺はそっちじゃないほうがいいみたい。翠限定で……」
「……それは、トゲトゲした言葉を言っちゃう気がするから、私が嫌なんだけど……」
「俺はオブラートに包まれた言葉が欲しいわけじゃないし、下手に気を使われるのも好きじゃない。そのままの翠がいいんだけど」
「……そうなの?」
「そう……。入院するよう自宅へ説得しに行ったとき、ほかの人間よりはひどい言葉を浴びせられた。泣き叫ばれて大嫌いって言われて、わかったようなこと言うなって……。本当に散々だったけど、ほかの人間よりは翠に近づけた気がしたし、得した気分だったんだ。……あ、先に言っておくけど、俺マゾじゃないから」
「……何それ」
自然と笑いがこみ上げる。
気持ち悪いのは変わらないけど、この部屋の空気は重苦しいものから軽いものへと変わっていた。
重くない……。とても呼吸がしやすい空気がいっぱい。
私、もう少し自分のことを話してもいいかな。
ツカサの顔を見ると、「何?」って顔をされる。
「私、時々すごく空回りするみたいなの」
「知ってる」
「身体が動かせなかったり体調が悪いと、とくにそれがひどくなるみたいで……」
「そういうのはわかってるから、そのときは空回る前に呼んでほしい。そしたら聞くから」
「……でも、すごく何度も呼ぶかもよ?」
「別にかまわない。少しでも翠の生態や思考回路がわかるほうが俺には貴重」
「……ねぇ、人のこと観察対象として見ていたりしないよね?」
「……していないとは言わない」
「ひどいっ!」
私たちは延々と憎まれ口を叩くような、そんな会話をしていた。
気持ちは悪いけど、誰かと話をしているほうが気が紛れる。
「何?」
ツカサに訊かれて少し困る。
「ツカサだなって思っただけ」
本当にそれだけだった。
「何それ……」
「ううん、本当に意味はなくて、ツカサがいるなって思っただけ」
「……翠だ」
「え?」
「翠が目の前にいるって思っただけ」
……仕返し?
「……って言われたらどう反応したらいいのかわからないだろ」
確かに……。
「でも……そう思ったんだもん」
「別にいいけど……。これからだって見舞いには来るし、いつもそうやって確認したら? ただ、傍から見たらかなりバカっぽく見えると思うけど」
しれっとした顔でそういうことを言う。
会話の内容的にはかなりひどい気がする。でも、どうしてだろうね……。
気負わずに話せるってこういうことを言うのかな。私、今、ものすごく気持ちが楽だ。
ツカサと一緒にいるのは心がすっと軽くなる。だから好き……。
私ね、記憶があってもなくてもツカサが好きだと思う。秋斗さんも――もっとたくさん話をしたら、大切な人だとわかるのかもしれない。
話を聞いてわかるのではなく、こんなふうに話をすれば、大切、大好きって思えるのかもしれない。
少しだけ時間をもらえないだろうか。
思い出せるか――それは今もわからない。でも、きっとふたりは大切な人になっていくから……。
記憶がなくてもまた築けるだろうか。少し前の私が築いてきたような関係を、再び築くことができるだろうか。
できるなら、今度は誰も傷つけたくない
きれいごとすぎるかな……。
でも、でもね……今までたくさん傷つけてしまったのならなおのこと、これからはひとつも傷をつけたくはない。
思い出す努力をしないわけじゃない。過去に自分がしてしまったことから逃げるわけでもない。
ただ、それらがあっても離れていかないと言ってくれたふたりだから、これからはひとつも傷をつけたくないの――
私はツカサのことをとても頼りにしていたし、今も頼っている。だから、いなくなったらどうしようとか、離れていってしまったらどうしようと不安に駆られる。結果、考えること事体をやめたくて、一番近くに感じられた携帯を目のつかない場所へとしまいこんでしまったのだ。
ただ、疑問がひとつ――
八日、私は具合が悪かったのだろうか……。それがわからない。
なんとなく頭が痛い気はしていた。でも、我慢ができないものではなかったし、心臓がドキドキしているのは、心臓に悪そうな話を聞いているからだと思っていた。
たぶん、私は自分が具合が悪いとは思っていなかったし、気づいていなかったと思う。
「あれ……? そもそもはそれが問題なの?」
考えていると、
「なんで首を傾げてるのか知りたいんだけど」
気づけば、戻ってきたツカサが目の前にいた。
「メールの着信があったから確認するように」
呆れた顔で言われる。でも、これから話すことを思えば、もっとひどい顔をされそうだ。
「ツカサ……あのね、私、ツカサのことはとても頼りにしていると思う。それから……八日なんだけど――」
少々口にするのが躊躇われる。
「私……自分が具合悪いとは思っていなかったみたい……?」
若干笑みを添えて口にすると、
「……翠はバカだと思っていたけど、思っていた以上にバカだ――悪い、俺相馬さんに愚痴らないと気が済まない」
ツカサは、また病室を出ていってしまった。
「なんだか置いてけぼり……」
本当に信じられない、って顔をして病室を出ていったけれど、どうしてそんなに怒るのかな……。
「ん? 私、今怒られてるのかな?」
数分すると、ツカサは相馬先生を連れて病室へ戻ってきた。
「スイハ、おまえはバカだ」
「これ、俺と相馬さんの総意だから」
総意だから、と宣言されても、なんと返したらいいものか。
もしお願いできるのなら、ふたり揃って真顔でバカとは言わないでほしい……。
「バカにつける薬はねぇ、ってことで俺はナースセンターに戻る。坊主、おまえ、あんまりスイハに絡んでるとバカがうつるぞ」
「いえ、このバカは品種が違うので感染はしないと思います。というより、全力で感染を拒否したい」
「人のことバカバカ言わないでよっ。本当に気づかなかったんだから仕方ないでしょっ!?」
「……救いようのないバカだな。じゃ、俺は去る」
「相馬先生っ!?」
先生は頭を掻きながら出ていき、残ったツカサはようやくスツールに腰掛けた。
でも、どこか見下ろされてる気がしてムカつく。
「気づいてなかったってなんだよそれ……。俺がすごいバカみたいだ」
憤慨したような顔で言われる。
「今、私のことバカバカ言ってたくせに……」
「そのバカが具合が悪いのを言わないってムカついて八つ当たりした俺はどうなるんだよ……」
それは……なんだろう。
「ツカサ……あまりややこしいことは言わないで? 頭がパンクする」
「忘れてた。翠は勉強はできるけど、頭のメモリは少ないんだったな」
「私、パソコンとかじゃないんだけど……。そりゃ、ツカサは頭の中にハードディスクがいくつも入っていて、検索をかけたら必要事項が全部出てくるようなご立派な頭の持ち主かもしれないけれど、それと一緒にしないで」
「……何それ、俺が機械か何かって言いたいわけ?」
「そこまで言ってない」
「ふーん……別にロボットでもなんでもいいけど、人をサーモグラフにかけたり機械にするのやめろよな」
それ、「全然良くない」って言ってるのとかわらないじゃない……。
「あのさ、俺はこういうほうが助かるんだけど……」
「え……?」
「思ってること、そのまま言ってくれるほうが助かる。ケンカ腰でもなんでもいいから、あまり考えすぎずに話してくれるほうがわかりやすい」
「……どういう意味?」
「言われた相手が何を考えるとか、そういうことを考える前の翠の考えを聞きたい」
「……でも、普通は口にする前に、相手がどう思うのかを考えるものじゃないの?」
「そういうのもありだけど、俺はそっちじゃないほうがいいみたい。翠限定で……」
「……それは、トゲトゲした言葉を言っちゃう気がするから、私が嫌なんだけど……」
「俺はオブラートに包まれた言葉が欲しいわけじゃないし、下手に気を使われるのも好きじゃない。そのままの翠がいいんだけど」
「……そうなの?」
「そう……。入院するよう自宅へ説得しに行ったとき、ほかの人間よりはひどい言葉を浴びせられた。泣き叫ばれて大嫌いって言われて、わかったようなこと言うなって……。本当に散々だったけど、ほかの人間よりは翠に近づけた気がしたし、得した気分だったんだ。……あ、先に言っておくけど、俺マゾじゃないから」
「……何それ」
自然と笑いがこみ上げる。
気持ち悪いのは変わらないけど、この部屋の空気は重苦しいものから軽いものへと変わっていた。
重くない……。とても呼吸がしやすい空気がいっぱい。
私、もう少し自分のことを話してもいいかな。
ツカサの顔を見ると、「何?」って顔をされる。
「私、時々すごく空回りするみたいなの」
「知ってる」
「身体が動かせなかったり体調が悪いと、とくにそれがひどくなるみたいで……」
「そういうのはわかってるから、そのときは空回る前に呼んでほしい。そしたら聞くから」
「……でも、すごく何度も呼ぶかもよ?」
「別にかまわない。少しでも翠の生態や思考回路がわかるほうが俺には貴重」
「……ねぇ、人のこと観察対象として見ていたりしないよね?」
「……していないとは言わない」
「ひどいっ!」
私たちは延々と憎まれ口を叩くような、そんな会話をしていた。
気持ちは悪いけど、誰かと話をしているほうが気が紛れる。
「何?」
ツカサに訊かれて少し困る。
「ツカサだなって思っただけ」
本当にそれだけだった。
「何それ……」
「ううん、本当に意味はなくて、ツカサがいるなって思っただけ」
「……翠だ」
「え?」
「翠が目の前にいるって思っただけ」
……仕返し?
「……って言われたらどう反応したらいいのかわからないだろ」
確かに……。
「でも……そう思ったんだもん」
「別にいいけど……。これからだって見舞いには来るし、いつもそうやって確認したら? ただ、傍から見たらかなりバカっぽく見えると思うけど」
しれっとした顔でそういうことを言う。
会話の内容的にはかなりひどい気がする。でも、どうしてだろうね……。
気負わずに話せるってこういうことを言うのかな。私、今、ものすごく気持ちが楽だ。
ツカサと一緒にいるのは心がすっと軽くなる。だから好き……。
私ね、記憶があってもなくてもツカサが好きだと思う。秋斗さんも――もっとたくさん話をしたら、大切な人だとわかるのかもしれない。
話を聞いてわかるのではなく、こんなふうに話をすれば、大切、大好きって思えるのかもしれない。
少しだけ時間をもらえないだろうか。
思い出せるか――それは今もわからない。でも、きっとふたりは大切な人になっていくから……。
記憶がなくてもまた築けるだろうか。少し前の私が築いてきたような関係を、再び築くことができるだろうか。
できるなら、今度は誰も傷つけたくない
きれいごとすぎるかな……。
でも、でもね……今までたくさん傷つけてしまったのならなおのこと、これからはひとつも傷をつけたくはない。
思い出す努力をしないわけじゃない。過去に自分がしてしまったことから逃げるわけでもない。
ただ、それらがあっても離れていかないと言ってくれたふたりだから、これからはひとつも傷をつけたくないの――
3
お気に入りに追加
366
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。



プール終わり、自分のバッグにクラスメイトのパンツが入っていたらどうする?
九拾七
青春
プールの授業が午前中のときは水着を着こんでいく。
で、パンツを持っていくのを忘れる。
というのはよくある笑い話。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる