光のもとで1

葉野りるは

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第十章 なくした宝物

27話

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「静さん、ものは相談なのですが、どうせこの先へ行くのなら、あのときと同じように秋斗くんに付き添わせたらどうでしょう?」
 藤原さんの提案に、静さんは私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫かい?」
 今の「大丈夫」の意味はわかる。
「平気です……」
 あえて「大丈夫」という言葉を避けた。
「なら、呼ぶわね。――神崎医師、秋斗くんと司くんを十階に寄こしてください」
 五分もするとふたりは上がってきた。
「私たちは後ろからついていくから、秋斗くんはあの日話したことを再現してあげたらどうかしら? 話を聞くだけよりも現実味があるんじゃない?」
 その言葉を聞いて、秋斗さんはあからさまに後悔した顔をした。
 来るんじゃなかった、そんな表情。でも、拒絶の言葉は口にせず、「じゃ、行こうか」と車椅子を押し始める。
 数々のセキュリティに驚くよりも、背後でその日を再現している秋斗さんがひどくかわいそうに思えた。
 あんなにつらそうに話をして信じてほしいと言われたのに、私はまたひどい言葉を返してしまった気がする。
 秋斗さんは自分に課せられたもの、とでもいうように、その日の流れどおりに動き話をして悲しそうな顔で笑った。
「こんなことやってたら、信じてもらえるわけがないよね……」
「秋斗さん……」
「ごめんって言わないでほしい。これ以上謝られるのは耐えられそうにないから。謝らなくちゃいけないのは俺――」
「違うっ……そうじゃなくて、今の私が今の秋斗さんに謝りたい」
「……え?」
「こんなにつらそうなのに、本当はもう話したくないんだろうなってわかっているのに、止められなくてごめんなさいっ。……秋斗さんは蒼兄や唯兄とも仲が良いのでしょう? その時点で私は秋斗さんを警戒することはないと思うんです」
「……それもどうなの? 御園生さんや若槻さんのフィルターを通していい人って思ってるだけに過ぎない。そんなのさ、藤宮の人間だから御曹司って思われるのと大差ない」
 秋斗さんよりもっと後ろから、ツカサの声が聞こえた。
「坊主、おまえの言うことはもっともだけど、今は黙っとけや」
「なら秋兄だけを呼べばよかったんじゃないですか?」
「司くん、御園生さんが倒れたとき、十階の病室にいたのは誰?」
「……自分です」
「そう、私はあとから入ってきたに過ぎないし、何よりも倒れるまでのやり取りを知っているのは司くんよ」
 藤原さんはいつものように淡々と話す。
「あの……私が倒れたのはベッドの上じゃ……」
 私が考えていた「ベッドの上」は九階の、現病室のベッドであって、この階のベッドではない。この階はほかの階と、何もかもが違いすぎる。
「御園生さんは一晩だけこの階に泊ったのよ」
 藤原さんの声と同時、秋斗さんが病室のドアを開けた。
 ホテルの一室――そんな言葉しか思いつかなかった。そして、病室でのやり取りを聞き、その晩は藤原さんが付いていてくれたことを知る。
 翌朝、ツカサから電話があり、私はツカサに会いたいと言ったらしい。
「彼が来るまではずっと私と一緒にいた。ま、いつもの朝食タイムよ」
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「俺が病室に入ったら抱きつかれた」
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「誇張表現はしていない。五分くらいしたら落ち着いて、すぐにベッドへ上がらせた。病室にカメラを設置する話をしたのはこのとき。秋兄が翠に変なことができないように監視――遠まわしに言っても翠には伝わらないと思ったから、ストレートに強姦されることがないように監視って、そう伝えたのは俺だ」
 強姦――
「きっとそのあとね、私が病室へ来たのは。御園生さんは、司くんが静さんに連絡したと勘違いしていたから、私が前の晩に連絡を入れたことを話したわ。その直後よ……」
「翠が『消えたい』と口にした」
「そのあとは私たちの声は届いていなかったわ」
 藤原さんは目を伏せ、単調に言葉を続ける。

 ――「コンナコトノゾンデナカッタノニ。ミナトセンセヤアキトサンタチモノスゴクナカガヨクテ、ツカサトダッテナカガヨカッタノニ、ドウシテコンナ。……モウヤダ」。

 それはきっと、私が口にした言葉たち。
「両耳を塞いで俺たちをシャットアウトした直後――」
「御園生さん、あなたは自分でIVHも点滴も引き抜いたのよ」
「っ――!?」
 嘘、そんなの嘘……。
 ツカサはベッドに視線を移し、
「そのまま不整脈を起こしてベッドの上で倒れた」
 ……だから目覚めた場所がICU?
「ごめんなさ――」
「それしか言えないわけ?」
 ツカサ――
「坊主、やめとけや」
「俺、帰ります」
 今まで聞いた話の中で一番衝撃的だった。
 自分がこのライフラインとも言える点滴の類をはずすだなんて――
 眩暈を起こしそうな衝撃の中、いつも会いに来てくれていたツカサの顔が浮かび上がる。
 ……記憶をなくしてから、ツカサはずっと側にいてくれた……?
 そうだ、ツカサっっっ――
 咄嗟に立ち上がり、眩暈を伴ったまま廊下へ向かう。
「おいっ、スイハやめろっ。ラインが抜けるっっっ」
 クン、と点滴に引っ張られ、それ以上先へは進めなかった。
 点滴のせいではいない。誰かの手に腕を掴まれたから。
 視界なんて見えてない。目算で廊下へ向かったのみ。
 もしかしたら廊下にすら出られなかったのかもしれない。でも――
「ツカサっっっ、ありがとうっっっ。側にいてくれてありがとうっっっ」
 自分に出せる精一杯の声を発した。
 目の前は真っ暗だ。ツカサはもう、何枚もあるドアの向こう側かもしれない。聞こえなかったかもしれない。
 でも、伝えたかったよ。「ごめんなさい」じゃなくて、「ありがとう」って――
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