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第十章 なくした宝物
03話
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相馬先生が病室に入ってくるだけで私は緊張してしまう。
「嬢ちゃん、そんな固まんなや」
お母さんや蒼兄を前にしても、相馬先生の口調が変わることはなかった。
「今、先生にどんな治療をするのか説明を受けたの」
お母さんの言葉を聞くと、相馬先生が一歩私に近づいた。
「では、記念すべき第一回目の施術とまいりましょうか?」
相馬先生は自ら押してきたカートを振り返り、鍼らしきものを手に取った。
初めて見る器具にだって緊張は助長される。
「麻酔のブロックよりも全然痛かねーよ」
そうは言うけれど、一度感じてしまった恐怖はそうそう拭えない。
「仕方ねぇなぁ……。今日はカイロのみにしてやる」
と、先生はカートを少し下げた。
「カイロってのはな、西洋医学に属する。簡単に言えば、頭蓋骨から仙骨までの骨の調整だな。一部テレビでやってるような、ガッコンバッキンなんて野蛮な施術はしねーから安心しろ」
まずはベッドから足を垂らして腰掛ける体勢を要求された。
「背中触んぞ」
声がすると、大きな手が背骨に沿って触れ始める。
「ばっちり歪んでんな」
触っただけで歪んでることがわかるのだろうか。
「まずはこれとこれ、でも、これを治す前にこっちかな……」
先生はひとり言をボソボソと言いながら、「次は仰向け」と指示を出した。
ベッドに横になると、
「専用の台じゃないとやりにきーなぁ……」
文句を言いつつもお腹や鳩尾、足の脛などを触っていく。足の脛を押されたとき、突如痛みが走った。
「痛いっ」
考えるより先に声が出た。
「ほぉ、さすが敏感な身体してんな。ここは胃だ。こっちはどうだ?」
「やだっ」
「腸もだめってことね」
どうしてそんなことがわかるのっ!?
「はい、次はうつ伏せ」
枕を取った状態でうつ伏せになる。と、
「早くカイロ用の診察台届かねぇかなぁ……」
また文句が口をつく。
先ほどと同じように背骨に触れていくと、
「そこもやですっ」
「脾臓か……。じゃ、こっちは?」
と、次に触れられた部分もかなり痛かった。
「副腎もね。嬢ちゃんいいとこねぇな」
それ、患者に言っていいことなのかな……。
お母さんや蒼兄はあらかじめ話を聞いていたからか、あまり驚いているような反応は見られない。唯兄だけが、「大丈夫?」と時折訊いてくれる。
「ほい、起き上がって座れや」
一番最初のようにベッドに腰掛け直すと、そこから施術が始まった。
首の骨と背骨二ヶ所。これは座ったままの体勢で治してくれた。
腰の骨二ヶ所はベッドで横になった状態で行われる。
施術をすると、コキ、と小さく骨の音が鳴るものの痛みはない。
「次は頭蓋骨をやりたいんだが、それはカイロ用の寝台が届いてからだな。とりあえず首見せろや。縦横靭帯を診る」
保健の授業で聞いたことがあるようなないような名前を耳にすると、先生の手が首のあたりに伸びてきた。
「信じられねぇ……どうしたらこんな硬くなるんだよ。寝台が届きしだい、これはすぐ楽にしてやれるから」
そう言うと、施術開始時の姿勢を要求された。
ベッドに腰掛けると、先生はすぐに背骨の確認を始めたけれど、今度はなかなか口の悪い言葉が聞こえてこない。
「……先生?」
思わず声をかけると、
「もっと信じられねぇ」
ぼそりと零す。
「治したそばから別の場所が歪みやがる」
……それは普通じゃないの?
「……先生、娘は――」
「少し時間がかかるかもしれませんが、夏休み中にはなんとかできると思います」
そして最後に、相馬先生が私に見せたものは爪楊枝だった。
「どうして爪楊枝……?」
「それで手をツンツンしてみ」
私は言われたとおり、爪楊枝で手の甲をツンツンと刺激した。しかし、ちょっとチクチクするくらいで飛び上がるほどの刺激ではない。
「鍼ってのは、嬢ちゃんの髪の毛くらいの太さだ。これな」
と、カートから一本の鍼を手に持ち見せてくれた。
「爪楊枝よりも痛くない」
そうは言われても、不安がなくなるわけではない。
「……それを何センチくらい刺すんですか?」
「ブロックよりも全然浅い。最初は一ミリ二ミリから始めるから怖がらなくていい。目に見える場所に刺してみるか?」
私は少し考えてから慎重にコクリと頷いた。
「じゃ、手ぇ出せ」
言われたとおりに手を出すと、
「ここは合谷ってツボだ」
一瞬手を引っ込めそうになったけど、鍼を刺された場所は本当に痛くなかった。
少しチク、とする程度。
「これで、いいんですか……?」
「あぁ、最初はこんな感じで始めていく。それでもきちんと効果はある」
刺された鍼はてろん、とミニチュアの釣竿がしなっているように見える。
「ただ、カイロも鍼も、最初はすごく身体が疲れるんだ。だから、一日にどちらかしかしない。今日の治療はここまでだ」
「あの、歪んでる部分はしだいに治るんでしょうか?」
蒼兄が訊くと、
「時間はかかるが歪む場所がパターン化してきたらこっちのもんだ」
先生は勝気な顔をした。
唯兄はというと、
「思ってたよりも痛そうな治療じゃないみたいで良かったね?」
確かに、ブロックよりは断然楽だし、強い薬を注射されて眠らされるよりはいい。それに加え、なぜか痛みが軽減した気がするから不思議だ。
「先生……治してもらえますか?」
「おう、患者一号だからな。善処するぜ?」
先生は悪人顔でニヤリと笑う。
藤原さんが言っていたとおり、腕はいいのかもしれない。
「そうだ、嬢ちゃん両手出しやがれ」
素直に両手を差し出すと、手首を先生の両手に掴まれた。
「これは鍼灸の見方なんだが、脈で身体のバランスがわかるんだ」
触れるだけの力加減と、少し強めの力加減。
「浅いとこの脈と深いところの脈でわかるものが違うんだ」
つまり、触れるだけの力加減のときは浅い脈を、強く押したときには深い脈を診ているのだろう。
「ストレスの脈が強いな。それから、胃腸も最悪だ。肺の脈が少し強い。風邪には気をつけろ。……ま、全体的にいいところなし」
言って手を離す。
「少しずつだ。少しずつ治していく。気長に行こうぜ」
「……はい」
ここにきて初めて、相馬先生がお医者さんぽく見えた。
「嬢ちゃん、そんな固まんなや」
お母さんや蒼兄を前にしても、相馬先生の口調が変わることはなかった。
「今、先生にどんな治療をするのか説明を受けたの」
お母さんの言葉を聞くと、相馬先生が一歩私に近づいた。
「では、記念すべき第一回目の施術とまいりましょうか?」
相馬先生は自ら押してきたカートを振り返り、鍼らしきものを手に取った。
初めて見る器具にだって緊張は助長される。
「麻酔のブロックよりも全然痛かねーよ」
そうは言うけれど、一度感じてしまった恐怖はそうそう拭えない。
「仕方ねぇなぁ……。今日はカイロのみにしてやる」
と、先生はカートを少し下げた。
「カイロってのはな、西洋医学に属する。簡単に言えば、頭蓋骨から仙骨までの骨の調整だな。一部テレビでやってるような、ガッコンバッキンなんて野蛮な施術はしねーから安心しろ」
まずはベッドから足を垂らして腰掛ける体勢を要求された。
「背中触んぞ」
声がすると、大きな手が背骨に沿って触れ始める。
「ばっちり歪んでんな」
触っただけで歪んでることがわかるのだろうか。
「まずはこれとこれ、でも、これを治す前にこっちかな……」
先生はひとり言をボソボソと言いながら、「次は仰向け」と指示を出した。
ベッドに横になると、
「専用の台じゃないとやりにきーなぁ……」
文句を言いつつもお腹や鳩尾、足の脛などを触っていく。足の脛を押されたとき、突如痛みが走った。
「痛いっ」
考えるより先に声が出た。
「ほぉ、さすが敏感な身体してんな。ここは胃だ。こっちはどうだ?」
「やだっ」
「腸もだめってことね」
どうしてそんなことがわかるのっ!?
「はい、次はうつ伏せ」
枕を取った状態でうつ伏せになる。と、
「早くカイロ用の診察台届かねぇかなぁ……」
また文句が口をつく。
先ほどと同じように背骨に触れていくと、
「そこもやですっ」
「脾臓か……。じゃ、こっちは?」
と、次に触れられた部分もかなり痛かった。
「副腎もね。嬢ちゃんいいとこねぇな」
それ、患者に言っていいことなのかな……。
お母さんや蒼兄はあらかじめ話を聞いていたからか、あまり驚いているような反応は見られない。唯兄だけが、「大丈夫?」と時折訊いてくれる。
「ほい、起き上がって座れや」
一番最初のようにベッドに腰掛け直すと、そこから施術が始まった。
首の骨と背骨二ヶ所。これは座ったままの体勢で治してくれた。
腰の骨二ヶ所はベッドで横になった状態で行われる。
施術をすると、コキ、と小さく骨の音が鳴るものの痛みはない。
「次は頭蓋骨をやりたいんだが、それはカイロ用の寝台が届いてからだな。とりあえず首見せろや。縦横靭帯を診る」
保健の授業で聞いたことがあるようなないような名前を耳にすると、先生の手が首のあたりに伸びてきた。
「信じられねぇ……どうしたらこんな硬くなるんだよ。寝台が届きしだい、これはすぐ楽にしてやれるから」
そう言うと、施術開始時の姿勢を要求された。
ベッドに腰掛けると、先生はすぐに背骨の確認を始めたけれど、今度はなかなか口の悪い言葉が聞こえてこない。
「……先生?」
思わず声をかけると、
「もっと信じられねぇ」
ぼそりと零す。
「治したそばから別の場所が歪みやがる」
……それは普通じゃないの?
「……先生、娘は――」
「少し時間がかかるかもしれませんが、夏休み中にはなんとかできると思います」
そして最後に、相馬先生が私に見せたものは爪楊枝だった。
「どうして爪楊枝……?」
「それで手をツンツンしてみ」
私は言われたとおり、爪楊枝で手の甲をツンツンと刺激した。しかし、ちょっとチクチクするくらいで飛び上がるほどの刺激ではない。
「鍼ってのは、嬢ちゃんの髪の毛くらいの太さだ。これな」
と、カートから一本の鍼を手に持ち見せてくれた。
「爪楊枝よりも痛くない」
そうは言われても、不安がなくなるわけではない。
「……それを何センチくらい刺すんですか?」
「ブロックよりも全然浅い。最初は一ミリ二ミリから始めるから怖がらなくていい。目に見える場所に刺してみるか?」
私は少し考えてから慎重にコクリと頷いた。
「じゃ、手ぇ出せ」
言われたとおりに手を出すと、
「ここは合谷ってツボだ」
一瞬手を引っ込めそうになったけど、鍼を刺された場所は本当に痛くなかった。
少しチク、とする程度。
「これで、いいんですか……?」
「あぁ、最初はこんな感じで始めていく。それでもきちんと効果はある」
刺された鍼はてろん、とミニチュアの釣竿がしなっているように見える。
「ただ、カイロも鍼も、最初はすごく身体が疲れるんだ。だから、一日にどちらかしかしない。今日の治療はここまでだ」
「あの、歪んでる部分はしだいに治るんでしょうか?」
蒼兄が訊くと、
「時間はかかるが歪む場所がパターン化してきたらこっちのもんだ」
先生は勝気な顔をした。
唯兄はというと、
「思ってたよりも痛そうな治療じゃないみたいで良かったね?」
確かに、ブロックよりは断然楽だし、強い薬を注射されて眠らされるよりはいい。それに加え、なぜか痛みが軽減した気がするから不思議だ。
「先生……治してもらえますか?」
「おう、患者一号だからな。善処するぜ?」
先生は悪人顔でニヤリと笑う。
藤原さんが言っていたとおり、腕はいいのかもしれない。
「そうだ、嬢ちゃん両手出しやがれ」
素直に両手を差し出すと、手首を先生の両手に掴まれた。
「これは鍼灸の見方なんだが、脈で身体のバランスがわかるんだ」
触れるだけの力加減と、少し強めの力加減。
「浅いとこの脈と深いところの脈でわかるものが違うんだ」
つまり、触れるだけの力加減のときは浅い脈を、強く押したときには深い脈を診ているのだろう。
「ストレスの脈が強いな。それから、胃腸も最悪だ。肺の脈が少し強い。風邪には気をつけろ。……ま、全体的にいいところなし」
言って手を離す。
「少しずつだ。少しずつ治していく。気長に行こうぜ」
「……はい」
ここにきて初めて、相馬先生がお医者さんぽく見えた。
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