光のもとで1

葉野りるは

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32 Side 司 02話

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 光の消えた携帯を握りなおし、朝陽の番号を呼び出す。
 一瞬、誰でもいいと思ったけど、話す相手を選ぶ話で――
 数少ないアドレスを眺める。と、ひとつの名前に目が留まった。
 ――簾条桃華。
 正直、電話をかけたい相手でも相談したい相手でもない。でも、かけられる人間は限られている。
 ため息をひとつついて通話ボタンを押すと、三コール目で応答があった。
『何よ……』
 初っ端からケンカ腰……。
 ま、挨拶のようなものだと思えばいい。
「悪い、頭貸してくれない」
『……あんた、藤宮司よね? 何寝とぼけたこと言ってるのよ』
 一言でも二言でも言い返したいところだけど、今はやめておく。
「寝ぼけてないし冗談でもない」
『そうね、藤宮司から冗談が聞けた暁には雹でも降るわね』
 どこまでもペースを乱さず、いつもどおり嫌みの羅列が返ってくる。
 たぶん、人選は間違えてないはず……。
『で、この私に頭貸せってなんなのよ』
「……どこから話したらいいのかわからない」
 翠が記憶をなくしたことは簾条と佐野は知っている。
『藤宮司に貸しを作るのは大いに結構だけど、内容がわからなかったら頭の貸しようがないじゃない』
 もっともだ。
『でも、私にかけてきている時点で何に関することなのかはわかる気はするわ。……翠葉のことじゃないの?』
 簾条の察しがいいのか、俺がわかりやすいくらいに動揺しているのかは不明。
「……そう、翠のこと」
『ま、事が翠葉のことなら聞かなくもないわ』
 どこまでも高飛車で俺のことを先輩扱いしない人間。こんなふうに接してくる人間も少ないな、と改めて思う。
「あのさ、声が聞きたくて電話って何?」
『は?』
「電話に出てくれてありがとうって、何?」
『……あんた頭大丈夫?』
「かなり怪しいから頭貸してほしいって言ってる」
 なんていうか、簾条に頼みごとをしている自分が愚かすぎる。
『藤宮司もとうとう壊れたかしら……』
「……声が聞きたくて電話したとか、初めて言われたんだけど」
 絶対、携帯に変な電波乗せてきたと思う。それをまともに食らった俺は、そのままヒューズが飛んだか何か。
『翠葉がそう口にしたのなら、そのままの意味でしょ? 深読みする必要のない相手じゃない。何を今さら……』
 ――だから困ったんだ。
「今から言うこと、支離滅裂かもしれない」
『いいわよ』
「そう言われて動揺した。……動揺よりも困惑かもしれない」
 素直にその言葉を受け取ることができなかった。
 翠の言葉に裏表がないことなんて百も承知だ。でも――
『あの子、まだ秋斗先生と会ってないんでしょ?』
 携帯から秋兄の名前が聞こえてきてざわりとした。
『蒼樹さんの話だと、今の翠葉はかなりあんたに懐いているみたいじゃない。それも、記憶をなくす前から』
 確かに……でも、それには色々な事情があって、翠が俺の面会しか承諾しなかったからだ。
 しかも、ほかの人は傷つけたくないけど、俺にはなんでも言えるから、って八つ当たりアイテムとしてだったはず。今は――
『あんた変に律儀なのね……』
 簾条がため息をついた。
『今、翠葉が藤宮司を好きだって言ったらあんたどうするの?』
 今――? もし、翠が俺を好きだと言ったら……?
 そんなこと、考えもしなかった。考えたところでうまく呑み込めもしない。
 それが現実に起きたことじゃないからなのか、何かほかの要因が邪魔をしているのか……。
「……わからない」
『わからない理由を考えなさいよ』
 わからない理由――
『あんたは翠葉が好きなんでしょ? なのに、好きだと言われて困る理由よ』
 簾条のアドバイスはひどく的確だった。
「……翠が、まだ秋兄と会っていないから……」
『……何よ、わかってるんじゃない。つまり、抜け駆けしてるみたいで嫌なんでしょ?』
 っ……!? 抜け駆けっていうか――でも、その想定は間違っていない。
 秋兄に会いもせず、自分に好意を抱かれても嬉しくはない。
 嬉しくはないというよりは、素直に喜べない。
『何があったのか私は詳しく聞いていないけど――』
 簾条は言いづらそうに口にする。
『でも、あんたはもっと自分本位になってもいいと思うわ。他人のこと優先しすぎると幸せ逃がすわよ?』
 珍しい、簾条が俺を擁護するような言葉を口にするなんて。
『ちょっと、電話なんだから何か喋りなさいよねっ!?』
 くっ……これはさっき俺が翠に言った言葉だ。
『何笑ってるのよっ』
「悪い」
 言いながらも笑いは止まらなかった。
『藤宮司が笑ってるとか気味が悪いんだけど』
 真面目に嫌そうな声が聞こえてくる。簾条のこんな態度に救われる日が来るとは思いもしなかった。
「それ、さっき俺が翠に言った言葉なんだ。電話をかけてきて黙るから」
『あんたも同じじゃない……』
「あまり同じにはされたくない。俺は頭の回転率が下がってただけ」
『今だってそんなに回転良くなさそうだけど?』
「そうかもしれない」
『で、さっきの答えは?』
「……翠が俺を好きだって言ったらどうするか?」
『そう……』
「今は困る」
『インターハイは関係ないんでしょ? ネックは秋斗先生よね?』
「肯定」
『今がチャンスなのに……。ちんたらしてて、また秋斗先生に奪われても知らないから』
 ……これは、俺の肩を持っているつもりなんだろうか。
「……だとしても、今は呑み込めない。秋兄を知らずに自分を好きになられても嬉しいとは思えない」
『嫌みったらしい性格しているくせにバカ正直ね。忠告はしたわよ? それに私は……翠葉が泣かずに済むならそれでいい』
 そうだった。簾条は俺の味方でも秋兄の味方でもない。
 ただひとり、翠の側につく人間。
「……助かった」
『はっ!?』
「翠から電話があって、あまりにも言われ慣れないことを言われたから思考停止してた」
『で、なんで私に電話なのよ……』
「翠が記憶をなくしたことを知っている人間は少ない」
『なるほどね……。夏休み中に思い出せるといいのだけど……。今はまだ大多数の人間に知られるのは得策じゃないわね』
 翠の記憶は戻るのだろうか――
「記憶に纏わる話をしても、それを聞いたからといって思い出せるわけではないらしい」
『そうなのね……。誕生会兼生徒会就任式のアルバムを持っていったけど、そんな感じだったわ』
「そうか……」
『ちょっと、しっかりしなさいよねっ!? 記憶があってもなくても翠葉は翠葉でしょっ?』
 まいったな……。
 俺が翠に言った言葉をことごとく簾条に言われている始末だ。
「……簾条でも役に立つことがあるんだな」
『失礼ねっ!? 切るわよっ!?』
 声が大きくなったかと思えば一気に静かになる。
『藤宮司、あんた絶対に入賞しなさいよ? 翠葉の記憶が戻って、あの子が自分を責めるようなことがないように、絶対よっ』
「そのつもり……。入賞しておかないと、翠の記憶が戻ったときが怖いからな」
『わかっているならいいわ。せいぜいがんばるのね』
「……電話、助かった」
 通話を切って一息つく。
 気分的には窒息しそうな気分だった。
 肺に溜まった二酸化炭素を全部吐き出し、ガラス窓の外に見える空を見上げる。
 今の翠に近寄ってこられても、どうしたことか俺は身動きが取れない。せめて、秋兄と会ったうえで俺に興味を持ってほしい。
 たぶん、選んでほしいんだ。俺という人間を――
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