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11 Side 昇 01話
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『あ、昇か? 俺だ』
「……ざっけんな。こんな朝っぱらに電話してきて『昇か?』じゃねぇ……」
時計を見れば朝の四時。向こうは昼か?
『まぁ、そう言うなよ』
相変わらずケラケラと話すのは相馬。
『急に話がまとまって帰国できることになった。しかも一週間後の便でだ』
「まだわからないとか言ってなかったか?」
声を潜めつつ、栞を起こさないようにリビングへと移る。
『まぁな。何がどうしたことか、急に扉が開いたんだわ』
面白そうにくつくつと笑う声が聞こえてくる。
「おまえ、まだ仕事中だろ? せめて、あと数時間してからかけてくればいいものを」
本音を吐きつつ、コーヒーを淹れにキッチンへ向かった。
栞の城と呼べるキッチンは、理路整然と片付いているのが常。
戸棚に並ぶひとつのビンを手に取り、耳と肩で携帯を押さえつつ蓋を開ける。と、コーヒーのいい香りがした。
『それじゃおまえが起きてる時間でつまらねぇじゃねぇか』
「おぃ……」
『吉報はこういう知らせのほうがいいだろ?』
「別に普通でかまわねぇよ……。用件がそれだけなら切るぞ」
カップにまだお湯は注いでいない。今ならまだベッドへ戻れる。
『あと一個だ。俺の患者の治療ストップしてくれや』
あ゛?
『おい、聞いてんのか?』
「聞いてる……。治療ストップってなんでまた。今、治療が効いてるみたいでずいぶんと楽みたいなのに」
『あぁ、だろうな。けど、俺が診るときに痛みがない状態じゃわかんねーんだよ』
言っていることの意味はわかる。でも、あまりにも酷だ……。
俺が帰国した日の彼女はひどく衰弱していたし、それは今もさほど変わらない。
ただ、痛みが軽減されたことで顔つきが穏やかになりつつあるし、笑顔だって増えた。それをまたもとに戻すというのはかわいそうすぎるだろ……。
『一週間だ。二、三日は平気だろう。四日目くらいから徐々に痛みが出てくるとは思う』
相馬は淡々と話を進める。
「衰弱が激しい。ペインビジョンの結果報告だって届いているだろ?」
『あぁ、見てる。それでも、だ。まずは素の状態を診たい』
「……わかった」
『おいおい、どうしたよ』
どうしたもこうしたも……。
「かわいそうでな」
『なんだ、もう情が移ったのか? 未熟者』
相馬に言われると腹立たしいが、確かに未熟なのかもしれない。
『どんだけかわいい姫君なのか楽しみだな』
俺はおまえを彼女に会わせることのほうが不安だっつーの……。
『まぁ、そういうこった。頼んだぞ』
通話は一方的に切れた。
「……マジかよ」
俺は仮の主治医であって本当の主治医ではない。相馬が来るまでの代行だ。
主治医となる相馬が言うなら、そうしなくてはならないだろう。けれど、あそこまで痩せ細った子に今の話を告げるのは非情に思えた。
あの子がどれほど痛みを恐れているのかも栞からよく聞いている。
数日だが、彼女と接するようになって、どれだけ身体が過敏な状態にあるのかだってわかっている。加えて、精神的にも不安定という状況――
「まいったな……」
単に、外科手術をすればいいってものとは違う。患者のフォローっていうのは存外難しい。
彼女の病室を訪れる時間が刻々と迫っている。それを知らせる時計の秒針がやけにうるさく思えた。
「くそ……眠れそうにねぇ」
仕方なくカップにお湯を注ぎ、ブラックのまま口にした。
カタリ――音がして、栞が起きてきたことを知らせる。
「昇……?」
どこか不安げな声を発した栞は寝室のドアからこちらへと歩いてくる。
「悪い、起こしたか?」
「……ううん、なんとなく起きちゃっただけ」
栞は不安そうな顔をして手を伸ばしてくる。
「栞……?」
栞の手を取り、自分の隣に座らせると、俺の胸に顔をうずめた。
「いるよね、ちゃんと……」
くぐもった声が胸元から聞こえた。
意味がわからないでいると、
「起きたとき、隣にいなかったから……。帰国したのが夢だったんじゃないかって少し不安になったの」
そういうことか……。
「いるよ。悪かったな、一年も家を空けて」
「……いいの」
まだ不安そうに身を寄せる栞の顎を取り、ここにいることを実感させるように、優しく優しく口付けた。
「……ざっけんな。こんな朝っぱらに電話してきて『昇か?』じゃねぇ……」
時計を見れば朝の四時。向こうは昼か?
『まぁ、そう言うなよ』
相変わらずケラケラと話すのは相馬。
『急に話がまとまって帰国できることになった。しかも一週間後の便でだ』
「まだわからないとか言ってなかったか?」
声を潜めつつ、栞を起こさないようにリビングへと移る。
『まぁな。何がどうしたことか、急に扉が開いたんだわ』
面白そうにくつくつと笑う声が聞こえてくる。
「おまえ、まだ仕事中だろ? せめて、あと数時間してからかけてくればいいものを」
本音を吐きつつ、コーヒーを淹れにキッチンへ向かった。
栞の城と呼べるキッチンは、理路整然と片付いているのが常。
戸棚に並ぶひとつのビンを手に取り、耳と肩で携帯を押さえつつ蓋を開ける。と、コーヒーのいい香りがした。
『それじゃおまえが起きてる時間でつまらねぇじゃねぇか』
「おぃ……」
『吉報はこういう知らせのほうがいいだろ?』
「別に普通でかまわねぇよ……。用件がそれだけなら切るぞ」
カップにまだお湯は注いでいない。今ならまだベッドへ戻れる。
『あと一個だ。俺の患者の治療ストップしてくれや』
あ゛?
『おい、聞いてんのか?』
「聞いてる……。治療ストップってなんでまた。今、治療が効いてるみたいでずいぶんと楽みたいなのに」
『あぁ、だろうな。けど、俺が診るときに痛みがない状態じゃわかんねーんだよ』
言っていることの意味はわかる。でも、あまりにも酷だ……。
俺が帰国した日の彼女はひどく衰弱していたし、それは今もさほど変わらない。
ただ、痛みが軽減されたことで顔つきが穏やかになりつつあるし、笑顔だって増えた。それをまたもとに戻すというのはかわいそうすぎるだろ……。
『一週間だ。二、三日は平気だろう。四日目くらいから徐々に痛みが出てくるとは思う』
相馬は淡々と話を進める。
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『あぁ、見てる。それでも、だ。まずは素の状態を診たい』
「……わかった」
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どうしたもこうしたも……。
「かわいそうでな」
『なんだ、もう情が移ったのか? 未熟者』
相馬に言われると腹立たしいが、確かに未熟なのかもしれない。
『どんだけかわいい姫君なのか楽しみだな』
俺はおまえを彼女に会わせることのほうが不安だっつーの……。
『まぁ、そういうこった。頼んだぞ』
通話は一方的に切れた。
「……マジかよ」
俺は仮の主治医であって本当の主治医ではない。相馬が来るまでの代行だ。
主治医となる相馬が言うなら、そうしなくてはならないだろう。けれど、あそこまで痩せ細った子に今の話を告げるのは非情に思えた。
あの子がどれほど痛みを恐れているのかも栞からよく聞いている。
数日だが、彼女と接するようになって、どれだけ身体が過敏な状態にあるのかだってわかっている。加えて、精神的にも不安定という状況――
「まいったな……」
単に、外科手術をすればいいってものとは違う。患者のフォローっていうのは存外難しい。
彼女の病室を訪れる時間が刻々と迫っている。それを知らせる時計の秒針がやけにうるさく思えた。
「くそ……眠れそうにねぇ」
仕方なくカップにお湯を注ぎ、ブラックのまま口にした。
カタリ――音がして、栞が起きてきたことを知らせる。
「昇……?」
どこか不安げな声を発した栞は寝室のドアからこちらへと歩いてくる。
「悪い、起こしたか?」
「……ううん、なんとなく起きちゃっただけ」
栞は不安そうな顔をして手を伸ばしてくる。
「栞……?」
栞の手を取り、自分の隣に座らせると、俺の胸に顔をうずめた。
「いるよね、ちゃんと……」
くぐもった声が胸元から聞こえた。
意味がわからないでいると、
「起きたとき、隣にいなかったから……。帰国したのが夢だったんじゃないかって少し不安になったの」
そういうことか……。
「いるよ。悪かったな、一年も家を空けて」
「……いいの」
まだ不安そうに身を寄せる栞の顎を取り、ここにいることを実感させるように、優しく優しく口付けた。
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