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第七章 つながり
31話
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部屋に残ったのは三人。
「唯は正気に戻ったみたいだし、翠葉も大丈夫そうだな?」
ふたりコクリと頷くと、蒼兄もほっとしたのか表情が和らいだ。
「俺は少し部屋を片付けなくちゃいけないから自室に戻るとして……。唯、あれはあっちに置いたままでいいのか?」
「……あんちゃん、預かっててもらえる? 俺、まだちょっと……」
「わかった。じゃ、俺の部屋に置いておく」
そう言って蒼兄は部屋を出ていった。
ドアが閉まればまたふたりの空間になる。
「リィ、教えてもらいたいことがあるんだ」
そんなふうに唯兄が切り出した。
「どうしてリィの手元にオルゴールがあったの?」
「最初から話してもいいかな?」
「できればそうしてくれるとありがたい」
私は枕を抱えるようにして座り話しだした。
「私、お姉さん――セリカさんと病院で会ったことがあるの」
その言葉に唯兄がゴクリと唾を飲み込んだ。
「でも、会ったとはいってもほんの数回。検査入院中に一度と、通院時に二回だったと思う」
「……話はした?」
「うん。お姉さんはハーブやお花の花言葉をたくさん知っていて、いつも中庭に咲くお花の名前や花言葉を教えてもらってた。それとね、いつもとても悲しそうだった。ユイちゃんが来ないのって……」
少し躊躇ったけれど、お姉さんの願掛けの話もした。
そして、しばらくしてから看護師さん伝手でオルゴールを託されたことも。
「セリは何を思ってリィに託したんだろうな……。なんで、俺じゃなくてリィだったんだろう」
頭を抱えて考え込む唯兄に、なんと声をかけたらいいのかがわからなかった。
実際、私もどうして託されたのかは知らないから。
どうして病室に残さず、私に託すような行動を取ったのか。
病室に残していれば、そのまま唯兄の手に渡っただろう。
……唯兄に渡したくなかった、とか?
まさか――だって、お姉さんは唯兄のことをとても大切な人と言っていたし、鍵を握りしめる姿は、どれだけ唯兄を思っているのかがわかるような力のこもり具合だった。
……ひとつ気になることがある。
「唯兄、あのオルゴールの曲は何? 私には聞けなかったから……」
「曲名はまだ秘密。それから、オルゴールはまだ開けてない」
「どうして? ずっと探していたオルゴールなのでしょう?」
私だったらすぐにでも開けるだろう。
「……怖いから、かな」
「どうして怖いの……?」
「たとえばさ、アレ――」
唯兄は立ち上がり、デスクの上に置かれた陶器の入れ物を手に取った。
「秋斗さんからのプレゼントが入っているこの入れ物。これが三年間探しても見つからなくて、やっと見つかったとする。リィはすぐに開けられる?」
「……開けられると思う」
「……そっか。じゃぁさ、全然関係のない人に託されていて、どんなに偶然が重なっても会えそうにない人に託されていて、ひょんなことから知り合った人を経由して手元に戻ってきたとしたら? 秋斗さん本人がリィには接点のない人に渡したものをすぐに開けられる?」
「……それは――」
今唯兄が言ったことは、実際唯兄に起きていることだった。
確かに私と唯兄は絶対に知り合うはずのないような関係だ。
秋斗さんが唯兄をスカウトしたのも偶然だし、私が静さんに写真提供をすることになったのも偶然。
偶然が重なって今がある。
「この蓋を開けてメッセージが入ってたらどうする?」
……蓋を開けたときに自分が予想しないものが入っていたら?
……それは少し構えてしまうかもしれない。
「でも、唯兄? 私、あのオルゴールを何度も開けたけれど、トルコ石の鍵しか入ってなかったよ?」
私はオルゴールの曲を聞きたくて、何度も開けたのだ。けれど、中には赤いビロードの布と鍵しか入っていなかった。
「あのオルゴールにはカラクリがあるんだ。底板が外れるようになってる。それを開けるときはふたつの鍵が必要だけど、閉めるときは閉めるだけでいいだけ。だから、セリが入院していたときはいつも開けた状態にしてあった。閉めると鳴らなくなるオルゴール。……いつ、鍵のついた部分が閉められたのか、俺にはわからないんだ……」
鍵を開けたらお手紙があるかもしれないということ?
「俺とセリは、あのオルゴールをポスト代わりにして交換日記ならぬ、手紙交換をしてたんだ。それは鍵がなくても開けられるスペース。リィが鍵が入ってたって言った箱の部分。そこには何もなかったみたいだけど、もし、鍵を開けた中に手紙が入ってたら……って思うと、箱にすら触れられない」
唯兄が小さく震えていた。
ベッドから下り唯兄の隣に座ると、唯兄の左手を右手でぎゅっと握る。
「唯兄……大丈夫だよ。お姉さんはユイちゃんが大好きだったもの。すごく大切な人って言ってたもの。たとえ手紙が入っていたとしても、唯兄が傷つくような言葉は並んでいないと思う。それにね、時間はたくさんあるよ。明日も明後日も明々後日も。一週間後も一ヵ月後も一年後も。……どうして私に託されたのかはわからない。でも、唯兄が言ったとおり、壊したくなかったんだと思う。とても大切なオルゴールだったのだと思う。だってね、傷は二ヵ所にしかついていなかったの」
唯兄は目を丸くした。
「くっ、あははははは! なんで傷の数まで知ってるかな」
突然笑い出した唯兄にびっくりする。
「ひとつは俺が落としたときにつけたキズ。もうひとつも俺が鍵でつけちゃったキズ。セリにすっげー怒られた」
傷だらけの鍵を見てなんとなくわかってはいたけれど、物に思い入れがあっても、傷とかはあまり気にしない人なのだろう。
「そのキズが増えてないってことは、リィも大切に持っててくれたってことだよね」
「……しばらくはデスクの上に置いていたの。でも、ホコリがかぶるのが気になってクローゼットの中にある引き出しにしまってた」
「ずっとわけのわからない、鳴りもしないオルゴールを持っていてくれてありがとう」
「……私はただ持っていただけだもの……」
「それでも、ありがとうって言わずにはいられないんだ」
まるで搾り出すような声だった。
まだ持て余しているつらい気持ちが伝わってくる。
さっきのたとえ話。相手が秋斗さんだと怖いと思うけど、蒼兄が相手ならどうだろう……?
私は最後の手紙が入っているかもしれないと思ったら、すぐにでも読みたいと思うのではないだろうか……。
そのあとも、ずっと唯兄と並んで話をしていた。
唯兄は私とお姉さんがどんな話をしていたのかが気になるみたいで、そのことを聞きたがったけれど、本当に大した話はしたことがなかった。
時間的にもいつも十分くらいなものだったし、話したことと言えば、お花のこととユイちゃんのこと。
そのほかには「病院って嫌だよね」と、いわば患者同士の愚痴みたいなものばかりで、これといった内容はないのだ。
それでも唯兄は口を挟むことなくじっと私の話を聞いていた。
それが終わると、今度は唯兄が子どものころの話をしてくれた。
お姉さんを見守る唯兄のお話は、優しくて、あたたかくて、聞いているこちらが幸せな気持ちになれた。
「リィ、眠いんだろ? 今日は学校にも行ったし……。もう十二時前だ、そろそろ休んだほうがいいんじゃない?」
唯兄に諭されるものの、つないでいる右手を放してはいけない気がした。
「唯兄、一緒にに寝よう? 一緒にいてくれる約束でしょう?」
「……お姫さん、寝とぼけちゃいませんかね?」
「え……? まだ大丈夫だよ。いたって正気」
「俺、さすがにリィを襲う気はないけどさ、ひとつのベッドに寝るのはどうかと思う……」
見る見るうちに唯兄の顔が引きつっていく。
「……大丈夫。蒼兄のお部屋に行こう?」
ゆっくりと立ち上がり、つないだ手をそのままに引っ張る。
「蒼兄、入ってもいい?」
ドアの外から声をかけると、「いいよ」と応答があった。
ドアを開けると、さっきまでの惨状はどこへやら……。
部屋はすっきりと片付き、床にもベッドにも書類は何も置かれていなかった。
代わりにパソコンデスクの上にいくつかのファイルが積み重なっている。
「あんちゃん、助けて……。このお嬢さん一緒に寝ようとか仰るんですが」
「あぁ、この部屋は引き出しベッドがあるからそうすれば?」
表情を変えずに答えた蒼兄に対し、
「あんちゃん正気っ!?」
「ん? まだ睡魔にはやられてないと思うけど?」
真顔で答える蒼兄と一緒に唯兄を見ると、盛大なため息をつかれた。
「もしかして御園生兄妹は時々一緒に寝てたりするんでしょうか……」
「時々だけど……」
蒼兄が口にしたので、
「寝るよね?」
それらの言葉に、唯兄はガクリと肩を落とす。
「このシスコンブラコンコンビめっ!」
「……もう、言われ慣れちゃったよね?」
蒼兄を見上げると、「そうだな」と答えが返ってきた。
その言葉は今となっては褒め言葉のように聞こえる。
「翠葉は上のベッドを使いな。唯は下のベッドな。俺は翠葉の部屋で寝るから」
蒼兄は資料をまとめ始める。
「ちょっとあんちゃんっっっ。俺、仮にも秋斗さんと行動を共にしてたヤローだよっ!?」
「あぁ……そうらしいな。でも、翠葉相手に何もしないだろ?」
「しないけどさぁっっっ」
「なら問題ない。俺、しばらく翠葉の部屋で資料整理してるから。じゃ、おやすみ」
蒼兄が部屋を出ていくと、唯兄は呆然と閉められたドアを見ていた。
私が引き出しベッドをセットし出すと、諦めたのか唯兄も手伝ってくれる。
「なぁ、リィ……」
「ん?」
「こういうの、俺とあんちゃんだけにしろよっ!?」
「うん……?」
「……本当にわかってるのかなあああっ!?」
「……うん?」
「秋斗さんや司くん、海斗っちとかとしたらだめだからねっ!?」
「……どうして?」
「……危ないからっ! 男はみんな狼さんだと思いなさいっ。あなたは子羊っ、食べられちゃいますよっ!?」
「うん……。私は人間だけど眠い……」
「はぁ……リィ、寝る前の薬は?」
「あ、お部屋……」
「俺、取ってくるからちょっと待ってな」
……それはこの手を放すということ?
「それは嫌……」
蒼兄の部屋に来るときに持ってきた携帯を手に取り、蒼兄にかけた。
「あのね、お薬がお部屋にあるの」
『わかった。すぐに持っていく』
蒼兄はピルケースと一緒にお水を持ってきてくれた。
渡された薬をそのまま飲む。
唯兄と蒼兄が何か話をしていた気がするけれど、残念ながら私の記憶はそこで途切れている。
眠くて眠くて、どうがんばっても瞼が下がってきてしまうのだ。
どうやって横になったのかも覚えていない。
でも、唯兄の手だけはしっかりと握っていたと思う。
その夜、私はとても不思議な夢を見た。
お姉さんに、「ありがとう」と飛び切りの笑顔で言われる夢。
明日起きたら唯兄に話さなくちゃ――
「唯は正気に戻ったみたいだし、翠葉も大丈夫そうだな?」
ふたりコクリと頷くと、蒼兄もほっとしたのか表情が和らいだ。
「俺は少し部屋を片付けなくちゃいけないから自室に戻るとして……。唯、あれはあっちに置いたままでいいのか?」
「……あんちゃん、預かっててもらえる? 俺、まだちょっと……」
「わかった。じゃ、俺の部屋に置いておく」
そう言って蒼兄は部屋を出ていった。
ドアが閉まればまたふたりの空間になる。
「リィ、教えてもらいたいことがあるんだ」
そんなふうに唯兄が切り出した。
「どうしてリィの手元にオルゴールがあったの?」
「最初から話してもいいかな?」
「できればそうしてくれるとありがたい」
私は枕を抱えるようにして座り話しだした。
「私、お姉さん――セリカさんと病院で会ったことがあるの」
その言葉に唯兄がゴクリと唾を飲み込んだ。
「でも、会ったとはいってもほんの数回。検査入院中に一度と、通院時に二回だったと思う」
「……話はした?」
「うん。お姉さんはハーブやお花の花言葉をたくさん知っていて、いつも中庭に咲くお花の名前や花言葉を教えてもらってた。それとね、いつもとても悲しそうだった。ユイちゃんが来ないのって……」
少し躊躇ったけれど、お姉さんの願掛けの話もした。
そして、しばらくしてから看護師さん伝手でオルゴールを託されたことも。
「セリは何を思ってリィに託したんだろうな……。なんで、俺じゃなくてリィだったんだろう」
頭を抱えて考え込む唯兄に、なんと声をかけたらいいのかがわからなかった。
実際、私もどうして託されたのかは知らないから。
どうして病室に残さず、私に託すような行動を取ったのか。
病室に残していれば、そのまま唯兄の手に渡っただろう。
……唯兄に渡したくなかった、とか?
まさか――だって、お姉さんは唯兄のことをとても大切な人と言っていたし、鍵を握りしめる姿は、どれだけ唯兄を思っているのかがわかるような力のこもり具合だった。
……ひとつ気になることがある。
「唯兄、あのオルゴールの曲は何? 私には聞けなかったから……」
「曲名はまだ秘密。それから、オルゴールはまだ開けてない」
「どうして? ずっと探していたオルゴールなのでしょう?」
私だったらすぐにでも開けるだろう。
「……怖いから、かな」
「どうして怖いの……?」
「たとえばさ、アレ――」
唯兄は立ち上がり、デスクの上に置かれた陶器の入れ物を手に取った。
「秋斗さんからのプレゼントが入っているこの入れ物。これが三年間探しても見つからなくて、やっと見つかったとする。リィはすぐに開けられる?」
「……開けられると思う」
「……そっか。じゃぁさ、全然関係のない人に託されていて、どんなに偶然が重なっても会えそうにない人に託されていて、ひょんなことから知り合った人を経由して手元に戻ってきたとしたら? 秋斗さん本人がリィには接点のない人に渡したものをすぐに開けられる?」
「……それは――」
今唯兄が言ったことは、実際唯兄に起きていることだった。
確かに私と唯兄は絶対に知り合うはずのないような関係だ。
秋斗さんが唯兄をスカウトしたのも偶然だし、私が静さんに写真提供をすることになったのも偶然。
偶然が重なって今がある。
「この蓋を開けてメッセージが入ってたらどうする?」
……蓋を開けたときに自分が予想しないものが入っていたら?
……それは少し構えてしまうかもしれない。
「でも、唯兄? 私、あのオルゴールを何度も開けたけれど、トルコ石の鍵しか入ってなかったよ?」
私はオルゴールの曲を聞きたくて、何度も開けたのだ。けれど、中には赤いビロードの布と鍵しか入っていなかった。
「あのオルゴールにはカラクリがあるんだ。底板が外れるようになってる。それを開けるときはふたつの鍵が必要だけど、閉めるときは閉めるだけでいいだけ。だから、セリが入院していたときはいつも開けた状態にしてあった。閉めると鳴らなくなるオルゴール。……いつ、鍵のついた部分が閉められたのか、俺にはわからないんだ……」
鍵を開けたらお手紙があるかもしれないということ?
「俺とセリは、あのオルゴールをポスト代わりにして交換日記ならぬ、手紙交換をしてたんだ。それは鍵がなくても開けられるスペース。リィが鍵が入ってたって言った箱の部分。そこには何もなかったみたいだけど、もし、鍵を開けた中に手紙が入ってたら……って思うと、箱にすら触れられない」
唯兄が小さく震えていた。
ベッドから下り唯兄の隣に座ると、唯兄の左手を右手でぎゅっと握る。
「唯兄……大丈夫だよ。お姉さんはユイちゃんが大好きだったもの。すごく大切な人って言ってたもの。たとえ手紙が入っていたとしても、唯兄が傷つくような言葉は並んでいないと思う。それにね、時間はたくさんあるよ。明日も明後日も明々後日も。一週間後も一ヵ月後も一年後も。……どうして私に託されたのかはわからない。でも、唯兄が言ったとおり、壊したくなかったんだと思う。とても大切なオルゴールだったのだと思う。だってね、傷は二ヵ所にしかついていなかったの」
唯兄は目を丸くした。
「くっ、あははははは! なんで傷の数まで知ってるかな」
突然笑い出した唯兄にびっくりする。
「ひとつは俺が落としたときにつけたキズ。もうひとつも俺が鍵でつけちゃったキズ。セリにすっげー怒られた」
傷だらけの鍵を見てなんとなくわかってはいたけれど、物に思い入れがあっても、傷とかはあまり気にしない人なのだろう。
「そのキズが増えてないってことは、リィも大切に持っててくれたってことだよね」
「……しばらくはデスクの上に置いていたの。でも、ホコリがかぶるのが気になってクローゼットの中にある引き出しにしまってた」
「ずっとわけのわからない、鳴りもしないオルゴールを持っていてくれてありがとう」
「……私はただ持っていただけだもの……」
「それでも、ありがとうって言わずにはいられないんだ」
まるで搾り出すような声だった。
まだ持て余しているつらい気持ちが伝わってくる。
さっきのたとえ話。相手が秋斗さんだと怖いと思うけど、蒼兄が相手ならどうだろう……?
私は最後の手紙が入っているかもしれないと思ったら、すぐにでも読みたいと思うのではないだろうか……。
そのあとも、ずっと唯兄と並んで話をしていた。
唯兄は私とお姉さんがどんな話をしていたのかが気になるみたいで、そのことを聞きたがったけれど、本当に大した話はしたことがなかった。
時間的にもいつも十分くらいなものだったし、話したことと言えば、お花のこととユイちゃんのこと。
そのほかには「病院って嫌だよね」と、いわば患者同士の愚痴みたいなものばかりで、これといった内容はないのだ。
それでも唯兄は口を挟むことなくじっと私の話を聞いていた。
それが終わると、今度は唯兄が子どものころの話をしてくれた。
お姉さんを見守る唯兄のお話は、優しくて、あたたかくて、聞いているこちらが幸せな気持ちになれた。
「リィ、眠いんだろ? 今日は学校にも行ったし……。もう十二時前だ、そろそろ休んだほうがいいんじゃない?」
唯兄に諭されるものの、つないでいる右手を放してはいけない気がした。
「唯兄、一緒にに寝よう? 一緒にいてくれる約束でしょう?」
「……お姫さん、寝とぼけちゃいませんかね?」
「え……? まだ大丈夫だよ。いたって正気」
「俺、さすがにリィを襲う気はないけどさ、ひとつのベッドに寝るのはどうかと思う……」
見る見るうちに唯兄の顔が引きつっていく。
「……大丈夫。蒼兄のお部屋に行こう?」
ゆっくりと立ち上がり、つないだ手をそのままに引っ張る。
「蒼兄、入ってもいい?」
ドアの外から声をかけると、「いいよ」と応答があった。
ドアを開けると、さっきまでの惨状はどこへやら……。
部屋はすっきりと片付き、床にもベッドにも書類は何も置かれていなかった。
代わりにパソコンデスクの上にいくつかのファイルが積み重なっている。
「あんちゃん、助けて……。このお嬢さん一緒に寝ようとか仰るんですが」
「あぁ、この部屋は引き出しベッドがあるからそうすれば?」
表情を変えずに答えた蒼兄に対し、
「あんちゃん正気っ!?」
「ん? まだ睡魔にはやられてないと思うけど?」
真顔で答える蒼兄と一緒に唯兄を見ると、盛大なため息をつかれた。
「もしかして御園生兄妹は時々一緒に寝てたりするんでしょうか……」
「時々だけど……」
蒼兄が口にしたので、
「寝るよね?」
それらの言葉に、唯兄はガクリと肩を落とす。
「このシスコンブラコンコンビめっ!」
「……もう、言われ慣れちゃったよね?」
蒼兄を見上げると、「そうだな」と答えが返ってきた。
その言葉は今となっては褒め言葉のように聞こえる。
「翠葉は上のベッドを使いな。唯は下のベッドな。俺は翠葉の部屋で寝るから」
蒼兄は資料をまとめ始める。
「ちょっとあんちゃんっっっ。俺、仮にも秋斗さんと行動を共にしてたヤローだよっ!?」
「あぁ……そうらしいな。でも、翠葉相手に何もしないだろ?」
「しないけどさぁっっっ」
「なら問題ない。俺、しばらく翠葉の部屋で資料整理してるから。じゃ、おやすみ」
蒼兄が部屋を出ていくと、唯兄は呆然と閉められたドアを見ていた。
私が引き出しベッドをセットし出すと、諦めたのか唯兄も手伝ってくれる。
「なぁ、リィ……」
「ん?」
「こういうの、俺とあんちゃんだけにしろよっ!?」
「うん……?」
「……本当にわかってるのかなあああっ!?」
「……うん?」
「秋斗さんや司くん、海斗っちとかとしたらだめだからねっ!?」
「……どうして?」
「……危ないからっ! 男はみんな狼さんだと思いなさいっ。あなたは子羊っ、食べられちゃいますよっ!?」
「うん……。私は人間だけど眠い……」
「はぁ……リィ、寝る前の薬は?」
「あ、お部屋……」
「俺、取ってくるからちょっと待ってな」
……それはこの手を放すということ?
「それは嫌……」
蒼兄の部屋に来るときに持ってきた携帯を手に取り、蒼兄にかけた。
「あのね、お薬がお部屋にあるの」
『わかった。すぐに持っていく』
蒼兄はピルケースと一緒にお水を持ってきてくれた。
渡された薬をそのまま飲む。
唯兄と蒼兄が何か話をしていた気がするけれど、残念ながら私の記憶はそこで途切れている。
眠くて眠くて、どうがんばっても瞼が下がってきてしまうのだ。
どうやって横になったのかも覚えていない。
でも、唯兄の手だけはしっかりと握っていたと思う。
その夜、私はとても不思議な夢を見た。
お姉さんに、「ありがとう」と飛び切りの笑顔で言われる夢。
明日起きたら唯兄に話さなくちゃ――
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