光のもとで1

葉野りるは

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第七章 つながり

21話

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『司、揃ったわよ』
「昇降機を降ろします」
 予算報告書に目を通していたらそんな会話が聞こえてきた。
 美都先輩がタッチパネルを操作すると、さっき春日先輩が教えてくれたカウンター内の四角くマーキングされている床が三つ下がり始める。
「はいっ、みんなお出迎えするよー!」
 加納先輩の号令でみんなが立ち上がる。私もそれに習ってゆっくりと立ち上がった。
 ピーッと音が鳴り、昇降機が上がってきた。
 徐々に見えてきた人は三人。
 一番左の人は少し痩せ型で身長の高い男の人。真ん中には恰幅が良くて、あまり背の高くない男の人。右側には華奢な体型の少し神経質そうな面立ちの女の人だった。
「この時間お世話になります」
 加納先輩が口にすると、みんな揃って腰を折った。
 私もギリギリ同じタイミングで行動できたと思う。
 頭を上げると、女の人が生徒会メンバーを見回し、私に視線を留めた。
 ヒールをカツンカツンと鳴らし、私の目の前まで来る。と、
「あなたが御園生翠葉さんね?」
「……はい。一年B組御園生翠葉です」
「……そう」
 それだけのやり取りをすると、ほかのメンバーに視線をめぐらせ、
「相変らず変わり映えしない面子ね」
 その先生をじっと見ていると、私に視線を戻し上から下まで検分するように見られた。
 そして、再度生徒会メンバーを見ながら、
「加納に里見、司に美都。それに簾条がいるなら嫌でも議題を通す気よねぇ……」
 と、少し面倒そうな顔をして後ろの先生たちを振り返った。
「学園長、彼女が御園生翠葉さんです。高等部校長はご存知のとおり、未履修分野の課題を異例の早さでパスした生徒であり、現在高等部の教師陣から早急に完備してほしいと要請がきている、病院と連携をとっての通信教育制度を必要とするかもしれない生徒。藤宮病院の紫さんと湊の患者です」
 その紹介のされ方に戸惑いを感じつつ、目の前まで歩いてきた人を見る。
 学園長と呼ばれた人は恰幅のいい男の人だった。
「藤宮学園学園長の藤宮圭吾です。通信教育制度に関しては前向きに検討しているから、身体に無理がないようにがんばりなさい」
「ありがとうございます……」
 それ以外に答えられる言葉はなかった。
 けれども、心はなぜか晴れない。まるで自分が霧の中にいるみたいだ。
 次に、痩せ型の人が私の前に立った。
「先日のピアノ演奏を聴かせていただきました。また演奏を聴きたいものです」
 柔和に笑う。
 最後に、一番最初に話しかけてきた女の先生。
「篠宮梓。学園規則委員長よ。そのストール似合ってるわね。……あぁ、嫌みじゃないわよ?」
 それだけを言うと、空いているカウンターの席に三人は着いた。
『これより、二〇〇九年度六月生徒総会を開会します』
 加納先輩の言葉で生徒総会が始まった。
 ステージの中央、丸く囲われた部分が鈍い音を立てて上昇する。それと同じくらいにまた床が振動しだした。
 それに驚いていると、
「振動するのは最初だけだ」
 と、司先輩の落ち着いた声がかけられた。
「回転するといっても低速だから構えなくていい。具合が悪くなればすぐに保健室へ連れていく」
 司先輩はこっちを見るでもなくそう言った。
 司先輩は素っ気無いけどいつも優しい。
 優しくされているのはわかるのに、肩や心が重くならないから不思議。
 息苦しくならないのが、不思議……。
 少し前まで霧の中にいたと思ったのに、司先輩の言葉で霧がさっと引いた。
 今は晴れてもいなければ曇ってもいない。
 たとえるなら、司先輩の作った特別な空間に瞬間移動させられて救われる。
 そんな感じ。
「変な人」と言ったら嫌な顔をされるだろうな。それなら「魔法使い」ということにしておこう。
 それでも、「魔法使いなんているわけないだろ」と一言で却下されてしまう気がする。もしくは、「現実逃避しすぎ」かな。
 しばし空想に耽っている間に、今現在予定されているイベントを加納先輩が読み上げていた。
 テスト予定も交えて話す中、七月の期末テスト明けに生徒会主催のサプライズイベントがあるということを知った。ほか、十月には「紫苑祭」という名の文化祭があり、そのあとに後夜祭があることも。
「現在は十月までしかイベント予定は入れていません。今年は文化祭の年なので、文化祭に費用を注ぎ込む都合上、ほかのイベントは残りの予算と相談しながら追加していく予定です。そこでみんなにも考えてもらいたいんだけど、季節感があって全校生徒で楽しめるお金のかからないイベント募集中です! 生徒会のメールでも役員捕まえて提案するでも手段は問いません。奮ってご応募ください! みんな楽しみたかったら知恵出せよー!」
 最初はとてもまともな会長らしき口調だったのに、最後は観覧席からピューと口笛が鳴ったり、「おー!」と声が轟音のように聞こえてきたり、どうにもこうにも生徒総会らしくない会場に一変した。
 私の正面に座る篠宮先生のため息が怖い……。
「では、会計より予算報告をお願いします」
 司会進行をする里見先輩の声がすると、会場はあっという間に静まった。
「翠、マイクとこれ」
 司先輩に渡されたのはカイロだった。
「焦らなくていい。翠のペースで読み上げればいいから。緊張したらカイロでも握ってろ。手の冷えくらいは抑えられるだろ」
 受け取ったカイロはすでにあたたかくなっていた。
 先ほど春日先輩に渡された小型マイクを制服の襟元につける。と、
「翠葉ちゃん、がんばって」
 と、右隣にいる春日先輩が小声で伝えてくれた。
 視界に入ったメンバーみんなから優しい視線が送られてきて、緊張する前に心がふわりと浮かぶ。
 声が上ずったらやだな、と思い、できる限りの力をお腹に集中させる。
「二〇〇九年度、予算報告、予算案のプリントをご覧ください」
 言葉にすると、意外なほどすらすらと表を読み上げることができた。
「以上、二〇〇九年度予算報告、予算案でした。――続きまして、冷房対策に関するストール認可への議題へ移りたいと思います」
 あらかじめプリントには目を通していたものの、最後までは目を通せていなかった。
 数字の羅列を読み終わると、最後にはストール認可への議題へ振れ、と司先輩の字で書かれていたのだ。
 そこで立ち上がったのは桃華さん。
 学園側代表者三人に礼をしてから台に上がる。
「それでは議題に入りたいと思います。ストール認可に関しましては、一週間前から女子生徒を中心にアンケート調査を行ってきました。この季節は冷房が入るため、深刻な冷え性を抱えている女子生徒が八割を超えます。それに伴い、生徒会と風紀委員で一週間毎日議論をし、ひとつの解決策を見出しました。それがストールです。冷房の設定温度は二十七度ですが、これ以上設定温度を上げると男子生徒からの苦情が増えます。もとより、男子生徒のほうが筋肉量が多いため、女子生徒との温度差があることは仕方がないことだと思います。ならば、女子生徒に羽織るアイテムを作るほうが建設的だろう、という結論のもと、手芸部編み物部門を交えての考察に入りました。そして出来上がったのがこちらです」
 桃華さんは自分が身に付けていたストールを外し、それを全校生徒に見えるよう台の上で一回りする。そして、学園側代表者である三人の先生に向かって話し出した。
「このストールのデザインは編み物部全員のアイディアです。よってデザイン料は発生いたしません」
 すると、サザナミくんが席を立ち、大量のプリントを手にして話し出す。
「ここに三学年女子生徒、三六〇人分の嘆願署名があります」
「ふむ……満場一致に持っていくつもりだね?」
 学園長がニヤリと笑った。
 こちら側に背を向けているので、実際の表情はわからない。けれど私の想像が正しければ、桃華さんは今とてもきれいで隙のない笑顔を作っているのではないだろうか。
「簾条のことだからその先まで考えてるんでしょう? 全部話しなさい」
 篠宮先生がぶっきらぼうに答えると、
「それではお言葉に甘えて」
 と、嬉しそうに話し出した。
「デザインに関しましては先に述べたとおり、生徒考案につきデザイン料は発生いたしません。工場は株式会社マリアージュが直営している工場での生産体制を口約束ですがいただいております。ストールの原価は安く抑えて四千円。これは最初から染めてある糸を使う場合です。もしも制服の色に合わせるために染色という工程が加わった場合は倍額の八千円になります。工場側の利益を計上すると、ストールの値段は一万円から一万三千円という数字が妥当かと思われます。マリアージュとの契約の際には多忙な学園長ではなく、高等部校長、もしくは学園規則委員長でも可能とうかがってきました」
 唖然とした。
 この一週間でそこまでの話を詰められるものなの?
 それ以前に、これは生徒の仕事なの……?
 議題を話し合うというよりは、学校側に提示して、それを遂行するために大人が介在するような、そんな気がしてならない。
「まずは規則に則って満場一致を確認してからね」
 そう答えたのは篠宮先生だった。
「それでは、表決を取る前に生徒会女子メンバーが会場を一周してまいりますので、今しばらくお時間をいただきます」
 そう桃華さんが口にした途端にメンバーが立ち上がる。
「翠のエスコートは俺」
 と、司先輩に右手を差し出された。
 周りを見回すと、女の子にはエスコート役の人がついていた。
 荒川先輩には春日先輩、里見先輩には加納先輩、桃華さんには海斗くんがついている。
 司先輩に催促され左手を預けると、そのままゆっくりと立ち上がった。
 誘導されるままに昇降機の上に立つ。
「じゃ、降ろすよ」
 美都先輩の声がかかり、床がわずかに振動しだした。
 慣れない私はあたふたしてしまう。
 けれども、
「大丈夫だから」
 と預けている左手に力をこめられ、変らず無表情な司先輩の顔を見ると少し落ち着くことができた。
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