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第六章 葛藤
29話
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ん……唇が何か――
ぼーっとしたまま目を開けると、至近距離に秋斗さんの笑顔があった。
「秋斗、さん……?」
口にしてみたけれど、現実味がない。
「お姫様は王子様のキスで目覚めるらしいよ。拓斗がそう言ってる」
え……? タクトって、誰?
私に覆いかぶさるようにしていた秋斗さんがいなくなると、その向こうに知らない女の人と男の子がいた。
「きやぁっっっ」
びっくりしたままに起き上がると、見事に眩暈を起こして秋斗さんに抱えられる。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
女の人はお腹を抱えて笑っているし、男の子はぼんやりとこっちを見ている。
「紹介するね。こちらが美波さん。そして、その息子の拓斗くん」
あ、この人が――
「おはよう。ぐっすり寝てたみたいね? 美波です。よろしくね?」
「……翠葉です。先日はお世話になりました」
「いいのよ。気にしないで?」
私の様子をうかがっていた男の子が、
「本当に起きた……。お姫様、はじめまして。僕、崎本拓斗です」
美波さんはお腹を抱えて笑ってるし、拓斗くんはぼんやりとこっちを見てる。
「拓斗くん、御園生翠葉です。仲良くしてね?」
声をかけると、ぱーっと向日葵が咲いたような笑顔になる。
「もちろん! 翠葉お姉ちゃん、お姉ちゃんは秋斗お兄ちゃんのお姫様なのっ? 僕に乗り換えない? 僕のほうが若いし長生きするよ?」
今にもベッドに上がってきそうな勢いで詰め寄られる。
「……あの、秋斗さん? 美波さん?」
状況がわからなくて、右にいる美波さんと左で支えてくれている秋斗さんを交互に見るも、ふたりはクスクスと笑っているだけだった。
「僕のキスで起きてくれたら良かったのにぃ……」
「えっ!?」
わけもわからず顔が熱くなり始め、思わず口元を両手で押さえる。
「拓斗にだって譲らないよ? このお姫様は俺の」
と、秋斗さんの顔が近づいてくると、髪の毛をかき上げられた。
な、に……?
うなじに生あたたかい感触――
っキス……!?
慌てふためいていると、
「はい、終了。俺の刻印付きですから」
秋斗さんは私の髪の毛を持ち上げ拓斗くんに見せる。
……何をしたの?
「秋斗お兄ちゃんずるーい……」
拓斗くんが不満そうに文句を言うと、
「拓斗は拓斗のお姫様を探しなさい。じゃ、俺は仕事に戻るから。美波さんはゆっくりしていってください」
と、立ち上がり様に額へキスを落とされる。
「翠葉ちゃん、あとでね」
私は呆然と秋斗さんの後ろ姿を見送った。
……何? 本当になんだったの!?
首をさすりながら、
「美波さん、今のなんだったんでしょう?」
「あら、わかってないの?」
きょとんとした顔で訊き返される。
わかるも何も――
「お姉ちゃん、キスマークつけられたんだよ」
拓斗くんがにこりと笑って教えてくれた。
き、キスマークっ!?
思わず髪の毛の上から首を押さえる。
「翠葉ちゃん、男の人と付き合ったことは?」
「……初めてです」
「まっ……それで秋斗くんの寝室なんかにいるのっ!?」
かくかくしかじか、この部屋に来ることになったいきさつを話すと、
「翠葉ちゃん、しっかり避妊はしなさいね」
言われて心臓が止まりそうになる。
「あのっ……あのっ……」
「何? ゴムの付け方なら秋斗くんが十分知ってると思うわよ?」
「そうじゃなくて――」
「あら、何かしら?」
「……お付き合いしたらそういう関係にならなくちゃいけないんですか?」
私はどうして初対面の人とこんなことを話す事態に陥っているのだろう……。
でも、いっそ何も知らない人のほうが訊きやすいかもしれなくて――
「そこからか……。タクっ、秋斗くんに伝言。性教育中って言ってきて。仕事の邪魔はしちゃだめよ?」
「わかった! セイキョウイク中ね!」
拓斗くんはパタパタとスリッパの音をさせて部屋を出ていった。
「さて、翠葉ちゃん話をもとに戻すけど……。必ずしもそうというわけじゃないわ。ただねぇ……秋斗くんの年頃じゃやりたい盛りじゃないかしら? それを我慢させ続けるっていうのは酷だわ」
目の前で話されていることの大半が許容量オーバーでどうにかなってしまいそうだ。
「でもね、待たせてもいいのよ」
と、優しい眼差しを向けられた。
「初めてのことって何事も心の準備が必要だもの。時には勇気を出して前に進まないといけないけどね。秋斗くんだって順を追って教えてくれるでしょうし……。その点は心配いらないんじゃないかしら?」
もう何を言うこともできずに下を向いていた。
「碧さん、娘とコイバナしたいってずっと言ってたから、今度お母さんに恋愛相談してごらんなさい。きっと喜ぶわよ? で、人に訊けないことがあったら私のところにいらっしゃい。なんでも教えてあげるから」
「……母と知り合いなんですか?」
「えぇ、もう何年の付き合いになるかしらね? 翠葉ちゃんが生まれる前からの知り合いよ」
知らなかった……。
そこに秋斗さんが慌てて入ってきた。
「ちょっと美波さんっ!?」
「何よ、そんなに慌てて」
「だって拓斗が性教育中って……」
言ってすぐ、口元を覆って私を見た。
私はどうしたらいいのかわからなくて、再度視線を落とす。
「したわよ? 性教育。スタイル良くてかわいくて、これだけ素直な反応してくれたらさぞ楽しいわよねぇ? でも、無理強いはだめよ?」
美波さん……お願いだからそれ以上何も言わないでください――
「……無理強いはしませんて。あ~……翠葉さん、怯えてません?」
これは私にかけられた言葉? それとも、美波さんに確認を取っている言葉?
ベッドがギシリと音を立て、左側のマットが沈む。
そして、秋斗さんに下から顔を覗き込まれた。
「泣いてはいないね……。さっきも言ったけど、そこまで怯えないで? 無理には絶対にしないから」
「あー! 秋斗お兄ちゃん、何お姫様泣かしてるのっ? 王子失格っ」
「違いますっ、泣かしたのは美波さん!」
「あら失礼ね。教育よっ、教育っ!」
もーーーーーーっっっ。
「泣いてませんっ!」
久しぶりに大声を出したらスカッとした。でも、肩で息をするくらいには疲れた。
急に力が抜け、身体が秋斗さんのほうに傾いてしまう。
「おっと……血が下がった?」
「いえ……力が抜けてしまっただけです」
「横になろう」
身体を横にすると、
「美波さん、あまり変な入れ知恵しないでください。ある意味、そこは俺の楽しみなんで……」
「女性の先輩から教えなくちゃいけないこともあるのよ」
「……ま、実地は自分なんでいいですけど」
ベッドを下りようとした秋斗さんのシャツを掴む。
「ん?」
「……あの、信じてますからね?」
「くっ、また牽制された。でも、大丈夫だよ。君に合わせる」
そう言って部屋を出ていった。
「あら……あれはマジね」
美波さんが頬杖を付いて秋斗さんが出ていったドアのほうを見て言った。
ぼーっとしたまま目を開けると、至近距離に秋斗さんの笑顔があった。
「秋斗、さん……?」
口にしてみたけれど、現実味がない。
「お姫様は王子様のキスで目覚めるらしいよ。拓斗がそう言ってる」
え……? タクトって、誰?
私に覆いかぶさるようにしていた秋斗さんがいなくなると、その向こうに知らない女の人と男の子がいた。
「きやぁっっっ」
びっくりしたままに起き上がると、見事に眩暈を起こして秋斗さんに抱えられる。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないです……」
女の人はお腹を抱えて笑っているし、男の子はぼんやりとこっちを見ている。
「紹介するね。こちらが美波さん。そして、その息子の拓斗くん」
あ、この人が――
「おはよう。ぐっすり寝てたみたいね? 美波です。よろしくね?」
「……翠葉です。先日はお世話になりました」
「いいのよ。気にしないで?」
私の様子をうかがっていた男の子が、
「本当に起きた……。お姫様、はじめまして。僕、崎本拓斗です」
美波さんはお腹を抱えて笑ってるし、拓斗くんはぼんやりとこっちを見てる。
「拓斗くん、御園生翠葉です。仲良くしてね?」
声をかけると、ぱーっと向日葵が咲いたような笑顔になる。
「もちろん! 翠葉お姉ちゃん、お姉ちゃんは秋斗お兄ちゃんのお姫様なのっ? 僕に乗り換えない? 僕のほうが若いし長生きするよ?」
今にもベッドに上がってきそうな勢いで詰め寄られる。
「……あの、秋斗さん? 美波さん?」
状況がわからなくて、右にいる美波さんと左で支えてくれている秋斗さんを交互に見るも、ふたりはクスクスと笑っているだけだった。
「僕のキスで起きてくれたら良かったのにぃ……」
「えっ!?」
わけもわからず顔が熱くなり始め、思わず口元を両手で押さえる。
「拓斗にだって譲らないよ? このお姫様は俺の」
と、秋斗さんの顔が近づいてくると、髪の毛をかき上げられた。
な、に……?
うなじに生あたたかい感触――
っキス……!?
慌てふためいていると、
「はい、終了。俺の刻印付きですから」
秋斗さんは私の髪の毛を持ち上げ拓斗くんに見せる。
……何をしたの?
「秋斗お兄ちゃんずるーい……」
拓斗くんが不満そうに文句を言うと、
「拓斗は拓斗のお姫様を探しなさい。じゃ、俺は仕事に戻るから。美波さんはゆっくりしていってください」
と、立ち上がり様に額へキスを落とされる。
「翠葉ちゃん、あとでね」
私は呆然と秋斗さんの後ろ姿を見送った。
……何? 本当になんだったの!?
首をさすりながら、
「美波さん、今のなんだったんでしょう?」
「あら、わかってないの?」
きょとんとした顔で訊き返される。
わかるも何も――
「お姉ちゃん、キスマークつけられたんだよ」
拓斗くんがにこりと笑って教えてくれた。
き、キスマークっ!?
思わず髪の毛の上から首を押さえる。
「翠葉ちゃん、男の人と付き合ったことは?」
「……初めてです」
「まっ……それで秋斗くんの寝室なんかにいるのっ!?」
かくかくしかじか、この部屋に来ることになったいきさつを話すと、
「翠葉ちゃん、しっかり避妊はしなさいね」
言われて心臓が止まりそうになる。
「あのっ……あのっ……」
「何? ゴムの付け方なら秋斗くんが十分知ってると思うわよ?」
「そうじゃなくて――」
「あら、何かしら?」
「……お付き合いしたらそういう関係にならなくちゃいけないんですか?」
私はどうして初対面の人とこんなことを話す事態に陥っているのだろう……。
でも、いっそ何も知らない人のほうが訊きやすいかもしれなくて――
「そこからか……。タクっ、秋斗くんに伝言。性教育中って言ってきて。仕事の邪魔はしちゃだめよ?」
「わかった! セイキョウイク中ね!」
拓斗くんはパタパタとスリッパの音をさせて部屋を出ていった。
「さて、翠葉ちゃん話をもとに戻すけど……。必ずしもそうというわけじゃないわ。ただねぇ……秋斗くんの年頃じゃやりたい盛りじゃないかしら? それを我慢させ続けるっていうのは酷だわ」
目の前で話されていることの大半が許容量オーバーでどうにかなってしまいそうだ。
「でもね、待たせてもいいのよ」
と、優しい眼差しを向けられた。
「初めてのことって何事も心の準備が必要だもの。時には勇気を出して前に進まないといけないけどね。秋斗くんだって順を追って教えてくれるでしょうし……。その点は心配いらないんじゃないかしら?」
もう何を言うこともできずに下を向いていた。
「碧さん、娘とコイバナしたいってずっと言ってたから、今度お母さんに恋愛相談してごらんなさい。きっと喜ぶわよ? で、人に訊けないことがあったら私のところにいらっしゃい。なんでも教えてあげるから」
「……母と知り合いなんですか?」
「えぇ、もう何年の付き合いになるかしらね? 翠葉ちゃんが生まれる前からの知り合いよ」
知らなかった……。
そこに秋斗さんが慌てて入ってきた。
「ちょっと美波さんっ!?」
「何よ、そんなに慌てて」
「だって拓斗が性教育中って……」
言ってすぐ、口元を覆って私を見た。
私はどうしたらいいのかわからなくて、再度視線を落とす。
「したわよ? 性教育。スタイル良くてかわいくて、これだけ素直な反応してくれたらさぞ楽しいわよねぇ? でも、無理強いはだめよ?」
美波さん……お願いだからそれ以上何も言わないでください――
「……無理強いはしませんて。あ~……翠葉さん、怯えてません?」
これは私にかけられた言葉? それとも、美波さんに確認を取っている言葉?
ベッドがギシリと音を立て、左側のマットが沈む。
そして、秋斗さんに下から顔を覗き込まれた。
「泣いてはいないね……。さっきも言ったけど、そこまで怯えないで? 無理には絶対にしないから」
「あー! 秋斗お兄ちゃん、何お姫様泣かしてるのっ? 王子失格っ」
「違いますっ、泣かしたのは美波さん!」
「あら失礼ね。教育よっ、教育っ!」
もーーーーーーっっっ。
「泣いてませんっ!」
久しぶりに大声を出したらスカッとした。でも、肩で息をするくらいには疲れた。
急に力が抜け、身体が秋斗さんのほうに傾いてしまう。
「おっと……血が下がった?」
「いえ……力が抜けてしまっただけです」
「横になろう」
身体を横にすると、
「美波さん、あまり変な入れ知恵しないでください。ある意味、そこは俺の楽しみなんで……」
「女性の先輩から教えなくちゃいけないこともあるのよ」
「……ま、実地は自分なんでいいですけど」
ベッドを下りようとした秋斗さんのシャツを掴む。
「ん?」
「……あの、信じてますからね?」
「くっ、また牽制された。でも、大丈夫だよ。君に合わせる」
そう言って部屋を出ていった。
「あら……あれはマジね」
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