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Side View Story 05
25~27 Side 司 03話
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会場の指揮は簾条に任せ、図書棟に戻った。
「翠は?」
先に戻っていた嵐に声をかけると、
「今着替え中。あと少しで更衣室から戻ってくると思う」
しばらくすると、茜先輩と翠はドレスを抱えて戻ってきた。
ドレスを着ているときにはあまり違和感を覚えなかったものの、制服姿で髪がカールされているといつもと様相が違いすぎて少し戸惑う。
普段のストレートよりも、幾分か華やかな印象。その髪型で嬉しそうに笑うと花が咲いたように見えた。
「翠葉、俺ガット買いに行かなくちゃいけないから司と帰って?」
「……司先輩は今日もマンションなんですか?」
「……姉さんの部屋に忘れ物」
海斗に対して舌打ちをしたくなる。
マンションに用はない。でも、姫になった翠をひとりで歩かせるのは心配でもある。
だから、咄嗟に忘れ物をしたと口にした。
「翠葉ちゃん、来週には写真ができるから楽しみにしててね」
会長の言葉を聞いた途端、翠の表情が曇った。
来週――日曜日から薬を飲み始めるとしたら、来週は欠席が続くだろう。
「翠葉ちゃん?」
会長が翠の顔を覗き込むと、
「あ、えと……楽しみにしてます」
声が上ずっていた。さっきまでは笑っていたのに、すぐにもとに戻ってしまう。
翠の表情筋は、形状維持能力を持ち合わせてはいないようだ。
「翠葉ちゃんの『色々』はよくわからないけど、きっと大丈夫だよ。何もかもうまくいく」
翠が回りに声をかけ図書室を出ようとしたとき、
「御園生さん、俺のこと忘れてない?」
と、漣が寄ってきた。
言われてみれば、漣には声をかけていなかったもしれない。
「ごめんなさい。やっと名前覚えました。サザナミセンリくん、さようなら」
すぐにこの場をあとにしたい、という感情がありありとうかがえる言い方だった。
その瞬間に漣が翠に向かって手を出した。しかも、右肩――先日、男に触れられたほうの肩。
「千里放せっ」
すぐに朝陽が止めに入ったが時は遅し――
翠の身体が小刻みに震えだしていた。
「海斗っ、漣出して」
指示を出すと、海斗と優太が動く。
漣は事態を呑み込む前に海斗と優太に両脇を抱えられて図書室を出ていった。
「翠葉っ!?」
簾条が声をかけるも、翠は耳を塞いで座り込んでしまう。俺は翠の前に膝をつき、
「翠、大丈夫だから。漣は海斗が外に連れ出したからもういない」
その声に、翠は恐る恐る顔を上げた。
「悪い、漣には翠に触れるなって話してなかった」
翠は目にいっぱい涙を溜めて、
「先輩が謝ることじゃないです。おかしいのは私だから……」
「翠葉……?」
簾条が不安そうに覗き込むと、
「なんかね、ちょっと変なの……。司先輩も海斗くんも、蒼兄も佐野くんも平気なの。なのに、ほかの人はだめみたい……」
「秋斗先生も?」
翠はコクリと頷いた。
「今朝言っていたのはそれ?」
今朝も何かあったのか……?
「ううん。それはまた別」
「……翠葉は隠し事が多くて本当に困るわ。でも、あまり深刻にならないようにね」
「うん、ありがとう……」
「立てる?」
俺が手を差し出すと、
「大丈夫です」
翠は俺の手をガイドにゆっくりと立ち上がった。
まだ騒がしい校内を歩いて昇降口へ向かい、人が多い桜並木を歩きながら思う。
相変らず翠の歩くペースは遅いな、と。
けれど、歩く速度が変わるだけで、確かに目に入ってくる情報量は増えた。
公道に出たところで、
「明日、どうするの?」
「会うのは大丈夫だったの。ただ触れられなかっただけ……。だから、会います。伝えなくちゃいけないことがあるし」
伝えなくちゃいけないこと、か――本意じゃないくせに……。
「……そう。無理はするな。何かあれば連絡くれてかまわないから」
「ありがとうございます。でも……それで連絡しちゃったら四日連続で泣いてる私を見ることになりますよ?」
それは嬉しくない。でも――ひとりで泣かれるのも嫌だと思う。
「だから、明日はかけません。私も、泣いてるところばかりは見られたくないですから」
言いながら、翠は無理に笑みを浮かべた。
「ひとつ訊いていい?」
俺が止まると、数歩前を歩いた翠が「はい?」と振り返る。
「翠にとって俺は何?」
翠は少し考えてから、
「え……と、同い年だけど先輩?」
「そうじゃなくて――以前、もう少し近づきたいって言ったと思うんだけど」
その意味を翠は少しも考えていないのだろうか。
いや、口にしたときは俺も気づいてはいなかった。でも、今は――
「どう答えたらいいのかわからないけれど、関係性で言うなら先輩で友達未満。……すごく頼りになる人で、でも友達っていう気安さではなくて――ごめんなさい。これ以上にどんな言葉があるのか思いつかないです」
「……いや、いい」
立ち止まったままの翠を追い越して歩みを進める。
頼りになる人、つまり単なる先輩よりは格が上がったということにしておく。今はそれでいい。
ふと、道端に咲いているタンポポが目に入った。それは先日、翠に指差されたタンポポだった。
あの日から、そこを通ると視線を落とすようになった。
この変化は翠がもたらしたもの。
これから、翠はどんなことを俺に教えてくれるだろう。俺は、翠に何を教えられるだろう。
たとえばこんなふうに、ゆっくりでも一緒に前へ進める関係になりたい。
「翠は?」
先に戻っていた嵐に声をかけると、
「今着替え中。あと少しで更衣室から戻ってくると思う」
しばらくすると、茜先輩と翠はドレスを抱えて戻ってきた。
ドレスを着ているときにはあまり違和感を覚えなかったものの、制服姿で髪がカールされているといつもと様相が違いすぎて少し戸惑う。
普段のストレートよりも、幾分か華やかな印象。その髪型で嬉しそうに笑うと花が咲いたように見えた。
「翠葉、俺ガット買いに行かなくちゃいけないから司と帰って?」
「……司先輩は今日もマンションなんですか?」
「……姉さんの部屋に忘れ物」
海斗に対して舌打ちをしたくなる。
マンションに用はない。でも、姫になった翠をひとりで歩かせるのは心配でもある。
だから、咄嗟に忘れ物をしたと口にした。
「翠葉ちゃん、来週には写真ができるから楽しみにしててね」
会長の言葉を聞いた途端、翠の表情が曇った。
来週――日曜日から薬を飲み始めるとしたら、来週は欠席が続くだろう。
「翠葉ちゃん?」
会長が翠の顔を覗き込むと、
「あ、えと……楽しみにしてます」
声が上ずっていた。さっきまでは笑っていたのに、すぐにもとに戻ってしまう。
翠の表情筋は、形状維持能力を持ち合わせてはいないようだ。
「翠葉ちゃんの『色々』はよくわからないけど、きっと大丈夫だよ。何もかもうまくいく」
翠が回りに声をかけ図書室を出ようとしたとき、
「御園生さん、俺のこと忘れてない?」
と、漣が寄ってきた。
言われてみれば、漣には声をかけていなかったもしれない。
「ごめんなさい。やっと名前覚えました。サザナミセンリくん、さようなら」
すぐにこの場をあとにしたい、という感情がありありとうかがえる言い方だった。
その瞬間に漣が翠に向かって手を出した。しかも、右肩――先日、男に触れられたほうの肩。
「千里放せっ」
すぐに朝陽が止めに入ったが時は遅し――
翠の身体が小刻みに震えだしていた。
「海斗っ、漣出して」
指示を出すと、海斗と優太が動く。
漣は事態を呑み込む前に海斗と優太に両脇を抱えられて図書室を出ていった。
「翠葉っ!?」
簾条が声をかけるも、翠は耳を塞いで座り込んでしまう。俺は翠の前に膝をつき、
「翠、大丈夫だから。漣は海斗が外に連れ出したからもういない」
その声に、翠は恐る恐る顔を上げた。
「悪い、漣には翠に触れるなって話してなかった」
翠は目にいっぱい涙を溜めて、
「先輩が謝ることじゃないです。おかしいのは私だから……」
「翠葉……?」
簾条が不安そうに覗き込むと、
「なんかね、ちょっと変なの……。司先輩も海斗くんも、蒼兄も佐野くんも平気なの。なのに、ほかの人はだめみたい……」
「秋斗先生も?」
翠はコクリと頷いた。
「今朝言っていたのはそれ?」
今朝も何かあったのか……?
「ううん。それはまた別」
「……翠葉は隠し事が多くて本当に困るわ。でも、あまり深刻にならないようにね」
「うん、ありがとう……」
「立てる?」
俺が手を差し出すと、
「大丈夫です」
翠は俺の手をガイドにゆっくりと立ち上がった。
まだ騒がしい校内を歩いて昇降口へ向かい、人が多い桜並木を歩きながら思う。
相変らず翠の歩くペースは遅いな、と。
けれど、歩く速度が変わるだけで、確かに目に入ってくる情報量は増えた。
公道に出たところで、
「明日、どうするの?」
「会うのは大丈夫だったの。ただ触れられなかっただけ……。だから、会います。伝えなくちゃいけないことがあるし」
伝えなくちゃいけないこと、か――本意じゃないくせに……。
「……そう。無理はするな。何かあれば連絡くれてかまわないから」
「ありがとうございます。でも……それで連絡しちゃったら四日連続で泣いてる私を見ることになりますよ?」
それは嬉しくない。でも――ひとりで泣かれるのも嫌だと思う。
「だから、明日はかけません。私も、泣いてるところばかりは見られたくないですから」
言いながら、翠は無理に笑みを浮かべた。
「ひとつ訊いていい?」
俺が止まると、数歩前を歩いた翠が「はい?」と振り返る。
「翠にとって俺は何?」
翠は少し考えてから、
「え……と、同い年だけど先輩?」
「そうじゃなくて――以前、もう少し近づきたいって言ったと思うんだけど」
その意味を翠は少しも考えていないのだろうか。
いや、口にしたときは俺も気づいてはいなかった。でも、今は――
「どう答えたらいいのかわからないけれど、関係性で言うなら先輩で友達未満。……すごく頼りになる人で、でも友達っていう気安さではなくて――ごめんなさい。これ以上にどんな言葉があるのか思いつかないです」
「……いや、いい」
立ち止まったままの翠を追い越して歩みを進める。
頼りになる人、つまり単なる先輩よりは格が上がったということにしておく。今はそれでいい。
ふと、道端に咲いているタンポポが目に入った。それは先日、翠に指差されたタンポポだった。
あの日から、そこを通ると視線を落とすようになった。
この変化は翠がもたらしたもの。
これから、翠はどんなことを俺に教えてくれるだろう。俺は、翠に何を教えられるだろう。
たとえばこんなふうに、ゆっくりでも一緒に前へ進める関係になりたい。
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