光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
211 / 1,060
Side View Story 05

25~27 Side 司 03話

しおりを挟む
 会場の指揮は簾条に任せ、図書棟に戻った。
「翠は?」
 先に戻っていた嵐に声をかけると、
「今着替え中。あと少しで更衣室から戻ってくると思う」
 しばらくすると、茜先輩と翠はドレスを抱えて戻ってきた。
 ドレスを着ているときにはあまり違和感を覚えなかったものの、制服姿で髪がカールされているといつもと様相が違いすぎて少し戸惑う。
 普段のストレートよりも、幾分か華やかな印象。その髪型で嬉しそうに笑うと花が咲いたように見えた。
「翠葉、俺ガット買いに行かなくちゃいけないから司と帰って?」
「……司先輩は今日もマンションなんですか?」
「……姉さんの部屋に忘れ物」
 海斗に対して舌打ちをしたくなる。
 マンションに用はない。でも、姫になった翠をひとりで歩かせるのは心配でもある。
 だから、咄嗟に忘れ物をしたと口にした。
「翠葉ちゃん、来週には写真ができるから楽しみにしててね」
 会長の言葉を聞いた途端、翠の表情が曇った。
 来週――日曜日から薬を飲み始めるとしたら、来週は欠席が続くだろう。
「翠葉ちゃん?」
 会長が翠の顔を覗き込むと、
「あ、えと……楽しみにしてます」
 声が上ずっていた。さっきまでは笑っていたのに、すぐにもとに戻ってしまう。
 翠の表情筋は、形状維持能力を持ち合わせてはいないようだ。
「翠葉ちゃんの『色々』はよくわからないけど、きっと大丈夫だよ。何もかもうまくいく」

 翠が回りに声をかけ図書室を出ようとしたとき、
「御園生さん、俺のこと忘れてない?」
 と、漣が寄ってきた。
 言われてみれば、漣には声をかけていなかったもしれない。
「ごめんなさい。やっと名前覚えました。サザナミセンリくん、さようなら」
 すぐにこの場をあとにしたい、という感情がありありとうかがえる言い方だった。
 その瞬間に漣が翠に向かって手を出した。しかも、右肩――先日、男に触れられたほうの肩。
「千里放せっ」
 すぐに朝陽が止めに入ったが時は遅し――
 翠の身体が小刻みに震えだしていた。
「海斗っ、漣出して」
 指示を出すと、海斗と優太が動く。
 漣は事態を呑み込む前に海斗と優太に両脇を抱えられて図書室を出ていった。
「翠葉っ!?」
 簾条が声をかけるも、翠は耳を塞いで座り込んでしまう。俺は翠の前に膝をつき、
「翠、大丈夫だから。漣は海斗が外に連れ出したからもういない」
 その声に、翠は恐る恐る顔を上げた。
「悪い、漣には翠に触れるなって話してなかった」
 翠は目にいっぱい涙を溜めて、
「先輩が謝ることじゃないです。おかしいのは私だから……」
「翠葉……?」
 簾条が不安そうに覗き込むと、
「なんかね、ちょっと変なの……。司先輩も海斗くんも、蒼兄も佐野くんも平気なの。なのに、ほかの人はだめみたい……」
「秋斗先生も?」
 翠はコクリと頷いた。
「今朝言っていたのはそれ?」
 今朝も何かあったのか……?
「ううん。それはまた別」
「……翠葉は隠し事が多くて本当に困るわ。でも、あまり深刻にならないようにね」
「うん、ありがとう……」
「立てる?」
 俺が手を差し出すと、
「大丈夫です」
 翠は俺の手をガイドにゆっくりと立ち上がった。
 まだ騒がしい校内を歩いて昇降口へ向かい、人が多い桜並木を歩きながら思う。
 相変らず翠の歩くペースは遅いな、と。
 けれど、歩く速度が変わるだけで、確かに目に入ってくる情報量は増えた。
 公道に出たところで、
「明日、どうするの?」
「会うのは大丈夫だったの。ただ触れられなかっただけ……。だから、会います。伝えなくちゃいけないことがあるし」
 伝えなくちゃいけないこと、か――本意じゃないくせに……。
「……そう。無理はするな。何かあれば連絡くれてかまわないから」
「ありがとうございます。でも……それで連絡しちゃったら四日連続で泣いてる私を見ることになりますよ?」
 それは嬉しくない。でも――ひとりで泣かれるのも嫌だと思う。
「だから、明日はかけません。私も、泣いてるところばかりは見られたくないですから」
 言いながら、翠は無理に笑みを浮かべた。
「ひとつ訊いていい?」
 俺が止まると、数歩前を歩いた翠が「はい?」と振り返る。
「翠にとって俺は何?」
 翠は少し考えてから、
「え……と、同い年だけど先輩?」
「そうじゃなくて――以前、もう少し近づきたいって言ったと思うんだけど」
 その意味を翠は少しも考えていないのだろうか。
 いや、口にしたときは俺も気づいてはいなかった。でも、今は――
「どう答えたらいいのかわからないけれど、関係性で言うなら先輩で友達未満。……すごく頼りになる人で、でも友達っていう気安さではなくて――ごめんなさい。これ以上にどんな言葉があるのか思いつかないです」
「……いや、いい」
 立ち止まったままの翠を追い越して歩みを進める。
 頼りになる人、つまり単なる先輩よりは格が上がったということにしておく。今はそれでいい。
 ふと、道端に咲いているタンポポが目に入った。それは先日、翠に指差されたタンポポだった。
 あの日から、そこを通ると視線を落とすようになった。
 この変化は翠がもたらしたもの。
 これから、翠はどんなことを俺に教えてくれるだろう。俺は、翠に何を教えられるだろう。
 たとえばこんなふうに、ゆっくりでも一緒に前へ進める関係になりたい。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...