光のもとで1

葉野りるは

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18.5 Side 秋斗 01話

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 朝の五時、ベッドサイドに置いた携帯が鳴って目が覚めた。
 こんな時間に誰――
「じーさんか静さんだな」
 当たりをつけて通話に応じると、静さんだった。
『やぁ、おはよう。今日もいい天気だよ』
 などと、嫌みなほど爽やかな声が聞こえてくる。
 一瞬殺意を抱きそうになった。
「おはようございます。こんな早くになんの用ですか?」
『翠葉ちゃんの警護を解く。雅は自宅に軟禁したからもう安心していい』
「……それ、昨日までに聞きたかったですね」
『若槻から転送されたデータを見たよ。翠葉ちゃんには申し訳ないことをした』
「ずいぶんと傷ついてます」
『あぁ、そうだろうな……。フォローを頼む』
「フォローできるものなら。俺、たぶん明日には振られるんで……」
『おや、翠葉ちゃんに振られるのか? それは気の毒に』
「ったく、誰のせいだと思ってるんですかっ。ようやく手に入りそうだったものを」
『くっ……秋斗にそんな台詞を言わせるとは、翠葉ちゃんは将来大物になりそうだ』
「他人事だと思って……。いつか静さんの足元――湊ちゃんが掬ってくれることを楽しみにしてます」
『ははっ。そこで自分がとは言わず、湊を出してくるあたりが秋斗だな。だが、彼女のことをここで諦めるつもりはないのだろう?』
「当たり前です。逃げるならとことん追いかけるまでです」
『かなり手強そうだけどな。まぁ、がんばれ』
「ライバルも登場しちゃいましたしね」
『あぁ、司が動いたか』
「そんなことまでご存知で?」
『まぁな。おまえたちは皆、私の愛すべきひよっ子どもだ』
「……本当、静さんには敵わない。俺、もう一眠りするから切りますよ?」
『早起きは三文の徳と言うがな』
「俺、まだ若者なんで、もう少し年をとったら実行してみます。じゃ」

 通話を切ったものの二度寝できる心境ではなかった。
 思い出されるのは昨夜の彼女。
 ハープを弾きっぱなしで誰の呼びかけにも応えず、身体に触れても気づかなかった。完全に周りをシャットアウトしていた。
 そのときに奏でられていた旋律が今でも頭に流れている。とても悲しく、心の叫びを代弁するかの音たち――
 栞ちゃんの話だと、病院から帰ってきてお風呂に入ったあとからずっとそんな状態だったという。
 蒼樹が大学から帰ってきて、ようやく彼女の演奏が止まった。
 誰が呼びかけても何をしてもだめだったのに、蒼樹が抱きしめただけで視界に人を認めた。
 そのときに彼女が口にした言葉を忘れることができない。

 ――「蒼兄だけはずっと側にいて」。

 すでに俺が除外されていた。
 何も蒼樹に勝ちたいわけじゃない。ただ、そこに俺を入れてほしいだけ。
 でも、彼女は家族しか存在しない世界へと引き篭もってしまうのだろう。
「くそっ……飲まないとやってられない」
 元凶は雅と佐々木専務。動くのが遅かった静さんも同罪だ。
 今日は飲みに付き合ってもらおう。


件名 :おかげで二度寝なんてできやしない
本文 :生まれて初めて好きになった子に振られるんです。
   どんなに忙しくとも、今日の夜は飲みに付き合ってもらいますよ。


 すると、数分後に返信があった。


件名 :Re:おかげで二度寝なんてできやしない
本文 :秋斗なんてかわいいものだ。
   私は何年も同じ女性に振られ続けている。

   夜は空けておく。
   それでも十時は回る。
   マンションに着いたら連絡する。


 今日も栞ちゃんちで夕食会だ。でも、たいていは八時までに解散するからちょうどいいくらいかもしれない。
 それにしても、あの静さんを振るってどんな人だ? 普通なら玉の輿で喜ぶだろうに。
 見目も良く物腰穏やか、何事においてもスマートだ。
 しかも、何年にもわたってって……。
 今日の飲み会の議題はそれだな。
 人と恋愛話なんてしたことがない。
 その初めての相手が静さんというのはまたなんだかおかしい気がした。
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