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01 Side 司 01話
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今日は校内展示の最終集計とその後の段取り。
集計自体は投票機から上がってきたデータを分析にかければいいだけで、さほど大変な作業ではない。問題は、生徒会就任式と生徒会総会だろう。
それ以前に、結局のところ誰を引張るのかがきちんと決まっていないのが問題だ。
中間考査の順位発表も出たともなれば、今日はそのあたりが主題となるだろう。
テラスにつながるガラス戸を開ける。と、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
立ち止まっていったい何をしている……?
不思議に思いながら近づくと、その人物は急にしゃがみこんだ。
「翠、何してる……?」
声をかけるも無反応。
……まさか、具合が悪いのかっ!?
翠の前へ回り込み、表情が見えるところまで目線を落とす。
「翠?」
力なく顔を上げた翠の右手は胸に当てられた。
痛み、か……?
「先輩、お願いが……」
「何……」
「お水……。薬、飲みたい――」
言われてすぐに立ち上がった。翠がいた場所から少し先にある階段を下り、自販機を目指す。
自販機の前には五人の女子がいた。
「悪いんだけど、先に買わせてもらえる?」
尋ねると、五人は首をコクコクと縦に振りその場を譲ってくれた。
ミネラルウォーターを買うと、礼を述べて階段を駆け上がる。翠は変わらずしゃがみこんだままだった。
ボトルのキャップを開けて翠に渡すと、ピルケースからふたつのカプセルを取り出し口にした。そして、またすぐに右手を胸に添える。
白い手がうっ血するほど強く、制服を握りしめていた。
「保健室に行こう」
「もう少し……もう少しして薬が効けば――」
翠は俺を見るでもなく、テラスのタイルをじっと見つめて口にする。
呼吸が上がってるわけではない。でも、ここで薬が効くのを待つのもどうかと思う。
薬が効くまでには最低でも二十分は要す。しかし、周りにはすでに人が集まりだしていた。
無理もない……。翠は今年の姫に選ばた。そのくらいには全校生徒に注目されている人間。さらには俺が一緒にいるともなれば、嫌でも人目は引くだろう。
そんなことを考えていると、くぐもった音で着信音が流れ出す。
翠が携帯を取り出すと、流れている曲がカーペンターズの「Close to you」であることがわかった。それは翠が一番好きだという洋楽。
瞬時に思い浮かぶのは秋兄。秋兄ならそれを自分の着信音に設定するくらいのことはやってのけるだろう。
翠の手から携帯を奪い取りディスプレイを見ると、「藤宮秋斗」の文字が表示されていた。
「秋兄?」
『司、翠葉ちゃんは? 数値がおかしい』
「今、テラス。痛いみたい」
『薬は?』
「今飲んだところ」
『すぐに行く。そのまま送っていくから』
「わかった」
要点のみの会話で通話を切る。
「秋兄が来る。で、そのまま家に送るからって」
「ありがと……」
翠の表情が少し緩んだ気がした。
「――俺じゃだめなわけ?」
言ってはっとする。
咄嗟に口元を押さえると、翠と目が合った。
「……悪い、なんでもない。薬は効きそう?」
今、翠を困らせるようなことを言ってどうする――
謝った時点で口にしてしまった言葉を肯定しているも同然。けれど、目の前の翠は何も気づかず、
「たぶん……。このくらいな大丈夫」
と、再度タイルに視線を落とした。
きっと、今は余計なことを考える余裕がないのだろう。
そこへ、少し息の上がった秋兄が現れた。
「このまま家まで送るから」
秋兄が翠を軽々と抱え上げる。と、
「っ……自分で歩けますっ」
翠は顔を赤らめた。
何を考える余裕はなくても赤面ってするものなんだな。
それに、自分で歩けるって……。それが無理だから座り込んで薬が効くのを待つと言っていたくせに……。
「こういうときくらいは静かに抱えられてて?」
秋兄が柔らかな表情を向けると、翠はさらに上気した。そして、そのまま秋兄の肩口に顔をうずめる。左手を秋兄の胸元に添えて――
今までそんなふうにしているところを見たことがない。それはつまり、翠が秋兄に気を許したということではないのか。あの赤面は、今までのものとは意味が異なるのか――
「なんだ、そういうこと……」
自分の中で何かが音を立てて崩れる。
階段を下りていく秋兄は、彼女を愛しげに見てはどこか満足そうでもあり、
「悔しいけど様になるな……」
「そこで諦めるの?」
「っ……!?」
気づけば茜先輩がすぐそこまで来ていた。
「あーあ。司がのんびりしてるから秋斗先生に取られちゃったじゃない」
先輩は手すりに頬杖を付いて文句を言う。
のんびりしていた、というよりは出遅れた感が強い。
「もっとアプローチすればよかったのに」
その言葉にため息をつく。
きっとこれが自分の初恋だ。アプローチの仕方なんか知るか……。
「何? 思ってることあるなら口にしたら?」
「……どうしたらいいのかわからない。それだけです」
「……司はこれが初恋?」
「たぶん」
「そうだとは思っていたけど……。私が司を応援してるのよ? ここで負けを認めたなんて言わせないんだから」
そうは言われても、あれを目の当たりにされてどうしろと……?
そのとき、軽快にパッフェルベルのカノンが流れだす。
「あ、メール!」
茜先輩はメールを読むと、
「ふーん……面白そう」
意味深に笑みを深めた。
「司、作戦会議するわよっ! 今から桃が来るわっ。ほら、図書室に戻るっ!」
背中を押されてテラスを歩き始めたものの、簾条が何をしに来るって……?
図書室にはほかのメンバーが揃っていた。
「翠葉ちゃん、大丈夫なの?」
朝陽に声をかけられ不思議に思う。
「なんで知って――」
最後まで言う前に嵐が口を開いた。
「だって、秋斗先生がすごい勢いで出ていったもん」
「だから私が司を迎えに行ってあげたのよ?」
にこり、と茜先輩が笑う。
それはつまり……ここにいるメンバーは全員俺の気持ちに気づいていたということか?
……それはたぶん、球技大会のあたりからなのだろう。それらしきことは散々言われていた。そこへ海斗からの写真トラップ――バレてないわけがなかった。だからどう、というわけでもなく席に着くと、
「今から桃が来るわ」
茜先輩の言葉に会長と朝陽が反応する。
「なんだ、強力な味方いるじゃん」
朝陽の言葉に舌打ちをしたくなる。あれを味方とは思いたくないし、あまり考えたくもない。そもそも、簾条は俺の味方なんてしないだろう。きっと俺でも秋兄でもなく、翠の味方だ。
「あ、来たわ!」
携帯を手に図書室のロックを外し動いたのは茜先輩だった。
「ねぇ、桃って誰?」
嵐と優太に訊かれる。
「簾条桃華、一年B組のクラス委員は知ってるだろ?」
「あぁっ! 妙に頭の切れる子?」
優太が言うと、嵐も口を開く。
「鬼の集計者、桃華のことか! 司と暗躍してた子でしょ?」
嵐の認識に苦笑を浮かべる。
優太と嵐は外部生ということもあり、簾条との接点は先日の球技大会くらいなものだ。それに対し、会長と朝陽は中等部での生徒会が一緒だったこともあり、旧知の仲と言っても過言じゃない。もちろん、俺との相性の悪さも知っているはず。それは、茜先輩も然り、だ。
ドアが開くと、「茜先輩お久しぶりです!」と簾条が入ってきた。
「本当に久しぶりね」
茜先輩は嬉しそうに簾条を迎える。ふと、こっちに視線をやった簾条と目が合った。けれども、すぐに視線を逸らしたのは簾条のほうだった。
「久先輩、朝陽先輩、お久しぶりです」
ふたりに挨拶をすると、優太と嵐に向き直る。
「球技大会のときはお世話になりました」
ホームグラウンドではない場所でもうまく立ち回れる人間……。
ここへ来たからには何か企んでいるのだろう。
簾条は笑みを湛えたまま、
「久先輩。そろそろイベントに飢えてるころじゃありません?」
そんな言葉をかけられたら会長が喜ばないわけがない。すぐに目を輝かせ始める。
「何なに? 桃ちゃん、面白いことっ!?」
会長が簾条に詰め寄る。
「えぇ、それは飛び切りすてきなイベントにしてもらわないと困るんです」
そこで一度話を切り、当たり前のように俺の向かいの席に着いた。
「日にちはもう決まっていて、準備期間は一週間のみ。六月五日に翠葉の誕生パーティーを計画しています。そこで姫と王子のお披露目しませんか?」
翠の誕生パーティー……?
「藤宮司、校内展示の集計結果がそろそろ出るころじゃない? 今年は茜先輩か翠葉って踏んでるのだけど、違う?」
掲示板の写真を見ればわかりそうなものだ。返事をせずにいると、
「桃ちゃんの提案、いいと思う。お察しのとおり、今年の姫は茜先輩と翠葉ちゃんに決まったところだから」
朝陽が答えた。
「楽しそうじゃん!」
と、優太が言えば、
「やろうやろう!」
と、嵐が便乗する。
会長がこんなお祭り騒ぎを反対するわけもなく、茜先輩は考える余地なし、といったところだろう。
「桃、すてきなプランね。その騒ぎに乗じて生徒会就任式しちゃいましょう」
クスリ、と笑った茜先輩は、目に怪しい光を宿している。
「司、外堀から埋めましょう? 周りを固めてしまえばこっちのものよ」
……何をするつもりなんだか。
「でも、それには人が必要だわ……」
茜先輩は言いながら宙を見る。そして、何か思いついたのか、簾条に視線を戻した。
「桃、兼任しない?」
「何をですか?」
簾条が訊くと、茜先輩が答える前に会長が反応した。
「あ、それいいね! そしたら翠葉ちゃん断われなくなるよ!」
茜先輩の意図を解したのは会長のみ。ふたりの以心伝心には感服する。
「クラス委員と生徒会の兼任」
かわいい顔をしてさらりと言ってのけたのは茜先輩だ。
「あ、そういうことね? そうだよ、桃ちゃんなら適任じゃん。クラス委員も生徒会も司にこき使われるのは変わらないし、桃ちゃんがいれば翠葉ちゃんを引っ張りやすい」
朝陽がグッドアイディアと言わんばかりに茜先輩の案を押す。
「でも、そんなことできるの?」
優太が俺を見た。
「……生徒会長により申請された案件は、学校長が特例措置を認可した時点から特例措置ではなく準規約として扱われる。また、準規約は対象生徒が卒業するまで現行規約と同列に扱われる」
「つまり大丈夫ってことなの?」
訊かれて頷いた。
「姫と王子のお披露目パーティーともなれば、全校生徒の関心は引けるし就任式も一緒に済めば一石二兆?」
嵐の言葉に茜先輩たちが頷いた。
これは腹を括るしかなさそうだ……。
「――ただし、準備期間は一週間のみ。大掛かりなものは難しいと思う。それに、誕生パーティーの具体案、お披露目に使える材料が揃わないと難しい」
「そう言われると思った。だから、プランの大枠は作ってきたの。用意周到でしょう?」
簾条はにこりと笑い、茜先輩と会長にテーブルに着くよう促した。
集計自体は投票機から上がってきたデータを分析にかければいいだけで、さほど大変な作業ではない。問題は、生徒会就任式と生徒会総会だろう。
それ以前に、結局のところ誰を引張るのかがきちんと決まっていないのが問題だ。
中間考査の順位発表も出たともなれば、今日はそのあたりが主題となるだろう。
テラスにつながるガラス戸を開ける。と、見覚えのある後ろ姿が目に入った。
立ち止まっていったい何をしている……?
不思議に思いながら近づくと、その人物は急にしゃがみこんだ。
「翠、何してる……?」
声をかけるも無反応。
……まさか、具合が悪いのかっ!?
翠の前へ回り込み、表情が見えるところまで目線を落とす。
「翠?」
力なく顔を上げた翠の右手は胸に当てられた。
痛み、か……?
「先輩、お願いが……」
「何……」
「お水……。薬、飲みたい――」
言われてすぐに立ち上がった。翠がいた場所から少し先にある階段を下り、自販機を目指す。
自販機の前には五人の女子がいた。
「悪いんだけど、先に買わせてもらえる?」
尋ねると、五人は首をコクコクと縦に振りその場を譲ってくれた。
ミネラルウォーターを買うと、礼を述べて階段を駆け上がる。翠は変わらずしゃがみこんだままだった。
ボトルのキャップを開けて翠に渡すと、ピルケースからふたつのカプセルを取り出し口にした。そして、またすぐに右手を胸に添える。
白い手がうっ血するほど強く、制服を握りしめていた。
「保健室に行こう」
「もう少し……もう少しして薬が効けば――」
翠は俺を見るでもなく、テラスのタイルをじっと見つめて口にする。
呼吸が上がってるわけではない。でも、ここで薬が効くのを待つのもどうかと思う。
薬が効くまでには最低でも二十分は要す。しかし、周りにはすでに人が集まりだしていた。
無理もない……。翠は今年の姫に選ばた。そのくらいには全校生徒に注目されている人間。さらには俺が一緒にいるともなれば、嫌でも人目は引くだろう。
そんなことを考えていると、くぐもった音で着信音が流れ出す。
翠が携帯を取り出すと、流れている曲がカーペンターズの「Close to you」であることがわかった。それは翠が一番好きだという洋楽。
瞬時に思い浮かぶのは秋兄。秋兄ならそれを自分の着信音に設定するくらいのことはやってのけるだろう。
翠の手から携帯を奪い取りディスプレイを見ると、「藤宮秋斗」の文字が表示されていた。
「秋兄?」
『司、翠葉ちゃんは? 数値がおかしい』
「今、テラス。痛いみたい」
『薬は?』
「今飲んだところ」
『すぐに行く。そのまま送っていくから』
「わかった」
要点のみの会話で通話を切る。
「秋兄が来る。で、そのまま家に送るからって」
「ありがと……」
翠の表情が少し緩んだ気がした。
「――俺じゃだめなわけ?」
言ってはっとする。
咄嗟に口元を押さえると、翠と目が合った。
「……悪い、なんでもない。薬は効きそう?」
今、翠を困らせるようなことを言ってどうする――
謝った時点で口にしてしまった言葉を肯定しているも同然。けれど、目の前の翠は何も気づかず、
「たぶん……。このくらいな大丈夫」
と、再度タイルに視線を落とした。
きっと、今は余計なことを考える余裕がないのだろう。
そこへ、少し息の上がった秋兄が現れた。
「このまま家まで送るから」
秋兄が翠を軽々と抱え上げる。と、
「っ……自分で歩けますっ」
翠は顔を赤らめた。
何を考える余裕はなくても赤面ってするものなんだな。
それに、自分で歩けるって……。それが無理だから座り込んで薬が効くのを待つと言っていたくせに……。
「こういうときくらいは静かに抱えられてて?」
秋兄が柔らかな表情を向けると、翠はさらに上気した。そして、そのまま秋兄の肩口に顔をうずめる。左手を秋兄の胸元に添えて――
今までそんなふうにしているところを見たことがない。それはつまり、翠が秋兄に気を許したということではないのか。あの赤面は、今までのものとは意味が異なるのか――
「なんだ、そういうこと……」
自分の中で何かが音を立てて崩れる。
階段を下りていく秋兄は、彼女を愛しげに見てはどこか満足そうでもあり、
「悔しいけど様になるな……」
「そこで諦めるの?」
「っ……!?」
気づけば茜先輩がすぐそこまで来ていた。
「あーあ。司がのんびりしてるから秋斗先生に取られちゃったじゃない」
先輩は手すりに頬杖を付いて文句を言う。
のんびりしていた、というよりは出遅れた感が強い。
「もっとアプローチすればよかったのに」
その言葉にため息をつく。
きっとこれが自分の初恋だ。アプローチの仕方なんか知るか……。
「何? 思ってることあるなら口にしたら?」
「……どうしたらいいのかわからない。それだけです」
「……司はこれが初恋?」
「たぶん」
「そうだとは思っていたけど……。私が司を応援してるのよ? ここで負けを認めたなんて言わせないんだから」
そうは言われても、あれを目の当たりにされてどうしろと……?
そのとき、軽快にパッフェルベルのカノンが流れだす。
「あ、メール!」
茜先輩はメールを読むと、
「ふーん……面白そう」
意味深に笑みを深めた。
「司、作戦会議するわよっ! 今から桃が来るわっ。ほら、図書室に戻るっ!」
背中を押されてテラスを歩き始めたものの、簾条が何をしに来るって……?
図書室にはほかのメンバーが揃っていた。
「翠葉ちゃん、大丈夫なの?」
朝陽に声をかけられ不思議に思う。
「なんで知って――」
最後まで言う前に嵐が口を開いた。
「だって、秋斗先生がすごい勢いで出ていったもん」
「だから私が司を迎えに行ってあげたのよ?」
にこり、と茜先輩が笑う。
それはつまり……ここにいるメンバーは全員俺の気持ちに気づいていたということか?
……それはたぶん、球技大会のあたりからなのだろう。それらしきことは散々言われていた。そこへ海斗からの写真トラップ――バレてないわけがなかった。だからどう、というわけでもなく席に着くと、
「今から桃が来るわ」
茜先輩の言葉に会長と朝陽が反応する。
「なんだ、強力な味方いるじゃん」
朝陽の言葉に舌打ちをしたくなる。あれを味方とは思いたくないし、あまり考えたくもない。そもそも、簾条は俺の味方なんてしないだろう。きっと俺でも秋兄でもなく、翠の味方だ。
「あ、来たわ!」
携帯を手に図書室のロックを外し動いたのは茜先輩だった。
「ねぇ、桃って誰?」
嵐と優太に訊かれる。
「簾条桃華、一年B組のクラス委員は知ってるだろ?」
「あぁっ! 妙に頭の切れる子?」
優太が言うと、嵐も口を開く。
「鬼の集計者、桃華のことか! 司と暗躍してた子でしょ?」
嵐の認識に苦笑を浮かべる。
優太と嵐は外部生ということもあり、簾条との接点は先日の球技大会くらいなものだ。それに対し、会長と朝陽は中等部での生徒会が一緒だったこともあり、旧知の仲と言っても過言じゃない。もちろん、俺との相性の悪さも知っているはず。それは、茜先輩も然り、だ。
ドアが開くと、「茜先輩お久しぶりです!」と簾条が入ってきた。
「本当に久しぶりね」
茜先輩は嬉しそうに簾条を迎える。ふと、こっちに視線をやった簾条と目が合った。けれども、すぐに視線を逸らしたのは簾条のほうだった。
「久先輩、朝陽先輩、お久しぶりです」
ふたりに挨拶をすると、優太と嵐に向き直る。
「球技大会のときはお世話になりました」
ホームグラウンドではない場所でもうまく立ち回れる人間……。
ここへ来たからには何か企んでいるのだろう。
簾条は笑みを湛えたまま、
「久先輩。そろそろイベントに飢えてるころじゃありません?」
そんな言葉をかけられたら会長が喜ばないわけがない。すぐに目を輝かせ始める。
「何なに? 桃ちゃん、面白いことっ!?」
会長が簾条に詰め寄る。
「えぇ、それは飛び切りすてきなイベントにしてもらわないと困るんです」
そこで一度話を切り、当たり前のように俺の向かいの席に着いた。
「日にちはもう決まっていて、準備期間は一週間のみ。六月五日に翠葉の誕生パーティーを計画しています。そこで姫と王子のお披露目しませんか?」
翠の誕生パーティー……?
「藤宮司、校内展示の集計結果がそろそろ出るころじゃない? 今年は茜先輩か翠葉って踏んでるのだけど、違う?」
掲示板の写真を見ればわかりそうなものだ。返事をせずにいると、
「桃ちゃんの提案、いいと思う。お察しのとおり、今年の姫は茜先輩と翠葉ちゃんに決まったところだから」
朝陽が答えた。
「楽しそうじゃん!」
と、優太が言えば、
「やろうやろう!」
と、嵐が便乗する。
会長がこんなお祭り騒ぎを反対するわけもなく、茜先輩は考える余地なし、といったところだろう。
「桃、すてきなプランね。その騒ぎに乗じて生徒会就任式しちゃいましょう」
クスリ、と笑った茜先輩は、目に怪しい光を宿している。
「司、外堀から埋めましょう? 周りを固めてしまえばこっちのものよ」
……何をするつもりなんだか。
「でも、それには人が必要だわ……」
茜先輩は言いながら宙を見る。そして、何か思いついたのか、簾条に視線を戻した。
「桃、兼任しない?」
「何をですか?」
簾条が訊くと、茜先輩が答える前に会長が反応した。
「あ、それいいね! そしたら翠葉ちゃん断われなくなるよ!」
茜先輩の意図を解したのは会長のみ。ふたりの以心伝心には感服する。
「クラス委員と生徒会の兼任」
かわいい顔をしてさらりと言ってのけたのは茜先輩だ。
「あ、そういうことね? そうだよ、桃ちゃんなら適任じゃん。クラス委員も生徒会も司にこき使われるのは変わらないし、桃ちゃんがいれば翠葉ちゃんを引っ張りやすい」
朝陽がグッドアイディアと言わんばかりに茜先輩の案を押す。
「でも、そんなことできるの?」
優太が俺を見た。
「……生徒会長により申請された案件は、学校長が特例措置を認可した時点から特例措置ではなく準規約として扱われる。また、準規約は対象生徒が卒業するまで現行規約と同列に扱われる」
「つまり大丈夫ってことなの?」
訊かれて頷いた。
「姫と王子のお披露目パーティーともなれば、全校生徒の関心は引けるし就任式も一緒に済めば一石二兆?」
嵐の言葉に茜先輩たちが頷いた。
これは腹を括るしかなさそうだ……。
「――ただし、準備期間は一週間のみ。大掛かりなものは難しいと思う。それに、誕生パーティーの具体案、お披露目に使える材料が揃わないと難しい」
「そう言われると思った。だから、プランの大枠は作ってきたの。用意周到でしょう?」
簾条はにこりと笑い、茜先輩と会長にテーブルに着くよう促した。
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