光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
157 / 1,060
第五章 うつろう心

06話

しおりを挟む
 家に着いたのは八時半を回ったころだった。
 自室で手洗いうがいを済ませルームウェアに着替えると、荷物を持った蒼兄が部屋に入ってきた。
「これ、洋服」
「ありがとう」
「今回はどんなの買ったの?」
「えぇと……」
 紙袋から洋服を取り出しハンガーに掛けると、
「なんか今までとは少し違うな? スカートやトップスはそれっぽいけど、ワンピースは今までと方向性が違うっていうか……」
 はい、私もそう思います……。
「でも、濃紺のワンピースはシンプルだし長く着れそう。このショップの洋服ならラインもきれいだろうし」
 蒼兄は率先して洋服を買いに行く、ということはあまりしない。何かのついでに買ってくることが多い。けれども、それなりにこだわりはあるみたい。
 私が着る洋服にしても、これは似合う似合わない、ということははっきり口にしてくれる。
「で、このワンピースは?」
 引きつり笑いで訊かれたのは黒いワンピース。
「私も、この丈短めのワンピースには抵抗があるのだけど……。買われちゃった」
「……似合うとは思う。思うけど……これを着て秋斗先輩とは会ってくれるな」
「なんていうか、当分は着れそうにないよ。勇気を総動員しないとちょっと無理。こういう洋服は桃華さんみたいな人が似合うよね」
「……あぁ、似合うだろうな」
 蒼兄は言いながら頬を緩ませた。
 佐野くんと海斗くんの試合を見にいったときの服装がこのワンピースに似ているから想像がしやすかったのだろう。
「でも、翠葉がこれを着たとしても似合うよ」
「……そうかな」
「翠葉に似合わないものを母さんが買うわけないだろ? ――ただ、ただだな……これを着て出かけるときは俺が一緒のときにしてくれないか?」
「うん……?」
「約束」
 珍しく右手の小指を出されたので、
「わかった。約束ね」
 と、蒼兄の小指に自分の小指を絡めた。

 お茶を飲もうという話になり、自室の簡易キッチンでお茶を淹れる。
 今日は蒼兄もハーブティー。
 蒼兄はコーヒー党の人だけど、淹れればハーブティーも飲んでくれる。
「蒼兄、二十四歳のお誕生日おめでとう」
 お湯を沸かしている間にプレゼントを渡す。
 蒼兄は「ありがとう」と受け取り、ガラスアイテムのほうから包装紙を開け始めた。
「それね、卓上ペンホルダーなの」
 ショップなどのレジカウンターならばともかく、自宅のデスクではあまり必要性のあるものではないだろう。でも、ブルーがとてもきれいだったから……。
「翠葉は相変らず色のきれいなものを見つけてくる。深みのあるブルーがきれいだ。家で使うよ。ありがとう」
 お湯が沸いたのでお茶を淹れに行くと、蒼兄は朗元さんのコーヒーカップの包みを開け始めた。ちょうどコーヒーカップを手にしたところにお茶を持っていくと、
「やっぱりいいよな……」
 と、カップをじっくり見入っていた。
「俺も朗元さんに会いたかったなぁ……」
「とても、すてきな人だった。かなりお年を召した方で、今年で八十八になるみたい。品のある穏やかな人だったよ。六年前に奥様が他界されて、それをきっかけに陶芸を始めたんだって」
「色んなことを話したんだな」
「うん」
「翠葉からのプレゼントもちょうど六個目……。同じ年月、か」
 私と蒼兄は少し感慨深くコーヒーカップを眺めていた。
「そういえば、リップサービスまでしてもらっちゃった。ティーカップを作ってくれるって。もうお会いすることはないと思うのだけど」
「そっか、良かったな。俺からのプレゼントは明日までのお楽しみ」
 蒼兄はお茶を飲み干すと、
「風呂に入ったらすぐ寝ろよ」
 と、部屋を出ていった。
 気づけば時計は十時前を指していた。
 やろうと思えばできなくもない。でも、今日は勉強はやめておこうかな。
 幸い、秋斗さんのノートのおかげで苦手科目も滞りなく勉強を進めることができているし……。

 お風呂で音楽を聴いていてふと思い出す。
「あ……お泊りの準備何もしてない」
 これはお風呂から上がってすぐには寝られそうにはない。
 準備をして……十二時までにベッドに入れたらいいことにしよう。
 ミュージックプレイヤーで時間を確認すると、湯船に浸かってから十五分が経ったところだった。
「上がろう……」
 今上がれば一時間は準備の時間が取れる。
 バスルームから出てくると、蒼兄がお風呂に入るために二階から下りてきた。
「お風呂、お先にいただきました」
「冷えないうちに髪の毛乾かせよ」
「うん」
 髪の毛を乾かすとあっという間に時間が過ぎていく。
 結果的にお泊りの準備を始められたのは十一時半前だった。
「一週間……」
 基本的には毎日学校だから、たくさんの洋服を持っていかなくても大丈夫。
 でも、六日には秋斗さんとお出かけだ。
 なんとなく今日買ってもらった洋服に視線を向ける。
 少し大人っぽいと言われた紺のワンピース――
 六日はあれを着ようか……。でも、背伸びしているように見られてしまうだろうか。
 似合うと言われても自信を持てるわけではなかった。でも――
「お母さんと蒼兄を信じよう……」
 サンダルは今日履いていたものでいいし、バッグも今日のもので大丈夫。
 もう一着くらい普通の洋服を入れておこうか。それなら白いワンピースを入れておこう。あとはルームウェアが数着あればいい。
 ほか、忘れちゃいけないのは教科書類とお薬。
 リビングへ行こうとしたそのとき、携帯が鳴った。
「誰だろう……?」
 鳴り止まないところを見ると電話らしい。
 携帯を手に取りディスプレイを見ると、「藤宮司」と表示されていた。
「もしもし……?」
『こんな時間に悪い。寝てた?』
 どこかばつの悪い声。けれど、低く静かなその声は、とても耳に心地よく響く。
「いえ、明日から栞さんのおうちに一週間お泊りなので、その支度をしてました」
『そう』
「でも、こんな時間にどうしたんですか?」
 尋ねると、意味不明なカウントダウンが始まる。
『十、九、八、七、六、五、四、三、二、一……誕生日おめでとう』
 瞬時に時計を見ると、電波時計の短針も長針も秒針も十二を指したところだった。
「っ……もしかしてそれを言うためにかけてくれたんですかっ!?」
『…………』
 先輩は何も答えてくれなかったけれど、「おめでとう」と言ってもらえたことがすごく嬉しかった。
「先輩が一番のり……。すごく嬉しかったです。ありがとうございます」
 思ったことをそのまま伝える。
 今まで、こんなふうに「おめでとう」を言ってもらったことはない。
 それだけにとても新鮮で、この先ずっと忘れられない出来事になりそうだ。
『ところで、全国模試の古典と英語は大丈夫なの?』
「あ、実は……秋斗さんの作ったノートを借りて勉強しているので、なんとかなりそうです」
『……それなら九十点台は採れると思う』
「本当ですかっ!?」
『つかなくていい嘘はつかない』
 この独特な物言いが司先輩だな、と思った。
『じゃ、用意済ませて早く休むように』
「はい。電話、ありがとうございました。嬉しかったです」
 携帯を切っても、嬉しさで胸がホクホクとしていた。
 そこにコーヒーカップを手にした蒼兄が顔を出す。
「こんな時間に電話?」
「うん。司先輩が誕生日のカウントダウンしてくれたの!」
「……よかったな」
「うん!」
「ほら、もう十二時回ってるから早く寝ろよ?」
「そうする!」
 お泊りの準備はあとお薬のみ。
 リビングに行って薬棚から薬を取り出していると、再度携帯が鳴り出した。
 今度は美女と野獣の曲が流れているから秋斗さんからのメール。
 薬を持って部屋に戻り、受信したメールを見る。と、


件名 :誕生日おめでとう
本文 :翠葉ちゃんの十七歳という年が
   すてきな一年になりますように。
   そして、来年も隣に俺がいることを祈って――
   Happy Birthday!


 人におめでとうと言われることがこんなにも嬉しいものとは思わなかった。
 さっきの司先輩の電話から、顔が締まりなく緩みっぱなしだ。
 誕生日を迎えた夜、私は幸せな気持ちで眠りにつくことができた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

足りない言葉、あふれる想い〜地味子とエリート営業マンの恋愛リポグラム〜

石河 翠
現代文学
同じ会社に勤める地味子とエリート営業マン。 接点のないはずの二人が、ある出来事をきっかけに一気に近づいて……。両片思いのじれじれ恋物語。 もちろんハッピーエンドです。 リポグラムと呼ばれる特定の文字を入れない手法を用いた、いわゆる文字遊びの作品です。 タイトルのカギカッコ部分が、使用不可の文字です。濁音、半濁音がある場合には、それも使用不可です。 (例;「『とな』ー切れ」の場合には、「と」「ど」「な」が使用不可) すべての漢字にルビを振っております。本当に特定の文字が使われていないか、探してみてください。 「『あい』を失った女」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/802162130)内に掲載していた、「『とな』ー切れ」「『めも』を捨てる」「『らり』ーの終わり」に加え、新たに三話を書き下ろし、一つの作品として投稿し直しました。文字遊びがお好きな方、「『あい』を失った女」もぜひどうぞ。 ※こちらは、小説家になろうにも投稿しております。 ※扉絵は管澤捻様に描いて頂きました。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします! 6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします! 間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。 グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。 グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。 書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。 一例 チーム『スペクター』       ↓    チーム『マサムネ』 ※イラスト頂きました。夕凪様より。 http://15452.mitemin.net/i192768/

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

処理中です...