光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
111 / 1,060
Side View Story 03

11~16 Side 秋斗 04話

しおりを挟む
 しばらくは眺めているだけだった。けれど、しだいにそれだけでは満足ができなくなってくる。
 彼女の抱えていたハープをケースの上へ避けると、こちらに背を向けていた彼女の頭に自分の腕を通す。
 ちょうど、俺側に背を預けて寝ている状態。胸におさまる彼女に満足すると、ほのかにフルーティーな香りが漂ってきた。
 コロンか何か?
 今まで自分が付き合ってきた女とは香りの系統も強さも異なる。
 悪くないな……。
 これだけ近くに寄らなければわからないほどに弱い香り。けれど、ほのかに甘く鼻腔をくすぐる。
 その香りを求めて鼻を近づければうなじに口付けたくなる。
 そんな欲求を制しながら彼女を感じていた。
 腕時計に目をやると三時半を回ったところ。
 もう少しこの甘い時間を過ごしたいけれど、風が冷たくなってきている。
 この子はそんな変化ですら敏感に感じ取るのだろう。
 彼女は寝返りを打ち、俺の方を向くと胸に額をつけた。
 顔を見たくて少し離れようものなら間を置かずにくっついてくる。
 やばい、かわいい……。これ、俺の笑顔以上に反則だと思うけど……。
 何度だって同じことを繰り返したくなる。けど、寒いと感じるからくっついてくるのだろう。
 それを思えば起こさないわけにはいかなかった。
 白い頬を空いている左手でツンツンとつついてみる。と、「ん……」と少し鼻にかかるような声を出して身じろいだ。
「翠葉ちゃん、冷えてきたからそろそろ戻ろう」
 先ほどと同じように耳元で囁く。と、びっくりしたのか、気持ち良さそうに閉じていた瞳がパチリと開いた。
 目の前にあるのが俺の胸と気づくと、
「きゃっ、ごめんなさいっ」
 慌てて身体を起こそうとした彼女の右腕を掴み、制する。
「慌てて起きたらいけないんじゃなかった?」
「それはっ、そうなんですけど――」
 白かった頬があっという間に真っ赤に染まる。
 かわいいな……。
 きっと今も首筋まで赤いに違いない。
 それも見たかったけど、長い髪が邪魔をして見ることは叶わなかった。
 すると、少し抵抗が緩む。
 観念したのかと思えば、両手で顔を押さえて丸くなっていた。
「くっ……ごめんごめん、いたずらが過ぎました」
 謝りはするものの、どうしても笑いは止まらない。
「……意地悪……」
「無防備な顔して僕の隣に寝てる翠葉ちゃんがいけないんじゃないかな?」
「だって……あまりにも秋斗さんが気持ち良さそうに寝てたから……」
「はいはい。少し冷えてきたから上にパーカ着て?」
「あ、はい」
 今度はたっぷりと時間をかけて身体を起こした。
 立ち上がるまでに一分近くかける。
 かわいそうに……そこまで気をつけないと普通には生活が送れないなんて。
 彼女がパーカを羽織るのを見てから、
「明るいうちにチャペルへ戻ろう」
 ふたりでその場を片付け始めた。

 行きよりも暗くなった森をふたりで歩く。と、自分の少し後ろを歩く彼女から突如声が上がった。
 反射的に振り返り、手を伸ばすことで彼女を受け止める。
「セーフ……」
「……すみません」
 寸でのところで受け止められて良かったと思う。そうでなければ、顔から転んでいたことだろう。
「意外とおっちょこちょい?」
 恥ずかしそうに顔を赤らめる彼女に、「ほら」と手を差し出した。
 行きとは違い、差し出した手は注視されるに留まる。
 調子に乗っていじめすぎただろうか。
 少し反省。
「いじめないから。こんなところで転ばれでもしたら蒼樹に怒られちゃうから、ね?」
 そこまで言って、ようやく右手を預けてくれた。
 つないだ手はとても冷たかった。
 この手を芯から温めてあげたい……。
 そう思いながら森を歩いた。

 チャペルまで戻ってくると、たくさんのキャンドルに迎えられる。
 あたたかなオレンジ色の光に照らし出された噴水は、昼とは違う雰囲気を放っていた。
 こういうサービスがウィステリアホテルやパレスではとても評判がいい。
 女性を喜ばせるためのサービスが多いのだ。
 隣の彼女が何も感じていないわけはなく、口をポカンと開けてその世界を目に焼き付けているように見えた。
「お気に召しましたか?」
 顔を覗き込めば、
「とても……。すごく、すごくきれいなのに、言葉が見つからなくて――」
 一生懸命、この場に見合う言葉を探しているようだった。
「写真は?」
 期待をこめて訊くと、彼女はフルフルと首を振った。
「これは撮れません……。私には表現できない。それに……写真に撮るのすらもったいなくて――こんなふうに思うの初めて」
 心からそう思っているのだろう。
 まるで彼女の時間が止まってしまったかのような状態。
 そんな姿に、
「じゃぁ、また連れてこないとね」
 思わず口をついた言葉だったけれど、
「本当にっ!?」
 彼女の反応は今までの何よりも早かった。
「いつでも連れて来るよ」
「秋斗さん、大好きっ!」
 言いながら手に力をこめられた。
 俺は言葉にも態度にも面食らう。
「……秋斗さん?」
「どうかしましたか?」といったふうに見上げられて苦笑いを漏らす。
「……ごめん、ちょっと面食らった」
「え?」
「翠葉ちゃん、めったにそういうこと言わないし、こんなこともしないし」
 つないだ手を彼女の目線まで持ち上げる。と、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らして、
「……今日は特別なんです」
 キャンドル効果であまりわからないけれど、きっと彼女はまた肌を赤く染めているのではないだろうか。
「それでも嬉しいけどね」
 君は信じてくれるかな。このとき、何もかもが嬉しかったと話したら……。
 この瞬間から君のことを蒼樹の妹としてではなく、ひとりの女の子として見始めたと言ったら――
 想いをこめて見つめていると、小さな声で抗議された。
「……でも、見つめるのはなしにしてください……」
「どうして?」
 俺の言葉や仕草ひとつに動揺する様すらが愛おしく思える。
 彼女は今日何度目かの「意地悪」を口にして黙った。
「そろそろ帰ろう」
「はい。……あの、お手洗いに行ってきてもいいですか? 日焼け止めを落としたくて……」
「そこの突き当たりだよ」
 もしかしたら日焼け止めにもかぶれてしまうのかもしれない。
 そんな彼女を見送ると、すでに木田さんが脇に控えていた。
「今日はお世話になりました」
「いえ。今日はかわいらしいお嬢様をお連れくださいましてありがとうございます」
「かわいい子でしょう?」
「えぇ。秋斗様がこちらへ女性を連れていらっしゃるとは思いもしませんでした」
「自分もです。まさか、身内のホテルに女の子を連れて来ることになるとは思ってもいませんでした」
 これが初めてのこと。
 今まで何人もの女と夜を過ごしてきたが、一度としてウィステリアグループが関わる場所へは出入りすることはなかった。
 それはどこへ行っても顔が割れているからであり、そういった女たちに素性を教えるつもりが一切なかったから。
 けど、彼女は最初から俺が藤宮の人間であることを知っているし、時にそのことを忘れてすらいる。
 きっと彼女にとっては俺がどこの誰であっても問題はないのだろう。きっと、対応も変わらない。
 肩書きや家柄で態度を変える汚い大人ばかりを見てきたからだろうか。そんなことすら新鮮に思えた。
「秋斗様の大切な方、でしょうか」
 何もかも見透かしたように、けれど、決して押し付けがましくはない言葉をかけられた。
「……大切な存在だと、さっき気づきました」
「さようでしたか。それでは、その記念すべき日に私は立ち会えたのですね」
 嬉しそうに頬を緩ませた木田さんに、
「えぇ。いつか……彼女と式を挙げるようなことになれば、ここを選択するかもしれませんね。そのときは、その瞬間に立ち会ってください」
「楽しみにしております。それまで、静様に雇っていただけるようにがんばらなくてはなりませんね」
 そんな未来が来るのかもわからないのに話を合わせてくれる。
 国内にいくつかあるパレスの中でも一番評判のいいチャペルがここなのには、この木田という人間にそういう要素があるからなのかもしれない。
 そこへ、肌が少し赤くなった彼女が戻ってきた。
「お待たせしてすみません。木田さん、今日は美味しいサンドイッチとハーブティーをありがとうございました」
「いいえ。お嬢様のお口に合ったようで何よりでございます。スタッフ一同、またのお越しを楽しみにお待ちしております」
 丁寧な言葉に紳士な対応。けれど、彼女は全く警戒をしていない。
 そんなところにこの人の熟練度を感じていた。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について

塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。 好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。 それはもうモテなかった。 何をどうやってもモテなかった。 呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。 そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて―― モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!? 最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。 これはラブコメじゃない!――と <追記> 本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...