108 / 1,060
Side View Story 03
11~16 Side 秋斗 01話
しおりを挟む
会議が終わると十一時を回っていた。
舌打ちをしながらメール作成画面を起動する。
まだ起きていてくれるといいんだけど……。
起きているかを尋ねるメールを送ると、すぐに返信があった。
車に乗りこみ電話をかける。と、メールの返信が早かった割には、通話に応じるまで時間がかかった。
そこで思い出す。自分の着信時に流れる曲の設定を。
今、彼女の携帯からはカーペンターズの「Close to you」が流れているだろう。それは、彼女が洋楽で一番好きな曲。
「どうして?」と首を傾げながら聴いているだろうか。
そんなことを考えていると、
『はいっ』
女の子らしい少し高い声に頬が緩む。
なんていうか、会議で男の声ばかり聞いていた耳には新鮮すぎた。
「遅くなってごめんね」
『いえ』
「……なんか、笑ってる?」
『着信音に大好きな曲が流れて』
「知ってる。設定したのは僕だからね」
『秋斗さんは今、お仕事を終えられたんですか?』
こちらを気遣う声音は耳にも心にも優しく響く。
少し蒼樹が羨ましく思えた。
こんな子が妹だったら、そりゃ猫かわいがりするだろうよ……。
「そう。頭の固い年寄り相手の会議は疲れるよー……。ところで、翠葉ちゃんの体調は?」
『大丈夫です』
「じゃ、明日は少し早くても平気かな?」
『でも、それじゃ秋斗さんがつらくないですか? 片道二時間もかかるのでしょう?』
「大丈夫。明日、朝八時には迎えに行くね。少し肌寒いかもしれないから長袖も用意しておいて」
言って癒しの電話を切った。
明日、彼女はどんな格好をしてくるだろう。
先日、司の大会で会ったときは白いふわっとしたワンピースだった。
蒼樹が、「それはもう天使か妖精のようにかわいいです」と言ったのも頷けた。
俺は何を着ていこうかな。
そこまで考えて、
「あれ? 俺、意外と楽しみにしてる?」
少し驚いた。
「……ま、こんな年下の女の子と出かけるなんてそうそうないしな」
いつもとは違う相手に新鮮さを覚えているのだろう。
家に着いたのは十二時前。
軽く夕飯を食べシャワーを浴びたら時計は一時を回っていた。
もともとが夜型人間のため、この時間をつらいとは思わない。が、さすがに明日の朝はどうだろう。
普段は七時過ぎに起きれば仕事に間に合うが、明日はそれより早く起きる必要がある。
「……ある程度余裕を持って出るとすれば、六時過ぎには起きてるようかな」
それでも四時間以上は眠れる。なら問題ないか……。
念のため、目覚まし時計のほかに携帯のタイマーもかけて寝た。
翌朝、予想していたよりもすっきり起きれた自分を意外に思いつつ、コーヒーメーカーをセットする。
どんなに時間がなくても朝はコーヒーを飲まないと頭が起きた気がしない。
一通り身支度を済ませてコーヒーを味わう。
パソコンを起動させ、ツールバーに目をやるのは最近の日課。
朝起きてバイタルチェック、仕事を始める前にバイタルチェック、昼休みにバイタルチェック……。
ことあるごとに画面右端にある彼女の鼓動を気にせずにはいられない。
「俺も蒼樹のこと言えないか……」
あまりにも心配症な蒼樹のために作った装置だったけど、今となってはそれも定かではない。
ただ、自分が気になって仕方ないから作ったような気すらする。
単なるバイタルチェックなら、あんなに凝った装飾品にする必要はなかった。
けれど、つけていることを負担に思ってはもらいたくなかったし、どうせつけるなら喜んでもらえるものにしたかった。
だから、普段はやらないデザインなんてものまでがんばって――自分、どうしたかな。
疑問はそのままに、かわいいお姫様を迎えに行くことにした。
幸倉までは渋滞にはまることもなく、八時ぴったりに彼女の家に着いた。
インターホンを鳴らすと、よく知った顔に出迎えられる。
再従姉の栞ちゃん。
そういえば、静さんの紹介で御園生家の手伝いに来てるって言ってたっけ……。
看護師の栞ちゃんが彼女に付いていてくれるなら安心だな。
「翠葉ちゃーん、秋斗くん来たわよー!」
栞ちゃんがリビングへ向かって声をかける。と、蒼樹とふたり揃って玄関へやってきた。
「蒼樹、その顔面白すぎるけど……」
「秋斗先輩、翠葉にだけは手ぇ出さないでくださいね」
男にしておくにはもったいないきれいな顔に凄まれる。
俺は蒼樹が手にしていた荷物を受け取り、
「きっと大丈夫」
と、曖昧な返事をした。
……どうしようもないシスコンだな。
でも、牽制される理由はわからなくもない。玄関に現れた彼女は本当にかわいかったから。
彼女は淡い水色のロングスカートに白い生成りのシャツを合わせていた。
優しい水色が彼女の雰囲気をより柔らかに見せる。
そうだな……今日一日、俺専属の妹になってもらおうか。
「じゃ、翠葉ちゃん行こうか」
「はい!」
彼女の家から高速道路のインターまでは五分とかからない。
藤倉からだと二十分はかかるうえに、いつも渋滞している国道を抜けなくてはいけないため、下手すれば三十分以上かかる。
「ここら辺はいいよね。緑も多いし大きな公園もある。高速道路に乗るのも国道に出てすぐだし」
「そうですね。でも、私に関係あるのは緑が多いことと、公園があることくらいです」
「まぁ、そうだね。車の運転はしないもんね」
今日のお相手は十六歳高校生――肝に銘じておこう……。
高速道路に乗ってから、彼女がずっと自分を見ていることには気づいていた。
初めて会ったときにも思ったけど、本当に人を観察するのが好きな子だと思う。
しかも、こっそり見るのではなく、普通に見てくるあたりがなんとも言えない。
これが司相手なら、「何?」と言われてすぐに観察が終わってしまうだろう。
そんなことを考えながら、彼女の視線を甘んじて受けることにした。
しばらくすると視線は外れ、彼女が何かしているのを視界の端にとらえる。
さすがに一〇〇キロ近い速度で運転しているともなれば、そうそう余所見はできないわけで……。
ちら、と見たら首にかけてある懐中時計を見ていた。
「懐中時計?」
「はい。蒼兄から誕生日プレゼントにもらったものなんです」
声がとても明るく嬉しそうに聞こえた。
蒼樹のシスコンも度を越えているけど、翠葉ちゃんのブラコンもそれなりだと思う。
「あぁ、翠葉ちゃんはアンティークのものが好きだもんね」
自分に蓄積されている翠葉ちゃん情報を披露すると、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「今日はまたかわいい格好をしているね」
俺のこんな言葉にすら彼女は頬を赤く染める。
「普段、パンツはあまりはかなくて……。どうしようか悩んだんですけど、結局スカートにしちゃいました」
「うん、よく似合ってるよ。翠葉ちゃんはスカートとかワンピースってイメージだよね」
何気なく言った言葉だけど、彼女の視線が張り付いて剥がれない。
「どうかした?」
声をかけると、
「いえ……ただ、サングラスしてると雰囲気変わるな、と思って……。それに今日は白衣じゃないし……」
なるほど……。
見られているとは思っていたけど、俺の服装や格好を観察していたのか。
これは面白い。ひとつからかうネタができた。
「惚れてもいいよ」
軽く口にすると、
「秋斗さんを好きになったら色々と大変そうだから嫌です」
クスリと笑って即刻却下。
「その意図は?」
「まず第一に競争率が高そう。それに、女の子に対しては誰にでも優しいからヤキモキしちゃいそう。でも……どうなんでしょうね? 人を好きになるのって想像できなくて……実際はどうなんだろう」
そういえば先日、初恋がまだって言ってたっけ……。
あり得ないこととは思わないけれど、恋を知らない子を助手席に乗せるのは初めてだ。
……やっぱり天然記念物よりも絶滅危惧種に思える。
「……どうかしましたか?」
尋ねられたので、思ったことを正直に口にする。
「先日聞いてはいたけれど、やっぱり驚きが隠せなくてですね……。こんな天然記念物がいたのかと……」
「うわ……またその話ですか?」
「そりゃ、衝撃的でしたから?」
思わず笑うと、彼女は拗ねてしまったようだ。
「じゃぁさ、今日は翠葉ちゃんにとって初めてのデートだったりする?」
からかいの割合は半分くらい。もう半分は「期待」かな?
だって普通に考えて嬉しいでしょ? こんな子の初デートの相手だと言われたら。
けれど、
「……デート。これ、デートなんですか?」
きょとんとした顔で尋ねられた。
「少なくとも僕はそのつもり」
彼女は少し考えてから、
「蒼兄以外の人とお出かけするのは初めてです」
「そこでデートとは言ってくれないんだ?」
少しいじめたくて口にすると、
「……『初デート』は、好きな人ができるまで取っておくことはできますか?」
そんな質問すらかわいく思える。俺は笑って、
「夢は大切だしね。じゃ、そういうことにしておこう」
その話を終わりにしてあげた。
日曜日の朝八時台だというのに道はさほど混んでいない。
平均して一〇〇キロで走っているのだからいいほうだろう。
一時間ちょっと走るとサービスエリアに入って休憩することにした。
車を降りて軽く伸びをすると、自分にカメラを向けている彼女がいた。
気づいたと同時にシャッターを切られる。
「あ、撮られた。僕もあとで撮らせてもらうよ?」
胸ポケットに入れてあった携帯を取り出し見せると、
「だめですっ。私、レンズ向けられると固まっちゃうから」
言うなり背を向けられる。
「そうなの? でも、それはフェアじゃないからだめ。固まろうと何しようと撮るよ」
「困ったな……。あっ――」
彼女ははっとしたように俺を見上げた。
「そういえば、秋斗さん疲れてないです? 昨日遅かったし、今朝は早くに迎えに来てもらったし……」
昨夜の電話でもそうだったけど、この子のこれは癖なのかな。
いつだって相手のことを気遣う。
単純に人の目を気にしているようにも見えるけれど、これはこの子の思いやりだと思う。
まだ十代なんだから、そんなにいたるところにアンテナ張りめぐらせてなくてもいいんだけど……。
いや――それらをスルーできる子じゃないからバングルを作ったんだ……。
「大丈夫だよ。ひどいときは徹夜で次の日も仕事だったりするし。それに、今日は癒しアイテムが一緒だからね」
癒しアイテムは君だよ、と思いをこめて彼女の頭に手を置く。
にこりと笑みを向けたら、
「今日、その笑顔使ったら反則と見なしますからねっ」
顔を真っ赤にして言う様がかわいすぎた。
本当に男に対する免疫がないんだな。兄の蒼樹とはあんなにも仲がいいというのに。
クスクス笑っていると、「秋斗さん、ひどい……」といじけてしまった。
これはなんてかわいい生き物だろうか。
しっかし……人目を集める子だな。
彼女と同年代の男はもちろんのこと、二十代そこそこの人間ですら通り過ぎては振り返る。
こういうの見ちゃうと、蒼樹が必死で守ってきたのがわからなくもない。
その彼女がじっと俺を見ているから、
「何かな?」
笑みを添えて尋ねると、
「……秋斗さんが格好いいから、さっきから女の人の視線が痛いです」
困ったように言われたけれど、
「それは僕も同じなんだけど……」
彼女は「なんのことですか?」というような顔をしてすぐに、意味を解したような表情になった。しかし、そのあとじとりと見られたのはなぜだろう……。
……なんとなくだけど、俺の言葉はきちんと伝わっていない気がする。
「俺も同じ」イコール、「女の視線が痛い」と思われている気がする。で、じとりと見られたのは「自業自得」っていう視線だったのだろうか。
違うから……。君に集まる男の視線が痛いって話だから……。
観察力はあるほうなのに、こっち方面はてんで疎くて困った子だな。ま、そんなところも含めてかわいいわけだけど……。
「さ、そろそろ行こうか」
車に乗り込み、残り半分の道のりを行くことにした。
舌打ちをしながらメール作成画面を起動する。
まだ起きていてくれるといいんだけど……。
起きているかを尋ねるメールを送ると、すぐに返信があった。
車に乗りこみ電話をかける。と、メールの返信が早かった割には、通話に応じるまで時間がかかった。
そこで思い出す。自分の着信時に流れる曲の設定を。
今、彼女の携帯からはカーペンターズの「Close to you」が流れているだろう。それは、彼女が洋楽で一番好きな曲。
「どうして?」と首を傾げながら聴いているだろうか。
そんなことを考えていると、
『はいっ』
女の子らしい少し高い声に頬が緩む。
なんていうか、会議で男の声ばかり聞いていた耳には新鮮すぎた。
「遅くなってごめんね」
『いえ』
「……なんか、笑ってる?」
『着信音に大好きな曲が流れて』
「知ってる。設定したのは僕だからね」
『秋斗さんは今、お仕事を終えられたんですか?』
こちらを気遣う声音は耳にも心にも優しく響く。
少し蒼樹が羨ましく思えた。
こんな子が妹だったら、そりゃ猫かわいがりするだろうよ……。
「そう。頭の固い年寄り相手の会議は疲れるよー……。ところで、翠葉ちゃんの体調は?」
『大丈夫です』
「じゃ、明日は少し早くても平気かな?」
『でも、それじゃ秋斗さんがつらくないですか? 片道二時間もかかるのでしょう?』
「大丈夫。明日、朝八時には迎えに行くね。少し肌寒いかもしれないから長袖も用意しておいて」
言って癒しの電話を切った。
明日、彼女はどんな格好をしてくるだろう。
先日、司の大会で会ったときは白いふわっとしたワンピースだった。
蒼樹が、「それはもう天使か妖精のようにかわいいです」と言ったのも頷けた。
俺は何を着ていこうかな。
そこまで考えて、
「あれ? 俺、意外と楽しみにしてる?」
少し驚いた。
「……ま、こんな年下の女の子と出かけるなんてそうそうないしな」
いつもとは違う相手に新鮮さを覚えているのだろう。
家に着いたのは十二時前。
軽く夕飯を食べシャワーを浴びたら時計は一時を回っていた。
もともとが夜型人間のため、この時間をつらいとは思わない。が、さすがに明日の朝はどうだろう。
普段は七時過ぎに起きれば仕事に間に合うが、明日はそれより早く起きる必要がある。
「……ある程度余裕を持って出るとすれば、六時過ぎには起きてるようかな」
それでも四時間以上は眠れる。なら問題ないか……。
念のため、目覚まし時計のほかに携帯のタイマーもかけて寝た。
翌朝、予想していたよりもすっきり起きれた自分を意外に思いつつ、コーヒーメーカーをセットする。
どんなに時間がなくても朝はコーヒーを飲まないと頭が起きた気がしない。
一通り身支度を済ませてコーヒーを味わう。
パソコンを起動させ、ツールバーに目をやるのは最近の日課。
朝起きてバイタルチェック、仕事を始める前にバイタルチェック、昼休みにバイタルチェック……。
ことあるごとに画面右端にある彼女の鼓動を気にせずにはいられない。
「俺も蒼樹のこと言えないか……」
あまりにも心配症な蒼樹のために作った装置だったけど、今となってはそれも定かではない。
ただ、自分が気になって仕方ないから作ったような気すらする。
単なるバイタルチェックなら、あんなに凝った装飾品にする必要はなかった。
けれど、つけていることを負担に思ってはもらいたくなかったし、どうせつけるなら喜んでもらえるものにしたかった。
だから、普段はやらないデザインなんてものまでがんばって――自分、どうしたかな。
疑問はそのままに、かわいいお姫様を迎えに行くことにした。
幸倉までは渋滞にはまることもなく、八時ぴったりに彼女の家に着いた。
インターホンを鳴らすと、よく知った顔に出迎えられる。
再従姉の栞ちゃん。
そういえば、静さんの紹介で御園生家の手伝いに来てるって言ってたっけ……。
看護師の栞ちゃんが彼女に付いていてくれるなら安心だな。
「翠葉ちゃーん、秋斗くん来たわよー!」
栞ちゃんがリビングへ向かって声をかける。と、蒼樹とふたり揃って玄関へやってきた。
「蒼樹、その顔面白すぎるけど……」
「秋斗先輩、翠葉にだけは手ぇ出さないでくださいね」
男にしておくにはもったいないきれいな顔に凄まれる。
俺は蒼樹が手にしていた荷物を受け取り、
「きっと大丈夫」
と、曖昧な返事をした。
……どうしようもないシスコンだな。
でも、牽制される理由はわからなくもない。玄関に現れた彼女は本当にかわいかったから。
彼女は淡い水色のロングスカートに白い生成りのシャツを合わせていた。
優しい水色が彼女の雰囲気をより柔らかに見せる。
そうだな……今日一日、俺専属の妹になってもらおうか。
「じゃ、翠葉ちゃん行こうか」
「はい!」
彼女の家から高速道路のインターまでは五分とかからない。
藤倉からだと二十分はかかるうえに、いつも渋滞している国道を抜けなくてはいけないため、下手すれば三十分以上かかる。
「ここら辺はいいよね。緑も多いし大きな公園もある。高速道路に乗るのも国道に出てすぐだし」
「そうですね。でも、私に関係あるのは緑が多いことと、公園があることくらいです」
「まぁ、そうだね。車の運転はしないもんね」
今日のお相手は十六歳高校生――肝に銘じておこう……。
高速道路に乗ってから、彼女がずっと自分を見ていることには気づいていた。
初めて会ったときにも思ったけど、本当に人を観察するのが好きな子だと思う。
しかも、こっそり見るのではなく、普通に見てくるあたりがなんとも言えない。
これが司相手なら、「何?」と言われてすぐに観察が終わってしまうだろう。
そんなことを考えながら、彼女の視線を甘んじて受けることにした。
しばらくすると視線は外れ、彼女が何かしているのを視界の端にとらえる。
さすがに一〇〇キロ近い速度で運転しているともなれば、そうそう余所見はできないわけで……。
ちら、と見たら首にかけてある懐中時計を見ていた。
「懐中時計?」
「はい。蒼兄から誕生日プレゼントにもらったものなんです」
声がとても明るく嬉しそうに聞こえた。
蒼樹のシスコンも度を越えているけど、翠葉ちゃんのブラコンもそれなりだと思う。
「あぁ、翠葉ちゃんはアンティークのものが好きだもんね」
自分に蓄積されている翠葉ちゃん情報を披露すると、彼女は恥ずかしそうに笑った。
「今日はまたかわいい格好をしているね」
俺のこんな言葉にすら彼女は頬を赤く染める。
「普段、パンツはあまりはかなくて……。どうしようか悩んだんですけど、結局スカートにしちゃいました」
「うん、よく似合ってるよ。翠葉ちゃんはスカートとかワンピースってイメージだよね」
何気なく言った言葉だけど、彼女の視線が張り付いて剥がれない。
「どうかした?」
声をかけると、
「いえ……ただ、サングラスしてると雰囲気変わるな、と思って……。それに今日は白衣じゃないし……」
なるほど……。
見られているとは思っていたけど、俺の服装や格好を観察していたのか。
これは面白い。ひとつからかうネタができた。
「惚れてもいいよ」
軽く口にすると、
「秋斗さんを好きになったら色々と大変そうだから嫌です」
クスリと笑って即刻却下。
「その意図は?」
「まず第一に競争率が高そう。それに、女の子に対しては誰にでも優しいからヤキモキしちゃいそう。でも……どうなんでしょうね? 人を好きになるのって想像できなくて……実際はどうなんだろう」
そういえば先日、初恋がまだって言ってたっけ……。
あり得ないこととは思わないけれど、恋を知らない子を助手席に乗せるのは初めてだ。
……やっぱり天然記念物よりも絶滅危惧種に思える。
「……どうかしましたか?」
尋ねられたので、思ったことを正直に口にする。
「先日聞いてはいたけれど、やっぱり驚きが隠せなくてですね……。こんな天然記念物がいたのかと……」
「うわ……またその話ですか?」
「そりゃ、衝撃的でしたから?」
思わず笑うと、彼女は拗ねてしまったようだ。
「じゃぁさ、今日は翠葉ちゃんにとって初めてのデートだったりする?」
からかいの割合は半分くらい。もう半分は「期待」かな?
だって普通に考えて嬉しいでしょ? こんな子の初デートの相手だと言われたら。
けれど、
「……デート。これ、デートなんですか?」
きょとんとした顔で尋ねられた。
「少なくとも僕はそのつもり」
彼女は少し考えてから、
「蒼兄以外の人とお出かけするのは初めてです」
「そこでデートとは言ってくれないんだ?」
少しいじめたくて口にすると、
「……『初デート』は、好きな人ができるまで取っておくことはできますか?」
そんな質問すらかわいく思える。俺は笑って、
「夢は大切だしね。じゃ、そういうことにしておこう」
その話を終わりにしてあげた。
日曜日の朝八時台だというのに道はさほど混んでいない。
平均して一〇〇キロで走っているのだからいいほうだろう。
一時間ちょっと走るとサービスエリアに入って休憩することにした。
車を降りて軽く伸びをすると、自分にカメラを向けている彼女がいた。
気づいたと同時にシャッターを切られる。
「あ、撮られた。僕もあとで撮らせてもらうよ?」
胸ポケットに入れてあった携帯を取り出し見せると、
「だめですっ。私、レンズ向けられると固まっちゃうから」
言うなり背を向けられる。
「そうなの? でも、それはフェアじゃないからだめ。固まろうと何しようと撮るよ」
「困ったな……。あっ――」
彼女ははっとしたように俺を見上げた。
「そういえば、秋斗さん疲れてないです? 昨日遅かったし、今朝は早くに迎えに来てもらったし……」
昨夜の電話でもそうだったけど、この子のこれは癖なのかな。
いつだって相手のことを気遣う。
単純に人の目を気にしているようにも見えるけれど、これはこの子の思いやりだと思う。
まだ十代なんだから、そんなにいたるところにアンテナ張りめぐらせてなくてもいいんだけど……。
いや――それらをスルーできる子じゃないからバングルを作ったんだ……。
「大丈夫だよ。ひどいときは徹夜で次の日も仕事だったりするし。それに、今日は癒しアイテムが一緒だからね」
癒しアイテムは君だよ、と思いをこめて彼女の頭に手を置く。
にこりと笑みを向けたら、
「今日、その笑顔使ったら反則と見なしますからねっ」
顔を真っ赤にして言う様がかわいすぎた。
本当に男に対する免疫がないんだな。兄の蒼樹とはあんなにも仲がいいというのに。
クスクス笑っていると、「秋斗さん、ひどい……」といじけてしまった。
これはなんてかわいい生き物だろうか。
しっかし……人目を集める子だな。
彼女と同年代の男はもちろんのこと、二十代そこそこの人間ですら通り過ぎては振り返る。
こういうの見ちゃうと、蒼樹が必死で守ってきたのがわからなくもない。
その彼女がじっと俺を見ているから、
「何かな?」
笑みを添えて尋ねると、
「……秋斗さんが格好いいから、さっきから女の人の視線が痛いです」
困ったように言われたけれど、
「それは僕も同じなんだけど……」
彼女は「なんのことですか?」というような顔をしてすぐに、意味を解したような表情になった。しかし、そのあとじとりと見られたのはなぜだろう……。
……なんとなくだけど、俺の言葉はきちんと伝わっていない気がする。
「俺も同じ」イコール、「女の視線が痛い」と思われている気がする。で、じとりと見られたのは「自業自得」っていう視線だったのだろうか。
違うから……。君に集まる男の視線が痛いって話だから……。
観察力はあるほうなのに、こっち方面はてんで疎くて困った子だな。ま、そんなところも含めてかわいいわけだけど……。
「さ、そろそろ行こうか」
車に乗り込み、残り半分の道のりを行くことにした。
2
お気に入りに追加
362
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
どうしてもモテない俺に天使が降りてきた件について
塀流 通留
青春
ラブコメな青春に憧れる高校生――茂手太陽(もて たいよう)。
好きな女の子と過ごす楽しい青春を送るため、彼はひたすら努力を繰り返したのだが――モテなかった。
それはもうモテなかった。
何をどうやってもモテなかった。
呪われてるんじゃないかというくらいモテなかった。
そんな青春負け組説濃厚な彼の元に、ボクッ娘美少女天使が現れて――
モテない高校生とボクッ娘天使が送る青春ラブコメ……に見せかけた何か!?
最後の最後のどんでん返しであなたは知るだろう。
これはラブコメじゃない!――と
<追記>
本作品は私がデビュー前に書いた新人賞投稿策を改訂したものです。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる