光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
71 / 1,060
第三章 恋の入口

01話

しおりを挟む
 二日ぶりの学校は、午前四時間の授業が終わると、午後は明日からの親睦キャンプの班決めであったりルートの確認作業という楽しいホームルームの時間だった。
 学年でキャンプに出席しないのは私だけ。
 私はその二日間学校へ来て課題をこなす。
 一冊の問題集を渡され、それを二日間で仕上げればいいらしい。
 教科は選んでいいということだったので、私は迷うことなく数学をチョイスした。
 本当はこういうときにこそ苦手科目に取り組んだほうがいいのだろう。でも、その課題さえ終えれば未履修分野の課題に時間を割いてもいいというので、得意科目をチョイスした。
 あと少し――あと二冊と半分で未履修分野の課題が終わる。
 なんとか最短の一ヵ月半でクリアできるかもしれないという瀬戸際にいた。
 佐野くんは出発日の朝練と帰ってきた日の午後練がないことを喜んでいる。
 みんなが班決めをしている最中、川岸先生に呼ばれた。
「これ、課題のテキストな。ボリュームがあるからがんばれよ」
 渡されたテキストは、未履修分野のテキストと同じくらいの厚みだった。
 パラパラと中を見ると、文章問題よりも計算問題のほうが圧倒的に多い。その事実にほんの少し頬が緩む。と、
「あぁ、そうか。御園生は数学が得意だったか?」
「はい」
「そうだったそうだった。入試の数学、満点だったのは御園生だけだったな」
 それは初耳だ。
「自習は秋斗先生のところでするように」
「はい」
「それと、腕のバングルの件な。学年主任と風紀の先生にも話は通ってるから気にするな」
「っ……」
「おいおい。俺は一応担任なんだ。体調のことはご両親から手紙をもらっているし、湊先生からも話は聞いてる」
 言われてびっくりした。
「ま、なんだ。色々と気負いすぎて無理すんなよ」
「……はい。ありがとうございます」
 こんなときに痛感する。親の庇護下にいること、自分が子どもであること。
 自分が無力な子どもであることをひしひしと感じる。
 どんなにひとりでがんばろうと踏ん張ったところで、それは何にもなってないのかもしれない。そうすることで、逆に心配を過剰にかけているのかもしれない。
 こうやって、自分のことも周りの人たちの思いも知っていくのかな。
 そうして年を重ねて、自分もいつかは大人になれるのだろうか。
 ――「Time change and we with them.」
 時は流れ、人も変わる――
 ――「Be what thou would seem to be.」
 そうありたいと思う自分の姿になれ――
 心に描き、強く思おう。自分がなりたいと思う自分像を。そして、それに近づく努力を惜しまず前へ進もう。
 湊先生も言っていた。
 できるかどうかなんてやってみないと分かりはしない、と。
 私はまだ試したことがないから。だから、なんでもやっていいのなら、ひとつずつ試していこう……。

「翠葉に四日も会えないなんてっ」
 班決めなど、粗方終わったらしい飛鳥ちゃんが席に戻ってきた。
 なぜ四日かと言うと、金曜日の朝早くに出発し、土曜日の夕方に帰ってくる。日曜日の翌日は開校記念日でお休み。ゆえに四日間の間が開くのだ。
「でも、四日だよ。楽しんできてね」
「うん! がんばってきれいな写真撮ってくるね!」
「あ……風景も気になるけど、みんなが楽しんでるところの写真のほうが楽しみかも」
「任せて! ばっちり撮ってくるから!」
 笑顔全開の飛鳥ちゃんを見ると幸せな気分になる。
 一仕事終えた桃華さんと佐野くんも私の席にやってきた。
「げっ……何それ。キャンプ不参加の代償?」
 佐野くんがオーバーリアクションで後ずさりをした。
「そう。未履修分野のテキスト一冊と変わらないくらい」
「しかも、なんで数学チョイス? 御園生って理系?」
「うん、どちらかというと理系かな。英語とか古典、世界史なんかは苦手」
「「俺と見事に反対だ」」
 佐野くんと海斗くんが声を揃えた。
「そうなの? じゃ、今度数学を教える代わりに英語教えてね」
 言うと、佐野くんがコクコクと頷いた。
「マジで。俺、化学見てほしいわ」
 その言葉に先日のメールを思い出す。
「この間のメール……SOSって割と切実だったりする?」
「かなり……」
「未履修分野の課題ってそんなに大変なの?」
 後ろの席の桃華さんに訊かれ、
「うん。これと同じくらいの厚さの問題集が十二冊。それが終わったら一教科ごとにテストがあって、九十点以上採らないと追試」
 内進生の三人が口をあんぐりと開けていた。
「佐野っ、あんた大丈夫なのっ!?」
 飛鳥ちゃんが佐野くんに訊くと、佐野くんは苦笑を返した。
「かなりギリギリだけど、なんとかする予定」
 苦笑いが痛々しすぎた。
 朝も放課後も目一杯部活をやっている佐野くんにはかなりきついと思う。
 この学校のスポーツ特待枠はかなり特殊だから。
 普通なら、スポーツの代わりに学力面が少し憂慮されたりするものだけど、この学校はそんなすてきな待遇はない。
 一定学力に満たなければ入学は絶対にできないのだ。
 ただし、スポーツの成績と一定の学力を満たした場合、奨学生制度が履行される。要は学費の免除。
 この制度を利用できるのは数年にひとりかふたりだというのだから、稀有な生徒であることは間違いない。
 佐野くんは文武両道を地で行く人なのだ。
 素直に、すごいな、と思う。
 なんでもそつなくこなしているというわけではなくて、きちんと努力しているのが見えるから。
 蒼兄をリスペクトしているだけあるというか、そんな姿はどことなく蒼兄を彷彿とさせる。
 蒼兄もなんでもそつなくこなす人。けれど、影ではとても努力していることを知っている。
 積み重ねが大切、と日頃から蒼兄に言われているけれど、それは自分がそうだからなのだと思う。

「今月の中間考査やだなぁ……」
 なんて、言い出したのは海斗くん。
 そういえば、海斗くんは藤宮の人々に睨まれた状態でお勉強をするのだ。
「九十五点以下なんて採ろうものならどんな恐ろしい目に遭うことか……」
 それはそれは恐ろしい、という顔をする。
「でも、藤宮先輩と秋斗先生に見てもらえるなんていいじゃんっ!」
 飛鳥ちゃんは純粋に羨ましがっているのだと思う。海斗くんは必死な様で、
「バカ言えっ! あいつら本当に容赦の欠片もねーんだぞっ!?」
「あら、それで首席をキープできるならいいじゃない」
「あ、やっぱりそうなの? 答辞読んだからそうなのかなとは思ってたんだけど、海斗くんて学年首席なのね?」
 海斗くんはげっそりとした表情で、
「うちさー、湊ちゃんも秋兄も楓くんも司も学年で二位より下に落ちたことないんだ。だから、自分の弟に限ってそんなことがあるわけないとか、自分の従弟に限ってそんなことあるわけないとか、それはそれは言いたい放題寒気漂う笑顔で脅されるわけで……。順位下がろうものなら何を言われるか考えたくないよ」
 その光景が想像できてしまうだけに苦笑しか出てこない。
「あら、意外と苦労してるのね?」
 桃華さんが意外だったわ、と言うような目を向ける隣で飛鳥ちゃんが、
「えー、私は羨ましいなぁ。藤宮先輩は怖いけど、秋斗先生とか絶対優しいじゃん!」
「秋兄のフェミニストは女限定! 男や身内にはすげー厳しいんだからな!」
 言い合うふたりを見ながら、佐野くんがなんとも不思議そうに声を挙げる。
「秋斗先生と美人姉弟ってそんなに怖いの?」
「んー……どうかな? 藤宮先輩は間違いなく手厳しそうだけど、秋斗さんが厳しいところはちょっと想像できないかも」
 でも、辟易とした海斗くんの表情を見れば、どれだけ怖いのかは一目瞭然だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

足りない言葉、あふれる想い〜地味子とエリート営業マンの恋愛リポグラム〜

石河 翠
現代文学
同じ会社に勤める地味子とエリート営業マン。 接点のないはずの二人が、ある出来事をきっかけに一気に近づいて……。両片思いのじれじれ恋物語。 もちろんハッピーエンドです。 リポグラムと呼ばれる特定の文字を入れない手法を用いた、いわゆる文字遊びの作品です。 タイトルのカギカッコ部分が、使用不可の文字です。濁音、半濁音がある場合には、それも使用不可です。 (例;「『とな』ー切れ」の場合には、「と」「ど」「な」が使用不可) すべての漢字にルビを振っております。本当に特定の文字が使われていないか、探してみてください。 「『あい』を失った女」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/802162130)内に掲載していた、「『とな』ー切れ」「『めも』を捨てる」「『らり』ーの終わり」に加え、新たに三話を書き下ろし、一つの作品として投稿し直しました。文字遊びがお好きな方、「『あい』を失った女」もぜひどうぞ。 ※こちらは、小説家になろうにも投稿しております。 ※扉絵は管澤捻様に描いて頂きました。

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします! 6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします! 間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。 グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。 グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。 書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。 一例 チーム『スペクター』       ↓    チーム『マサムネ』 ※イラスト頂きました。夕凪様より。 http://15452.mitemin.net/i192768/

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

処理中です...