光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
上 下
64 / 1,060
Side View Story 02

16 Side 蒼樹 01話

しおりを挟む
 翠葉が眠りに落ちると紫先生に呼ばれた。
「蒼樹くん、少し時間あるかな?」
「はい、大丈夫です」
「紫先生、第三カンファレンスルームを取っておきました」
 湊さんも一緒に病室を出て、翠葉の病室がある階の一番端に位置するカンファレンスルームに連れて行かれた。
 席に着くと、
「翠葉ちゃんなんだが……やはり体調が思わしくないようだ」
 紫先生はテーブルに視線を落とし、白い髭をいじりながら話し始めた。
「学校がとても楽しいようだね。それはメンタル面に良い影響があるだろう。しかし、自分がやりたいことを妥協しなくてはいけない面も相当増えたはずだ。それが身体へダイレクトにきてしまっている。もともと不安定な身体だから、悪化するのはとても容易い」
 何も言うことができなかった。
 ここ一、二週間の翠葉はとても楽しそうに毎日を過ごしていた。
 微熱が出ることがあっても気力で乗り切れてしまうくらいに――
「寝たきりの患者もつらいけど、健常者の中で制約を守って行動することのほうが過酷なこともあるのよ」
 そんなことを言われても……。
「どうしてあげたらいいんでしょう……。正直、わからなくて」
 情けない。
 人に訊かなくちゃ自分が取るべき行動もわからないなんて。
「メンタル面は乗り切るしかないんだ。小出しに吐き出してはまたがんばる……その繰り返しだ。まれに開き直れてしまう患者さんもいるけれど、翠葉ちゃんの性格を考えると難しいだろう」
「……吐き出せない、と?」
 さっき翠葉と湊さんの話を聞いていたから知ってはいるけど、
「心労やストレスからも心臓に負担がかかる。不整脈の原因にもなるし、少なからずとも自律神経にも影響は出る。……実のところ、これ以上にひどい状態は考えたくないんだがね」
 紫先生が苦い笑いを浮かべた。
「翠葉ちゃんは私にも『大丈夫』という言葉を使うようになってしまった。担当医を湊に変えたのはそれも理由のひとつだ。幸い、湊には具合が悪いことを包み隠さず話せているようで安心したんだが……」
 そうだったんだ……。
 主治医が湊さんに変わったというのは聞いていたけれど、そんな理由があったことは知らなかった。
「翠葉ちゃんとの信頼関係は築けていると思う。ただ、長く付き合いすぎてしまったかな。身内に対するそれと似た部分が出てきてしまったのだろうね。心配をかけまいとする癖が……。湊は口調といい態度といい、決して褒められた医者ではないが、腕は確かだ。その点は安心しくれていいし、私も常にバックアップにはついている。ただ、しばらくあの子のメンタルは湊に任せてもらえないだろうか。……このままいくと、翠葉ちゃんは壊れてしまう。自分の命を自ら手放してしまいかねない。翠葉ちゃんの状態で倒れる寸前まで助けを求めないのは自殺行為と変わらない」
 殴られたような衝撃が頭と心臓に走った。
 なんとか冷静さを保ち、静かに口を開く。
「……俺や家族が下手に気持ちを訊きだそうとしないほうがいいということですか?」
「そうだね。やるせないだろうが、しばらくは見守っていてあげてほしい。今は翠葉ちゃんの負担を減らすことを優先したい。間違いなく、それが身体にいい影響を与えるだろうから」
「……わかりました」
 ほかに答えるべき言葉が見つからなかった。
「蒼樹、簡単なことよ。しばらくはこちらから何も訊かなければいい。あとは今までと変わらなくていいの。ただひとつ……やりたいと思ってることはやらせてあげて。具合が悪くても学校に行くと言えば行かせていいわ。倒れたら私が責任をもつ」
「でもっ、ひとりのときに倒れたらっ!?」
「学校内ならあの小姑たちが一緒でしょう? それでなくても大丈夫よ」
 湊さんは笑みを浮かべていた。
 白衣のポケットから手の平に乗るくらいのディスプレイを取り出すと、
「以前秋斗が翠葉の携帯を預かったことがあるでしょう? そのときにGPSを仕込んだんですって。だから、翠葉が携帯さえ所持していればどこにいるかは逐一チェックできる。もっとも、今までは一度も起動させてないそうだけど。あとは、バイタルチェックをするわ」
「え……?」
「これ、バイタルチェック用のバングル。これを翠葉につけさせる。そうすれば翠葉の居場所もバイタルも、すべてこれに表示される」
 何? GPSにバイタルチェック……?
「秋斗印の開発品。このディスプレイは本来蒼樹の誕生日プレゼントにしようとしていたものを私が勝手にもらってきちゃったの。今は携帯からもチェックできるようにって新しいシステムを開発してるところって言ってた」
 バングルと言われたものは幅が一センチくらいのもので、普通のアクセサリーとなんら変わりはない。触れるとひんやりと冷たく、なだらかな曲線が美しい。
 秋斗先輩……ここ一ヶ月忙しそうにしていると思っていたら、これを作っていたのか?
 そういえば、いつもとは毛色の違った資料をいくつか頼まれてはいたけれど……。
「だから、何があっても大丈夫。……あの年の頃にはやりたいことを思い切りやらせてあげることも大切なのよ」
 今まではそれができなかったんだ。でも、これからは――これからは違うのか……? このバングルがあれば変えられるのか?
 ……本当に何から何まで――
「すみません。これからもお世話になります」
 深く頭を下げた。
 でも、バングルはどうやって翠葉につけさせるんだろう……。なんと話すんだろうか。
「これは私が責任もってつけさせる」
 どうやって……?
「包み隠さず話すわ。機能の話もするし、GPSのことも話す。そのうえで、動きたいように動けって伝えるわ。喜ぶか自制に走るかはまだわからないけど……。でも、何かしら打破するためのきっかけは必要よ。……今日、帰れるとしたら私が送っていくから蒼樹はもう帰りなさい」
 確かに、あのまま一緒にいてもさっきと同じ雰囲気を作ってしまうだろう。
 俺も、少し自分を立て直す必要がある。
「もう一度顔を見たら帰ります。あとのこと――よろしくお願いします」
「……蒼樹も。少しは肩の力を抜きなさい」
 今、力なんて抜いたら自分って人間が崩れてしまう気がする。
「翠葉は蒼樹のことも両親のことも大好きよ。ただ、その人たちに笑っていてほしくて、幸せでいてほしい。そう思ってるだけなの。その行動がちょっと間違ったほうへいってしまってるだけ。いつまでもこのままじゃないわ。少し待ってあげなさい。あんたがつらいのもわかる。でも、今一番過酷な状態にあるのは翠葉よ」
「……はい」
 もう一度頭を下げカンファレンスルームをあとにした。
 翠葉の病室へ戻りカーテンの脇から入る。
 熱はまだ三十八度を切らない。
 今まで色んなことを抑制しすぎただろうか……。
「ごめん……」
 苦しい思いさせて、ごめん……。
 熱を帯びた翠葉の額に唇を寄せ、病室を出た。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

男子高校生の休み時間

こへへい
青春
休み時間は10分。僅かな時間であっても、授業という試練の間隙に繰り広げられる会話は、他愛もなければ生産性もない。ただの無価値な会話である。小耳に挟む程度がちょうどいい、どうでもいいお話です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

窓を開くと

とさか
青春
17才の車椅子少女ー 『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』 人間1度は訪れる道。 海辺の家から、 今の想いを手紙に書きます。 ※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。 ☆イラスト(大空めとろ様) ○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/ ○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg

処理中です...