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August
夏の思い出 Side 司 13話
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風呂から上がった翠が化粧水をつけている間に稲荷さんへ連絡を入れ、朝食のオーダーをした。そして翠をスツールに座らせ髪を結い上げると、翠はものすごく不思議そうな顔で、
「どうしてそんなに上手なの?」
「姉さんの髪をやらされることがあったって言っただろ?」
「あ、そういえば……。でも、上手すぎない……?」
「幸か不幸か、手先は器用なんだ」
そんな話をしている間に櫛やスタイリング剤を片付け終わった翠が、
「お茶かコーヒー淹れる?」
「いや、そろそろ稲荷さんが朝食を持ってくる。オレンジのフレッシュジュースも持ってきてくれるって言ってた」
「じゃ、お茶とコーヒーは食後だね」
そんな話をしているところへインターホンが鳴り、玄関を開けに行くと、服装を改めた稲荷さんが、大きな保冷バッグを持って立っていた。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
稲荷さんは入ってくるなりキッチンへ向かい、食器棚から皿やカトラリーを取り出し、テーブルセッティングを始める。そして、持ってきた料理を彩り豊かに盛り付けだした。
「この時間ですとブランチですね。昼食は川原でバーベキューの予定ですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか?」
テーブルには相応の料理が並べられている。
この分量からすると――
「翠、今このボリュームを食べたとして、数時間後にバーベキュー行けそう?」
翠は眉をハの字型にして悩みこんでしまう。
「翠、正直に」
「……自信がありません」
「でしたら、この朝食を少し控えられてはいかがでしょう」
稲荷さんの提案に、翠は「それはいやです」と答えた。
用意してもらったものを無下にしたくないというあたりが、実に翠らしい。
「それでしたら、二時か三時ごろに軽食をお持ちいたしましょうか?」
翠は決定権を委ねるように、俺の指示を仰ぐ。
「さっきパントリーを見たら素麺や麺つゆがあったけど、どうする?」
「あ、それなら自分たちでお腹が空いたときに適当に作って食べちゃおうか?」
「ごま油はあったけど、すだち酢はなかったな……。稲荷さん、管理棟のストックにすだち酢と一味唐辛子はありますか?」
「ございます。それではあとでお持ちいたしましょう」
「お願いします。それから下の人間、今何してます?」
「男性陣は皆サバイバルゲームをなさっていらっしゃいます」
「発起人は秋兄か……」
「さようでございます。秋斗様の号令で、警護班の方々も参加なさってペイント弾を打ち合っていらっしゃいますよ」
「それ、蔵元さんも参加してるんですか?」
稲荷さんは肩を竦め、
「蔵元様は少々気乗りしないご様子でいらっしゃいましたが、やると決まった途端、秋斗様と敵対するチームのボスを買って出ていらっしゃいました」
実に蔵元さんらしい。
「チーム編成は?」
「蔵元様が秋斗様と敵対すると決まりましたら、唯芹様と蒼樹様がご賛同なさいまして、秋斗様チームは、秋斗様以外皆警護班です。ほか二名の警護班が蔵元様のチームに加わり、五対五の対戦をなさっていらっしゃいます」
秋兄の人望のなさを笑いつつ、
「普段の鬱憤が晴らされる結果を祈るしかないな。雅さんと簾条は?」
「お嬢様方は納涼床で、お茶菓子を片手にご歓談なさっていらっしゃいます」
それは幸い。
「じゃ、俺たちが下へ行く必要はなさそうだな」
「えぇ。皆様、それはそれは楽しそうにお過ごしですよ」
テーブルのセッティングが終わると、
「今日の夕飯は秋斗様のリクエストでカレーにする予定なのですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか? 陽だまり荘でお召し上がりになりますか? それとも――」
カレーなら――
思いつきのままに翠の方を向くと、
「な、に?」
若干引き気味にたずねられる。
「カレー、作る気ある?」
「え……?」
「八人分のカレー、作る気ある?」
「いきなりどうしたの……?」
「昼のバーベキューに顔を出さないとなると、文句を言い出しそうな人間が数名いるだろ? それを黙らせる対策」
「なるほど……。うん、いいよ。ふたりで作るのでしょう?」
「手伝いはするけど、味付けは翠のでお願い」
「どうして?」
「一番うるさそうな秋兄と唯さんが一気に黙りそうだから」
そのふたりさえ黙らせることができれば、午後は丸々翠を独り占めできると言っても過言ではない。
翠はクスリと笑みを漏らし、
「稲荷さん、夕飯は私たちが用意してもいいですか?」
「もちろんです! 星見荘のお鍋は小さいので、すだち酢と一味唐辛子をお届けする際に、お鍋とカレーの材料もお持ちしましょう。カレーと言えば、じゃがいも、にんじん、玉ねぎにお肉、カレーのルーが一般的な材料ですが、ほかにご入用なものはございますでしょうか」
「じゃがいもの代わりに大根を使いたいのですが、大根、ありますか?」
大根……? カレーに大根って普通……? いや、普通ではないと思う。しかし稲荷さんは異を唱えることなく、
「すぐにご用意いたします」
「それから和風だしの素とにんにくとバター」
「バターなら冷蔵庫に入ってた」
俺の言葉に翠は頷き稲荷さんが、
「お肉は何をお使いになられますか?」
翠はこちらを向いて、
「ツカサは鶏のもも肉と豚の挽き肉ならどっちが好き?」
「どっちも好きだけど、挽き肉カレーは食べたことがないからそっちがいい」
「了解! じゃ、稲荷さん、お肉は豚の挽き肉をお願いします」
「かしこまりました。カレーのルーは四銘柄ほどございますが……」
稲荷さん指定の銘柄の中に、普段翠が使っているルーがあったらしく、それを使うことになった。
「では、一度管理棟へ戻って材料を揃えましたら、おふたりがブランチを食べ終わるころにまいります。あっ……あのぉ、サラダとデザートだけは私どもにお任せいただけないでしょうか……」
おずおずと申し出る稲荷さんが少しおかしくて、翠とふたり顔を見合わせる。
俺たちはアイコンタクトを済ませると、
「「お願いします」」
「それから、ご飯もこちらで炊いたものを夕方にお持ちしますね。それでは、ごゆっくりお召し上がりください」
そう言うと、稲荷さんは星見荘をあとにした。
翠は手を洗うと席に着き、テーブルに並べられた料理を写真に収める。そして目を輝かせながら、「何から食べようっ!?」と忙しなく視線をめぐらせた。
しばらくして何から食べるのか決めたようで、フォークを手に取ると、サラダへと手をつけた。
レタスを一口食べては、
「レタスさん、シャキシャキ!」
嬉しそうにシャクシャクと咀嚼する。
「稲荷さんは採れたての青果を仕入れてくるから、野菜も果物も鮮度がいいんだ」
「そうなのね。なんだかとっても贅沢!」
相変わらず食べるのに時間はかかるが、翠は一度としてつらそうな顔をせず、最後までおいしいと言いながらデザートのフルーツヨーグルトまでたいらげた。
すべての食器を流しへ下げると、俺は皿洗いを始め、その背後で翠はコーヒーとハーブティーを淹れ始める。
きっと、結婚したらこんなふうに過ごすのだろう。
そう思うと、なんだかとても穏やかな気分になる。
皿洗いが終わり、コーヒーを飲みながら一息ついていると、
「ここで食べるのは大賛成なのだけど、スツールは三つしかないね? キッチンテーブルとリビングテーブルに分かれて食べる?」
「それなら、あとでスツールを持ってきてもらえばいいだろ? ここのテーブルなら大人八人で囲んでも余裕がある」
「確かに……」
翠は改めてキッチンテーブルに目をやり、テーブルの広さに感嘆した。
ピンポーン――
「たぶん稲荷さん」
そう言うと、翠は率先して席を立った。
ふたり揃って玄関へ向かうと、ドアの向こうに保冷バッグとスツールを抱えた稲荷さんが立っていた。
その姿を見た翠は、「スツールっ!」と喜びの声をあげる。
稲荷さんはにこりと微笑み、
「ここのキッチンテーブルであれば、大人八人で囲んでも問題はないでしょう」
そんな稲荷さんを迎え入れると、稲荷さんは保冷バッグの中身を手際よく冷蔵庫へ入れていき、
「また何かございましたら、管理棟までご連絡ください」
そう言って、そそくさと星見荘をあとにした。
「どうしてそんなに上手なの?」
「姉さんの髪をやらされることがあったって言っただろ?」
「あ、そういえば……。でも、上手すぎない……?」
「幸か不幸か、手先は器用なんだ」
そんな話をしている間に櫛やスタイリング剤を片付け終わった翠が、
「お茶かコーヒー淹れる?」
「いや、そろそろ稲荷さんが朝食を持ってくる。オレンジのフレッシュジュースも持ってきてくれるって言ってた」
「じゃ、お茶とコーヒーは食後だね」
そんな話をしているところへインターホンが鳴り、玄関を開けに行くと、服装を改めた稲荷さんが、大きな保冷バッグを持って立っていた。
「おはようございます。朝食をお持ちしました」
稲荷さんは入ってくるなりキッチンへ向かい、食器棚から皿やカトラリーを取り出し、テーブルセッティングを始める。そして、持ってきた料理を彩り豊かに盛り付けだした。
「この時間ですとブランチですね。昼食は川原でバーベキューの予定ですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか?」
テーブルには相応の料理が並べられている。
この分量からすると――
「翠、今このボリュームを食べたとして、数時間後にバーベキュー行けそう?」
翠は眉をハの字型にして悩みこんでしまう。
「翠、正直に」
「……自信がありません」
「でしたら、この朝食を少し控えられてはいかがでしょう」
稲荷さんの提案に、翠は「それはいやです」と答えた。
用意してもらったものを無下にしたくないというあたりが、実に翠らしい。
「それでしたら、二時か三時ごろに軽食をお持ちいたしましょうか?」
翠は決定権を委ねるように、俺の指示を仰ぐ。
「さっきパントリーを見たら素麺や麺つゆがあったけど、どうする?」
「あ、それなら自分たちでお腹が空いたときに適当に作って食べちゃおうか?」
「ごま油はあったけど、すだち酢はなかったな……。稲荷さん、管理棟のストックにすだち酢と一味唐辛子はありますか?」
「ございます。それではあとでお持ちいたしましょう」
「お願いします。それから下の人間、今何してます?」
「男性陣は皆サバイバルゲームをなさっていらっしゃいます」
「発起人は秋兄か……」
「さようでございます。秋斗様の号令で、警護班の方々も参加なさってペイント弾を打ち合っていらっしゃいますよ」
「それ、蔵元さんも参加してるんですか?」
稲荷さんは肩を竦め、
「蔵元様は少々気乗りしないご様子でいらっしゃいましたが、やると決まった途端、秋斗様と敵対するチームのボスを買って出ていらっしゃいました」
実に蔵元さんらしい。
「チーム編成は?」
「蔵元様が秋斗様と敵対すると決まりましたら、唯芹様と蒼樹様がご賛同なさいまして、秋斗様チームは、秋斗様以外皆警護班です。ほか二名の警護班が蔵元様のチームに加わり、五対五の対戦をなさっていらっしゃいます」
秋兄の人望のなさを笑いつつ、
「普段の鬱憤が晴らされる結果を祈るしかないな。雅さんと簾条は?」
「お嬢様方は納涼床で、お茶菓子を片手にご歓談なさっていらっしゃいます」
それは幸い。
「じゃ、俺たちが下へ行く必要はなさそうだな」
「えぇ。皆様、それはそれは楽しそうにお過ごしですよ」
テーブルのセッティングが終わると、
「今日の夕飯は秋斗様のリクエストでカレーにする予定なのですが、司様と翠葉お嬢様はいかがなさいますか? 陽だまり荘でお召し上がりになりますか? それとも――」
カレーなら――
思いつきのままに翠の方を向くと、
「な、に?」
若干引き気味にたずねられる。
「カレー、作る気ある?」
「え……?」
「八人分のカレー、作る気ある?」
「いきなりどうしたの……?」
「昼のバーベキューに顔を出さないとなると、文句を言い出しそうな人間が数名いるだろ? それを黙らせる対策」
「なるほど……。うん、いいよ。ふたりで作るのでしょう?」
「手伝いはするけど、味付けは翠のでお願い」
「どうして?」
「一番うるさそうな秋兄と唯さんが一気に黙りそうだから」
そのふたりさえ黙らせることができれば、午後は丸々翠を独り占めできると言っても過言ではない。
翠はクスリと笑みを漏らし、
「稲荷さん、夕飯は私たちが用意してもいいですか?」
「もちろんです! 星見荘のお鍋は小さいので、すだち酢と一味唐辛子をお届けする際に、お鍋とカレーの材料もお持ちしましょう。カレーと言えば、じゃがいも、にんじん、玉ねぎにお肉、カレーのルーが一般的な材料ですが、ほかにご入用なものはございますでしょうか」
「じゃがいもの代わりに大根を使いたいのですが、大根、ありますか?」
大根……? カレーに大根って普通……? いや、普通ではないと思う。しかし稲荷さんは異を唱えることなく、
「すぐにご用意いたします」
「それから和風だしの素とにんにくとバター」
「バターなら冷蔵庫に入ってた」
俺の言葉に翠は頷き稲荷さんが、
「お肉は何をお使いになられますか?」
翠はこちらを向いて、
「ツカサは鶏のもも肉と豚の挽き肉ならどっちが好き?」
「どっちも好きだけど、挽き肉カレーは食べたことがないからそっちがいい」
「了解! じゃ、稲荷さん、お肉は豚の挽き肉をお願いします」
「かしこまりました。カレーのルーは四銘柄ほどございますが……」
稲荷さん指定の銘柄の中に、普段翠が使っているルーがあったらしく、それを使うことになった。
「では、一度管理棟へ戻って材料を揃えましたら、おふたりがブランチを食べ終わるころにまいります。あっ……あのぉ、サラダとデザートだけは私どもにお任せいただけないでしょうか……」
おずおずと申し出る稲荷さんが少しおかしくて、翠とふたり顔を見合わせる。
俺たちはアイコンタクトを済ませると、
「「お願いします」」
「それから、ご飯もこちらで炊いたものを夕方にお持ちしますね。それでは、ごゆっくりお召し上がりください」
そう言うと、稲荷さんは星見荘をあとにした。
翠は手を洗うと席に着き、テーブルに並べられた料理を写真に収める。そして目を輝かせながら、「何から食べようっ!?」と忙しなく視線をめぐらせた。
しばらくして何から食べるのか決めたようで、フォークを手に取ると、サラダへと手をつけた。
レタスを一口食べては、
「レタスさん、シャキシャキ!」
嬉しそうにシャクシャクと咀嚼する。
「稲荷さんは採れたての青果を仕入れてくるから、野菜も果物も鮮度がいいんだ」
「そうなのね。なんだかとっても贅沢!」
相変わらず食べるのに時間はかかるが、翠は一度としてつらそうな顔をせず、最後までおいしいと言いながらデザートのフルーツヨーグルトまでたいらげた。
すべての食器を流しへ下げると、俺は皿洗いを始め、その背後で翠はコーヒーとハーブティーを淹れ始める。
きっと、結婚したらこんなふうに過ごすのだろう。
そう思うと、なんだかとても穏やかな気分になる。
皿洗いが終わり、コーヒーを飲みながら一息ついていると、
「ここで食べるのは大賛成なのだけど、スツールは三つしかないね? キッチンテーブルとリビングテーブルに分かれて食べる?」
「それなら、あとでスツールを持ってきてもらえばいいだろ? ここのテーブルなら大人八人で囲んでも余裕がある」
「確かに……」
翠は改めてキッチンテーブルに目をやり、テーブルの広さに感嘆した。
ピンポーン――
「たぶん稲荷さん」
そう言うと、翠は率先して席を立った。
ふたり揃って玄関へ向かうと、ドアの向こうに保冷バッグとスツールを抱えた稲荷さんが立っていた。
その姿を見た翠は、「スツールっ!」と喜びの声をあげる。
稲荷さんはにこりと微笑み、
「ここのキッチンテーブルであれば、大人八人で囲んでも問題はないでしょう」
そんな稲荷さんを迎え入れると、稲荷さんは保冷バッグの中身を手際よく冷蔵庫へ入れていき、
「また何かございましたら、管理棟までご連絡ください」
そう言って、そそくさと星見荘をあとにした。
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