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August
夏の思い出 Side 翠葉 19話
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会話をしていると、桃華さんと雅さんが今日一日でとっても仲良くなったのが見てとれた。
納涼床で女子ふたり、いったいどんな会話をしたのだろう。疎外感を覚えるわけではないけれど、どんな話をしたのかはちょっと気になる。それとなくたずねてみると、
「主に私の恋愛相談かしら」
さくりと桃華さんが答えてくれた。
「恋愛相談……? 桃華さん、蒼兄とうまくいってないの?」
いやいや、そんなわけはないだろう。さっきだってふたりで仲良く外でケーキを食べていたのだから。
「仲はいいの。仲はいいのだけど……」
桃華さんは言葉を濁し、少し俯く。
「桃華さん……?」
「…………」
「桃華さん、私から話してもいいかしら?」
雅さんが桃華さんにたずねると、「はい」と頷いた。
「桃華さんはその……蒼樹さんと男女の仲になりたいそうなのだけど、なかなか蒼樹さんが踏み切ってくれないらしくて……」
突然の話題に呼吸が止まる。
「ねえっ、どうしたら手を出してもらえると思うっ!? どれだけ雰囲気作りをしても何をしても、まったく流されてくれないのっ」
それはもう、思いつめた人の表情で、私は返答に困窮する。
私の場合、ツカサに何度も求められて応じた形であるため、適切なアドバイスなどできるはずがない。
第一、雰囲気作りなどしたこともないのだから。
「えぇと……――」
だめだ、何をどうしたって言葉が続かない。
ただひとつわかっていることがあるとしたら、
「蒼兄は、桃華さんのことをとても大切に想ってるよ?」
「それはわかってる。わかってるけど、ただ大事にされたいんじゃないもの……」
桃華さんは、どこか悔しそうに表情を歪めていた。
これはちょっと根が深い悩みなのかもしれない、と改めて認識する。
自分たちのことを振り返れば、付き合い始めてから一年でエッチしたことになる。そして、飛鳥ちゃんにおいては付き合ったその日のうちにエッチしたと聞いてる。
そこからすると桃華さんたちは――
確か一年の夏からお付き合いしているのだから、かれこれ丸二年くらい……?
丸二年お付き合いしていて、身体の関係がないのはおかしいことなのだろうか……。
何せ、その手の雑誌を読んだことがないうえ、学校の友達とだってこんな話をするのは桃華さんと飛鳥ちゃんくらいしかいない。
情報という情報が自分には完全に足りていない。でも、今ここでスマホを取り出し検索をかけるのも何か違う気がするし……。
「キスをするまではそんなに時間かからなかったのに、エッチはどうしてだめなんだろう……」
「それは年の差を気にしているからじゃないかしら? 普通に考えて、未成年と成人が付き合う場合、淫行条例とかあるわけだし……」
「私たち、『淫行条例』が適用するようなお付き合いはしてませんっ。両親だって交際は認めてくれてますっ」
「それでも、周り――世間的には難しい部分があると思うわ。交際の深度というか、親密さは蒼樹さんにとってリスクになりうるものよ」
「わかってます。わかってるんですけど――」
桃華さんは目に涙を滲ませていた。
そこまで思いつめているのだろう。なのに私は、どんな言葉を口にしたらいいのかわからない。
いつも力になってくれる友達が、目の前で泣いているというのに。
雅さんが桃華さんの背中をさすっていると、窓をコンコンコンとノックする音が聞こえ、蒼兄が入ってきた。
「立ち聞きごめん……。ちょっと、桃華を借りてもいい?」
そう言って桃華さんの真後ろに立つと、労わるように桃華さんの両肩に手を乗せた。
私と雅さんに反対などできるわけがない。
どうぞどうぞ……と桃華さんを差し出すと、桃華さんは蒼兄に従って外へ出た。それと同時に外に居た男性陣が屋内に戻ってくる。そして、開けっ放しだった窓をきっちりと閉めた。
「唯兄っ、そこにあるひざ掛け、桃華さんに――」
「了解!」
唯兄は軽快なフットワークで外へ出て、十秒と経たずに戻ってきて「任務完了!」と敬礼して見せた。
「桃華さん、大丈夫かな……」
不安に思い窓の外を気にすると、唯兄がすかさず動き、レースカーテンをざーっと引いてしまった。
「プライバシーは守らねばならぬのですっ!」
「あら、よくそんなことが言えますね? ガールズトークを盗み聞きしていらした紳士様方?」
雅さんの言葉がちくりと胸に刺さったのか、男性陣は皆苦い表情を浮かべた。
ただひとりツカサだけが、
「聞こえる場所で話していたのに問題があるんじゃない?」
しれっと答えては、場の空気を悪くする。すると、
「ま、何はともあれ成人している蒼樹からしてみたら、年の差ってものすごく深刻な問題なわけだよ。簾条さんが成人するか、簾条さんの成人を待たずに婚約しちゃえばまた話は違ってくるんだけどね」
その言葉に、「翠葉ちゃんの気持ちが固まったら婚約しよう」と秋斗さんに言われた日のことを思い出す。と、秋斗さんと私の間にツカサが入り込み、まるで秋斗さんの視線を遮るように私の対面に座った。
あからさまな行動に周りが苦笑する中、
「どちらにせよ、簾条が納得できる回答を御園生さんが提示しないと、簾条はつらいままなんじゃないの?」
「ま、そうだよね。相手を求めるのって、極々自然な感情だからね」
秋斗さんのその言葉には実感が篭っているように思えて、なおさら複雑な気分になった。すると、
「コーヒーでも淹れなおしましょうか」
雅さんが話題を変えようと席を立つ。
「手伝います!」
「じゃ、翠葉さんはそのプレートにまたお菓子を並べてくれる?」
「はい!」
ふたりのことは極力気にしないように――
誰もがそう思っていたと思う。みんなまったく関係のない話をしては笑いが発生する。
そんな時間を過ごしていた。
「翠葉ちゃん、そろそろこっちに座ったほうがいいんじゃない?」
秋斗さんに指摘され、ラグへ移動したいと思っていたのがばればれだったのかと思うと、少々恥ずかしい。
でも、わざわざ私の正面に座ったツカサはどう思うだろう?
そっとツカサの表情を盗み見ると、「こんなことを我慢して血圧を下げるのはバカのすることだ」と言いだしそうな顔をしていて、私は席を移動することにした。そのとき、
「ハープ……」
雅さんの声に振り返る。と、雅さんが部屋の片隅に置かれたハープから私に視線を戻し、
「今日も弾いていたの?」
「はい! 昨日、納涼床で作った曲をきちんと形にしたくて」
「それ、聴きたいって言ったら迷惑かしら……?」
少し申し訳なさそうに、けれど目を輝かせてリクエストしてくる雅さんがかわいすぎた。
「全然迷惑じゃないです!」
こんなにたくさんの人がいる場所で弾くのは久しぶりだけど、みんな気心の知れた人たちだ。
私は軽く調弦を済ませると、昨日作って今日ボートの上で完成させた曲を弾き始めた。
フローリングは厚みのあるヒノキが使われているし、天井が高い屋内ということもあり、ハープは外で弾いたときとはまったく違う音を響かせる。
細かい音の粒子が四角い部屋を満たしていく印象。それは、幸倉の自宅で弾く音に少し似ていた。
キラキラした質感は失わず、空間いっぱいに柔らかに響く。
そこで気づく。防音室以外の屋内で、ハープを弾くこと自体が久しぶりであることに。
作ったばかりの曲は不安定な部分がありつつも、目立ったミスなく弾きあげることができた。
音の余韻がなくなると同時、部屋のあちこちから拍手をいただく。
「オーケストラの演奏ではハープのソロを聴く機会もあったけれど、そのハープ――」
「アイリッシュハープですか?」
「ええ、そう! アイリッシュハープの演奏を聴くのは初めて! 大きなハープとは違って、星が瞬くような音をしているのね? 曲もとってもすてきだったわ」
頬を紅潮させて目を輝かせる雅さんは何歳も年上のお姉さんなのに、ものすごく純粋な反応を見せてくれるからか、とても親しみやすくて、年の近い友人のような錯覚を起こす。
「私もアイリッシュハープという楽器の演奏を聴くのは初めてです。なんというか……もっと民族色の強い楽器だと思っていたのですが、曲調によるところが大きいのでしょうか。とても親しみやすく、心に沁みる演奏でした」
「蔵元さん、あまり持ち上げないでください……。私なんてまだまだで……。でも、これを機に、アイリッシュハープに興味を持っていただけたら嬉しいです」
「翠葉ちゃん、曲名は? まだ曲名はつけてないの?」
秋斗さんにたずねられ、
「曲名はツカサがつけてくれました」
「へ? 司が?」
「はい。曲に対する私のイメージを話したら、『リュミエール』って」
「まあっ、すてきっ! フランス語で『光』ね?」
「うん。悔しいけどぴったりだな。『光』をイメージした曲だったの?」
「えぇと……。納涼床、緑のカーテンから零れる木漏れ日がとってもきれいで――」
言葉を続けようと思えば続けられた。でも――
「そのほかは内緒です」
唇の前で人差し指を立てて話すと、
「隠されると余計に訊き出したくなるけれど……」
言いながら、秋斗さんは外へと視線を移す。
「願わくば、この『光』が蒼樹と簾条さんにも届くといいね」
「はい……」
納涼床で女子ふたり、いったいどんな会話をしたのだろう。疎外感を覚えるわけではないけれど、どんな話をしたのかはちょっと気になる。それとなくたずねてみると、
「主に私の恋愛相談かしら」
さくりと桃華さんが答えてくれた。
「恋愛相談……? 桃華さん、蒼兄とうまくいってないの?」
いやいや、そんなわけはないだろう。さっきだってふたりで仲良く外でケーキを食べていたのだから。
「仲はいいの。仲はいいのだけど……」
桃華さんは言葉を濁し、少し俯く。
「桃華さん……?」
「…………」
「桃華さん、私から話してもいいかしら?」
雅さんが桃華さんにたずねると、「はい」と頷いた。
「桃華さんはその……蒼樹さんと男女の仲になりたいそうなのだけど、なかなか蒼樹さんが踏み切ってくれないらしくて……」
突然の話題に呼吸が止まる。
「ねえっ、どうしたら手を出してもらえると思うっ!? どれだけ雰囲気作りをしても何をしても、まったく流されてくれないのっ」
それはもう、思いつめた人の表情で、私は返答に困窮する。
私の場合、ツカサに何度も求められて応じた形であるため、適切なアドバイスなどできるはずがない。
第一、雰囲気作りなどしたこともないのだから。
「えぇと……――」
だめだ、何をどうしたって言葉が続かない。
ただひとつわかっていることがあるとしたら、
「蒼兄は、桃華さんのことをとても大切に想ってるよ?」
「それはわかってる。わかってるけど、ただ大事にされたいんじゃないもの……」
桃華さんは、どこか悔しそうに表情を歪めていた。
これはちょっと根が深い悩みなのかもしれない、と改めて認識する。
自分たちのことを振り返れば、付き合い始めてから一年でエッチしたことになる。そして、飛鳥ちゃんにおいては付き合ったその日のうちにエッチしたと聞いてる。
そこからすると桃華さんたちは――
確か一年の夏からお付き合いしているのだから、かれこれ丸二年くらい……?
丸二年お付き合いしていて、身体の関係がないのはおかしいことなのだろうか……。
何せ、その手の雑誌を読んだことがないうえ、学校の友達とだってこんな話をするのは桃華さんと飛鳥ちゃんくらいしかいない。
情報という情報が自分には完全に足りていない。でも、今ここでスマホを取り出し検索をかけるのも何か違う気がするし……。
「キスをするまではそんなに時間かからなかったのに、エッチはどうしてだめなんだろう……」
「それは年の差を気にしているからじゃないかしら? 普通に考えて、未成年と成人が付き合う場合、淫行条例とかあるわけだし……」
「私たち、『淫行条例』が適用するようなお付き合いはしてませんっ。両親だって交際は認めてくれてますっ」
「それでも、周り――世間的には難しい部分があると思うわ。交際の深度というか、親密さは蒼樹さんにとってリスクになりうるものよ」
「わかってます。わかってるんですけど――」
桃華さんは目に涙を滲ませていた。
そこまで思いつめているのだろう。なのに私は、どんな言葉を口にしたらいいのかわからない。
いつも力になってくれる友達が、目の前で泣いているというのに。
雅さんが桃華さんの背中をさすっていると、窓をコンコンコンとノックする音が聞こえ、蒼兄が入ってきた。
「立ち聞きごめん……。ちょっと、桃華を借りてもいい?」
そう言って桃華さんの真後ろに立つと、労わるように桃華さんの両肩に手を乗せた。
私と雅さんに反対などできるわけがない。
どうぞどうぞ……と桃華さんを差し出すと、桃華さんは蒼兄に従って外へ出た。それと同時に外に居た男性陣が屋内に戻ってくる。そして、開けっ放しだった窓をきっちりと閉めた。
「唯兄っ、そこにあるひざ掛け、桃華さんに――」
「了解!」
唯兄は軽快なフットワークで外へ出て、十秒と経たずに戻ってきて「任務完了!」と敬礼して見せた。
「桃華さん、大丈夫かな……」
不安に思い窓の外を気にすると、唯兄がすかさず動き、レースカーテンをざーっと引いてしまった。
「プライバシーは守らねばならぬのですっ!」
「あら、よくそんなことが言えますね? ガールズトークを盗み聞きしていらした紳士様方?」
雅さんの言葉がちくりと胸に刺さったのか、男性陣は皆苦い表情を浮かべた。
ただひとりツカサだけが、
「聞こえる場所で話していたのに問題があるんじゃない?」
しれっと答えては、場の空気を悪くする。すると、
「ま、何はともあれ成人している蒼樹からしてみたら、年の差ってものすごく深刻な問題なわけだよ。簾条さんが成人するか、簾条さんの成人を待たずに婚約しちゃえばまた話は違ってくるんだけどね」
その言葉に、「翠葉ちゃんの気持ちが固まったら婚約しよう」と秋斗さんに言われた日のことを思い出す。と、秋斗さんと私の間にツカサが入り込み、まるで秋斗さんの視線を遮るように私の対面に座った。
あからさまな行動に周りが苦笑する中、
「どちらにせよ、簾条が納得できる回答を御園生さんが提示しないと、簾条はつらいままなんじゃないの?」
「ま、そうだよね。相手を求めるのって、極々自然な感情だからね」
秋斗さんのその言葉には実感が篭っているように思えて、なおさら複雑な気分になった。すると、
「コーヒーでも淹れなおしましょうか」
雅さんが話題を変えようと席を立つ。
「手伝います!」
「じゃ、翠葉さんはそのプレートにまたお菓子を並べてくれる?」
「はい!」
ふたりのことは極力気にしないように――
誰もがそう思っていたと思う。みんなまったく関係のない話をしては笑いが発生する。
そんな時間を過ごしていた。
「翠葉ちゃん、そろそろこっちに座ったほうがいいんじゃない?」
秋斗さんに指摘され、ラグへ移動したいと思っていたのがばればれだったのかと思うと、少々恥ずかしい。
でも、わざわざ私の正面に座ったツカサはどう思うだろう?
そっとツカサの表情を盗み見ると、「こんなことを我慢して血圧を下げるのはバカのすることだ」と言いだしそうな顔をしていて、私は席を移動することにした。そのとき、
「ハープ……」
雅さんの声に振り返る。と、雅さんが部屋の片隅に置かれたハープから私に視線を戻し、
「今日も弾いていたの?」
「はい! 昨日、納涼床で作った曲をきちんと形にしたくて」
「それ、聴きたいって言ったら迷惑かしら……?」
少し申し訳なさそうに、けれど目を輝かせてリクエストしてくる雅さんがかわいすぎた。
「全然迷惑じゃないです!」
こんなにたくさんの人がいる場所で弾くのは久しぶりだけど、みんな気心の知れた人たちだ。
私は軽く調弦を済ませると、昨日作って今日ボートの上で完成させた曲を弾き始めた。
フローリングは厚みのあるヒノキが使われているし、天井が高い屋内ということもあり、ハープは外で弾いたときとはまったく違う音を響かせる。
細かい音の粒子が四角い部屋を満たしていく印象。それは、幸倉の自宅で弾く音に少し似ていた。
キラキラした質感は失わず、空間いっぱいに柔らかに響く。
そこで気づく。防音室以外の屋内で、ハープを弾くこと自体が久しぶりであることに。
作ったばかりの曲は不安定な部分がありつつも、目立ったミスなく弾きあげることができた。
音の余韻がなくなると同時、部屋のあちこちから拍手をいただく。
「オーケストラの演奏ではハープのソロを聴く機会もあったけれど、そのハープ――」
「アイリッシュハープですか?」
「ええ、そう! アイリッシュハープの演奏を聴くのは初めて! 大きなハープとは違って、星が瞬くような音をしているのね? 曲もとってもすてきだったわ」
頬を紅潮させて目を輝かせる雅さんは何歳も年上のお姉さんなのに、ものすごく純粋な反応を見せてくれるからか、とても親しみやすくて、年の近い友人のような錯覚を起こす。
「私もアイリッシュハープという楽器の演奏を聴くのは初めてです。なんというか……もっと民族色の強い楽器だと思っていたのですが、曲調によるところが大きいのでしょうか。とても親しみやすく、心に沁みる演奏でした」
「蔵元さん、あまり持ち上げないでください……。私なんてまだまだで……。でも、これを機に、アイリッシュハープに興味を持っていただけたら嬉しいです」
「翠葉ちゃん、曲名は? まだ曲名はつけてないの?」
秋斗さんにたずねられ、
「曲名はツカサがつけてくれました」
「へ? 司が?」
「はい。曲に対する私のイメージを話したら、『リュミエール』って」
「まあっ、すてきっ! フランス語で『光』ね?」
「うん。悔しいけどぴったりだな。『光』をイメージした曲だったの?」
「えぇと……。納涼床、緑のカーテンから零れる木漏れ日がとってもきれいで――」
言葉を続けようと思えば続けられた。でも――
「そのほかは内緒です」
唇の前で人差し指を立てて話すと、
「隠されると余計に訊き出したくなるけれど……」
言いながら、秋斗さんは外へと視線を移す。
「願わくば、この『光』が蒼樹と簾条さんにも届くといいね」
「はい……」
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