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August
夏の思い出 Side 翠葉 15話
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カレーが出来上がったのは一時過ぎだった。
「ツカサ、お腹すいた?」
「まだ。翠は?」
「まだ」
ふたり顔を見合わせ笑う。
「じゃ、ボートでも出す? それとも、泉に入る? 水着、持ってきてるんだろ?」
「持ってきてはいるけれど……どのくらい深いの?」
「結構深いかな?」
「じゃ、遠慮しようかな」
泳ぎにはまだ自信がないし、浮き輪なしに足の届かない場所へ行くのは恐怖心が煽られる。
「それに、ウッドデッキの端まで行けば足を水に浸すことはできるし」
「ふ~ん……」
ニヤニヤと意味深な目で見られてちょっと困る。
「とりあえず泳げるようにはなったんじゃないの?」
「意地悪……少し泳げるようになっただけで、足が付かないところなんで問題外なんだからっ!」
バシッとツカサの腕をはたくと、「悪い、いじめが過ぎた」と笑いながら謝られた。
ツカサがボートの用意をしているのを見ながら、
「真白さんと涼先生もこんなふうに過ごしてるのかな?」
「母さんは刺繍、父さんは本をボートに持ち込んでいる写真なら見たことがある」
刺繍と本、か……。
「私たちだとなんだろう?」
「俺は父さんと同じで本かタブレット? 翠は……小型ハープでも持ち込めば?」
「えっ……楽器を持ち込むのはちょっと怖いかな……。水没したら、って考えるとちょっと……」
「何、このボートがそんなコンディション悪く見えるの? それとも、翠にボートから落ちる予定があるの?」
「えっ、ボートのコンディションに不安はないし、自分が落ちる予定もないよっ!? ただ、もしも落ちたら……って考えるとちょっと……」
「このボートは公園で貸し出しているボートよりも少し大きい作りだし、コンディションなら毎日稲荷さんがチェックしてくれてる。今朝も六時半に来てチェックしてくれてる」
「そうだったの?」
ツカサはコクリと頷き、
「だから、大丈夫。安心して持ってくるといい」
そう言われて、私はリビングの脇に置いてあったハープを取りに戻った。すると、ツカサもタブレットを取りに戻ってきた。
キッチンテーブルにはさっき淹れたハーブティーが四〇〇ミリリットルと、コーヒーが三〇〇ミリリットルほど残っている。
「ツカサ、タンブラーってあるかな?」
「食器棚の下の段に一リットル用が一本と五〇〇ミリリットル用が二本入ってた。なんで?」
「これ、さっきの残ってるから持って行かない?」
「持っていこう」
「ツカサは氷入れる?」
「入れる。翠は?」
「私は常温でちょうどいい感じ」
飲み物を用意し終わって、
「翠、上に羽織るものは?」
「外、結構日差しが強かったから、日焼け止めだけ塗って上に羽織るのはよそうかな?」
「了解。じゃ、荷物持って行くから翠は日焼け止めを塗ってくればいい。あ、帽子は忘れるなよ?」
「了解」
そんな会話をして一度別れた。
寝室で日焼け止めをくまなく塗ると、以前雅さんにいただいた麦わら帽子を被って外へ出る。
「わ……太陽の恵みが燦々と、って感じね……」
サンダル越しにも容赦ない熱を感じる。ウッドデッキは相当な温度に上昇しているようだ。
桟橋を真っ直ぐ進み、
「お待たせ!」
ボートに乗り込んでいるツカサに声をかけるとまずはハープを受け取り、私が乗るのに手を貸してくれた。
ツカサがオールを漕ぎ始めて少しすると、水面で冷やされた空気が全身を通り抜けていく。
「やっぱり、ウッドデッキと水の上は違うね? 涼しい!」
「寒くない?」
「涼しい風と太陽の光でちょうどいい感じ」
「なら良かった」
泉の真ん中まで来ると、私たちは各々持ち込んだものを手に取る。
私たちふたりにとっては一緒にいるのに別々のことをするのはあまり珍しいことではない。けれど、それを友達に話すと不思議がられることが多い。
「同じ時間を共有するために一緒に過ごすんじゃないの?」と問われること多々。
でも、一緒にいて別々のことをしていたらいけないという決まりはないと思う。それとも、「付き合う」という関係の中にはそういったルールがあるのだろうか。
不安になってお母さんにたずねたところ、
「それも人それぞれよ。間違ってもそんなルールは存在しないわ。ただ、普段なかなかふたりきりで会えなかったり、ふたりで話す時間が取れない人たちにとっては、コミュニケーションに時間を費やさないと『付き合っている』とは言えない関係性になってしまうこともあるから、一緒に何かをする時間として過ごす人が多いのが現実なんじゃないかしら。翠葉と司くんの場合、主に司くんの努力によってほぼ毎日のように会えているでしょう? だから、一緒にいる時間をすべて会話に費やす必要がないんじゃないかしら。わかる? そういうことよ」――
お母さんにそう言われて納得した。
確かに会話をしたいときはある。言葉を欲することもある。でも、前に比べたらツカサは思っていることを口にしてくれるようになったし、スケジュールも開示してくれるようになった。
言い合いに発展するような問題が起きたとき、きちんと話し合ってなるべく原因を取り除く方向で進んできた結果、始終話していなくちゃいけないような状況にはないというかなんというか……。
「翠?」
「えっ?」
「演奏が止んだけど、どうかした?」
「ううん。ちょっと色々考えていただけ」
「色々って?」
「んーと……」
そう、こんなふうに訊いてくれる。
私から言葉を引き出そうとしてくれる。
だから私は安心して話すことができるし、些細なきっかけから会話の機会を得る。それはとてもとても自然に。
「へー……ずっと会話してるとか、それ、どんな拷問?」
さらっと言ってのけるツカサが愛おしくてたまらない。
「俺はもともと口数が多いほうじゃないし、翠だってそこまで話し続けられる人間じゃないだろ? そもそもそれって各々の性格によるところが大きいから、俺と翠に当てはめようとする必要はないと思うけど? 碧さんが言うのも一理ある。こまめに会っていれば、会ってるときにずっと話してる必要はないだろ」
「うん。友達に言われたからといって自分たちの何を改めるつもりもかったのだけど、ほかの人たちはそんなにも会っているときに会話をするものなのかな、って少し不思議に思っただけ」
「手近なところで御園生さんに訊いてみればいいのに。簾条とか立花とか」
「飛鳥ちゃんに言われたから、訊くなら桃華さんや蒼兄かな? でもふたりに訊いても同じ答えが返ってくるだけだよね?」
「あとは……優太とか嵐? いや、あそこは時間があれば喋ってるかいちゃついてるかのどっちかだな……」
真面目に誰に訊いたらいいか考えている様がおかしくて、私は笑ってばかりだ。
「そうだな。今度、佐野くんや香乃子ちゃんに訊いてみようかな? そういえば、静音先輩と風間先輩ってお付き合いしているの?」
紫苑祭のダンスにしても何にしても息がぴったりだった。でも、今まで私の周りにいる「お付き合いしている人々」とは少々異なる関係性にも見えて、結局どっちなのかわからなかったのだ。
ツカサはツカサで、
「それ、なんで俺が知ってると思ったのかが知りたいんだけど」
「え? 同学年だし、風間先輩とは学部も同じで毎日のように顔を合わせているのでしょう?」
「だから、それでなんであいつの色恋沙汰を聞かなくちゃいけない?」
そうきましたか……。
「もう、相変わらず人に興味がないんだから……。少しは情報を調達してきてくださいっ! ずっと気になってるんだから」
「ふーん……じゃ、翠が訊けばいいだろ? 俺から風間に訊くとかあり得ない」
「なんとなく訊きづらいから訊けないのに! あ、でも……静音先輩になら訊けるかな……」
お茶だったりコーヒーを飲みながらのどかな時間を過ごしていると、
「あと少しで三時。翠は薬の時間もあるし、そろそろ戻って昼食にしよう」
「うん。二時間も外に居たのね?」
なんとなしに麦わら帽子に手をやると、ものすごく熱かった。
手を見てびっくりしている私をツカサは笑い、
「戻ったら一度シャワーを浴びたほうがいい。翠は蓄熱体質だから、強制的に冷却するのが手っ取り早い。素麺は俺が用意するから」
「ごめん、お願いしてもいい?」
「問題ない」
そんな会話をしながら桟橋まで戻ってきた。
「ツカサ、お腹すいた?」
「まだ。翠は?」
「まだ」
ふたり顔を見合わせ笑う。
「じゃ、ボートでも出す? それとも、泉に入る? 水着、持ってきてるんだろ?」
「持ってきてはいるけれど……どのくらい深いの?」
「結構深いかな?」
「じゃ、遠慮しようかな」
泳ぎにはまだ自信がないし、浮き輪なしに足の届かない場所へ行くのは恐怖心が煽られる。
「それに、ウッドデッキの端まで行けば足を水に浸すことはできるし」
「ふ~ん……」
ニヤニヤと意味深な目で見られてちょっと困る。
「とりあえず泳げるようにはなったんじゃないの?」
「意地悪……少し泳げるようになっただけで、足が付かないところなんで問題外なんだからっ!」
バシッとツカサの腕をはたくと、「悪い、いじめが過ぎた」と笑いながら謝られた。
ツカサがボートの用意をしているのを見ながら、
「真白さんと涼先生もこんなふうに過ごしてるのかな?」
「母さんは刺繍、父さんは本をボートに持ち込んでいる写真なら見たことがある」
刺繍と本、か……。
「私たちだとなんだろう?」
「俺は父さんと同じで本かタブレット? 翠は……小型ハープでも持ち込めば?」
「えっ……楽器を持ち込むのはちょっと怖いかな……。水没したら、って考えるとちょっと……」
「何、このボートがそんなコンディション悪く見えるの? それとも、翠にボートから落ちる予定があるの?」
「えっ、ボートのコンディションに不安はないし、自分が落ちる予定もないよっ!? ただ、もしも落ちたら……って考えるとちょっと……」
「このボートは公園で貸し出しているボートよりも少し大きい作りだし、コンディションなら毎日稲荷さんがチェックしてくれてる。今朝も六時半に来てチェックしてくれてる」
「そうだったの?」
ツカサはコクリと頷き、
「だから、大丈夫。安心して持ってくるといい」
そう言われて、私はリビングの脇に置いてあったハープを取りに戻った。すると、ツカサもタブレットを取りに戻ってきた。
キッチンテーブルにはさっき淹れたハーブティーが四〇〇ミリリットルと、コーヒーが三〇〇ミリリットルほど残っている。
「ツカサ、タンブラーってあるかな?」
「食器棚の下の段に一リットル用が一本と五〇〇ミリリットル用が二本入ってた。なんで?」
「これ、さっきの残ってるから持って行かない?」
「持っていこう」
「ツカサは氷入れる?」
「入れる。翠は?」
「私は常温でちょうどいい感じ」
飲み物を用意し終わって、
「翠、上に羽織るものは?」
「外、結構日差しが強かったから、日焼け止めだけ塗って上に羽織るのはよそうかな?」
「了解。じゃ、荷物持って行くから翠は日焼け止めを塗ってくればいい。あ、帽子は忘れるなよ?」
「了解」
そんな会話をして一度別れた。
寝室で日焼け止めをくまなく塗ると、以前雅さんにいただいた麦わら帽子を被って外へ出る。
「わ……太陽の恵みが燦々と、って感じね……」
サンダル越しにも容赦ない熱を感じる。ウッドデッキは相当な温度に上昇しているようだ。
桟橋を真っ直ぐ進み、
「お待たせ!」
ボートに乗り込んでいるツカサに声をかけるとまずはハープを受け取り、私が乗るのに手を貸してくれた。
ツカサがオールを漕ぎ始めて少しすると、水面で冷やされた空気が全身を通り抜けていく。
「やっぱり、ウッドデッキと水の上は違うね? 涼しい!」
「寒くない?」
「涼しい風と太陽の光でちょうどいい感じ」
「なら良かった」
泉の真ん中まで来ると、私たちは各々持ち込んだものを手に取る。
私たちふたりにとっては一緒にいるのに別々のことをするのはあまり珍しいことではない。けれど、それを友達に話すと不思議がられることが多い。
「同じ時間を共有するために一緒に過ごすんじゃないの?」と問われること多々。
でも、一緒にいて別々のことをしていたらいけないという決まりはないと思う。それとも、「付き合う」という関係の中にはそういったルールがあるのだろうか。
不安になってお母さんにたずねたところ、
「それも人それぞれよ。間違ってもそんなルールは存在しないわ。ただ、普段なかなかふたりきりで会えなかったり、ふたりで話す時間が取れない人たちにとっては、コミュニケーションに時間を費やさないと『付き合っている』とは言えない関係性になってしまうこともあるから、一緒に何かをする時間として過ごす人が多いのが現実なんじゃないかしら。翠葉と司くんの場合、主に司くんの努力によってほぼ毎日のように会えているでしょう? だから、一緒にいる時間をすべて会話に費やす必要がないんじゃないかしら。わかる? そういうことよ」――
お母さんにそう言われて納得した。
確かに会話をしたいときはある。言葉を欲することもある。でも、前に比べたらツカサは思っていることを口にしてくれるようになったし、スケジュールも開示してくれるようになった。
言い合いに発展するような問題が起きたとき、きちんと話し合ってなるべく原因を取り除く方向で進んできた結果、始終話していなくちゃいけないような状況にはないというかなんというか……。
「翠?」
「えっ?」
「演奏が止んだけど、どうかした?」
「ううん。ちょっと色々考えていただけ」
「色々って?」
「んーと……」
そう、こんなふうに訊いてくれる。
私から言葉を引き出そうとしてくれる。
だから私は安心して話すことができるし、些細なきっかけから会話の機会を得る。それはとてもとても自然に。
「へー……ずっと会話してるとか、それ、どんな拷問?」
さらっと言ってのけるツカサが愛おしくてたまらない。
「俺はもともと口数が多いほうじゃないし、翠だってそこまで話し続けられる人間じゃないだろ? そもそもそれって各々の性格によるところが大きいから、俺と翠に当てはめようとする必要はないと思うけど? 碧さんが言うのも一理ある。こまめに会っていれば、会ってるときにずっと話してる必要はないだろ」
「うん。友達に言われたからといって自分たちの何を改めるつもりもかったのだけど、ほかの人たちはそんなにも会っているときに会話をするものなのかな、って少し不思議に思っただけ」
「手近なところで御園生さんに訊いてみればいいのに。簾条とか立花とか」
「飛鳥ちゃんに言われたから、訊くなら桃華さんや蒼兄かな? でもふたりに訊いても同じ答えが返ってくるだけだよね?」
「あとは……優太とか嵐? いや、あそこは時間があれば喋ってるかいちゃついてるかのどっちかだな……」
真面目に誰に訊いたらいいか考えている様がおかしくて、私は笑ってばかりだ。
「そうだな。今度、佐野くんや香乃子ちゃんに訊いてみようかな? そういえば、静音先輩と風間先輩ってお付き合いしているの?」
紫苑祭のダンスにしても何にしても息がぴったりだった。でも、今まで私の周りにいる「お付き合いしている人々」とは少々異なる関係性にも見えて、結局どっちなのかわからなかったのだ。
ツカサはツカサで、
「それ、なんで俺が知ってると思ったのかが知りたいんだけど」
「え? 同学年だし、風間先輩とは学部も同じで毎日のように顔を合わせているのでしょう?」
「だから、それでなんであいつの色恋沙汰を聞かなくちゃいけない?」
そうきましたか……。
「もう、相変わらず人に興味がないんだから……。少しは情報を調達してきてくださいっ! ずっと気になってるんだから」
「ふーん……じゃ、翠が訊けばいいだろ? 俺から風間に訊くとかあり得ない」
「なんとなく訊きづらいから訊けないのに! あ、でも……静音先輩になら訊けるかな……」
お茶だったりコーヒーを飲みながらのどかな時間を過ごしていると、
「あと少しで三時。翠は薬の時間もあるし、そろそろ戻って昼食にしよう」
「うん。二時間も外に居たのね?」
なんとなしに麦わら帽子に手をやると、ものすごく熱かった。
手を見てびっくりしている私をツカサは笑い、
「戻ったら一度シャワーを浴びたほうがいい。翠は蓄熱体質だから、強制的に冷却するのが手っ取り早い。素麺は俺が用意するから」
「ごめん、お願いしてもいい?」
「問題ない」
そんな会話をしながら桟橋まで戻ってきた。
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