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August
夏の思い出 Side 翠葉 02話
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お母さんたちは「行ってきていいよ」とあっさり許可してくれた割に、後出しで様々な条件を出してきた。
まず、私と桃華さんの夏休みの宿題がすべて終わっていることが大前提。そして私においては、夏休み中に熱中症にならないこと、それから慢性疲労症の症状が出ないこと。
宿題はともかくとして、熱中症や慢性疲労症の症状はどれだけ気をつけていようとも、症状が出てしまうことがある。それらすべてを回避できたなら行っていいよとは、結果的に「いい」と言われたのか言われていないのか……。
それを聞いたツカサは不適な笑みを浮かべ、
「多少の障害があったほうがクリアし甲斐がある」
そんなことを呟いては、私に注意すべきあれこれを話して聞かせた。
けれど、ツカサにもバイタルが転送されるようになってからというもの、私はこれ以上ない監視下に置かれている。
結果、耳にタコができるほどたくさんのお小言をくらいながら、無事、お盆明けの旅行へ漕ぎ着けることができた。
結局どんなメンバーでの旅行になったかというと、私とツカサ、蒼兄と唯兄、秋斗さんと蔵元さん。それから、雅さんと桃華さんの計八人だ。
海斗くんや佐野くん、飛鳥ちゃんにも声はかけたのだけど、三人とも県大会やインターハイが終わったあとにも関わらず、部活を引退する道を選びはしなかった。
夏の大会を境に引退する三年が多い中、三人は高校最後の夏を部活で締めくくることに決めたよう。そして夏休み最終日には、テニス部と陸上部合同で、藤川の河川敷で花火を楽しむと言っていた。
その話を聞いて、私たちも花火をしようと花火の調達を蒼兄と唯兄に頼んだのが数日前の話。
出発日の今日、ロータリーには九台の車が停まっている。
一台はツカサが乗ってきた涼先生の車。この車には私とツカサのふたりが乗り、蒼兄の車には桃華さんと蒼兄が乗る。秋斗さんの車には唯兄が便乗。当初は蔵元さんも同乗する予定だったのだけど、雅さんを迎えに行くのが警護班じゃせっかくの旅行が味気なくなるという秋斗さんの提案に、蔵元さんが雅さんを空港まで迎えに行くことになったのだとか。
そんなわけで、残りの六台は警護班の車。なんとも大所帯である。
内訳的には先導する車が三台、後部からついて来る車が三台。
なんだかものすごく物々しいな、と感じたのは私と蒼兄くらいで、ほかの人はとくに何も思わないのか、淡々と荷物を積んだり和やかに会話をしている。
考えてみれば、こんな様子を目にするのは、秋斗さんの海外逃亡を阻止しに空港へ向かったとき以来な気がする。
「翠、そろそろ出発」
「あ、はいっ」
慌てて車に乗り込むと、いつもどおり音楽も何もかかっていない車内だった。そこで、唯兄にお願いして用意してもらったものをセッティングする。
「ミュージックプレーヤー?」
「そう。ドライブでずっと無音なのはちょっと苦手で……」
そう言って、歌を流すかインストを流すかたずねると、「インストで」と答えが返ってきたので、私は迷わず「DIMENSION」のアルバム、「Key」をセットした。
曲が流れてすぐ、
「『DIMENSION』……?」
「知ってるのっ!?」
「……秋兄が好きで、車や職場でよくかけてたから」
そういえば、前にそんな話を聞いたことがある。えぇとこれは、地雷……?
「ツカサは、嫌い……?」
恐る恐るたずねると、ツカサは小さくため息をついた。
「もともとは、秋兄が好きだったわけじゃないんだ」
「え……?」
「御園生さんが垂れ流す翠情報のひとつに『DIMENSION』があって、三人徹夜で仕事を片付けることになったとき、御園生さんがテンポよく作業できる曲としてそれをチョイスした。そのあと、気づいたときには秋兄のミュージックプレイヤーにもそれらの曲が追加されていて、仕事場でよくかけるようになった。そういう経緯」
それは知らなかった……。
もとネタが私だとしても、秋斗さんを想起させるものはやめたほうがいいのだろうか……。
さりげなく違うプレイリストを探そうとミュージックプレイヤーに視線を落とすと、ツカサの左手に制された。
「ドライブでこの曲かけるの、好きなんだろ?」
「うん……でも――」
「翠が好きならかければいい。俺も嫌いじゃない」
そう言うと、ツカサは緩やかに車を発進させた。
私はツカサのことを知りたくなって、身体ごと運転席の方を向く。
「ツカサはどんな曲が好き? 普段、どんな曲を聴くの?」
ツカサは黙り込んだまま口を開く気配がない。
「音楽番組とか、見たりする……?」
海斗くんや佐野くん、空太くんたちはよく音楽番組の話をしているけれど、ツカサがそういう話をしているところは見たことがないし、ツカサがイヤホンしているときに聞いているのは、たいていが英会話のリスニングであったり、英語版ニュースがメインだ。
「翠と付き合うようになるまでは、音楽を聴く習慣がなかった。ピアノを習ってたときは習ってる曲を聴くことはあったし、母さんがショパン好きで家でかけてることがあるからそのあたりは馴染みがあるけど、それ以外はとくには――」
「そっか……。音楽は嫌い?」
「嫌いというほど音楽を知らない。ただ、関心がなかったから聴く機会がなかっただけ」
「じゃ、私が好きな音楽をかけていてもいい?」
「問題ない。むしろ――」
むしろ……?
「翠が好むものは知りたいと思う」
その言葉がちょっと――ものすごく嬉しくて、私はツカサの方を向いたまま顔を真っ赤に染めることになった。
それとなく身体の向きを前方へ戻し、手持ち無沙汰にミュージックプレーヤーのプレイリストを意味もなくいったりきたりさせていると、
「翠はオルゴールの曲も好きなんだろ? どんなの?」
「あ、あのねっ、クラシックがオルゴールになっているのもあるし、ディズニーの曲がオルゴールになっているのもあるのっ。それから、J-POPがオルゴールアレンジしてあるのもあるのよ! でも一番好きなのはスケーターワルツとかサティのジムノペディ一番とか……あ、でも、美女と野獣のオルゴールバージョンもすてきなのよね……」
「それ全部――」
「え?」
「翠が好きな曲全部、かけて。聴くから」
「っ――うんっ!」
それからの道のりは、私の好きなオルゴール曲を延々かけて高速道路を走った。
途中、「これは俺も好き」というものは別のリストを作って追加したり。
自分の好きなものを気に入ってもらえることが、こんなに嬉しいこととは思わなかった。
ツカサも同じなのかな……。
ツカサが興味のあるものを私が好きだと言ったら、ツカサも嬉しい……? 喜ぶ……?
弓道のほかだと……医療全般?
でもそれは、さすがにハードルが高いような気がする……。
「あっ、絵っ!?」
「は……? なんの話?」
「……ツカサが私の好きなものに興味持ってくれるの嬉しくて……だから、私もツカサが好きなものに興味を持ったらツカサも嬉しいのかなって……」
「あぁ、それで『絵』?」
「うん……ほかは弓道しかわからなくて……。あとはコーヒーが好きなことくらいしか知らない気がして……」
ツカサは少し考えてから、
「俺は翠ほど多趣味じゃないから、好きなもの自体が少ない」
「でも、ないわけではないのでしょう?」
「……好きなもの、ね。……翠が知ってるとおり弓道と絵、そのほかにはとくにない」
ツカサは何か考えるようにしばらく沈黙して、
「ほかだと動物が好きなことくらいかな?」
言いながら、ちょっと首を傾げて見せた。
「どの動物が一番好きとかある……?」
「なくはないけど、それぞれ気に入っているポイントがあるから――」
「それ、全部聞きたいっ!」
再度運転席の方を向いてねだると、ツカサは運転をしながら動物のことを話して聞かせてくれた。その隣で私は、聞いたこともないような名前の動物を検索しながら道中を過ごした。
会話……ある。たくさん――
まだ知らないツカサがたくさんいる。
それがとても嬉しくて、新しいツカサを吸収するように、またはツカサの声を耳に浸透させるように、ツカサの話を聞いて過ごしていた。
こういうの、いいな……。
ツカサの好きなものを知ることができるうえ、低く落ち着いた大好きな声をずっと聞いていられるのだ。
毎晩聴く一から十までの数や、歌声とは違う――話し声。
車の走行音を少し気にしながら、私は録音アプリを立ち上げ録音を開始させた。そして、大好きなツカサの横顔をじっと見て、幸せな時間を堪能した。
まず、私と桃華さんの夏休みの宿題がすべて終わっていることが大前提。そして私においては、夏休み中に熱中症にならないこと、それから慢性疲労症の症状が出ないこと。
宿題はともかくとして、熱中症や慢性疲労症の症状はどれだけ気をつけていようとも、症状が出てしまうことがある。それらすべてを回避できたなら行っていいよとは、結果的に「いい」と言われたのか言われていないのか……。
それを聞いたツカサは不適な笑みを浮かべ、
「多少の障害があったほうがクリアし甲斐がある」
そんなことを呟いては、私に注意すべきあれこれを話して聞かせた。
けれど、ツカサにもバイタルが転送されるようになってからというもの、私はこれ以上ない監視下に置かれている。
結果、耳にタコができるほどたくさんのお小言をくらいながら、無事、お盆明けの旅行へ漕ぎ着けることができた。
結局どんなメンバーでの旅行になったかというと、私とツカサ、蒼兄と唯兄、秋斗さんと蔵元さん。それから、雅さんと桃華さんの計八人だ。
海斗くんや佐野くん、飛鳥ちゃんにも声はかけたのだけど、三人とも県大会やインターハイが終わったあとにも関わらず、部活を引退する道を選びはしなかった。
夏の大会を境に引退する三年が多い中、三人は高校最後の夏を部活で締めくくることに決めたよう。そして夏休み最終日には、テニス部と陸上部合同で、藤川の河川敷で花火を楽しむと言っていた。
その話を聞いて、私たちも花火をしようと花火の調達を蒼兄と唯兄に頼んだのが数日前の話。
出発日の今日、ロータリーには九台の車が停まっている。
一台はツカサが乗ってきた涼先生の車。この車には私とツカサのふたりが乗り、蒼兄の車には桃華さんと蒼兄が乗る。秋斗さんの車には唯兄が便乗。当初は蔵元さんも同乗する予定だったのだけど、雅さんを迎えに行くのが警護班じゃせっかくの旅行が味気なくなるという秋斗さんの提案に、蔵元さんが雅さんを空港まで迎えに行くことになったのだとか。
そんなわけで、残りの六台は警護班の車。なんとも大所帯である。
内訳的には先導する車が三台、後部からついて来る車が三台。
なんだかものすごく物々しいな、と感じたのは私と蒼兄くらいで、ほかの人はとくに何も思わないのか、淡々と荷物を積んだり和やかに会話をしている。
考えてみれば、こんな様子を目にするのは、秋斗さんの海外逃亡を阻止しに空港へ向かったとき以来な気がする。
「翠、そろそろ出発」
「あ、はいっ」
慌てて車に乗り込むと、いつもどおり音楽も何もかかっていない車内だった。そこで、唯兄にお願いして用意してもらったものをセッティングする。
「ミュージックプレーヤー?」
「そう。ドライブでずっと無音なのはちょっと苦手で……」
そう言って、歌を流すかインストを流すかたずねると、「インストで」と答えが返ってきたので、私は迷わず「DIMENSION」のアルバム、「Key」をセットした。
曲が流れてすぐ、
「『DIMENSION』……?」
「知ってるのっ!?」
「……秋兄が好きで、車や職場でよくかけてたから」
そういえば、前にそんな話を聞いたことがある。えぇとこれは、地雷……?
「ツカサは、嫌い……?」
恐る恐るたずねると、ツカサは小さくため息をついた。
「もともとは、秋兄が好きだったわけじゃないんだ」
「え……?」
「御園生さんが垂れ流す翠情報のひとつに『DIMENSION』があって、三人徹夜で仕事を片付けることになったとき、御園生さんがテンポよく作業できる曲としてそれをチョイスした。そのあと、気づいたときには秋兄のミュージックプレイヤーにもそれらの曲が追加されていて、仕事場でよくかけるようになった。そういう経緯」
それは知らなかった……。
もとネタが私だとしても、秋斗さんを想起させるものはやめたほうがいいのだろうか……。
さりげなく違うプレイリストを探そうとミュージックプレイヤーに視線を落とすと、ツカサの左手に制された。
「ドライブでこの曲かけるの、好きなんだろ?」
「うん……でも――」
「翠が好きならかければいい。俺も嫌いじゃない」
そう言うと、ツカサは緩やかに車を発進させた。
私はツカサのことを知りたくなって、身体ごと運転席の方を向く。
「ツカサはどんな曲が好き? 普段、どんな曲を聴くの?」
ツカサは黙り込んだまま口を開く気配がない。
「音楽番組とか、見たりする……?」
海斗くんや佐野くん、空太くんたちはよく音楽番組の話をしているけれど、ツカサがそういう話をしているところは見たことがないし、ツカサがイヤホンしているときに聞いているのは、たいていが英会話のリスニングであったり、英語版ニュースがメインだ。
「翠と付き合うようになるまでは、音楽を聴く習慣がなかった。ピアノを習ってたときは習ってる曲を聴くことはあったし、母さんがショパン好きで家でかけてることがあるからそのあたりは馴染みがあるけど、それ以外はとくには――」
「そっか……。音楽は嫌い?」
「嫌いというほど音楽を知らない。ただ、関心がなかったから聴く機会がなかっただけ」
「じゃ、私が好きな音楽をかけていてもいい?」
「問題ない。むしろ――」
むしろ……?
「翠が好むものは知りたいと思う」
その言葉がちょっと――ものすごく嬉しくて、私はツカサの方を向いたまま顔を真っ赤に染めることになった。
それとなく身体の向きを前方へ戻し、手持ち無沙汰にミュージックプレーヤーのプレイリストを意味もなくいったりきたりさせていると、
「翠はオルゴールの曲も好きなんだろ? どんなの?」
「あ、あのねっ、クラシックがオルゴールになっているのもあるし、ディズニーの曲がオルゴールになっているのもあるのっ。それから、J-POPがオルゴールアレンジしてあるのもあるのよ! でも一番好きなのはスケーターワルツとかサティのジムノペディ一番とか……あ、でも、美女と野獣のオルゴールバージョンもすてきなのよね……」
「それ全部――」
「え?」
「翠が好きな曲全部、かけて。聴くから」
「っ――うんっ!」
それからの道のりは、私の好きなオルゴール曲を延々かけて高速道路を走った。
途中、「これは俺も好き」というものは別のリストを作って追加したり。
自分の好きなものを気に入ってもらえることが、こんなに嬉しいこととは思わなかった。
ツカサも同じなのかな……。
ツカサが興味のあるものを私が好きだと言ったら、ツカサも嬉しい……? 喜ぶ……?
弓道のほかだと……医療全般?
でもそれは、さすがにハードルが高いような気がする……。
「あっ、絵っ!?」
「は……? なんの話?」
「……ツカサが私の好きなものに興味持ってくれるの嬉しくて……だから、私もツカサが好きなものに興味を持ったらツカサも嬉しいのかなって……」
「あぁ、それで『絵』?」
「うん……ほかは弓道しかわからなくて……。あとはコーヒーが好きなことくらいしか知らない気がして……」
ツカサは少し考えてから、
「俺は翠ほど多趣味じゃないから、好きなもの自体が少ない」
「でも、ないわけではないのでしょう?」
「……好きなもの、ね。……翠が知ってるとおり弓道と絵、そのほかにはとくにない」
ツカサは何か考えるようにしばらく沈黙して、
「ほかだと動物が好きなことくらいかな?」
言いながら、ちょっと首を傾げて見せた。
「どの動物が一番好きとかある……?」
「なくはないけど、それぞれ気に入っているポイントがあるから――」
「それ、全部聞きたいっ!」
再度運転席の方を向いてねだると、ツカサは運転をしながら動物のことを話して聞かせてくれた。その隣で私は、聞いたこともないような名前の動物を検索しながら道中を過ごした。
会話……ある。たくさん――
まだ知らないツカサがたくさんいる。
それがとても嬉しくて、新しいツカサを吸収するように、またはツカサの声を耳に浸透させるように、ツカサの話を聞いて過ごしていた。
こういうの、いいな……。
ツカサの好きなものを知ることができるうえ、低く落ち着いた大好きな声をずっと聞いていられるのだ。
毎晩聴く一から十までの数や、歌声とは違う――話し声。
車の走行音を少し気にしながら、私は録音アプリを立ち上げ録音を開始させた。そして、大好きなツカサの横顔をじっと見て、幸せな時間を堪能した。
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