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葉野りるは

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April

ミッションと和解 Side 飛翔 04話

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 御園生翠葉はペンケースからシャーペンを取り出すと、グリップ部分に付いているボタンをカチカチとノックしながら芯を出し、視線を空に彷徨わせては首を傾げる。
「何から話すのが正解かなぁ……」
「は……?」
 御園生翠葉はこちらを見ると、実に曖昧な笑顔を作って見せた。
「非常に申し訳ないのだけど、私の病気ってひとつじゃないの」
 どういう意味……? っていうか、こいつが言うのだから、言葉のまま受け取ればいいわけだけど、それにしたって――
「なんというか、これが原因でこれらの症状が起こってる、という話し方はできるのだけど、どう話すのが一番わかりやすいのか、未だ私もわかりかねていて……」
 御園生翠葉は紙のど真ん中に「自律神経失調症」という文字を書いた。
「自律神経」なら保健体育で習うし、どんな働きをしているのかだって把握はしている。が、それが「失調」した場合、どんな不具合が出てくるのかまでは知らない。
 御園生翠葉はその文字を丸で囲むと、
「ここから派生しているのが、低血圧。それから起立性障害」
 そう言って、そのふたつを書き込むと、自分の普段の数値やら、気をつけなくてはいけない事柄を説明しながらあれこれと書き足していった。
「つまり、自律神経がうまく機能しないがために血圧数値を維持することができない? さらには体位や室温の変化によっても血圧が影響を受けやすいって話しか?」
「Yes」
「心臓に関しては、運動をした際に身体が必要とする血液循環量を補うだけのポンプ作用が心臓にないから無理ってこと……?」
「すごいっ、飛翔くん! さすが二年生のトップ! ものわかりがいいね!」
 御園生翠葉は感嘆するように言葉を発し、新たな情報を開示した。
「心臓は一年の冬休みに手術をしたのだけど――」
 御園生翠葉はそのときの話を掻い摘んでしてくれた。
 どうやら必要に駆られて走った結果、心臓に大きな負担がかかり、手術せざるを得なくなったのだとか。
「手術したならもう心臓は――」
 御園生翠葉は緩く首を振った。
「未だ不整脈はあるし、心臓の弁膜が薄いことに変わりはないから、血圧も正常値にはならないし、運動時の血液循環量をまかなうこともできない。だから、引き続き運動はNG」
 言いながら、力なく笑って見せたけど、
「大変じゃねえか……」
「さすがにもう慣れちゃったけどね……。あとはぁ……」
「まだあんのかよっ!」
「ごめんね?」
 御園生翠葉は実に申し訳なさそうにルーズリーフにシャーペンを走らせる。
 コツコツコツと小気味いい音と共に表れたのは、「線維筋痛症」という文字。
 その病名はつい先日目にしたばかりだった。
「これって有名な歌手がこの病気になったってちょっと前にニュースで――」
「うん。その方にはとても申し訳ないのだけど、その方のおかげでこの病気の知名度が上がったことが私は嬉しい。少し前までは、医療従事者の二十パーセントに満たないくらいの人にしか認知されてなくて、診断方法も定まっていなかったくらいなの。でも今は、診断方法も制定されて、学会も立ち上がって、有効な薬も少しずつ出てきている。ただ、根治療法だけはまだ見つかっていないの」
 最後の一言に唾を飲み込む。
「だってその病気、身体中に痛みが出るって――」
「うん。すっごーーーく痛いよ? 痛みがひどいときはご飯も食べられないし、休みたいのに痛みがひどくて眠れない日が続くし、痛覚神経を切って欲しいと思うし、死なせてほしいとすら思う。でも今は、薬と対症療法で日常生活が送れる程度には安定している。一年の夏はものすごく症状がひどくて、夏休み前から学校を休んでいて、夏休みはずっと入院していたの。そこでいい先生と私に合う治療法に出逢って、今は割と普通に生活できています」
 見るからに病弱そうだとは思っていたが、想像以上にアレだった。
 こいつがこんなに細いのって、もしか したら病気に起因するものなのか……? だとしたら、口が裂けても外見的なあれこれを引き合いに出すのは避けよう。
 そう心に誓うと、御園生翠葉は普段気をつけなくちゃいけないことや、症状が出てしまったときにはどう対処すべきか、そこら辺も含めて説明してくれた。
 多岐にわたる制約、そしてそれぞれの対処法に面食らいつつ、紙に書きながら説明してくれたことに心から感謝する。
 もう何も出てこないだろう――そう思っていた俺は甘かった。
 御園生翠葉は「最後にね」と新たにシャーペンを走らせ始めた。
「慢性疲労症候群?」
 なんだその、働き盛りのサラリーマンがかかりそうな病名は。
 御園生翠葉は面倒くさくなったのか、スマホでその病名を検索にかけ、「はい」と見せてよこした。
 そこに書いてあるあれこれに息を呑み、司先輩が心配している「微熱になったら行動をセーブ」とはこれを危惧してのことか、と思う。
「これでおしまい。話が長くなってごめんね? 部活、遅刻になっちゃうかな? サザナミくんに怒られたりしない?」
「それは気にしなくていい」
 俺は無言でルーズリーフを見返し、逡巡していた。
 今なら訊ける――今がチャンス。
 そう思って生徒会規約の話を持ち出した。
 あの規約ができた経緯は差し障りがない程度にしか聞いておらず、詳しく聞いていなかったからだ。というよりは、説明してくれようとする人間はいた。それをこの女が、
「どういう経緯であれ、私が特別扱いされているように見えるそれは変わらない」
 と、一刀両断にして話を終わらせてしまう。そういったことが何度もあった。
 だから、もしかしたら今回も話してくれないかもしれない。そんな思いもなくはなかったが、御園生翠葉は観念したように話し出した。
 それは一昨年の紅葉祭準備期間のこと――
 そのすべてを聞いて納得した。頷くほかなかった。
 その紅葉祭あって去年の紫苑祭とくれば、司先輩がいやでも心配するわけで……。
 御園生翠葉は非常に申し訳なさそうな面持ちで、
「面倒な先輩でごめんね? でも、そんな私のために作られた規約だからこそ、私は会計としてここでがんばりたいの」
 燻っていた感情が一気に昇華する。
 あー……なんだか今まで突っかかりまくってた自分がバカみたいだ。
 なんだよ、こんな経緯があったんならとっとと話してくれればいいものを……。
 ……この強情っぱりめが。
 司先輩、改めて「監視役」しっかり務めさせてもらいます。
 ゴン、と音を立ててテーブルに突っ伏すと、
「大丈夫? 頭飽和状態? 一気に話しすぎちゃった?」
 御園生翠葉の心配そうな声に、身体は突っ伏したままそちらを向く。と、御園生翠葉が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……悪い」
「えっ? どうして飛翔くんが謝るの?」
 御園生翠葉は驚いた顔で俺を見ている。
 あー……くそ、ここまできたら腹割って話すしかねえじゃんか。
「おまえの能力を認めても、どこかずっと特別扱いされて生徒会にいるって思ってたし、不必要に突っかかってただろ?」
「それは……規約ができた経緯を詳しく説明するのがいやで端折っちゃった私が悪いし、普通に考えて特別扱いの規約を特別じゃないからね、って無理やり捻じ曲げる様なことした規約だから仕方がないと思う。それに、不必要に突っかかるあれは、飛翔くんの標準装備じゃないの……?」
 御園生翠葉は俺と同じ体勢――テーブルに片頬をつけた状態で目線を合わせ訊いてくる。
 くるっとした黒目勝ちの目がじっと俺を見ていて、小動物惑星の小動物め……と思う。
「俺、いったいどんだけ性格悪い人間だと思われてんだよ」
「えっ? 性格悪いとは思ってないよ? ただちょっとツンツンしてる人って思ってただけで」
 そこまで言われて、あぁ、俺方向性を間違えてるのかも、と思った。
 司先輩は俺のように威嚇しまくって一目置かれているわけではない。
 俺のはどう考えても人を威嚇して得た環境。
 いやでも、司先輩のあの視線は「威嚇」に組するものじゃね?
 でもそれが妙にナチュラルで――
 え……ナチュラルな威嚇ってなんだ? それ、どうやったら習得できるわけ?
 考えても答えが出ない中思う。
 普段、感情の振り幅が狭い先輩が唯一ペースを乱される人間がこの女で、心を動かされるからこそ好意を寄せたのか……?
 何か秀でたものを持っているからとか、容姿が整っているからとか、そういうことじゃなくて、心を揺さぶられる何かがある相手だから――
 そう考えたらすべて腑に落ちる気がして、今後様々なことに対し、どう対応していくべきかに悩む。
 それはさておき、
「俺、司先輩に言われたことだけを気にしてればいいわけ?」
「基本的にはそうかな? 私、『まだ大丈夫』って思っちゃう癖があって、本当はそこも含めて自分をコントロールできるようにならないといけないのだけど、学校生活がこんなに楽しいの初めてで、コントロールするのちょっと難しくて、結果こんなものをつける事態になっちゃってる」
 そう言うと、御園生翠葉は制服を腕まくりして、腕にはまるバングルを見せてくれた。
「本当は、こんなすてきな装置を作ってもらったのだから、自分でコントロールできるようにならくちゃいけない。でもまだ無理だから、ストッパーになってくれる人が必要なの」
 なるほど……。
「でも、ストッパーはそこかしこにいるから飛翔くんがそんなに気負う必要はないよ?」
「現時点でストッパーってどのくらいいんの?」
「えぇと……コアな部分にいるのは三年の生徒会メンバーと佐野くん、飛鳥ちゃん。ほか、やんわりとストッパーになってくれるのは元一年B組の人たちや、現クラスメイト……かな?」
「結構いるんだな……」
「そうだね……? 顔を合わせれば『無理してない?』って声をかけてくれる人は結構いる。でも、『大丈夫だよ!』って答えちゃうでしょ?」
 御園生翠葉は困ったように笑う。
 まあ、この女の性格を考えればわからなくもない。
「だから、桃華さんたちはそれよりも強めに『待った』をかけてくれる感じ。昨日話題にあがった私のバイタルをみんなに転送するっていうあれも、いつかは言われるんじゃないかと思ってはいたの。そんなわけで、昨日の今日だけどすでに準備はできていたりして……」
 御園生翠葉はリング式バインダーを引き寄せ一枚の紙を取り出した。その紙にはQRコードのみが記されている。
「これを読み込んでアプリをインストールすると、私のバイタルがいつでも見られるようになるの」
「なんで早く言わねーんだよっ! もうみんな部活行くなり帰ったあとだけどっ!?」
「なんとなく言いそびれて……? で、でもっ、忙しくなる前にはちゃんと言うつもりだからっ!」
 だから自分のタイミングで言わせてくれ?
 紅葉祭の年は夏休み中から動き出し、二学期になれば本格的に始動する。それを考えると、
「二学期が始まる前……」
「え?」
「二学期が始まる前までには切り出せよ?」
「うん、そうする。でも、飛翔くんはどうする……?」
 正方形の紙を向けられたずねられる。
「これ、司先輩は?」
 俺にこんな要請をしてくるくらいだから、司先輩にはバイタルが転送されてないと思っていた。そんな状態で、期間限定とはいえ俺がこれを手に入れていいのかに悩む。
「実はね、ツカサにはずっと転送したくないって拒否してきたのだけど、昨夜秋斗さんに説得されて観念しました……。今朝早くに唯兄がツカサをたずねてQRコード渡してきたって言ってたから、もらったその場でインストールしたんじゃないかな?」
 そのあたりの確認をしていないところが実にこの女らしい……。
 若干呆れつつ、
「俺はみんなと同じときでいいけど、忙しくなる前にそのアプリに慣れておきたいから、なるべく早くに頼む」
「うん、わかった。あともうひとつ」
「なんだよ」
「紫苑ちゃんと飛竜くんにいつ話そう? いつでもいいのだけど、理解を得ながら話すとなるとまとまった時間が必要になるし……」
「俺から話しても問題ないなら、俺から話す」
 御園生翠葉はパチパチと瞬きをしてから「ふふ」と笑い、
「損な役回りだね? でも、ありがとう。お願いします」
 頭を下げる女を見ながら思う。
 損な役回りと言われたらそうなのかもしれない。
 でも、今日こうやって話せたことで、これからのはこの女ともう少しまともに接することができる気がする。
 そう考えると、言われるほど損な役回りではないように思えるし、紫苑や竜はそのあたりのことを考慮してこの役目を俺に振った感が否めなくもなく……。
 俺がこいつの病気の話をしたなら、真面目に話を聞いたあと、きっとふたり揃ってにっこりと笑うのだろう。
 そんな様子がまざまざと想像できて、思わず項垂れたくなる。
 そういえば、去年の紫苑祭前に朝陽先輩にこんなことを言われたっけ。
 ――「ま、受け入れられる受け入れられないってあるよね。こればかりは飛翔の考えが変わらないと無理か」。
 でもそれって、準規約が作られた経緯の根幹部分をきちんと教えてもらえてたなら、俺は問題なく受け入れられてたんじゃね?
 少し考えて思い直す。どちらにせよ、「司先輩の彼女」という人間には食ってかかっていたに違いない。
 でも、ここまで遠回りさせられたのは、全部この女のせいだ――
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