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April
司・十九歳の誕生日 Side 翠葉 10話
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ケーキを食べ終えリビングへ移動すると、ふと思い出したことがあり、ツカサのタブレットを借りることにした。
「何か調べもの?」
ソファに座らず私の隣に腰を下ろしたツカサにたずねられ、
「うーん……調べものというより、芸大のサイトを見たくて」
「なんで?」
「あのね、私、器楽科のピアノコースを受験しようと思っているのだけど、副科でハープを選択しようと思っていて――」
目的のページへたどり着くべく、何度もタップを繰り返す。
「でも、先日ちらっと見たら、お目当ての先生の名前がなくなっていたのよね……。それがちょっと気になって」
ハープ講師の一覧を表示させると、
「目当ての先生がいたとして、その先生に教えてもらうことができたりするの?」
「そこはちょっとわからないのだけど、でも、私がやりたいのはグランドハープじゃなくて、アイリッシュハープなの」
「何が違うの?」
「グランドハープはクラシック寄りで、アイリッシュハープは民族音楽より……かな? あーでも、グランドハープは半音階を自由自在に使えるから、ジャズなんかも弾けたりするのだけど」
「アイリッシュハープは?」
「アイリッシュハープでもレバー操作をすれば半音階を使うことは可能なのだけど、演奏の途中でレバー操作をする都合上、グランドハープほど操作性能がいいわけじゃないというか……。あ、グランドハープはね、足元に六本のペダルがついていて、それをガタガタ踏むことによって半音階操作をするのよ」
たぶんこれは言葉で説明するより画像を見せたほうが早いだろう。
そう思った私は違うタブを開き、グランドハープを表示させた。
画像を見てツカサが納得したのを確認すると、大学のサイトへと戻る。
「グランドハープを習うとしたら、楽器のレンタルをしなくちゃいけなくなるし、できれば今使っているアイリッシュハープを習いたくて……。……やっぱりいなくなっちゃってる」
何度見てもハープ講師の一覧に目的の名前は見つけられなかった。
「なんていう先生?」
「加賀見正司先生」
ツカサがタブレットで検索を始めると、割とすぐに検索に引っかかった。
「この人、短大へ異動になったみたいだけど?」
「えっ? そうなのっ!?」
身を乗り出してタブレットにかじりつく。と、確かに大学側に載っていたプロフィールがそのまま短大側のサイトへ移されていた。
「本当だ……。この四月から短大へ異動になったのね……。しかも、短大のハープの先生って加賀見先生しかいないんだ……。っていうことは、ハープを選択したら、間違いなく加賀見先生に教えていただけるということよね……?」
「翠はピアノを勉強したいの? それともハープ?」
どうしてそんなこと……?
「どっちもだけど?」
私の返答の何がおかしかったのか、ツカサは「ぷっ」と小さく吹き出した。
「受験、短大に変えようかな……」
「四大じゃなくていいの?」
「んー……確か、短大から四大へ編入手続きできる制度があったはず……」
確かサイトのこの辺にそんなことが書かれていたような気が――
「あ、これっ!」
その項目をタップすると、それっぽい条件が提示されていた。
「成績優秀者に限り、四大への編入を認める、か……」
「だから、成績如何によっては無理なのだけど」
私は苦し紛れに笑顔を作って見せた。
八時四十分になりケーキプレートやお茶のカップを片付けようとすると、
「そのままでいい」
と断られてしまう。
確かに現況では洗いものをすることはできない。でも、食器を下げることくらいはできるのに。
「次来るときにはゴム手袋持ってくるし、素手で洗えるように手作りの液体石鹸も持ってくるっ!」
「そこまでしなくても別にかまわないのに」
ツカサはまるで興味を持ってくれず、さらっと流されてしまった。
八時五十分になってツカサの家を出ようというとき、
「翠、最後のキス」
そう言われて少し屈んでくれたツカサの唇へキスをした。
自分からキスをするのにも少し慣れた気はする。でも、やっぱりキスされたいな……。
「……私も、キスしてほしいな……」
そうお願いすると、ツカサは再度屈んでキスをしてくれた。
帰宅すると、玄関には靴がたくさん並んでいた。
ご飯を食べて九時ごろになると蒼兄とお父さんは幸倉のおうちへ帰っていくのだけど、今日は違うのだろうか。それとも、私の帰宅を待ってくれているのかな?
あれ? でも、男性用の靴が四つ……? ひとつ多い……。
ということは、秋斗さんもいるの?
あれこれ予想しながら洗面所で手洗いうがいを済ませてリビングへ行くと、家族プラス秋斗さんがコーヒータイムを過ごしているところだった。
「あ、翠葉ちゃんおかえり――って、何その服装っ!?」
「え? あ……唯兄が用意してくれたお洋服で……」
ツカサはかわいいとも似合ってるとも言ってくれなかったけれど、本当は似合ってなかった?
今になって不安になる。
「似合ってませんか……? 私も着慣れないお洋服で自信はないんですけど……」
「唯、ぐっじょぶ……翠葉ちゃん、むっちゃくちゃかわいいから安心して! むしろ、その格好した翠葉ちゃんとデートしたいくらい」
「それはお断りしますね」
笑顔を添えてやんわり断ると、
「秋斗さんがこの時間までいるの珍しいですね? 明日が土曜日だからですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。今日、午前は学校にいたでしょう? その分は唯ががんばってくれてたんだけど、どうにもこうにもそれだけじゃ回らなくて、八時近くまで仕事してたんだ。だから、ご飯食べに上がってきたのは八時半前だったし、今はご飯食べ終わってコーヒーをいただいているところ」
なるほど。
「翠葉ちゃんは? 司の誕生日、お祝いしてきたんでしょ? プレゼント、喜んでもらえた?」
「はいっ! 今日は三枚も写真撮ったんですよ! 見ますか?」
見ますか、というよりも、見せたい一心でたずねると、そんな私の気持ちを汲んでくれ、みんながスマホを見るために身を寄せた。
「まずは朝! ツカサがスーツで弓を持っているレア写真です! ちゃんと桜も入ってますよ。それから、こっちは新しいメガネをかけたツカサ! メガネ二種類プレゼントしたので、写真も二種類あるんです!」
ディスプレイにそれぞれ表示させると、
「え? 翠葉ちゃんも写ってるけど……しかも満面の笑み。カメラ、苦手じゃなかったっけ?」
「ふふふ、去年気づいたんですけど、人に撮られるのがだめみたいなんです。だから、セルフタイマーであったり、自撮りであれば問題ないみたい。なので、自撮り棒を導入してツカサと写真に写ってみました」
「うっわー……それ早く知りたかったな。そしたら、俺も翠葉ちゃんと一緒の写真撮れたのに」
「どうして……? これから一緒に撮ればいいじゃないですか。あ、今撮ります? 自撮り棒ありますよ?」
「撮るっっっ!」
珍しくはしゃぐ秋斗さんを前に、
「どうせだから蒼兄も唯兄も一緒に写ろう? 何人まで一緒に撮れるか試してみたいの!」
ふたりを振り返ると、ふたりはとても苦い顔をして「了解」と請合ってくれた。
「え? 写真撮るのいやだった?」
蒼兄にたずねると、
「いやね、秋斗先輩が若干不憫に思えただけ……」
「え? どうして……?」
「いや――」
「リィ、ぐっじょーぶ!!! よしよし撮ろう撮ろう!」
唯兄にがっしりと腕を組まれ、四人で集まって写真を撮った。
その後、お母さんとお父さんも入れた六人で写真を撮ってみたけれど、自撮り棒のスティックを最長にすればまだまだ人が入っても写れそう。これは今度クラスメイトで何人まで写れるか試すべきだろう。
写真撮影が終わると、みんながコーヒーを飲む中、私はホットココアを片手に輪に加わった。
「あ、そういえば……今日生徒会のメンバーから大きなイベントのときには私のバイタルがわかるようにしてほしいってお願いされちゃいました」
なんとなしにそんな話題を口にすると、
「リィはどうしたいの?」
「本当はいやなのだけど、一緒に働くメンバーに心配かけすぎるのも、急に迷惑をかけることになるのもいやだから、期間限定でならアリかな……と」
「まぁねー、目安さえわかってればこれ以上ないストッパーになってくれるもんね」
そうなのだ。
自分では「まだ大丈夫」と無理し勝ちになってしまうところを、客観的に見てくれる人がいれば、ストッパーになってもらえる。急に倒れてみんなをびっくりさせることも、仕事に影響が出ることもない。それを思えば、至極まっとうな提案なのだ。
「じゃ、生徒会メンバーにだけアプリ登録できるようQRコードを発行するよ」
「唯兄、お願い……」
話がまとまったかと思えば、秋斗さんがじっと私のことを見ていた。
「秋斗さん?」
「司には?」
「実は今朝もお願いされたんですけど……。ツカサはだめ。まるで二年前の蒼兄みたいなんだもの」
「二年前の俺って――今の司ってそんななの?」
「そんなだよ? 今朝だっておはよの挨拶をする前にスマホの提示求められたし」
「そっか~……」
「でもさ、司っちは医療の心得だってあるんだから、数値を知ることさえできればあんちゃんほどうざくはないっしょ?」
それはどうだろう……。血圧が上下するだけで連絡がきそうなイメージしかないけれど。
そんなことを思っていると、秋斗さんが静かに口を開いた。
「翠葉ちゃん、司の件、少し考えてみてやってくれない?」
「え……?」
「考えてみて? 今は二年前みたいにひどい発作が日に何度も起こることはない。つまり、ひどいバイタルを頻繁に目にすることはない。違う……?」
違わない……。
「それに加えて、一緒にいるとき、翠葉ちゃんの血圧や体温を把握することができたなら、司は相応の対応をすることができる。それは翠葉ちゃんの身体にとっても、司にとっても利点だらけのことだと思うんだけど、翠葉ちゃんはどう思う?」
……私の血圧と体温を把握することができたなら――
考えてみれば、今だって街中へ出れば私のスマホはツカサに要求されて、ツカサのスマホと交換することが多い。そうしてツカサは私の血圧コントロールを図ってくれるのだ。
「……ちょっと自己嫌悪」
「え? どうしてっ!?」
「……それ、本当はツカサにコントロールされるんじゃなくて、自分でできなくちゃだめな部分ですよね? そのための装置で、そのために自分に転送してもらっているのであって――」
「翠葉ちゃん、それが自分でできてもできなくても、保険があるのって悪いことじゃないと思うよ?」
「保険……?」
「そう。司っていう保険があれば、君がつらい思いをする可能性はとても低くなる。それは俺たちにとっても安心につながることだし、とてもいいことだと思うんだけど」
ツカサにバイタルが転送されることでみんなが安心するの……?
その場の面々に視線をめぐらせると、みんな穏やかに微笑んでいた。
「……バイタルを転送することでツカサの負担にはならない?」
恐る恐る口にすると、
「ならないよ」
蒼兄が答えてくれた。
「このくらいなら大丈夫。このくらいになったら要注意。そういうのがわかるようになって、俺はすごく安心した」
「そう、なのね……」
「どうする?」
改めて秋斗さんにたずねられ、
「……ツカサにもバイタルの転送をお願いします」
「了解。じゃ、これは俺と唯からの司への入学祝にしよっか?」
「それいいねっ! 俺、子憎たらしい子に恩を売るの大好きっ!」
「え? でも、司の入学祝は三人からってことで洋服をしこたま贈ったじゃないですか」
蒼兄の言葉に「え?」と思う。
「あの膨大なお洋服は三人からの入学祝いだったの?」
「あ、クローゼット見た?」
満足そうに笑う秋斗さんにたずねられ、
「いえ、お話を聞いただけなのだけど、秋斗さんから……って認識してるっぽいですよ?」
「あ……俺、言い忘れてたかも? 翠葉ちゃん、明日司に会ったら言っておいてくれる? あの洋服は三人からのプレゼントだからって」
「はい、わかりました。でも、どうしてお洋服……?」
「ほら、今までと違って大学には制服がないからね。相応に着るものがないと毎日似たり寄ったりのものを着ることになる。司、その辺頓着しないからさ」
「そうだったんですね……。――え、じゃあ、先日のツカサの服装も唯兄は知ってたのっ!?」
「ん? デートの日のやつ?」
「そうっ」
「知ってた知ってた! だってあれ、選んだの俺だもん」
ニィ~と笑った唯兄は完全にいたずらっ子の顔で、「ひゃっほー!」と叫びながら自室へ向かい、どうやら早速QRコードの製作に入ったようだった。
「もう九時半か……じゃ、俺もそろそろお暇しようかな」
「お見送りしますっ!」
「ありがとう。でも、そろそろ翠葉ちゃんはお風呂に入ったほうがいいんじゃない? 明日も学校でしょ?」
「あ――」
「ね? だから、ここでいいよ」
そう言われ、秋斗さんをリビングから見送った。
「何か調べもの?」
ソファに座らず私の隣に腰を下ろしたツカサにたずねられ、
「うーん……調べものというより、芸大のサイトを見たくて」
「なんで?」
「あのね、私、器楽科のピアノコースを受験しようと思っているのだけど、副科でハープを選択しようと思っていて――」
目的のページへたどり着くべく、何度もタップを繰り返す。
「でも、先日ちらっと見たら、お目当ての先生の名前がなくなっていたのよね……。それがちょっと気になって」
ハープ講師の一覧を表示させると、
「目当ての先生がいたとして、その先生に教えてもらうことができたりするの?」
「そこはちょっとわからないのだけど、でも、私がやりたいのはグランドハープじゃなくて、アイリッシュハープなの」
「何が違うの?」
「グランドハープはクラシック寄りで、アイリッシュハープは民族音楽より……かな? あーでも、グランドハープは半音階を自由自在に使えるから、ジャズなんかも弾けたりするのだけど」
「アイリッシュハープは?」
「アイリッシュハープでもレバー操作をすれば半音階を使うことは可能なのだけど、演奏の途中でレバー操作をする都合上、グランドハープほど操作性能がいいわけじゃないというか……。あ、グランドハープはね、足元に六本のペダルがついていて、それをガタガタ踏むことによって半音階操作をするのよ」
たぶんこれは言葉で説明するより画像を見せたほうが早いだろう。
そう思った私は違うタブを開き、グランドハープを表示させた。
画像を見てツカサが納得したのを確認すると、大学のサイトへと戻る。
「グランドハープを習うとしたら、楽器のレンタルをしなくちゃいけなくなるし、できれば今使っているアイリッシュハープを習いたくて……。……やっぱりいなくなっちゃってる」
何度見てもハープ講師の一覧に目的の名前は見つけられなかった。
「なんていう先生?」
「加賀見正司先生」
ツカサがタブレットで検索を始めると、割とすぐに検索に引っかかった。
「この人、短大へ異動になったみたいだけど?」
「えっ? そうなのっ!?」
身を乗り出してタブレットにかじりつく。と、確かに大学側に載っていたプロフィールがそのまま短大側のサイトへ移されていた。
「本当だ……。この四月から短大へ異動になったのね……。しかも、短大のハープの先生って加賀見先生しかいないんだ……。っていうことは、ハープを選択したら、間違いなく加賀見先生に教えていただけるということよね……?」
「翠はピアノを勉強したいの? それともハープ?」
どうしてそんなこと……?
「どっちもだけど?」
私の返答の何がおかしかったのか、ツカサは「ぷっ」と小さく吹き出した。
「受験、短大に変えようかな……」
「四大じゃなくていいの?」
「んー……確か、短大から四大へ編入手続きできる制度があったはず……」
確かサイトのこの辺にそんなことが書かれていたような気が――
「あ、これっ!」
その項目をタップすると、それっぽい条件が提示されていた。
「成績優秀者に限り、四大への編入を認める、か……」
「だから、成績如何によっては無理なのだけど」
私は苦し紛れに笑顔を作って見せた。
八時四十分になりケーキプレートやお茶のカップを片付けようとすると、
「そのままでいい」
と断られてしまう。
確かに現況では洗いものをすることはできない。でも、食器を下げることくらいはできるのに。
「次来るときにはゴム手袋持ってくるし、素手で洗えるように手作りの液体石鹸も持ってくるっ!」
「そこまでしなくても別にかまわないのに」
ツカサはまるで興味を持ってくれず、さらっと流されてしまった。
八時五十分になってツカサの家を出ようというとき、
「翠、最後のキス」
そう言われて少し屈んでくれたツカサの唇へキスをした。
自分からキスをするのにも少し慣れた気はする。でも、やっぱりキスされたいな……。
「……私も、キスしてほしいな……」
そうお願いすると、ツカサは再度屈んでキスをしてくれた。
帰宅すると、玄関には靴がたくさん並んでいた。
ご飯を食べて九時ごろになると蒼兄とお父さんは幸倉のおうちへ帰っていくのだけど、今日は違うのだろうか。それとも、私の帰宅を待ってくれているのかな?
あれ? でも、男性用の靴が四つ……? ひとつ多い……。
ということは、秋斗さんもいるの?
あれこれ予想しながら洗面所で手洗いうがいを済ませてリビングへ行くと、家族プラス秋斗さんがコーヒータイムを過ごしているところだった。
「あ、翠葉ちゃんおかえり――って、何その服装っ!?」
「え? あ……唯兄が用意してくれたお洋服で……」
ツカサはかわいいとも似合ってるとも言ってくれなかったけれど、本当は似合ってなかった?
今になって不安になる。
「似合ってませんか……? 私も着慣れないお洋服で自信はないんですけど……」
「唯、ぐっじょぶ……翠葉ちゃん、むっちゃくちゃかわいいから安心して! むしろ、その格好した翠葉ちゃんとデートしたいくらい」
「それはお断りしますね」
笑顔を添えてやんわり断ると、
「秋斗さんがこの時間までいるの珍しいですね? 明日が土曜日だからですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだ。今日、午前は学校にいたでしょう? その分は唯ががんばってくれてたんだけど、どうにもこうにもそれだけじゃ回らなくて、八時近くまで仕事してたんだ。だから、ご飯食べに上がってきたのは八時半前だったし、今はご飯食べ終わってコーヒーをいただいているところ」
なるほど。
「翠葉ちゃんは? 司の誕生日、お祝いしてきたんでしょ? プレゼント、喜んでもらえた?」
「はいっ! 今日は三枚も写真撮ったんですよ! 見ますか?」
見ますか、というよりも、見せたい一心でたずねると、そんな私の気持ちを汲んでくれ、みんながスマホを見るために身を寄せた。
「まずは朝! ツカサがスーツで弓を持っているレア写真です! ちゃんと桜も入ってますよ。それから、こっちは新しいメガネをかけたツカサ! メガネ二種類プレゼントしたので、写真も二種類あるんです!」
ディスプレイにそれぞれ表示させると、
「え? 翠葉ちゃんも写ってるけど……しかも満面の笑み。カメラ、苦手じゃなかったっけ?」
「ふふふ、去年気づいたんですけど、人に撮られるのがだめみたいなんです。だから、セルフタイマーであったり、自撮りであれば問題ないみたい。なので、自撮り棒を導入してツカサと写真に写ってみました」
「うっわー……それ早く知りたかったな。そしたら、俺も翠葉ちゃんと一緒の写真撮れたのに」
「どうして……? これから一緒に撮ればいいじゃないですか。あ、今撮ります? 自撮り棒ありますよ?」
「撮るっっっ!」
珍しくはしゃぐ秋斗さんを前に、
「どうせだから蒼兄も唯兄も一緒に写ろう? 何人まで一緒に撮れるか試してみたいの!」
ふたりを振り返ると、ふたりはとても苦い顔をして「了解」と請合ってくれた。
「え? 写真撮るのいやだった?」
蒼兄にたずねると、
「いやね、秋斗先輩が若干不憫に思えただけ……」
「え? どうして……?」
「いや――」
「リィ、ぐっじょーぶ!!! よしよし撮ろう撮ろう!」
唯兄にがっしりと腕を組まれ、四人で集まって写真を撮った。
その後、お母さんとお父さんも入れた六人で写真を撮ってみたけれど、自撮り棒のスティックを最長にすればまだまだ人が入っても写れそう。これは今度クラスメイトで何人まで写れるか試すべきだろう。
写真撮影が終わると、みんながコーヒーを飲む中、私はホットココアを片手に輪に加わった。
「あ、そういえば……今日生徒会のメンバーから大きなイベントのときには私のバイタルがわかるようにしてほしいってお願いされちゃいました」
なんとなしにそんな話題を口にすると、
「リィはどうしたいの?」
「本当はいやなのだけど、一緒に働くメンバーに心配かけすぎるのも、急に迷惑をかけることになるのもいやだから、期間限定でならアリかな……と」
「まぁねー、目安さえわかってればこれ以上ないストッパーになってくれるもんね」
そうなのだ。
自分では「まだ大丈夫」と無理し勝ちになってしまうところを、客観的に見てくれる人がいれば、ストッパーになってもらえる。急に倒れてみんなをびっくりさせることも、仕事に影響が出ることもない。それを思えば、至極まっとうな提案なのだ。
「じゃ、生徒会メンバーにだけアプリ登録できるようQRコードを発行するよ」
「唯兄、お願い……」
話がまとまったかと思えば、秋斗さんがじっと私のことを見ていた。
「秋斗さん?」
「司には?」
「実は今朝もお願いされたんですけど……。ツカサはだめ。まるで二年前の蒼兄みたいなんだもの」
「二年前の俺って――今の司ってそんななの?」
「そんなだよ? 今朝だっておはよの挨拶をする前にスマホの提示求められたし」
「そっか~……」
「でもさ、司っちは医療の心得だってあるんだから、数値を知ることさえできればあんちゃんほどうざくはないっしょ?」
それはどうだろう……。血圧が上下するだけで連絡がきそうなイメージしかないけれど。
そんなことを思っていると、秋斗さんが静かに口を開いた。
「翠葉ちゃん、司の件、少し考えてみてやってくれない?」
「え……?」
「考えてみて? 今は二年前みたいにひどい発作が日に何度も起こることはない。つまり、ひどいバイタルを頻繁に目にすることはない。違う……?」
違わない……。
「それに加えて、一緒にいるとき、翠葉ちゃんの血圧や体温を把握することができたなら、司は相応の対応をすることができる。それは翠葉ちゃんの身体にとっても、司にとっても利点だらけのことだと思うんだけど、翠葉ちゃんはどう思う?」
……私の血圧と体温を把握することができたなら――
考えてみれば、今だって街中へ出れば私のスマホはツカサに要求されて、ツカサのスマホと交換することが多い。そうしてツカサは私の血圧コントロールを図ってくれるのだ。
「……ちょっと自己嫌悪」
「え? どうしてっ!?」
「……それ、本当はツカサにコントロールされるんじゃなくて、自分でできなくちゃだめな部分ですよね? そのための装置で、そのために自分に転送してもらっているのであって――」
「翠葉ちゃん、それが自分でできてもできなくても、保険があるのって悪いことじゃないと思うよ?」
「保険……?」
「そう。司っていう保険があれば、君がつらい思いをする可能性はとても低くなる。それは俺たちにとっても安心につながることだし、とてもいいことだと思うんだけど」
ツカサにバイタルが転送されることでみんなが安心するの……?
その場の面々に視線をめぐらせると、みんな穏やかに微笑んでいた。
「……バイタルを転送することでツカサの負担にはならない?」
恐る恐る口にすると、
「ならないよ」
蒼兄が答えてくれた。
「このくらいなら大丈夫。このくらいになったら要注意。そういうのがわかるようになって、俺はすごく安心した」
「そう、なのね……」
「どうする?」
改めて秋斗さんにたずねられ、
「……ツカサにもバイタルの転送をお願いします」
「了解。じゃ、これは俺と唯からの司への入学祝にしよっか?」
「それいいねっ! 俺、子憎たらしい子に恩を売るの大好きっ!」
「え? でも、司の入学祝は三人からってことで洋服をしこたま贈ったじゃないですか」
蒼兄の言葉に「え?」と思う。
「あの膨大なお洋服は三人からの入学祝いだったの?」
「あ、クローゼット見た?」
満足そうに笑う秋斗さんにたずねられ、
「いえ、お話を聞いただけなのだけど、秋斗さんから……って認識してるっぽいですよ?」
「あ……俺、言い忘れてたかも? 翠葉ちゃん、明日司に会ったら言っておいてくれる? あの洋服は三人からのプレゼントだからって」
「はい、わかりました。でも、どうしてお洋服……?」
「ほら、今までと違って大学には制服がないからね。相応に着るものがないと毎日似たり寄ったりのものを着ることになる。司、その辺頓着しないからさ」
「そうだったんですね……。――え、じゃあ、先日のツカサの服装も唯兄は知ってたのっ!?」
「ん? デートの日のやつ?」
「そうっ」
「知ってた知ってた! だってあれ、選んだの俺だもん」
ニィ~と笑った唯兄は完全にいたずらっ子の顔で、「ひゃっほー!」と叫びながら自室へ向かい、どうやら早速QRコードの製作に入ったようだった。
「もう九時半か……じゃ、俺もそろそろお暇しようかな」
「お見送りしますっ!」
「ありがとう。でも、そろそろ翠葉ちゃんはお風呂に入ったほうがいいんじゃない? 明日も学校でしょ?」
「あ――」
「ね? だから、ここでいいよ」
そう言われ、秋斗さんをリビングから見送った。
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