光のもとで2+

葉野りるは

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April

キスのその先 Side 司 08話

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 その後も翠は挫けることなく俺を受け入れ続け、ようやくすべてが翠の中に収まる。
 念願が叶ったこと、そして翠とつながれたことに充足感を覚えた。けれど、翠はやっぱりつらそうな顔をしていた。
 回を重ねれば本当に双方が気持ちよくなれる行為なのか、と疑うほどに。
 翠の身体は完全に硬くなっていて、どうしてやったらいいものか、と考える。
「翠、深呼吸できる?」
「ん……」
 翠は小さく口を開けると、ものすごくがんばって呼吸を繰り返す。けれどそれは、深呼吸と言えるものではなかった。
 浅く呼吸をすることすら必死。もっと言うなら、生きることに必要な行為すら意識しないとできない人のように見えた。
 そんな翠に、「中で動きたい」というのはものすごく酷な気がして、口に出せない俺は、必死に自分を保ちながら、翠を抱きしめる。
 身体を労わるようにさすりながらキスを繰り返していると、翠の身体から少し力が抜けた気がした。
 この数時間で、俺が触れる行為はリラックスにつながるようになったらしい。
「まだ痛い?」
 気遣いながらたずねると、
「少し……。でも、入り口の部分がひりひりするだけ、な気がする……。中は、そんなに痛くない。異物感がすごいのと、圧迫感は殺人的だけど……」
「我慢できそう……?」
「大丈夫……。なんかね、変なんだけどね? 笑わないでね? 異物感や痛みはつらいのだけど、ツカサが中にいるのはなんだか嬉しいの。痛いのに、ものすごく充足感があって……」
 翠は首を傾げて、その先の言葉を探しているようだった。
 少しして答えが出たのか、翠はふにゃり、と表情を緩め、
「……あぁ、しあわせ、かな……? うん、この感覚は『しあわせ』だと思うの」
 そう言うと、翠はゆっくりと目を伏せた。
 やばい……我慢できないかも。
「翠……」
「ん……?」
「少し動いてもいい?」
「っ……――」
 翠はパチリと目を開き、瞳を揺らすほどの動揺を見せた。
「なるべくゆっくり動くから。指を抜き差ししてたのとそう変わらない」
 ……と思う。
 翠は少し安心したようで、すぐに了承してくれた。
 ゆっくり動くだけでも十分すぎるほどの快感を覚える。ただ、人間とは本当にどうしようもない生き物で、その先にさらなる快感があるとわかっていると、それを求めたくなってしまうものらしい。
 このまま激しくピストンして達してしまいたいが、膣の奥――子宮を刺激するような行為は翠にとって負担になるのではないか。十分に濡れてるとはいえ、初めて男を受け入れた身体は刺激に慣れていない。でも――
 葛藤を繰り返していると、
「ツカサ……?」
 潤んだ瞳の翠が、心配そうな顔で俺のことを見ていた。
「なんだか、つらそうな顔……」
 眉をハの字型にしては、俺の頬に細い指先を添える。
「ツカサも、つらいの……?」
 正直つらいはつらい。が、翠の「つらい」と同質のものではないだけに、返答に困る。
 でも、隠してても仕方ないし……。
「ツカサ……?」
「……正直に言うなら、少しつらい」
「……どうしたら、楽になれるの?」
「……中、きついはきついんだけど、少し揺するだけでも十分気持ちいい。でも、今より激しく動いたら、もっと気持ちよくなるって知ってるから、ちょっと――」
 翠は意味を理解したのか、「そっか……」と視線を落とした。その数秒後、
「いいよ、好きに動いて……」
「でも――」
「大丈夫……私、痛みには、意外と強いのよ?」
 少しの笑みを添えて強がる翠が愛おしくてたまらない。
 つながったままぎゅっと抱きしめると、
「その代わり、あとでたくさんキスしてね?」
 耳元でかわいくお願いされた。
 俺は約束を了承したという意味のキスをしてから身体を離し、なるべくゆっくり大きく抽挿を始める。
 あまりの気持ちよさに思わず声が漏れる。そして、早く達してしまいたい気持ちと、このまま大海を彷徨うような心地よさに身を任せていたいのと、矛盾した葛藤に苛まれていた。
「やばい……すごい気持ちいい」
 うっかり本音が口から出て行く。すると翠は、「よかった」と口にした。
 自分はつらいはずなのに、笑みを添えて言われるから、申し訳ないのと、愛おしくてたまらない気持ちが交錯する。
 ずっとこのままいたいというのが本音ではあったが、翠とつながってからずいぶんと経っている。翠の体力的な問題も気になるし、俺は早々に達することにした。
 感覚を研ぎ澄ませて律動を始めると、あっという間に達してしまう。
 女の身体、恐るべし……。
 欲望を吐き出したそれを翠から引き抜く。と、抽挿に合わせて息が上がっていた翠が、ぐったりとしていた。
「翠……?」
「……だいじょう、ぶ……。ツカサは? ツカサは、気持ちよかった?」
 どんなときでも俺のことを気にかけてくれる翠がいじらしくてたまらない。
「……あり得ないほど気持ちよかった。ありがとう」
 ゴムの処理をして翠の隣に横たわると、翠を労わるように抱きしめる。
 あぁ……なんだこれ。すっごく気持ちよかったのに、翠を穢してしまったという嫌悪感に押し潰されそうだ。
 ただ、俺を受け入れたはずなのに、翠は前にも増して無垢な美しさを湛えている気がして、それが不思議でならなかった。
 相変わらず細い身体だな、と思いながら、毛布に包んだ翠をひたすらさすっていると、翠はいつしか眠ってしまった。
 時計を見れば七時半を回ったところ。
「三十分休ませても八時……」
 八時に起きればシャワーを浴びて軽食を摂る時間くらいあるだろう。
 俺はそっとベッドを抜け出し、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。

 シャワーを浴びて出てくると、乾燥まで終わった翠の服と下着をたたんでベッドの枕元に置いてやる。そしてキッチンへ行くと、吊戸棚からホットケーキミックスを下ろした。
 これは姉さんがいたときにストックしていたもので、俺が食べようと思って買ってきたものではない。
「賞味期限は――大丈夫だな」
 ただ単に夕飯を用意するならパスタでもよかったわけだけど、運動後で食欲が落ちている翠が胃もたれを起こさずに食べられるものを考えると、素麺とかホットケーキの類だった。
 でもあれは、もう少し太らせないとだめ――
 そんな意識が芽生えた俺は、悩むことなくホットケーキを手に取った。そして、翠を太らせるべくバターを溶かし込んだ生地を丁寧に焼いた。
 ホットケーキが焼きあがって寝室へ戻ると、翠はまだすやすやと寝ていた。
 このまま寝かせておきたいけど、そうもいかない。
「翠」
「…………」
「翠、起きて」
「ん……」
 薄っすらと目を明けた翠の眼前にホットケーキを載せたプレートを差し出す。
「ん……?」
「ホットケーキ」
「それはわかるのだけど……」
 身体を起こした翠は一向にプレートに手を伸ばそうとはしない。
 痺れを切らした俺は、八等分にカットしてきたホットケーキにフォークを差し、翠の口元へ運ぶ。と、翠は条件反射のようにぱくついた。
 もごもごと咀嚼しながらも、翠はまだ不思議そうな顔をしている。
「翠はもっと太るべき」
 その言葉にはっとした翠は、「きゃっ」と声をあげ、慌てて毛布を引き上げ身体を隠す。
「今さらだし……」
「……もぅ……やっぱり脱がなければよかった……」
「もっと建設的な思考回路を心がけてくれない?」
「建設的……?」
「ただ太ればいいだけだろ?」
「そんな簡単に言わないでっ! これでも努力してるんだから……」
 ぷう、とむくれた翠がかわいくて、思わず笑みが漏れる。
 かわいさに負けてキスをすると、新たなる欲望が芽生える。
「翠……」
「ん?」
「……キスマーク、つけてもいい?」
 秋兄が失敗したものであるだけに、緊張を要するお願い。けれどそれは、あっけないほど簡単に了承された。
「でも、病院の先生たちに見られないところにしてね……? 見られるのは恥ずかしいから」
 ……それってどこだよ。
 鍼は背中と腹部、顔、頭、膝下、手に打つだろ? 麻酔科のトリガーポイントブロックはありとあらゆる場所に打つ。
「治療のとき、ブラ外す?」
「え? ううん、外さない」
「じゃ、胸に――」
 左胸の内側に強く強く吸い付く。
 唇を離すと、真っ赤な花びらみたいな痣が散った。
 翠はその痣を右手の人差し指でなぞり、表情を緩める。
「翠……?」
「えっ?」
「どうかした……?」
「あ……あのね、秋斗さんにつけられたときは消したくて消したくて仕方がなかったのに、今はこの小さな痣が愛おしく思えるから不思議で……。どうしてなのかがわからなくて……。あのころ私は秋斗さんのことが好きだったはずなのに、嬉しいなんて思えなかった」
 正直、秋兄のことを引き合いに出されるのは面白くない。でも、俺のキスマークが「愛おしい」と思ってもらえたことはすごく嬉しくて――
 再度翠の口元にホットケーキを運ぶと、それを咀嚼して飲み込んだ翠は、恥ずかしそうに俺を見て、
「ツカサ……絶対に私をお嫁さんにもらってね?」
「は? 婚約したんだから当たり前だろ?」
「そうなのだけど……絶対よ……?」
「わかってるけど、どうして……?」
「だって……。こんなに恥ずかしいことしたんだもの……。もうツカサ以外の人のところになんてお嫁に行けないもの……」
 むくれて言うけど、それはどうかと思う。
「何……俺とこういう関係にならなかったら、俺以外の人間のところに嫁ぐつもりだったわけ?」
「ちっ、違うっ! そういう意味じゃなくてっ。でも、絶対絶対絶対よ……?」
 そんな不安そうな顔をしなくてもいいのに。
 俺は翠の薬指にキスをして、
「この指輪に誓って翠と結婚するし、生涯幸せにする」
 翠はクスリと笑い、
「ツカサ、幸せにする必要なんてないよ」
「え……?」
「だって、もうとっても幸せだもの」
 そう言って笑った翠がとびきりかわいくて、世界で一番愛おしい存在だと思った――
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