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November
芸大祭 Side 司 01-01話
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前日と変わらずゲストルームへ翠を迎えに行くと、えらくめかしこんだ翠に出迎えられた。
くすんだピンクのシフォン生地ワンピースに白いフード付きのコート、ボルドーのファーが上品なバッグに揃いのショートブーツ。
それだけならまだしも、髪がきれいに巻かれており、唇には色つきのリップクリームが塗られている。
何もしてなくても人目を引く容姿なのだから、ここまでしてかわいくないわけがない。
そんな翠を前に言葉を失っていると、
「司くん、何か一言くらいあってもいいんじゃない?」
翠と共に出てきた栞さんに小突かれる。
「……似合ってる」
「本当?」
「嘘なんてつかない」
やけくその思いで口にすると、
「本当に口下手なんだから……」
栞さんに苦笑された。
この時点でほかの人間が出てこないところを見ると、家族は仕事か何かで不在なのだろう。
今この場に唯さんがいないことに胸を撫で下ろしつつ、こんな格好をした翠を大学の学園祭へ送り出すことに抵抗しか覚えない。
「司くん、わかってると思うけど、安全運転でね?」
「はい」
「じゃ、栞さん、いってきます!」
「うん、楽しんでいらっしゃい」
エレベーターに乗っても無言の俺に、
「……本当に似合ってる?」
翠に改めて尋ねられた。その表情は不安を訴えている。
不安にさせているのは自分の態度が原因とわかりつつも、なんと答えようか考えあぐねていると、
「今ならまだ引き返せるから本当のことを言ってほしいのだけど……」
声は徐々に小さくなっていく。
さらには、自分の着ている洋服をあちこち見ながら、
「もうちょっとカジュアルな格好のほうが良かったかな……。でも、演奏会って言われたし……」
「……いや、本当に似合ってるから問題ない」
翠は不服そうな面持ちで俺を見上げる。
「何……」
「問題ないって言う割に目逸らす……」
少しは俺の心情を察するなりなんなりしてくれると助かるんだけど……。
エントランスに高崎さんがいてくれると助かる。あの人なら、翠を見れば褒め言葉のひとつやふたつ、口にしてくれるだろう。
エレベーターが一階に着きエントランスに目をやると、数メートル先に秋兄の姿が見えた。
なんで――今一番会いたくない人間がどうしてこうピンポイントでいるかな……。
俺たちに気づいた秋兄は満面の笑みで寄ってくる。
「翠葉ちゃん、こんにちは。すっごくかわいい格好しているね。優しいピンクのワンピースに巻いた髪の毛が良く似合ってる。まるで可憐な花みたいだ」
呼吸をするような自然さで、翠を褒める秋兄が宇宙人に思えた。唯さんや御園生さんであってもここまで褒めはしないだろう。否、唯さんならありうるか……。
わかることと言えば、これから先何度こんな機会があろうとも、翠を目の前にここまでの賛辞を並べられない、ということくらい。
「本当に……?」
翠は自信なさそうに、そして縋るような目で秋兄を見上げていた。
あぁ、ものすごく嫌な展開だ……。
「俺が嘘をつくとでも?」
翠は左右に首を振る。
「でしょう?」
「でも、大学の学園祭に行くのにはかしこまりすぎじゃないですか?」
「そうかな? 学園祭とはいえ、演奏会なんでしょう? なら、全然おかしくないよ。かしこまってるというよりは品がいいだけ。堅苦しくなく、それでいてきちんと見えるかわいい格好。何より、ステージに立つ人は正装しているんだろうから、釣り合った格好じゃないかな」
翠はその言葉にほっとしたのか、「良かった」と表情を和らげた。
実に面白くない……。
秋兄は一連のやり取りに何かを察したのか、「ふーん……」と意味ありげな視線を向けてくる。
「うるさい」
「俺、まだ何も言ってないけど?」
「視線がうるさい」
「それは失礼。でも、司はもう少し女の子の褒め方を学ぶべきじゃないかな?」
「えっ!? あのっ、ちゃんと似合ってるって言ってもらいましたっ」
「なら、翠葉ちゃんはどうしてそんなに自信なさげだったの?」
「それは――……目を見て言ってもらえなかったから」
翠は俺を気にしながら気まずそうに俯いた。
目なんか見て言えるか――というのが正直な気持ちだが、世の中には目を見て、さらには笑みを浮かべてあれこれ言える人種がいるのだから疎ましい以外の何ものでもない。
苛立ちを隠せずにいると、秋兄がくつくつと笑いだした。
「翠葉ちゃん、こんな従弟でごめんね。たぶん、翠葉ちゃんがかわいい格好してて直視できないんだよ。それと、ちょっと不安なのかもね?」
「え……? どうして不安……?」
「だって、これから人がたくさんいる学園祭へ行くんだ。変な輩に声かけられないかって気が気じゃないんじゃないかな?」
いい加減黙れよ。
苛立つままに睨みつけると、
「そんな目で見るなよ。それに、そんなに心配しなくったって大丈夫だよ。翠葉ちゃんには優秀な警護がついてるんだから」
確かに、翠がかわせない相手に絡まれればすぐに助けが入るか……。
それを思い出したら少しほっとした。
「今日は秋斗さんもお出かけですか?」
「うん、ちょっとね。仕事みたいな趣味みたいな、そんな感じ。出先で唯や蔵元とも合流予定なんだ」
そう言うと、俺たちと一緒にエントランスを出てロータリーへ下りていく。
ロータリーには俺が乗ってきた車と警護班の車が数台停まっていた。秋兄はその中の一台に乗り込む。
「珍しい……」
「何が……?」
「あの人、めったに警護班の車に乗らないから」
「そうなの……?」
「そう」
言いながら翠を助手席へ促すと、
「ツカサは?」
「ひとりのときは利用することもある」
「ひとりのときは……?」
「翠とふたりででかけるときにまで使おうとは思わない」
言うと、翠はほんのりと頬を染めた。
くすんだピンクのシフォン生地ワンピースに白いフード付きのコート、ボルドーのファーが上品なバッグに揃いのショートブーツ。
それだけならまだしも、髪がきれいに巻かれており、唇には色つきのリップクリームが塗られている。
何もしてなくても人目を引く容姿なのだから、ここまでしてかわいくないわけがない。
そんな翠を前に言葉を失っていると、
「司くん、何か一言くらいあってもいいんじゃない?」
翠と共に出てきた栞さんに小突かれる。
「……似合ってる」
「本当?」
「嘘なんてつかない」
やけくその思いで口にすると、
「本当に口下手なんだから……」
栞さんに苦笑された。
この時点でほかの人間が出てこないところを見ると、家族は仕事か何かで不在なのだろう。
今この場に唯さんがいないことに胸を撫で下ろしつつ、こんな格好をした翠を大学の学園祭へ送り出すことに抵抗しか覚えない。
「司くん、わかってると思うけど、安全運転でね?」
「はい」
「じゃ、栞さん、いってきます!」
「うん、楽しんでいらっしゃい」
エレベーターに乗っても無言の俺に、
「……本当に似合ってる?」
翠に改めて尋ねられた。その表情は不安を訴えている。
不安にさせているのは自分の態度が原因とわかりつつも、なんと答えようか考えあぐねていると、
「今ならまだ引き返せるから本当のことを言ってほしいのだけど……」
声は徐々に小さくなっていく。
さらには、自分の着ている洋服をあちこち見ながら、
「もうちょっとカジュアルな格好のほうが良かったかな……。でも、演奏会って言われたし……」
「……いや、本当に似合ってるから問題ない」
翠は不服そうな面持ちで俺を見上げる。
「何……」
「問題ないって言う割に目逸らす……」
少しは俺の心情を察するなりなんなりしてくれると助かるんだけど……。
エントランスに高崎さんがいてくれると助かる。あの人なら、翠を見れば褒め言葉のひとつやふたつ、口にしてくれるだろう。
エレベーターが一階に着きエントランスに目をやると、数メートル先に秋兄の姿が見えた。
なんで――今一番会いたくない人間がどうしてこうピンポイントでいるかな……。
俺たちに気づいた秋兄は満面の笑みで寄ってくる。
「翠葉ちゃん、こんにちは。すっごくかわいい格好しているね。優しいピンクのワンピースに巻いた髪の毛が良く似合ってる。まるで可憐な花みたいだ」
呼吸をするような自然さで、翠を褒める秋兄が宇宙人に思えた。唯さんや御園生さんであってもここまで褒めはしないだろう。否、唯さんならありうるか……。
わかることと言えば、これから先何度こんな機会があろうとも、翠を目の前にここまでの賛辞を並べられない、ということくらい。
「本当に……?」
翠は自信なさそうに、そして縋るような目で秋兄を見上げていた。
あぁ、ものすごく嫌な展開だ……。
「俺が嘘をつくとでも?」
翠は左右に首を振る。
「でしょう?」
「でも、大学の学園祭に行くのにはかしこまりすぎじゃないですか?」
「そうかな? 学園祭とはいえ、演奏会なんでしょう? なら、全然おかしくないよ。かしこまってるというよりは品がいいだけ。堅苦しくなく、それでいてきちんと見えるかわいい格好。何より、ステージに立つ人は正装しているんだろうから、釣り合った格好じゃないかな」
翠はその言葉にほっとしたのか、「良かった」と表情を和らげた。
実に面白くない……。
秋兄は一連のやり取りに何かを察したのか、「ふーん……」と意味ありげな視線を向けてくる。
「うるさい」
「俺、まだ何も言ってないけど?」
「視線がうるさい」
「それは失礼。でも、司はもう少し女の子の褒め方を学ぶべきじゃないかな?」
「えっ!? あのっ、ちゃんと似合ってるって言ってもらいましたっ」
「なら、翠葉ちゃんはどうしてそんなに自信なさげだったの?」
「それは――……目を見て言ってもらえなかったから」
翠は俺を気にしながら気まずそうに俯いた。
目なんか見て言えるか――というのが正直な気持ちだが、世の中には目を見て、さらには笑みを浮かべてあれこれ言える人種がいるのだから疎ましい以外の何ものでもない。
苛立ちを隠せずにいると、秋兄がくつくつと笑いだした。
「翠葉ちゃん、こんな従弟でごめんね。たぶん、翠葉ちゃんがかわいい格好してて直視できないんだよ。それと、ちょっと不安なのかもね?」
「え……? どうして不安……?」
「だって、これから人がたくさんいる学園祭へ行くんだ。変な輩に声かけられないかって気が気じゃないんじゃないかな?」
いい加減黙れよ。
苛立つままに睨みつけると、
「そんな目で見るなよ。それに、そんなに心配しなくったって大丈夫だよ。翠葉ちゃんには優秀な警護がついてるんだから」
確かに、翠がかわせない相手に絡まれればすぐに助けが入るか……。
それを思い出したら少しほっとした。
「今日は秋斗さんもお出かけですか?」
「うん、ちょっとね。仕事みたいな趣味みたいな、そんな感じ。出先で唯や蔵元とも合流予定なんだ」
そう言うと、俺たちと一緒にエントランスを出てロータリーへ下りていく。
ロータリーには俺が乗ってきた車と警護班の車が数台停まっていた。秋兄はその中の一台に乗り込む。
「珍しい……」
「何が……?」
「あの人、めったに警護班の車に乗らないから」
「そうなの……?」
「そう」
言いながら翠を助手席へ促すと、
「ツカサは?」
「ひとりのときは利用することもある」
「ひとりのときは……?」
「翠とふたりででかけるときにまで使おうとは思わない」
言うと、翠はほんのりと頬を染めた。
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